« こんなのないかなその1 | トップページ | 馬鹿こいてんで »

ラスト・フレンズその24(私の勝手な憶測)

はじめにお断りしときますけど以下の文章は全て私の私見ですので、そうに違いないそう思うでしょと問うているつもりはさらさらございませんです。こんなひねた考えする奴もいるんだと思っていただければ幸いです。書いていることに対する根拠とか資料は一切ございません。全て今までの出演作品とかとこのドラマから受けたイメージからの感想です。

私ははなから(観る前から)瑠可がメインと踏んでそういう目線でドラマを観ていました。だからその読みが正解でこれだけはまれたのだと思うのですが、長澤さんのファンの方からは何がいいのか理解を超えているという感想もちらほらと耳にしたりもしますです。確かに美知留からの目線でドラマ観ていたら私も同じ感想に至るだろうなという気がしてきます。

実家でも職場でも夢を持てる筈の新生活すらも悪夢の連続で唯一退避と思えたシェアハウスも自分が居る事で周りが怯えおののきしかも頼みとした親友が実は噛み合わない視点でお互いを見ていたという驚愕の動顚で、全く居場所が存在しないという状態が第10回まで続いたんですから光明が見えない息苦しさをずうっと抱いて観ていたとしたらそりゃ確かにそう思いますです。美知留目線でドラマ観ていたらしんどいだけの感想だったかもしれません。そういう意味ではDVに遭われてそこから抜け出せないでいる方とかから見たら感情移入できたのかもしれませんが我が身の明日の未来に置きかえれないもどかしさがあったやもしれませんです。美知留目線で観ていたとしたら解決策が見出せない疑問符のつくお話しだったかもしれませんです。

いづれにせよ観る視点によって感想が大きく左右されるドラマだと思いますし、そういう色んな視点を発生させる懐の深さは凄いなと思いますです。普通そんなたくさんはないですからねえ。でもこういう作品こそ共同執筆での脚本で観たかったという欲がでますです。一人で全てをまかなわれるとどうしても強引な部分があったり、はしょりの部分とかで矛盾を感じさせる(みんな分かってるだろうという過度の信頼感)部分とかが見え隠れしたりして粗さが出てしまうような気がしてますです。もちろんそんな悠長な仕事観たければ映画観ろと言われて「確かに!」としかいいようがない欲ですけど。

話しががんこ飛びますけど、各個人ごとの印象をば

*太陽の如く瑠可が曇ればドラマも迷走する芯となった樹里ちゃん

視聴率という魔物の変動の幅が中盤鈍ったのはおそらく瑠可が迷走してた回辺りでしょうおそらくは。ドラマ全体が煮え切らない印象になって重さだけが残って観ていてしんどかっただけに、後半再び上がったのはその迷いが吹っ切れたのと一致する印象がありましたです。どちらかと言えば性同一性障害というよりも性別違和症候群よりに思えた瑠可でありました。本人の悩みの重さから考えて悪い方悪い方へと思考回路が働くということで納得ではありますが。負けてたまるかの塊みたいな人が悪い方悪い方に思考が行くってのもリアルな感じがしますです。直ぐ逃げちゃう人って実は何も考えてない楽観主義というタイプの人結構いますもんね。(もちろん逃げずに臨機応変に対応できる楽観主義の人もおられますけど)

おかまさんという男を放棄した人が認知されて世を席巻してる時代、逆があっても不思議じゃないのに何故か瑠可みたいな人は表の世界では少ないのはなんででしょうか。もちろんおかまさんの深刻な決断に至った様を茶化すつもりは毛頭無くてさぞかし大変な気苦労をされたんだろうなというのはありますが。職業として従事できる場がまだないから表に出せず潜伏せざるをえない状況の世の中かもしれません今は。

ま、脱線話しはともかくとして瑠可のオトコマエが冴えたからこそのこのドラマの評価には疑いの無いところです。泣いてたまるかじゃないですけど人には弱みをみせないこんな男に守られたいって思う人が多いのでしょうね。樹里ちゃんだからこそ出来えた役のような気がしてくるほど樹里ちゃん=瑠可になってましたです。他人に振り回されない我が道を行くという芯の強さを持ちながらもいえないもどかしさをも併せ持つキャラやらせたらもうとても安心して見てられますです。固定化されたらもちろん厭ですけど。シリアスもできるコメディエンヌさんが理想なんで。

*その太陽と大地の間で暗雲を以ってさえぎろうとした宗佑の錦戸さん

仕事しろよといつもそう思ってた宗佑でありましたです。仕事侵食忘れるほどしていれば良く出来た人に違いないだろうにと思ってました。とにかくその圧倒的な影の存在感は見事でした。役者さんとして男を上げたとはこういうことをいうんでしょうねえ。大絶賛ですよ錦戸さん。

*各個人の孤独を繋ぎとめるかすがい役的なタケルの瑛太さん

ぜったいこんないい奴いないよなあと思える程美化されてる勢いはありますがひたすら重たい世界で和らぎの灯りを絶やさぬ守人のような感じでした。セリフがなくても表現として伝わる役者さんなんでとても安心してみていられるんですが、今回のなんちゅう格好だと思わず言いたくなった服装や髪形に騙されましたです。軟弱系と見せといてその実言い訳はしない、相手を思いやる・手間を惜しまないという男の鑑っぽさを隠し持ったいい意味での食わせ者でした。こういうのも歌舞いてる奴というんでしょうか。

*一番普通の人として異常な世界を眺める視点を持つエリの水川さん

最初は影が薄く、ご陽気担当の雰囲気作りのキャラかと思ってたんですけど、展開がどんどん深まるにつれて瑠可目線でドラマがしんどくて観れなくなってきた中盤辺りからはエリ目線で景色を観てた感じになりました。宗佑にビビる感覚とか瑠可の迷走と決意というエリ目線でドラマを観てる感覚になりましたです。特別何をしたというキャラではないのにシャーロックホームズの世界のワトソンじゃないですけれどその存在の必要性を感じましたです。

*見ているものをイライラさせるくらいのもどかしさを提示した長澤さん

おかしな見方かもしれませんが、このドラマのヒール(悪役・元凶)を演じたのは宗佑ではなく美知留である長澤さんなんだろうなと思いますです。「あんたがしっかりしてればこんなことにはならないんだから。」と観てる側誰しもがそう思えるように魅せたということで、ある意味宗佑も瑠可も美知留の被害者であるとも勘繰れなくも無い気がしますです。行き過ぎて「あんたさえいなければ」なんて観ている側に思わせたら失敗ということですが、私には美知留に安穏が訪れることを願う気持ちが湧きましたから良かったんじゃないですか。他の方の反応とか読むと演技がワンパターンとか書いてる人もいるようですけど、言わずにはおれないような性格の役が今まで殆どでこのような逆の後ろ向きで短絡な性格の役をやったのは初めてで、むしろどこがワンパターンなのか教えて欲しいくらいです。

暴行だあ出産だあと行動そのものも未経験な出来事だらけなら、内面的にも言わなくてもいいにのに言わずにはおれない直ぐ顔に出る性格であろう長澤さんからしてみればめんどくさがり以外ほとんどが自身に蓄積の無いデータから美知留を構築していかなければならなかった役作りは手探り状態が続いたんでしょうねおそらくは。本来「長澤まさみ」から受ける姿(積極型)が裏に見えてしまうから耐え忍んだ後にいつか爆発するだろうと観る側が思ってしまったとしたらもう少し煮詰めた方が良かったのかもしれませんけど。

私のブログにも「長澤演技下手」とかいう検索ワードでこられるお方が若干おられムッとしましたけど、ヒールは難癖つけられてナンボという賞賛とも読めなくもないなと思うようになりましたです。ただご本人がそれを快く賛辞と感じておられるかと言ったら疑問ですけど。なにしろ私の偏った目線からの印象ですから。

強いてこうして欲しかったと思えた点としましては、違うんじゃないのかと思えたのは美知留は生き方が下手というよりアホ(理性的でない)に映ったということでしょうか。分かっちゃいるけど止められないといった理性ではおかしいことだと気づいてはいても湧き出る感情を抑えられないズルズル感が薄味だったところです。なんでこんな人がと思わせて欲しいところであって、こういう人だからやっぱそういうとこに戻っちゃうんだなんていう説得力は不要な感じでした。宗佑と瑠可が命懸けてでもと思わせる女性がアホではなんだかなあという勢いがついてしまうので。怯えるという仕草を優先しすぎたことによる副作用でしょうが味付けの分量をもう少しメリハリつけた方が私の好みではありました。

画的にいうと、女性陣の眉毛の薄さが気になりましたです。あるだかないだか。場面によっては照明の明るさで飛んでしまって眉なしにさえ見えてしまうとこもあってどうもいまいち好きくなかったです。全体的なトーンとして青味が濃い感じなのは若さの青をイメージしたんでしょうか。落ち着いた茶系の色味が少なく、特に宗佑の部屋からの無機質な冷えた感覚に陥った色使いには辟易いたしました。このドラマに限ったことじゃないんですけどシェアハウス木造なのに何故か木が発する温もりとかいうのが希薄に感じましたです。ハイビジョンよりもフィルムの方が和めるように映ると感じるのは私だけなんでしょうか。帰りたいと思わせるシェアハウスの説得力を魅せて欲しかったんですけど。

このドラマのご出演のメンバーを始めて耳にした時、正直ありえないと思いましたです。「上野樹里」と「長澤まさみ」が同じ画面の中に存在するなんて絶対無いだろうなと勝手に思っていたので。そう思った根拠というものを自分なりに思い返してみたんですけど(まあ結果から遡って後の祭りを眺めたということで)、まず感覚的に現場に対する姿勢が異なるんじゃないかと。徹底的に突き詰める態度であろう樹里ちゃんには対立・孤立をも辞さないストイックさを想像させますし、よりよい演技をするために現場の空気に居心地の良さを必要とするであろうと想像される長澤さんには協調と和を最優先する融和さがイメージされます(あくまでイメージです)。どちらかが一歩引いた(誰かのペースに合わせる)感じにならないとバランスが悪くなるだろうなと思えたからです。スタンスが異なるから同じ現場に二人が存在してるイメージが湧かなかったんです。

これを現実に実行されるとなると樹里ちゃんには盟友の瑛太さんがいる分非常に入りやすく長澤さんも瑛太さんを介してその空気感が許容するんだろうなと勘繰りますです。なので、おそらくは樹里ちゃんペースになるんだろうなと予想しましたです。

次に人として受ける印象(あくまで勝手な推測ですが)として、樹里ちゃんは芝居してる時以外は外にいても家に帰ってもまんま変わらないんだろうなという内面(うちづら)と外面(そとづら)が変わらない人に思えるんですが、長澤さんは外で陽気にハイになる分、家とかでは逆に沈み込むタイプだろうと予測してますです。だからどうしたって話しでこれが理由で共にお芝居構築できないという訳ではもちろんないのですが、こんな感じでおおよそ真逆なら問題ないんでしょうけどお芝居に対してはなんか微妙にズレながらも似通った点が多く、具体的にどこがとか上手く表現できないんですけどキャメラの前に立つ時に相互意思の微調整とかがかえってやりづらいんじゃないかと。私もそうですけど自分自身が嫌いというタイプの人って自分と良く似た人にはどうも厭だなあとか言いにくいとか思う調子が狂う部分があるじゃあないですか。それにこのお二人が当てはまるんじゃないかと。もちろんあってるかどうかは知りませんよ。あくまで私の勝手な思い込みですから。そう見えたというだけで根拠はありませんです。もしかしたら真逆過ぎるのかもしれないし。

とにもかくにも、「長澤まさみ」・「上野樹里」の共演なんてこれが最初で最後じゃないかと勝手に想像してるんでそういう意味で非常に貴重な作品だと思ってますです。「上野樹里」作品であって「長澤まさみ」はサポートに回ったという趣を感じる贅沢な作品だというのが素直な印象でこれでいいじゃないかと思っている私です。まだ特別編なるものがありますですが一応最終回と銘打たれたのでなんとなしの感想を。この印象が特別編観て変形するかどうかはお楽しみではありますが。

|

« こんなのないかなその1 | トップページ | 馬鹿こいてんで »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« こんなのないかなその1 | トップページ | 馬鹿こいてんで »