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共有と継続と永続と所有

ブルーレイとHDDVDに決着がついたそうな。これで人のと規格の違いで貸し借りができなくなることはなくなった訳だけど。共有で使いまわし見せびらかしかあとふと考えてしまいました。

小さい頃は本の回し読みとか秘密基地にあるものとかは共有のものだった。みんなで使う物だから大事にしなさいというかしないと子供の持つ残酷性で邪険にされた。だから嫌でも大切に扱う事が生活の知恵として叩き込まれたものでしたわ。

そういう自分がいつのまにか過去の記憶になったのはいつ頃からだろうかとふと思案。共有(貸し借り)なんてしなくなったよなということ。

芽としては小遣いで漫画のコミック本を買える様になってからであろうか。人に自慢げに貸してもお菓子の食べかすとかページが折れ曲げられることに腹が立つようになってからであろうか。

決定的になったのはビデオの時代に入ってからのことかな。ベータを選択したことによって人との貸し借りが皆無になってからだろうな。別に性能重視でベータを選択した訳ではなくて知り合いが東芝に近い人でその人との関係性から買ったビデオがベータだっただけのこと。じきに東芝そのものがVHSに転換してSONYが唯一残された砦となっても録画しまくったせいで転換できず。今もビデオはベータで。しこしことDVDに移し変えてる今日この頃なんですが。

継続性とか永遠性なんて夢幻の世界なんだろうなとつくづく想う訳ですわ。耐久性のみが大切であるんだと。8mmでせっせと撮ってたとしても映写できない。ベータでしかもベータⅡで録画しても再生デッキが壊れちゃ修理も部品なしで断られる。レーザーディスクはどこへやら。DVDが暫く続くと思いきや早やブルーレイへと移行する。

レコードプレーヤーの如く細々ながらも連綿と続いているものならありがたいけど、映像を記録すると言うことに関しては猫の目状態。

浮世絵や根付けとかの江戸文化などは一朝にして成った物ではない筈。現代の文化は所詮テレビ局とかの専門家でなければ維持できないものなのだろうかと卑屈にもなりそうな感覚。そういうとこから小出しで出されたものに貴重だ貴重だと踊らされているだけのええじゃないかの輪の中にいるみたい。

最終的には本の世界に行き着くのかなと考えないでもないけれど、それでも明日を見ずにせっせとハードディスクが一杯だからとDVD焼いてる今日の自分がいる。踊り疲れないのが不思議。そろそろ一人の人間が死ぬまで変わることのない不変なものに出会いたい気分ですねん。

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