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エジソンの母第四話

人は何故平等ではないのだろう。そもそも生まれたときからにしてイコールではない。だけど理想として追い求めるべきもの。えらく深いテーマですわな。私ごときの頭では破裂しそうな疑問の投げかけです。

問題はいつどのように教え導き諭すのかということでしょう。ドラマのように幼い頃には理想をまず教えることが始まりで歳を重ねるごとに訪れる矛盾につまずくときに横道にそれぬよう導き、生き様の方向性を定める就職という時分にはいかに生きるべきか諭すというのが現実なのでしょう。

ドラマに置いては飛び級ならぬいきなりの結論で「天才の卵」は自身の吸収力を満足させている訳ですが、普通の社会の歯車になるべく凡人にこういきなり教え諭していいものかという教師の側の苦悩は当然だと納得できますわな。かといって凡人に向かっての教えでは「天才の卵」が満足する訳もなく。

世の中はまだ未成熟であまねく平等のシステムを完成するに至ってないのは事実ですけど、だから君たちが大きくなってそれを完成させて欲しいと謳ったところではたして普通の子供が言葉通りに受け止めてくれるのかは疑問ですよね。完成されてないんだったら自分の都合のいいように生きてもいいじゃんかといった感じで。

救いは平等は共に等しいという共等という字ではないということなんでしょうか。お金があればなんでも有利ということであっても、お金とは関係のない世界で幸福感を得るものがあれば人として幸せだというのが私ら凡人の精一杯の良心的な解釈なんでしょうね。イコールと平等は違うということと平等は幸せを追求するためのルールであって最終目標ではないってのが言い訳としてはよく出来ててこれが最上なんじゃないのかなと。

・・・・もう頭が爆ぜたのでもうここら辺で。

で、話しをそらすんですけど、子供って凄い純粋な分大人なんかよりずっと残酷で感受性が強いと思うんですよ。だから人と違うということに物凄く反応すると思うんですけど、それが負としていじめとかの排除する意識に傾いてしまうのじゃないのかなと想像してるんですけど、このドラマでは「天才の卵」はそういう負の意識をもたれないってのは現実にいじめられるような子供とどう違うのかなという疑問はあります。何故排除する意識に周りが捉われないのか。いじめにあうことはないのかなと。大人の目の届かない子供同士の世界の中でその素養というものが潰されることはないのかなということです。

それにしても学校の先生って大変ですね。普段言うことが分からない聞かない連中を相手にしてると直ぐイラっとくる私なんかではとてもできるものではありません。ご苦労をお察しすると共に尊敬いたします。

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