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あしたの、喜多善男第三日

しかし緩みの無いドラマです。緊張感を持続しっぱなしでCMになると何故かホッと一息つける感じです。CM見て英気を養いCM明ければさあいくぞって勢いでみないとドヨヨンとしてしまいそうです。この作品観るのにはCMタイムは貴重な回復の時間です。CMあってホントに良かったと思える不思議なドラマです。普通重苦しいだけだったりどろどろだけだったりだと観るの放棄するんですけど引っ張り込まれちゃうんですよね訳わかんないですけど。

私は原作を読んでから臨むタイプではないので、この作品の原作は当然知らないのですが、多分文字で追うと喜多善男には空虚な匂いが漂っているんじゃないかなと勝手に想像してしまいます。それを役者さんが呼吸してる喜多善男を演ずる事によって背中に背負うものが匂ってきてイメージがやはり変わるんじゃないのかなと。字で読めばもっと淡々とした醒めた人間像を想像するんじゃないかなと。

私は妄想力が強いのか本として読んだ物を映画化ドラマ化されても、自分が作り上げたイメージが崩れ去って行くのが厭であまり愉しくない場合が多いのです。音楽でも最初聞いたものが正当で例え本人が演奏したものであってもライブバージョンとかだと興が醒めるタイプなのです。

そういう意味では原作を読まれてからドラマに挑まれてる方には動く喜多善男というのはイメージ通りなんでしょうか。私は小日向さんの喜多善男しか知らないのでどうもこうもないんですが、いい感じです。やっぱりこういう善い人が人生の敗者になって追い込まれていくのかという洒落にならないリアル感を感じます。周りの人もホント胡散臭いし。妄想力はあっても何かを付加する創造力に欠ける私としては各人物の肉付けがしっかりしてる分ドラマでいいって感じです。

最初もう一人の喜多善男が出てきたときはなんじゃこりゃと思いましたが、三回目ともなると出てくるのに馴れました。というかなんか色んなことに流されてしまって居場所がわからない迷子になってしまってるときに、自問自答のこのシーンで振り出しに戻る感覚がしてほっとする訳じゃあないけど落ち着く感じです。

今のところ謎というかよくわかんないのはなんでみずほは喜多善男と結婚したのか、三波さんは何者なのか。タイトルにある奇跡とはなにか。ですかねえ。気になるところです。みずほと会って「なんで?」と聞いてみずほがなにか答えてましたけどよくわかんなかったです。なにかと先が読めないのでお気楽主義の私には忍耐のいるドラマですが謎が分かるまで(どうせ最後まででしょうけど)緊張を強いられながらも観ようかなと思うちょります。

正直いいだか悪いだか判断のしようがないです。役者さんのパワーがなかったら多分観てないと思います。いまのところお話の落ちどころも読めないお先真っ暗な展開に光明がなにも指さない状態なので、ラストが良いと思えるかどうかで判断するしかない勢いです。少なくとも私は湯水のように使うあの金銭の出ようはもったいないとしか思えない小市民だし自身死ぬ気も今のところないのでドラマに感情移入する場はないです。でもなんか怖いもの見たさで観てるのかもしれません。

それにしても制作が関西テレビ。上川さんのスワンに続いての小日向さんの登場と。本格というか本物志向に突き進んでくれてるようで、私としては嬉しい傾向であります。発掘無い無いなんとかの反動でこういう方向性を選択してくれているとしたら雨降って地固まるって感じでいいんじゃないですか?

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