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天災は忘れた頃にやってくる

あくまで言葉遊びです。冗句です。

「天才は忘れもせずにやってくる」

意味

天才は滅多に出ることのない不世出の人間ではあるが、振り返ると時代時代ごとに必ず存在している。ややこしい話ではあるが、滅多に出ないがしかしいつもどこかには居る。天才の存在しない時代はないということ。

別の解釈としては、天才ゆえの集中力で普通なら忘れてしまうようなしょーもない事でも憶えていて軽い気持ちの約束事でも拘ろうとする様のこと。身も実も大きくなってから小さい頃いじめられたお礼参りがあるかもしれない。どういう人間が天才なのかは見分けがつくものではない(見た事がないひとが圧倒的多数だから)のだからよかれ悪しかれ将来のことを考えて誰に対しても優しくしておくことが必要だということ。

「転載は忘れた頃に載ってくる」

意味

パクリを上手くやるためにはほとぼりが醒めてから、あたかも自分が書いたように見せる事が必要である。そういう巧妙な手口の被害に遭わない為には長く注意が必要であると言うこと。

本来の「天災は忘れた頃にやってくる」については説明の必要がないと思われるので、じゃ、そういうことで何卒よしなに万事怠りなく。

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大帝の剣

*最初のイメージ

初めてタイトルを聞いたとき「大抵の剣」だと思ったんですよ。大抵の剣を使いこなすいい加減な剣士のお話かなと。監督が堤さんで主演が阿部さんならあり得るなと。娯楽大作とかいう触れ込みだったんでそうに違いないと。

でも違ってました。長刀だろうが短刀だろうが器用に使いこなすが飽きっぽい性格が災いしてどれも奥義を極めることができないいい加減な剣士がそれでも運とツキだけで様々な苦難を要領よく乗り越えていくお話しとかではありませんでした。

実際は宇宙にまで話が及ぶと言う超壮大なお話でした。どえりゃーおそぎゃー話しだがね(by なごや)

*番宣中のイメージ

「あららら~」とか佐助(宮藤さん)がぶっ飛んだりと、コミカルというか愉快さを強調したようなイメージをテレビを通しては感じました。なんかハチャメチャで物語の落ち着く先というかそういうのが読めなくて、変(嫌い)な言葉ですけどテーマは何?てのが想像つきませんでした。ある目的を持って3つの神器を求める冒険の道中記とかオリハルコンの争奪戦とか言ってくれた方が私としてはすっきりしたんですけんど。もっとも気合入れてCM見てたわけじゃないので私の見落としかもしれませんが。

*実際観た感想

とにかくぶったまげたのは、竹内力さんでした。あの迫力はなに?って感じでもう引き込まれっぱなしでした。私はおっかない作品は嫌いなのでやくざ屋さんのお話とかは観ないので、初めてまざまざと知ったと言う感じで凄かったです。声がいいですよねえ。しびれますわ。ほとんど着ぐるみに近い状況でしか画面に出てこないけれど存在感には圧倒されます。竹内さんには不本意な事かもしれませんが、普通に一般ピーポの役で映画に出ていただければもっと沢山観れるのにと思いました。絶対映画の人ですよ。テレビみたいなチンケなサイズじゃあ収まりきれませんて。

エンディングが摩訶不思議に余韻が充分過ぎるほど残ったんですけど、それ以外はさくさく進むお話でテンポがよかったです。ある意味気を抜くとこがなくて一気にって勢いなんですけど最後までついていけました。奇想天外なお話しだけにめんどっちいとこはナレーションの江守さんに任せて、おいしいとこ撮りで愉しんだって感じが薄らほのかに漂います。

役者さんの細かいギャグアクションが散らばってて、しかも戦闘中とかのくそ忙しくてそれどころじゃねえだろうってとこまで入れてあって、こりゃ何度も観ないと駄目なつくりにしてあるなと思いました。監督ひとりのアイデアなのか役者さんがアイデアを出しあってのものかはよく分かりませんが、とにかく色々ありそうだなと。

阿部さんはかっこよかったです。ファイティングシーンとかは私あまり詳しくないんでいいのか悪いのかは判断できませんが眼が輝いてるなというのは私でも分かります。バブルでGOでは「効くねえ~」この作品では「おもしれ~」というフレーズでしたが私はやはりトリックでの「ばんなそかな」が最高だと思ってます。

エキストラというか領民がなんか時代劇らしくていいなと思いました。黒澤映画とかででてくる野卑な感じが出ていて、キレイキレイっぽくない雰囲気が時代劇見てるんだという地に足がついた匂い立つ感じがしてよかったです。姫(長谷川さん)の襟元とかも道中の困難さを表わすかのようにきっちし汚していて、姫が「臭い」というセリフにも説得感がありました。別に不潔感も伴うわけじゃないんで観てて不快には思わないんで生きてるんだから当然という感じです。

DVDで最初観たらなんか迫力がでないなあとちょっとがっくりきたんですが、なんのこたあない、5.1chにしてなかった。やっぱし音の迫力もこの映画のウリのひとつだったんだと失敗こいて気づきました。やっぱ見るときゃあ5.1chですな。

音の迫力に負けない役者さんでないと締まらないですから、阿部さんと竹内さんはやっぱスゲ~と再確認しました。

まとめというか全体の感想は、映画らしく創ってあるなと、米国映画っぽいと言えなくも無いスケールが感じられました。愉しい映画でしたと感想も米国映画見た後のような印象です私には。

でも忍者のキャラにはワクワクしました。好きです。昔見た伊賀の影丸を思い出してしまいました。なので今度は伊賀の影丸原作でこういう映画を観てみたいです。

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*ほかいときゃええだ

「ほかす」の記事で述べた意味の日常での実用編。結構頻繁に使う。

直訳すれば、放置しておけばいい。だがこの解釈だと微妙に違う。今やってること(やろうとしてること)はとりあえず後回しにして別のことをして欲しいときとかに使われる表現が「ほかいときゃええだ」である。「ほっときゃいいだ」もほぼ同様に使われる。が、手を出すな、つまりまだ手をつけていない状態でいう場合が多いので、多少の意味合いの違いはある。

変形というか似たような表現では「うっちゃっときゃいいだ」がある。こういう場合の「ほかす」には後回しにするニュアンスであり、「うっちゃる」だと文字通り捨てる・しないとかいうTHE END 的なニュアンスになる違いがある。

作業や仕事で使うような場合、「ほかいときゃええだ」は優先順位を下げろと言う意味で、「うっちゃっときゃいいだ」には誰か他の者がやるだろうからという意味合いで使われることが多い。

尚、「いいだ」と「ええだ」は使い道に差はなく言う人の好みの問題なので、どちらでも構わない。

共通語的に「後にしろ・後回しにしろ」という言い方だとストレート過ぎてきつい言い方と遠州人には判断される。

例文

「やあ、荷物きただで、搬入手伝えやあ。」

  (おい。荷物到着したから搬入手伝え。)

「だってわしやりかけで手えはなせんよー。」

  (いやしかし、私の仕事やりかけで手が離せないんですけど。)

「そんなのほかいときゃいいだ。先んいごかしとかんと他んの身動きとれんくなるだでえ。」

  (そんなの後回しにしろ。先に移動させとかないと他の物が動かせなくなるんだから。)

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ちっこい映画館

以前、カラオケ屋さんでもいいから少人数(知り合いばかりの)で見たいものを観る側に時間の都合と作品の選択権を持って見れる映画館作ってくれないかなあ、という記事を書いたのです。で、車に乗ってふととあるカラオケ屋の広告看板が目に留まったら、私の妄想が現実になってました。無意識に見た看板が頭の中に無意識にこびりついていて、それを私の妄想(あたかも自分が考え付いたかのように)と思い込んでいたのかもしれませんが。

気になったのは何が観れるんだろうかということ。持ち込みなのか店長のチョイス(お勧め)なのか。立地的に近くにレンタル屋さんはないのでどうしてるんだろうとふとね。

それにもう少し飛躍した想いを言えば、あまりにも有名な映画はともかくとして、浜松みたいな田舎にはやってこない単館系と呼ばれる作品を、1800円の料金で大画面では観れないとしても家で観るよりも大きい画面、騒音と近所から言われずに済む場所で、都会の人たちとほぼ同時期に観たいんですよ。実際夏公開の作品なんかDVDが出るのがだいたい半年後。まあ冬に見ることになるわけですよ浜松じゃあ。どうせいっちゅうんじゃって思いません?カキ氷おいしそうに食べてても冬にそれ見ておいしそうに感じると思います?

貸し出ししないダビングしない(これが難しいんでしょうけど)条件で普通の映画館では対応してくれないような佳作を提供してくれるシステムがあればいいなと。闇というか非合法ではなくて正々堂々とね。

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医龍2の5

全然ストーリーとはかけ離れた内容ですけど。要望であって決してけなしてる訳ではないのでそこんとこお間違いなく。医龍2好きで欠かさず見てますから。

加藤ちゃんはいつ出てくんのかなって、出そうもないですねやっぱり。以前にも書いたんですけど加藤ちゃんという存在がいたほうが好きなんですけどね。

勿論稲森いずみさんを見たいってのもあるんですけど、唯一朝田に物申して不本意ながらも朝田が従うキャラクターが加藤ちゃんだからです。医龍2の今の朝田だとチームさえ揃えば怖いもの無しのスーパーマンって感じで医龍の時の苦悩や葛藤というのが見えなくて。人間らしくない。ま、それだけ人間として成長したってことなんでしょうけんど。

病院の苦労は院長が背負って朝田は手術を確実に成功させて病院の評判を上げるという自分のやれる責務というものを着実にこなしてはいるのですが、なんかマイペースに見えるんですよね。

朝田が頭の上がらないキャラと言ったら加藤ちゃんしか思いつかなくて後はみんな同志か敵か患者さんですからねえ。朝田というキャラが崇拝されるだけのものよりも、もう少し人間味のあるキャラとしての方が好みなんですけど。そう思う私といたしましては、鬼頭先生は朝田にかまってられる状態ではないし霧島も仲良しになっちゃってるので、加藤ちゃんしかいないんじゃないのかと思う次第であります。現実論で物言う加藤ちゃんと理想論で物言う朝田のぶつかり合いが見たいな。手術室でも病院内でもぶつかり合えるの加藤ちゃんしかいないでしょう。

医龍参とかやるようだったらリクエストしたいところです。

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*おるだかいねえ

「おいでる」・「いるかいねえ」だといると思ってやって来た感じであるが、「おるだかいねえ」・「いるだかいねえ」はいないかもしれないと思ってる感じになる。

省略形で「おるだ?」・「いるだ?」という表現もある。

多分いないだろうけど・はっきりしないけどという様な場合は「おらんだか」・「いんだか」が使われる。

例文

「今日は猫おるだ?」

「あ、どうだかいねー。いるとしたら縁側んとこだけど。見てこすか。」

「ええよ別に見いいかんでも。どうしても見たいってこんじゃないだで。」

注、「見てこすか」は(見てこようか)という訳になる。

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一万アクセスいったどー!

零細個人ブログごときが一万いくなんつうのは石の上にも百年早い話かと思ってたんですけど、なんと到達こいてまった。4月の始めにやろうと決意して4月21日から始めたというヘタレがねえ。

来年の春だろなあと踏んでたんですけど、ぬぁぬぁぬわなんと!再びココログ旬の話題ブログで紹介していただきドッカアンですわいな。それこそ感謝感激雨霰猿のお尻は真っ赤っかですよ。有り難う御座いました。

考えてみればアクセス数の違いってのは、書いてる場所はちまちました100%個人の部屋の中であっても、結果としてはお外でしゃべっているようなもんで、隣近所で話してたのが段々と場所が公園・公会堂・市民会館と大きくなっていくようなもので、公と私の境界線がどんどんと公に近くなってくようなもんなんでしょうか。勿論、1万なんて数字は近所の井戸端会議での発言みたいなもんで10万100万アクセスなんてざらな世界からすれば、そんなスゲーことじゃないのでしょうけれども。

でも比べること自体が力量が無いくせに自分は何様だという傲慢にもなるわけだから、マイペースでいくしかないんでしょうな多分。ロールプレイングでも出世ゲームでもないのだから経験値積んだところで自分の人生が豊かになろう筈もなく。そのうちアラがめっかってあらあらかしことメッセージがこらしょと来てへたっちゃうかもしんないし。

いづれにしても次の到達目標は自分のネット上での名前に掛けて八万。年数にすれば10年くらいかかるのかな早くても。技術やら文化やらの変化でブログというシステム自体があるのかどうかすらわからない遠い先にある目標だなあ。そこまで遠州弁ネタ続くんだろうか。アクセス件数はテレビネタで稼いでいるようなもんなんですが、ブログを始めた動機が地域性の想いなんで、幾ら誰も見て無くてもこれを辞めたら意味がなくなってしまうので。

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トリビアの泉の空気砲

働きマンを録画したつもりが再生したらトリビアだった。HE~。もうがっくりなんですがせっかく録ったんだから見ないと損のような気がして見てしまいました。

面白いんですよやはり。番組ワールドにはまります。でもね録画してまで保存というか繰り返し見る類のものじゃないでしょう。あくまで一過性と言うかその瞬間を大事にっていうか。花火みたいな華やかさですよ。

などといいながら一遍見て笑って愉しんだら消そうとしたんですけど、空気砲の実験のとこだけとっとくことにしました。

いやね音楽なんですよ音楽。実験の内容が衝撃なんじゃなくてエヴァのサウンドに引き込まれてつい。もう完全に独り歩きできる音楽ですよね映像が伴わくても。今なんのどういう状況なのか感覚で反応してしまいますもの。緊迫感とか意識の高揚とか

トリビアにおける使い方も的外れでもなくて、映像(まあ真面目におふざけなんですけど)と音の組み合わせでついつい実験結果に息呑んじゃいましたから。違う別の音楽だったらこうは思い込むことはないだろうなと。

これがパブロフの犬現象じゃなくて純粋にエヴァの音楽に力があると信じたい。

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働きマン第8話

やってもうた。2日連続録画ミス。まあ今回は22時セーフ帰宅だったので見ることだけはできたのは不幸中の幸い。松方弘子じゃあるまいし、なにミスばかりやってんだろうか私は。

ただなんでもそうだけど1回観ただけで能書きたれる記憶力もないので、今回はホントに印象だけでおます。

で、新二とは結局別々の道を歩いちゃうわけね。なんか淋しい。ドラマの中で「一番おんならしいのは松方」というセリフが印象的でした。力の源(恋愛)と仕事とは両立できない。なのに両方とも望んでいるという矛盾は野郎には判りそうで判らないものです。仕事が理由で家庭に悪影響が及ぶ事はあっても、家庭が理由で仕事に影響があるなんて事はほとんどないですから。まあ私の仕事そのものが簡単単純なものに就いているせいかもしれませんけど。とはいえドラマに戻って、余韻残像を残しつつも働きマンに戻るのにけじめつけてヨイショと力が入らなくちゃ復活できないというのは野郎とは違うものだなあと思いました(私だけかもしれませんが)。

「気を紛らわすために仕事してもらっちゃ迷惑なんだよ!」ってセリフにギクリドキリ。勘弁して下せえお代官様。家に帰りたくないときだってあるんです。でもこういうとこは男女の区別はないんですねやっぱり。

「もう後戻り出来ない。」というセリフでこのまま別れちゃうのが見ていてしんどいです。それに追い討ちをかけるように、もし次の彼氏見つけるなんてことになったら、正直一生働きマンやり続けてお幸せになってくださいと言うしかありません。

どうも凄い人・大した人というのは分かるんですが、お友達になりたいタイプでも知り合いだと自慢したいタイプでもなくなりそうです。新二一筋がやっぱりいいなと。またどっかでばったり出会って再スタート切って欲しいです。

以上一回見ただけで見直しも出来ず散乱と書いた駄文でした。

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*ひんむく

全国的に広がる方言。剥く・剥ぎ取ると言う意味であるが、多少「強引な」といったニュアンスが追加される感じがする。これも遠州でも使われている言葉ということで。感覚的には剥く(むく)というより剥ぎ取るというほうが強い感じではある。

「めんたまひんむくぞ」

「てめえのその服ひんむくぞ」

とかいった脅しみたいな表現になることが多いような気がする。

若しくは

「じゃがいもの皮ひんむいて人参玉葱鍋にぶち込んで煮りゃいいだ。」

みたいな男っぽさ(雑な大雑把さ)を表現する際に効果的。かもしんない。

なので答えの無いクイズであるが、「バナナの皮を剥け」と言われればどうすればいいか理解できるが。もし「バナナの皮をひんむけ」と言われたらあなたならどうする?

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*いるかいねえ

以前書いた「おいでる」(いらっしゃる・おいでになられる)というのが丁寧な言葉で、この「いるかいねえ」は(いる?おる?)といった横並びの関係性を表わす。

奥さん同士は毎日顔合わせていても「おいでる」を使うのがひとつの礼儀となっているが、たまあに「いるかいねえ」を使う人がいてそう言う人は随分と馴れ馴れしい人と思われるらしい。

普通は親戚とか親しい友人とかに使う。隣近所とかの知人顔見知り程度の関係性の人にはあまり使い勝手がいい言葉使いではない。

野郎言葉だと「いるけえ」・「おるか」・「おるう」・「いるう」。「おいでる」に対応するのは「おらるるう」あたりであろうか。

例文1

「やあ。これ余ったんで誰か欲しい人いるかいねえ。」

「じゃわしもらわすかねえ。」

「悪いね。まあ荷物になるけど持ってってやあ。」

「おおまかしょ。」

「ほんとにぃ。そうしてくれると助かるやー。」

例文2

「お母ちゃんいるかいねえ。」

「いんよ。」

「どこいっただかいねえ。知ってる?」

「おじちゃん家に届けもんせるっつってたにい。」

「あれ。ほいじゃ行き違いかあ。やいやい。」

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*どっちかっつったらあれだにい

どちらかといえばあれだよという意味。もうひとつは、むしろ私はこう思うと言う意味になることもある。

例えて言うならねえ・しいて言えばねえ・あえて言わせて貰えばねえ・本当のこと言わせて貰えばと言ったニュアンスで使われることがある。というか多い。二者択一的な使用に限らず自分の好きな方を意見する場合にも使われる。

例文

「やーお菓子どえらいがんこ種類あるじゃんか。食い放題だで元とらんとかんでたんと喰わんとな。さてえ、どれから喰わすかなあ。」

  (わーお菓子がすごい沢山種類があるよ。食べ放題だから沢山食べて元とらないとね。さあてどれからいこうかな?)

「わしどっちかっつったらあれだよー。色んなのちまちま喰うよりか一個でかいのわしわし喰う方が好きだよお。」

  (私ねえ。どちらかと言うと違う種類少しづつ食べるよりも大きいの一個丸ごと全部食べるほうが好きだな。)

「いいじゃんおんなしもんばっか取って喰やあ。胃に入りゃあおんなしだらあ。」

  (それだったら同じ種類沢山取ればいいじゃないの。お腹に入れば意味同じでしょ。)

「あほかあ。そんなんじゃかんだって。そんな恥ずからしいこと出来すかー。」

  (全然違うわ。第一そんな恥ずかしい真似できないよお。)

「ぶちぶちこくなら喰わんでいいにぃ。紅茶だけ飲んどってくれても。ダイエットにいいかもね。その間わしだけくっとるで気兼ねしんといて。」

  (ぶつぶつ言うんなら食べなくていいよ。紅茶だけでも飲んでて待っててくれても。ダイエットにいいかもよ。その間私食べてるから合わせなくてもいいよ気兼ねしないでね。)

「うそうそ冗談喰うわ喰うきっちし喰うわ。」

  (うそうそ冗談食べるよ気合入れて食べる。)

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ガリレオ第7話の深田恭子さん

三連休で映画にDVDにと充実したお休みでした。しかあし、その分テレビドラマ見なかったつけが溜まってホント溜まる溜まる堪らんて。

で、どれから挑戦しようかとファイル一覧見て思ったんですけど、集中してましたねえなんか。なんやらかんやらの出展作品ということで各局気合が違うって勢いの作品ばかりですなこれが。一種のお祭?それとも年に一度の文化祭?

そんでまず見たのが、ガリレオ第7話。・・・だって他は長いんだもん。月曜から寝不足してたら金曜まであんた持ちませんてホント。

と、前置きはともかく、今回で印象深かったのは深田恭子さんでした。

どこで記憶したのか忘れましたが、応援してくれるファンのためにファンの人が持つ「深田恭子」のイメージを崩さないように努力している。とおっしゃられていた事を記憶しています。私は深田さんのファンではないので「深田恭子」のイメージというのはよく存じ上げないのですが、私的には「お姫様」イメージがあります。

それが今回は犯人役で、小悪魔ならぬ羊の皮を被った強欲という役を演じられていた事に意外な感じを受けました。そして最後の「ばれちゃあしょうがない」といわんばかりの開き直って仮面を脱いだようなシーン辺りは、思わず綺麗な人だなあと感じ入りました。冷たい微笑で近づいたら身の危険を感じるのだけれど思わず見入ってしまう(近づいてしまうと書くと危ない火遊びを求めてるみたいに思われちゃうので)妖艶な感じを受けました。ある意味初めて見た演技の上での表情でした私には。深田さんの作品全てを見てるわけではないのでもしかしたら他にもこういうお芝居されてる作品があるのかもしれませんが、私には初めてでした。

役になりきるためにその架空の人に近づこうと役者さんが自らを役に寄せていくタイプの人が多い中で、深田さんのように自分のイメージを大切にしてそれとリンクできる役をチョイスまたは要望を待つというタイプは最近珍しいなあと思ってたんですが、今回のお芝居観てそういう枠取っ払って色んな可能性に挑戦された方がいいんじゃないのかなあと思いました。

勿論ファンの方を大事にすると言う姿勢は実際に行動が伴っているだけに尊敬に値する自己管理ではありますが、ガリレオで可能性を垣間見た気がする私としては別の道も選択肢の中に入れて欲しいなと思うわけですよ。誤解を招くと困るので付け加えますけど悪女悪役をと言ってるつもりではありません。

とにもかくにも深田さんよかったです。

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おこうこ

お漬物の事。茶請けに食べることもあるが、これが静岡県独特かは不明。そして「おこうこ」という言い方も静岡県だけかも不明。

あってるかどうかは不明だが、「おこうこ」というとそのイメージはたくあんを想像する。白菜とかだとシンプルに「お漬物」と呼んでたような。家だけか?

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ま○まさんすごいっす

ま○まさんの記事のアクセス件数半端ないっす。我がブログの中で最強じゃないすか。ココログで紹介された記事の件数も結構あるんですが、ドラマのタイトルだったり役者さんの名前であったりと色々の合わせ技だったんですけど、ま○まひ○か○の検索ワードだけでというのはホントすごいっす。たいしたネタじゃないにも拘らず。しかも一日限りの現象じゃなくて海○第一話終了してからずうっとですからねえ。こういうのブレークって称するんでしょうか。でも実力のある方なんでブームで終わる人ではないのでこれからドーンですかねえ。

伏字にしとかないとま○まさんの記事かと思われて迷ってお越しになられる方がいるといけないんでこうしてるんですけど、いい役者さんなんでホント世間に知れ渡ってくれるのは素直に嬉しいです。

SGがらみの男子だとひらっちが飛び出てその次にいでし新星って思われるんでしょうか世間では。

追記

3/30、年をまたいでのお話なんですがまた再びアクセス数ど~んでおました。なんやらなあと思いきや、再放送してたんですねえ「○峡」の。どうりでと云うかなんも書き加えてないんですけんど、どがんこありましたアクセス数。お蔭様でココログの「映画・テレビ」のカテゴリーは激戦区でその中の上位100位に食い込むことなんてありえない筈なんですけど瞬間的にではありますがデイリーの3位にランクしてました。快挙です。ま○まさん様様であります。でもそんな世間に知られていないというのは驚きでもあります。

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*はさがる

共通語にすれば、挟まる(はさまる)になる。というか共通語だろうな。

「奥歯にものがはさまる」というのを「奥歯にものがはさがる」という使い方。ネットで調べたらどちらも頻繁に使われてるようなので遠州弁というには語弊があるやもしれぬが一応記載。

多少共通語と違う事を模索してみると、共通語で使われる「人と人の間に挟まって苦労する」みたいな目に直接見えない状態には「はさがる」はあまり使わない。つまり「人間関係にはさがって大変だ。」みたいな使い方はしないということである。こういう場合は遠州では「あいさにはいって」とか「はさまって」を素直に使うことが多い。

単純に目に見える物と物の間に挟まる物に使うことが多い言葉である。

挟む(はさむ)を「はさぐ」と言うかと言うとそんだだこたあ聞いたこんない。

例文

「板と板のあいさにはさがってる。指入らんくてとれやせん。」

  (板と板の間に挟まってるよ。指が入らなくて取れやしない。)

「やらしょーわし棒でほじくり出いてやる。」

  (私に任せなさい。棒で掻き出してあげる。)

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歌姫7

つらくせつない話しになって参りました。こうなると私のストライクゾーンから外れる領域なんでただ黙って見るしかありません。

鯖子すら切ないんですからね。嵐が通り過ぎるのを堪えて待つのみです。

願わくば嵐の後は雲ひとつ無い晴れやかなお日様が拝めますようにと。

台風の過ぎた後に山に登るとホント最高に景色いいですもんね。遥か遠くまで見渡せて。

雨降って土佐清水固まるってなればいいのですけんど。どうなるんでせう。

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監督ばんざい

妄想と空想と理想。その線引きの基となる基準を知らない。実現可能な領域とモラルの範囲内の度合いによってそれは決められるのでしょうか。

「監督ばんざい」。私はなんでこういう映画が大好きなんでしょうか。観た事も無い新鮮な世界に誘ってくれる作品もいいけれど、自分でも考えてるようなことを映画として実現してるってことに共鳴するんでえしょうかねえ。

勿論私は妄想止まり。北野監督は具現化。結果における差と言うものは歴然だけれど、経過に至るまでの頭の中で動き回るしょーもない想い(アイデア)というものの出来は個人の資質による良し悪しの差はあるにしてもおんなしことしてるんだという勝手な共鳴感なんでしょうか。

別にまとまりも結論も意義もなくてもええじゃないか。頭ん中で考える事の始まりなんて繋がりの無い些細な衝撃から発生するんだから。そこから先の表に出すために昇華する部分に入ってしまうと意識から離れて意思とかが頭をもたげてくる。普通はそういう過程を経て作品として世に出されるのであろうが、意識だけで作品化するってところに快感を感じるのです。前作では夢の領域だったけど今回は白昼夢って感じでしょうか。そういう意味では多少意思が働いているとは思うのですが普通の作品よりか遥かに意識を優先させてるように感じられます。

勿論北野教の信者では私ありませんから、自分の好みとは合わないのもありますからなにもかも賛辞礼賛するつもりはありません。だって私バイオレンス嫌いですから。

お話しの内容は自らの得意分野を封印し、新たな進路を模索することに。様々チャレンジせるもどうもイマイチ。そのうちどうでもよくなってストーリーすらもどうでもよくなって監督が落ち着く世界であるギャグというかお笑いに走ってだめだこりゃ次いってみよう!というストーリー。色んな映画に挑戦する動機が当たる映画を作る作れるの?という動機で監督本人の葛藤にも繋がっているんでしょうけど、「監督ばんざい」が当たるなんて思って作ってるんじゃないだろうなあ。っていうかこれが当たるほうが可笑しいような気がしてきます。

思い付きからスタートして映画の中盤あたりから整理整頓が始まって、一杯になったおもちゃ箱とりあえず全部出して空けて片付けちゃおうみたいな印象がしました。

後半部分は井出博士がえらく輝いて映えてた印象が強いです。上手い役者さんよりかお笑い専科の方で固めた方がいいんじゃないのかと思わなくもなかったです。餅は餅屋ということで。勿論前半部分は役者さん(?)でないと締まらないですけど。

お人形さんの存在はあえて触れないようにしますけど、岸本さんのセリフで「都合が悪くなるとすぐ人形に・・・」というのでなんか分かったような気になったと思い込むことにしております。

尚、映像特典で監督のインタビューを聞くと、私の抱いた作品の印象は極めてとんちんかんな的外れだと言うことが分かります。過去の決別そのための破壊という趣旨の旨を述べておられると判断しました。明治維新の排仏毀釈みたいなもんですかねえ。たけし国の激動の時代で北野は変わるぜよ!ってことですか。だとしたら次には明治天皇のような不動の柱を見つけんとかんきにね。それがなんなのかは私ごときにも見えるんでしょうか。玉は下々にまで輝きが見えてこそですから。

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善は急げ

あくまで言葉遊びです。冗句です。

「膳は急げ」

意味

早飯早糞芸のうち、個の行動というか人間としてはゆっくり噛んで咀嚼したほうが健康上いいのであるが、集団の行動としてみると、そそくさと食べることが美徳とされる。会社にある食堂にしろ大衆食堂と呼ばれるところにせよ長時間居つくことはあまりいいマナーとはいえない。

別の解釈として料理を出すほうからすればお客の回転を早くするためにも早く出した方が商売繁盛に近づく訳だから、「うまいはやい」には取り組んだ方がいいということ。

「前は磯芸」

意味

昔サーファーだったということ。丘サーファーほどではないにしろ本気でやるほどでもなく、ちいとモテたい下心で磯を徘徊してた軟弱者のカミングアウトネタ。

「全敗訴ゲー!」

一・二審で敗訴し最高裁で再び敗訴した瞬間の素直な感想を表わした言葉。

正当の「善は急げ」は、いいことをするのに障害があったとしても迷ったりするな。機会を逃したら善にならないこともあるからすぐに行うことが大切だということ。

出自については勉強不足のためわかりません。

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モップガール第6話

北川景子さんモデル出身の方だなんて知りませんでした。お笑いと言う意味でのドタバタというよりも役者さんらしい動きで思わずにやけるコメディのお芝居なんで、劇団か舞台のお芝居出身の方かなと思ってたんで。大変失礼しました。しかし体当たりと言うか無茶する人ですね。なんかオトコっぽい感じがします。ホントにモデルさんだったんでしょうか。非常に疑問が拭えません。それだけいいと言ってるつもりです。

谷原さんのキャラクターに馴れてきました。面白いです。だれがいくかといっときながら直ぐ次のシーンでちゃーんと来ててしかも鼻の下伸ばしてやる気満々というテンポが大好きです。ドラマというか映画テレビでないと無理なつなぎですよね。らしくて好物です。

6話に戻りますが、女優ですかあ。そもそも女優ってなんですか?俳優さんとどこがどう違うんでしょうか。過去に完璧に演じきった役に必要とされてもいないのに没頭して何に快感や充実感を覚えるというのでしょうか。「わたしは女優よ。」という本当にお決まりのセリフが虚しく聞こえます。

女優に求められるものと役者さんに求められるのとは何が違うのでしょうか。観てるだけ~の私には分かりません。芸術家に人と同じ事を求める必要はないのかもしれませんが、あそこまで自分を追い込んでいかないと表現できないというのはちょっとどころかがんこひいちゃいます。でも「女優」をテーマにするお話しってこういうのが多いですよね。本当にああなんでしょうか。

少なくともこの事件に関わった桃子と将太郎は最後の最後まで予想外の展開として行動してたけど、最後の驚異の嘘くさい治癒力の後の会話で納得したのでしょうか。「忘れられたおんな」なんて「知られもしないおんな」より凄いことのような気がするのは私だけなんでしょうか。つい芥川龍之介の「舞踏会」を思い出してしまいました。

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*ねえる・ねえった

寝える・寝えったと書く。

寝る・寝たに「え」が入った方言というよりも、寝入る・寝入ったの「い」が「え」に変形したと言うほうが考え易い。

全国的に一般的な方言であるが、他の地方のような「煮える」を「ねえる」とは遠州では言わない。

例文

「○子ははあねえっただ?」

  (○子はもう寝た?)

「今、ぐっすりこんだよ。」

  (今は熟睡してるよ。)

「ほいじゃ寝顔だけでもみいいかすかなあ。」

  (それじゃあ寝顔だけでも見に行こうかな。)

「おこいちゃかんにい。やっと寝かしつけただでえ。」

  (起こさないでね。やっと寝かしつけたとこだから。)

「おおまかしょー。」

ガシャン!ドカドサ!・・・あかんぼの泣き声

「もーほんとにぃ。なにやってるよーっ!おこいちゃかんってあれほどいっただにぃっ!」

「知らすけー。こんなとこにモノ置きやがってえ。ばかっつら。」

「人ん苦労も知らんでなにいってるよー!・・・」

かくして喧嘩するほど仲のいい夫婦の会話は続くのであった。

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