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クローズZERO

タイミング的にテレビドラマのルーキーズとついつい見比べがちになりそうだけれど、根っこの部分が違うお話しで比べてみること自体大間違いな血沸き肉踊る作品です。友情だあ信頼だあとか四の五の講釈云々の問題じゃあなく愉しめたもん勝ちでしょう。とてもカラっとした後腐れのない爽快感が漂う空気感を感じます。不思議と疲れただろうなとは見えるのですが痛そうに見えない(見せない)ところが味噌なんでしょうか。根性が肉体を越えてる連中を見てる感じです。

「てっぺん」を遠州弁で言うと「てんこちょ」。「てんこちょとったる」というトップを目指すお話し。普通は勉学というところを腕っ節&人心掌握術でてんこちょ目指すということでありましょうか。単純明快で色んな現実らしく見せるための小細工なしで始まる世界感は強引ですけど映画なら当然アリかなと思いますです。少なくとも一般の人を巻き込まない自分達の居場所の中だけでという努力がみられる所が効を奏しているのでしょうか。

親達の棲む世界。誰しもがもつ弱点を衝かれることへの憤り。信頼の構築への手順と維持管理と許容することの深さと大切さと難しさ。人に対する優しさとはなどなど能もない私などが小癪な事考えたらキリがないくらい深いとこをさりげなく描いていてるんですが頭使って観るもんじゃなく感覚で感じる映画です。な、だけにこれでもかと言うくらいの迫力ある大画面で観ないと私みたいに邪まな邪推が生まれてきて損するかも知れませんです。ちなみに私が好きなのは、卒業後はみんなきちんと生きていてこんなことやってるのお前くらいんなもんだという刑事さんのセリフです。学校の中で自分の限界まで挑戦した奴は中途半端な人生は送らないというのが好きです。

こんだけ色んな事詰め込んでも物語として成立するのは監督さんの腕と役者さんのマジ振りによるものでしょうか。でもこの迫力映画館で観たほうがやっぱいいですんで家でDVD見直すと迫力よりどうしても展開の妙に眼が向いてしまいがちになってしまいます。他人に対する思いやりがやけに目に付きました。

山田孝之さんを愛でるなら映画館でないと半減するかもです。

役者さんでいうと、イケメンなる人種が席巻してる中で男は顔じゃないみたいなこういう人達が闊歩できる作品は少ないともいえるわけで、当たってよかったなと素直に思えますです。パッチギやこの作品。そしてルーキーズまでとお馴染みのお顔の役者さんが結構おられるのが如何に居場所が少ないかという証ともいえるような気がします。もちろん小栗さんのように両方イケテル人もおられますが無骨者の居場所はそうないだけに(私がおっかないの嫌いだから観ないせいかもしれませんが)貴重だといえるのではないでしょうか。

余韻もへったくれもないジェットコースーターみたいな展開なんですが、何故かエンドクレジットに流れるピアノ曲で地面に足が無事着いたみたいな安堵感があって意味もなく生還したんだという気分を味わいました。少なくともなりきるというより異空間に行ってた感はありました。メイキングとか観ちゃうと白けそうなので映像特典とかはまだ見ておりませんです。別世界のままでいいじゃん。現実とリンクする必要なんかないような気がしてますです。そりゃ役者さんはリアルに大変そうで苦労されたみたく思えますからそういう逸話には事欠かなさそうですけど、見てませんです。

愉しませようというより作り手自らが愉しいものを作ろうとして、しかも観る方にとってもいい作品なんだから双方ウハウハな娯楽映画で大正解なのでしょう。学業に励むのは勉強ばかりじゃないと言わんばかりの作品でこれは腕っ節と男気という学業でしたけど、想い出つくりのシンクロとかも観たことあるし、部活とかでスポーツ熱血ものも観たことあるし、異性不純行為もね。それ以外の学業でまだ映画になってない物ってあるのかしらむ。それ見つけたら新発見ってことになるのかな。学校でなきゃ出来ない事で。

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