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モンスター・ペアレントその5(第Ⅳ話)

このドラマ、ひらっちが効いてます。今回は少し趣が異なりましたが、高木(米倉さん)と三浦(佐々木さん)の二人の両極の間に挟まって右往左往するも両者を繋ぎとめる役回りがとても印象に残りますです。

今回が今まで(といってもまだ四話ですけど)の中で一番良かったです。学校はなんの為にあるのか。親や教師はなにをすべきなのかなど色々と深いとこまで私のような無い頭でも考えてしまいました。それと平行して弁護士事務所においても高木の心持ちの変化が生じていたりして無駄の無いよく出来た話だなあと思いました。もちろんモンスターがあんなあっさり矛を収めるなんてのはドラマならではの展開かもしれませんですけど、私は満足でおました。

息子に医者を継がせる為に努力する親江藤(哀川さん)。その目的達成(医者の資格を得る)の為に障害となりうるものを改善・排除せんとする。それは担任教師の能力への追求のみならず試験と関係ない教科不要論をも唱えるほどとなる。ほぼ同じ頃高木の弁護士チームにおいてメンバーに遅れがちなスタッフを叱咤する高木。その根拠は奇しくも自分の持てる力を最大限に使ってあたらないといけない。江藤は教師を高木はスタッフをほぼ同じ理由で叱咤する。しかもこれは批判ではなく努力を喚起する注意という思いからくるもので排除ではない。

しかし言われた側からすればそれは無能の烙印を押されたに等しいことと受け取り、言われた方は思い悩む。追い込ん出るつもりのない者と追い込まれてると信じ込む者の葛藤。

しかもその発端は人の痛みに気づかない高木と長男の親離れによる失望から学校不信を抱く江藤と理由は異なるものの、視野が馬車馬の如く狭いがゆえによるもの。

そんな二人が出会った時、当初は共感を得るも次第に教育委員会での出来事を見て視野が開けてきて別の側面から物事を見れるようになって考え方が変わる高木。はてさてどうやってこのふたつの案件を処理するのかというのが今回の見所。

このドラマ問題提起が強烈でそれと比較して解決策が曖昧模糊な見てて消化不良に陥る傾向にありまして、今回もそうなのかな?でも学校で大人達がしてやれることってなに?という問いかけに私も考えさせられたので、まあいいかあと思っていたんですけど。きちんと決着つけられてなんか儲けたような気になりましたです。ホントは毎回こうであって欲しいとこですけど。

つまるところ教育長の言われた「正解なんて無い」ってのが本当の答えなんでしょうけれども。子に親の職業を継がせたいってのも間違いじゃないですからね。歌舞伎の御曹司だったらもし別の道進みたいなんて子ども自身がのたまってもそれを応援する教師は絶対非難されますでしょうに。医者や社長さんのような勉強だけ出来ても腕が伴わねば話しにならない世界だとしたら親の努力でそれに就かせたとしても才がなければ迷惑こうむるのは患者さんや社員ですから。

本人のやりたいことを見つける手助けや応援してやるってのは昨日始まった織田先生に共通することなんでしょうか。奇しくもこちらでは小山(温水さん)がそうしたことで窮地に陥ってしまってるんですけど。

人それぞれで正解は無いのだとしたらそれぞれが持つ人と異なる能力を伸ばせばいいのだろうけど、それを発見するためには皆が同じことやらなくちゃ比較しようが無い訳で、やっぱ団体行動が一番重要なんじゃないかと思う訳ですよ。可能な限り色んな事を見聞きした中で自分に合うものを探す環境作りということなのでしょうか。失敗ややり直しが許されるのは学生や見習いだけの特権ですからそういう失敗や挫折から救うのが学校の使命だったら格好いいですよね。勉強なんぞは塾にでも任せちゃって。ありえない話しでしょうけど。

とにかくだんだんと高木(米倉さん)が頼もしく見えてきました。頼もしいおっかさみたいって書くと怒られそうですけどそんな感じで徐々に冷血さが薄まって血が通ってきた温かい勢いです。高木弁護士の成長記としては納得の変化であります。これでモンスターペアレントの紹介展示だけでなく退治までやってくれれば鬼に金棒なんですけど現実に近い設定なので無謀なドラマならではの爽快さは期待してはいけないのでしょうか。

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