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モンスター・ペアレントその7(第Ⅵ話)

第6回まで進んできた訳ですけど、毎回観終わった感想はなんだかなあという想いです。なんでこんなに大人が干渉(介在)するんだろうかと。今回は溺愛も度が過ぎると不幸を呼ぶという展開のお話しでありました。感想としてはストーリーと大分外れた感想ですけど。

自分の記憶を遡ってみると、私が小僧の時には子供の領域と大人の領域の区別が歴然とありました。子供たちだけで作り上げられてくその領域は理性が発展途上ゆえの残酷さを現したりもしますが、子供たちだけで考え行動する集団としてのルールやマナーとかを養っていく自立心がなくてはいけませんでした。

それが今はその領域に大人が入り込んでいるかのようです。なんとなくこれでは大人が全てルールや行動を支配し、自身で考えたり自らの責任というものが必要なくなってしまっているのではないのかと思えます。大人が決めてその行動通り実行して、もしそれでも負の出来事に遭遇したらそれは自分の責任ではなく大人の責任になる訳で。てめえのケツはてめえで拭くことをどこで教わるかといったら子供同士の世界だと思うんで大人が入るとそういう芽を摘むような気がしないでもないです。

昔と違って今は地域で子供を育てるという感覚がなくなり、名前どころか顔すら見知らない子供が歩いていたらそりゃ気にはなりませんわな。だからと言って子供だけの領域を狭めるのはどうかと思いますですよ。見守るのと干渉するのは大違いですから。

少子化でひとりに親の懸ける期待が増大してるといのも理由のひとつらしいんですが、いやはや時代が変わったと驚くばかりです。まあ自分(親)が頑張れる範囲でやる分はとやかく言われる筋合いではないのでしょうけど教師とかを含む他人を巻き込んでやろう(やらせよう)とするからなんだかなあという気に見ててなるんでしょうけど。こんな凄い気力他に費やせないのかと言う気にもなったりしますです。

お人形さんやフィギアやプラモデルなどに所有者が自分の夢や幻想のストーリーを籠めることは悪いことでもなんでもないのですが、もしこのアイテムの中に自分の子供も含まれているとしたら怖ろしいことです。子供の持つ才に早くに気づきそれを伸ばす努力をする親は尊敬されますけど、親の夢や憧れを子供に託したり代行させてええ話しやあという逸話になったってのはあまり聞いたことありませんです。

所詮子供もいない私には、他人事でしかなくこういう親(大人)をとやかく言う筋合いなぞないのですが医者と教師は受難な職業のようです。というかこれに限ったことじゃなく「そんなこというんならじゃあお前やってみろよどんだけ大変か。」と開き直る権利があった方がいいんじゃないかと思える社会だというのは確かですわ。客ならなにしてもいい。たとえ子供でもお金払えば大人と同じお客様である。とかいう売る方作る方のプライドを否定して栄えるような社会になってるのも一因のひとつでしょうけど。すくなくとも今は黄門様が印籠だしても「それがなに?」ってなるのは確かでしょう。権威に媚びるのは弊害があるとしてもプライドが肯定されない社会が住み難くなっている元凶であるような気はしますです。

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