« *きせる | トップページ | 方言の恐怖 »

鹿男あをによし第九話

今回はいささか男らしい感じの小川先生ではありました。やるときゃやらないと主人公には流石になれないようです。神経衰弱と弱気と気迫なしと及び腰とネガティブと被害者意識と悲壮主義。しかも運がない。これでもかという位負のイメージを具現化した存在の小川先生ですが、よくよく考えてみると途中経過はともかくとして一度も逃げ出し事は無い訳で。京都に来たのも逃避ではなく飛ばされたのだし、生徒(堀田)からは嫌われ周りの先生方からも距離を徐々に広げられ、鹿にせっつかれても優勝杯を目指し狐の使い番を探し鼠の運び番を追い詰めてきたわけですから根性なしと言う条件だけはなさそうです。あと早起きが出来るというのは凄い。いつも誰よりも早く起床して鹿と打ち合わせをしてるわけですから「年寄りか」と突っ込みたくなるくらいの早起きマンです。こんな危なっかしい役を違和感なく嫌悪感を感じさせることなく演じておられる玉木さんはお上手な役者さんだと感じます。誠実さが失われないとこが引力の秘密なんでしょうか。顔つき目つきも先週まで虚ろだった感じから覇気が目の中に宿ったようにも見えました。

それをサポートする唯一の理解者たる藤原先生役の綾瀬さん。悪意の無い無神経を無邪気ととるか鈍感ととるかで随分と受ける印象は異なるものですが、綾瀬さんからは好意的な印象を受けます。下手すればカマトトと勘繰れなくもない危ない役柄なんですが「天然」と云う方に昇華されているようで厭味がないですよね。表現が変かも知れませんが主人公のサポート役(助手役)演らせた時の綾瀬さんは映える気がします。

どうやって「め」を取り戻すのか出来れば頭脳戦で推理小説みたいなのがいいなと書いたのですが、見事堀田の活躍と藤原先生の知識で取り戻せた辺りは見てて気持ちよかったです(いささか出来過ぎかとも思えましたが)。その凛々しさと不可侵の部分を感じさせる堀田という不思議少女役の多部さんも適役に思えます。中盤まで謎の殆どを担ってきた重要な役でありました。ある種なんでも自分の中に抱え込む役がはまる方です。ご本人がそうなのかは知りませんが多分お芝居でしょうけどそう見えます。

引っ掻き回し役の児玉さんもその意外性でホントたぶらかされ申した。イメージ的に知的で誠実な児玉さんがまさか話をややこしくした張本人というのはこのキャスティング卑怯の一歩手前の大正解でした。周りの先生方の方がとっても怪しい人ばかりだったせいもあるのでしょうけど見事意表を衝かれた感じです。

今回判明した事は、どうやって狐の使い番が騙されたのかの謎解きと鼠の運び番のご無体な行いの理由と無駄な抵抗を描いたわけですが。なんとか神無月の最後の日に儀式が行われることが出来る準備が整ったということで来週に続くということで。さてどういう光景を見せてくれるのでしょうか。

それにしても「め」の使い道と使わないとどうなるのかを知ったうえでのご謀反だったのですね。日本全てが廃墟と化すということではないのでしょうか。半分程滅んでも研究としての重要性に目が眩むというのはことの重要性がどのくらいかと云う事に懸かってるんですよね。狂気に走って日本の半分くらい犠牲にしてもという気持ちは分からないでもない勢いでした。

余談的な展開としては、小川が先生でなくなる。つまり京都にいる理由が儀式が済めば存在しなくなるということで、いくらなんでもどうころんでもここまでくれば日本の危機は回避されるでしょうから、その後ということで小川はどうするんでしょうか。

藤原との関係は?まあ当然シルシの解除はあるでしょうし、話しが飛んで鼠の使い番は明かされるのか?(まあ剣道一家に伝わる伝承みたいなんでおそらくは大阪の剣道部の先生なんだろうなとは思いますけど)長岡先生と福原先生の関係は?落胆にくれる小治田は儀式が終わったらどうする。というか儀式終了後の「め」はどうなるかってことに繋がるんですけど。福原先生には今回の顛末を説明するのかそして説明したとしたらどういう反応をするのか。

色々と細々としたものがありますが、来週一回で全部応えていただけるのでしょうか。

|
|

« *きせる | トップページ | 方言の恐怖 »

2・2008年のテレビドラマ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211000/40412752

この記事へのトラックバック一覧です: 鹿男あをによし第九話:

« *きせる | トップページ | 方言の恐怖 »