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コード・ブルーその5(第5話)

いくさ場のような災害現場での様々な葛藤を描いた回でした。そして、必要とされるとはどういうことなのかを問うような展開でした。色んな意味(立場)で。

トリアージという選別は以前究「救命病棟24時」でも扱われていましたけど、修羅場の中で半端ない勇気と即決の決断力を要し、しかも責任をも担わなければならないという洒落にならない行為ですねえ。

私素人なのでとてもじゃないけどよくやるなあという感心する立場でしか見れないのですが、現場に着くまでの功名心なぞ一気に吹き飛ぶのが痛いくらい伝わりましたです。映像に緊迫感が映ってました。

ありがとうといって死んでいった人の気持ちは自分も入院経験あるのでなんかよく分かる感情でした。もう七転八倒でひたすら痛みに耐えていたのですが病院に運び込まれた瞬間、ああこれで解放される我慢しなくていいんだと感じた記憶が私にもありました。そういう意味では助からずに生を閉じられた方にとっては救われたという想いを間違いなく得ていて、体は助けられなかったとしても心は救えたと考えるべきなのではないでしょうか。

それにしてもフェローと呼ばれる人と第一線で活躍される人と同じ医者という名称でも随分と心の持ちようと言うか精神性が異なるものです。患者さんの家族に怨まれておられる三井(りょうさん)にしても今でこそ冷静沈着な判断をされておられますが過去においては情に流される今のフェローと同じ心理状態だったらしいとこを提示されると決してもって生まれた資質などではなく経験を重ねることによってその領域に踏み込めるようなものらしいです。

つまりお医者さんになるってことはどこかしら心理思考の変化を必要とされる特殊な職業ということなのでしょうか。それはどんなにつらいことがあろうとも笑顔を絶やさないアイドルさんとかのように普通の感情や感性を制御しなければいけないということなんでしょうかねえ。でもいいお医者さんって患者の痛みがわかるってとことかが名医の条件みたいに描かれることがドラマで多いのとは矛盾してないのかと思わないでもないです。

まあ素人の浅はかな勘繰りからするとまず一旦リセットして冷酷無比となりその後から人情を後付けして足していくということなでしょうか。温情や憐憫の情を持ったまま成長するのは無理ということなんでしょうかねえ。どんな人間にも家族や事情があるものでそれらに配慮しつつというのは藍沢(山下さん)のセリフじゃないけどトップに立って(名医になって)から言うセリフなのでしょうか。ま、そんな藍沢も来週の予告見る限りでは一度情に引き戻されそうな展開になりそうですけど。

いずれにせよどんな職業に就いたとしてもその道のプロになるためにはなにがしかの人格改造は必要ではありますが、その度合いがお医者さんは激しいということなのでしょうねおそらくは。だけど振り込め詐欺の連中みたいに仕事と割り切ってノルマ達成を使命として良心を捨てるような人格改造までを肯定する気にはなれませんし、詐欺じゃなく全うと言われる企業てもノルマノルマそのための自己犠牲で人を道具のように押しつぶす組織というのも嫌いだし、その逆の自分らしく生きるとぬかす自己中心的な協調性のない考え方も好きくないのでやりすぎもやりなさすぎもなんだかなあではありますです。少なくとも黒田も家庭の崩壊招いてるらしいですからドラマとして必ずしも正しいと言い切ってる感じはしないですけど。どうなんでしょうねえ。

今週やけに心に残ったセリフは「人は人から必要とされなければ生きていけない。」というものでありました。藍沢は必要とされるためにトップを目指すと述べたのですが、あのシーンで白石(新垣さん)が断ち去ろうとする藍沢の後姿に向かって「あなたの腕(技術)にだけ命を預けたのかなあ。」という言葉に別の話しを持ち出して言葉を濁した辺りは藍沢もぐうの音が出なかったんでしょうかねえ。家族が待ってるから帰らなくちゃという強い想いがあったからこそでしょうから「人は人から必要とされなければ生きていけない。」という言葉を別の意味(医者はその人の生きる意思[生命力]を手助けするものじゃないのか)で切り返されて一本とられた風に感じましたです。冷酷と呼べるほど冷静な藍沢でさえその心に突き動かされて懸命に助けようとしたんじゃないのかと言ってるようで。まあわたしの勝手な想像なのであってるかどうかは定かではありませんけど。

藤川(浅利さん)と黒田(柳葉さん)の次の病院探せというとこで言った藤川の「ここしかない」というせりふ。なんか昔観た愛と青春の旅立ちという映画の鬼軍曹と主人公の会話を思い出してしまいました。藤川は今病院内では必要とされてない状態ですけど今後どうなるんでしょうかねえ。浅利さんのお芝居が上手すぎてホント頼りないお医者さんにしか見えませんから。

家族に必要とされるからたとえ手術して延命できたとしても・・・というおじいちゃんのお話しも切ないお話しでした。切ないお話しでも私ももしおじいちゃんの立場だったとしたら必要とされるならということで同じ決断したでしょうね。逆に家族の立場だったら年金(お金)目当てであっても介護に暮れる気にはとてもなれませんです。私が介護した訳じゃないんですけど介護で苦労してた母とか見てきましたから。確かに身体障害者手当てとかは生活する上ではありがたかったらしいんですが精神がしんどいです。送った後、母も一時期病は気からでしたから。

「必要」と言うキーワードは確かに生きる上での重要アイテムのようです。どんなときにおいても。そう思わせる説得力のある今回でした。それにしてもお医者さんになるには夜勤明けでランニングしたり目を開けたまま寝たりと精神だけでなく鬼のような強靭な肉体も必要なんですかねえ。

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