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佐々木夫妻の仁義なき戦いその3

第四話のお話です。痴漢冤罪を取り扱ったテーマだと「それでもボクはやってない」の出来が素晴らしすぎるから、あえてこのテーマに挑むのはどうなのだろうかという様なことを前記事で書いたんですけど。無事購入できたキネ旬での周防監督のインタビュー記事を読んで、考え方を改めました。

賞を獲る事によって再びこの映画が話題になることを望まれたということなのですが、確かに社会の矛盾を見る側に投げかけた作品なだけに、一過性で終わって欲しくないという監督のお考えは正しいなと思えました。映画を作るに至った監督の想いというものは「ねえねえ奥さん聞いた?」・「あらやあだいやあねえほんとに」・「じゃあした」みたいな世間話で終わって欲しくない訳で。

なので、それに呼応して「働きマン」でもこの作品でもそれらの作品のカラーなりにテーマを継承して誤った形勝に警鐘を鳴らすことはいい傾向なことと拍手すべきだと。そして今の世がよい方向に方向転換される手助けになればいいことだなあと考えを改めました。

そんな観念的な凝り固まってから観た今回でありますが、映画の後追いと言う部分もありますが裁判後のことに比重が置かれているようで、特にやってもいないのに面倒というものを考えると示談が楽な方に流れる。しかしそういうことで進んだとしても、決してキレイさっぱりと消え去ることではない。と言う点に響くものがありました。

碇シンジの「逃げちゃ駄目だ×∞」じゃないけれど、人として貫かなくちゃあいけないことは折れて流されてはいけないことだと思い知らされた気分です。このドラマが一話一騒動というお約束らしいので、その制約で多少出来過ぎな決着だと感じはしましたが、どちらも正しいと思える佐々木夫婦の真逆な思考・行動のぶつかり合いは色々と考えさせてくれる機会を与えてくれます。そしてそれをさりげなくフォローする蝶野(西村さん)と馬場(藤田さん)が効いてます。

もうトムとジェリー状態で「仲良く喧嘩しな」でずっといって欲しいものです。でも段々小雪さん女性の格好してるけど男に見えてきております。夫婦というよりパートナーという表現の方がしっくりくる感覚です。(お綺麗ですけど)。漫才とかでもコンビ同士実は仲悪くても芸として素晴らしくそれが世間に必要とされるなら分かれる訳にはいかないというようなものでしょう。なので離婚だ離婚だと囃したてられると見ていて疲れてしまいます。

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