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3日寝たろう

ピーカンの真夏日がこらしょと続く連休で、暑さにやられて3日寝太郎。

ここぞとばかりに、細々(こまごま)としたものを整理せんと思いしが、起きずに半畳寝て一畳こそ極楽至極では如何ともし難し。

此処までくると生ける屍。何をするにも面倒で何もせずとも悔いもなし。

かくなる様を無欲というならば息する理由があるのかしらむ。

なんてほざけば格好もつくけど、なんのこたあないテレビをほげ~と眺めてるだけ。しかも欲に任せて買ったDVDとかじゃなくてリモコン片手にホイホイとチャンネル変えつつ渡り歩く。つくづく映画って作り手の想いが籠もってるから観る側にもその熱さに堪えうる気力がいるものだと感じる次第で。観る気力が湧かない。

だとしたら、落ち込んだりふさぎがちな時に勇気や感動を貰うために映画観るってことはそれなりに脱出したいという気力が根底にあるから観れるんだろうなと思えてくる。

気力が無い今。落ち込むようなことが起きたら我が身を守る防衛本能が働いてそういう気力が湧いてくるのだろうか。っていうかどこにもいかないんだから外圧の危険性が生じないのだから防衛本能のスイッチが入るそういう状況にならないか。落ち込む理由は100%対人に拠るものなのだし人恋しい部分はテレビの箱の中の人とおぼしき物で紛らわすことも出来る訳だし。

普段バラエティとかは見ないのだけれど、上記の理由で目が覚めてるうちはテレビをつけてたので必然的に見てたけど、プロ(上手い人)は違うなあとそれなりに感じましたです。手を抜く抜かないとかいう余裕の問題ではなく、皆一所懸命なんだけどその違いはやはり観客を意識してるかどうかによって出てくるみたい。すげえはっちゃけてても自分のことで精一杯か、もしくは観客を意識してたとしててもどこか全力でない部分が伺える人には見ていて上手いという感情は起きない。これは多分自身の力量・容量の中で一所懸命8割客の目線伺い2割といった分配がなされてる(割り振りは大雑把ですけど)感じがして手抜きじゃないけど余裕が無い感じに映るって感じです。

上手い人って容量の10割を一所懸命(出力)に使ったうえで、反応とかの入力は体の他の所からアンテナが出ていてそこから伺ってるんじゃないかと思えたりなんかして。それが経験の蓄積か感受性の研ぎ澄ましによるものかは知りませんが、手や口・頭以外のところも使ってる感じがしますです。もちろんそれがどこかなんて私には分かりませんけど。判り易い喩えかどうか分かりませんがミニコンポみたく入力も出力もひとつの機械でフル回転してるのとセパレートコンポでそれぞれのパーツが起動してるような違いでしょうか。

何書いてるのか自分でもわかんなくなって参りましたがこれも熱さにやられたせいでして、今欲しいのは涼しい風が欲しいス。

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