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東京オリンピック

小さい頃衝撃を受けて今もその感覚が記憶に残っている作品というものは誰しもがおありでしょう。私のそれは市川菎作品が多いです。スポーツが美しいと初めて思った東京五輪。からっ風がやけに印象に残り肉片を切るのではなく心をぶった切るようなリアルかと思えた美しさのかけらも無いような無様なちゃんばらシーン、息してる人間が蠢いてるとまさに思った木枯らし紋次郎。映画館で観ていまだに後引く衝撃の犬神家の一族。もちろんガキが観てるんだから描かれている内容とか深いテーマとかやっていることとかは知る知恵もなく文字通り「あっしには係わり合いのないこって」なのだったのですが、感覚として初めて見た世界という印象が鮮烈に残っています。

この映画オリジナルは174分という尺だからガキのむずがゆさから我慢出来る訳がなく映画館で観た筈はない。ない筈だけどデジャブーではなく間違いなくなにかで観た記憶がある。もし見ていたのだとしたらその凄い映像に引き込まれて時間を忘れていたのでしょうか子供の癖に。もしそうだとしたら時間と言うものは捉え方(集中さえすれば)によって流れる速度が違うんだと初めて思い知らされたということになりますです。ま、定かではないんですが。

音楽は当時五輪音頭とかもあったりしたけど、天才服部秀才古関努力の古賀と謳われた昭和の三傑のうちの一人「古関裕而」の手による会心の一撃もの。音楽の才を戦争に利用された時代の不幸というものを背負いつつ平和のもとに日本国民が一致団結して平和の祭典を成功に導かんが為その経験と才能の全てを過去の呪縛からの解放の意も込めたであろうこの曲。今でもこれを聴くといつも不覚にも訳などなく感激してしまう自分がいるのです。

とにかく自分にリアルな想い出も重なってるせいもあろうか、やけに感傷に耽ってしまってまともなことが書けないので随分と時間が懸かってしまった。のでというか、もういいやということで思ったままに羅列してそれでええじゃないかとすることにしまいた。だって名作かつ大作に偉そうな講釈たれる腕なんか私にはないということをはっきりと自覚したから。尚、以下はオリジナル版ではなくディレクターズカット版からの想ったことであります。

*映画の中に収まっているのは今とは全く違う「日本」と言う国と国民の顔。もうすでに滅んでしまったのだろうか。生生しく生きている人達が闊歩している街並や景色。これだけ今と何もかも違うと現代人が遡って歴史ドラマとか映画作るのに支障が出るんだろうなと思いますです。姿はともかく顔や目つきの違いは別人種と呼んでもおかしくない感じでした。アメリカやヨーロッパの歴史を巻き戻したようなリアルな映画は日本じゃ無理だなと。もう観れば一目瞭然分かりますです。特に女性の顔立ちの変貌といったら完全に別種じゃないかと錯覚してしまうほどです。今の人って生活臭がない人ばかりで子供にすら好奇心の欲望が見えない感じです。生活感に満ち溢れるバイタリティみたいなものを映像から感じました。それがいいかどうかは別問題ですけど。

*画としてはもうこれはスポーツの祭典を記録する為に作られたものではなく人をひたすら描いた北斎漫画みたいな印象を受けますです。選手だけに限らず観衆も含めて人物画のオンパレードみたいです。選手の極限に置かれた緊張感から逃れんとするとんでもない仕草とかも面白いのですが、名も無き旧日本人を愛でるのもこれまたおもしろいです。陸上競技とかの超人を観る観客としての視線と柔道競技における日本人の誇りを懸けた厳しいまなざし。当時の日本では競技の存在すら理解されていないであろう自転車ロードレースでの沿道の市民の傍観視線。皆それぞれ趣があって見入ってしまいます。華やかな部分ばかりでなく市井の無防備な一市民の好奇に満ちた表情までも見逃さないハンターのような映像の連続で、被写体をこれでもかという位に接写した映像は人物の内面の様までをも切り取らんとする外科医のようでもありました。

*冒頭の街並の近代化のために古いビル壊す映像を入れたり、映画にはありませんでしたが当時東京の下町なんかで夏とかは男は上半身裸若しくはシャツ一枚で沿道で夕涼みがてら縁台将棋したり近所話しに花が咲いたりしていたのを美観を損ねるということで禁止されたとか。どことなく今のオリンピックに向けての中国の対応と同じ匂いがしますです。報道で北京のそういう模様を扱ったりする様をみると、昔の日本もそうだったじゃんと言いたくなりますです。

*印象的だったのは、国立競技場に翻る旗から発せられる音。普通のイメージだと風にはためくバタバタという音をイメージするものですけど、ここでは紐がポールに打ち付ける金属音で表わされていました。なんか物凄く新鮮です。高揚感というよりも静寂感を感じました。無い頭で考えるにこの効能は選手の緊張感と共鳴するような別世界の誘いのような印象を与えるのでしょうか。

*とにもかくにも映画監督と言う芸術家兼職人が国民的事業を切り取るとこうなるという見本みたいな勢いを感じます。記録映画として正しいあり方かというと俯瞰で見てない分大まかな流れは読み取れませんのでこうあるべきと書いたら撥が当たりそうですけど、人間の感情が顔に表れた際の展覧会みたいな観方するなら撥当たらないと思いますので役者さんとか人物画家とか目指されるような方には必見かもしれないですね。だってもう絶滅したであろう旧日本人の表情集ですもの。

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