« 2007年11月11日 - 2007年11月17日 | トップページ | 2007年11月25日 - 2007年12月1日 »

神童

「大丈夫、あたし音楽(天才)だから。」と言う辺りはOh!流石「神童滅却すれば火も又涼し」ってか。やっぱ神に愛されし孤高の人間故の苦悩。それが孤独感。ってのを平凡人が救うお話しかと単純に見る前はそう思ってたんですよ。

天才。そういう人に好かれる平凡な人間ってどういう人なんだろうという疑問がある訳ですよ。身近な妄想で言えば、芸能人とお友達になるにはどうしたらいいんだろうというとかね。幼馴染や同級生という空間の共有者足りえない、作品を観てそう思った人の妄想の答え。そんなヒントがこの映画を観て読み取れれば愉しいんだろうなと思えるんですわ。尤も私はええ歳こいた人間ですので昔はそうだったということですけど。流石に今はねえ作品さえ良けりゃ誰にでも単純におー!であって特にお近づきになりたいなんて思わないですけど。そういう意味じゃ枯れた冷ややかな目線で観てたかもしれませんけどね。

とにかく観ていてそう思わせるためにも、うた(成海さん)がそう見えるかが重要なのと、ワオ(松山さん)が普通であるかということがポイントだろうなと踏んで観たんですけどね潜入観念ってやつで。

でも実際に観て見るとそんな生っちょろいお話しではありませんでした。幼少の天才の苦悩って私のような凡人サイドから考察するに、普通の人でいたい症候群か天才の領域にいる人しか分かり得ないなにかを伝えられない孤独感くらいにしか考えつかなかったんですけど、周りの期待とそれに応える自覚と心身にまつわる不安という内面の動揺を描くお話しだったんですね。+αで成長もおまけでついてたりなんかして。

こういう役やらせると成海さんてリアルですよね。あっけらかんと一直線て役を見たことないせいかもしれませんがいつもなんか負の意識抱えてるイメージがあります。ご本人がそうだとは思いませんけど。

松山さんはさりげなく上手すぎて素人にはその凄さが分かりません。それが凄い事なんでしょうけど。

脇と表現しては畏れ多い方ばかりで締まりますです。しほりんも出とりますが勝ち目はありません。こういう領域に達するのにあと何年掛かるのでしょうか。

脚本は向井康介さんじゃあーりませんか。どうりで報われない池山の初恋(でいいのかな?)を痛々しく描いてますなあ。原作があるから向井さんのせいじゃないのかもしれませんが、らしく思い込んでしまいました。

でも結局うたの耳はどうなったんでせうか。成長期故の一時的なものか遺伝による恒久的なものかで全然未来が変わる気がするんですがそこんとこよーわかりませんでした。最後の連弾してんだからそんくらい気づけよってことなんでしょうかアホにはきついエンドでした。

冒頭のワオの家での出会いのシーンの「へったくそ」と言うセリフそっくりそのままエキストラに投げたくなりました。どうして日本人て駄目なんでしょうかねえ。個の意識というより集の流れで生きる人種なんでしょうか。歩けといったら歩くだけ走れといったら走るだけ。それぞれの人と形(なり)が見えてこないんですよねこの作品に限らず。言われた事をこなしてるって感じで目が死んでるというかなんというか生き生きしてる感じが薄いです。その分役者さんの凄さを浮き彫りに出来ると言う利点は確かにありますが。

そうはいってもとにかくいい映画です。好きですこういうの。惜しむらくは5.1Chで聴きたかったですが、めちゃタイプやねん。人にも自信持って「いい映画だよ」と薦められます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*かっさらう

拝借する・強引に持ってくる・とってくるとかいう意味。と、「かっ飛ぶ」みたいな使い方と同じように勢い良くさらうという共通語の意味も勿論ある。

他の解釈としては「掻きさらう」(状態例・どぶさらい)から「かっさらう」に変化したというのも想像されるところであろうか。まあ殆どの使い方は「かっ飛ぶ」系の意味であろうが。

「かっぱらう」に近い言葉ではあるが盗むというニュアンスは「かっさらう」には薄い。無断で拝借しても盗る意思はない感じ。でも奪うように持ってくという勢いはある。

「さらう」と言う表現では「ぶっさらう」(ぶっ叩く)とかがある。

共通語の「かっぱらう」・「よっぱらう」・「けっぱらう」・「とっぱらう」系と同一種かどうかは知らぬ存ぜぬ。

例文

「おめえどっかからこれに使えるようなもんかっさらってこいや。」

「はいね・・(暫くして)・・これどう?」

「おおぴったしじゃんか。よーやった。ところでおめえこれどっからかっさらってきただあ。」

「失礼なことゆーやー。今日届いた注文品な中からだいて来ただよお。」

「あるなら始めっからだいとけばかっつら。」

共通語に訳さずとも意味は通じると思うが、喧嘩してるわけではなくあくまで平素の日常会話であるのでお間違いなく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

しゃべれどもしゃべれども

素直な感想はやっとこさ観れた。前評判の記事も観た感想とかも好評だったので。浜松という田舎には来てくれなかったのでDVDが早く出てくれないかと心待ちにしていたのであります。

で、ようやく観れました。期待が膨らんでた分予習を凄くしたおかげですんなり溶け込めたのか、つくりがしっかりしてるからかは分かりませんが、枕の部分でもう入り込めたような気がしました。主人公の三つ葉(国分さん)のキャラがちゃきちゃきの江戸っ子というものなんでしょうか、やけに喧嘩っぱやい性格だなあと感じました。遠州人は口は悪いですが喧嘩っぱやくはないので物珍しいです。こういう師匠と弟子の世界って時代に関わりなく存在してるみたいで昭和だろうが平成だろうが明治であろうが変化が少ないんでしょうかねえ時代設定いつでも違和感ない気がしました。でも新作落語演る噺家(山本さん)が出てくると今だなあと実感しました。座布団片付けてる時の会話のシーン辺りなんか。

師匠役の伊東四郎さんとおばあちゃん(老けてなくお美しいです)役の八千草薫さんががんこいいです。このお二人がいなかったら詰まんない作品になってたかもしんないとマジで思ってます。どう説明していいのかちんぷんかんぷんなんですけど、師匠だからと演技より技術ということで本物の落語家さんにお願いせるよりもじぇったい伊東四郎さんで正解だと思いました。東京なんですよ下町の東京、存在が。八千草さんの役はストーリーの本流からすれば若干外れてる存在なのですが、五月(香理奈さん)の対比と言う意味でも、あったか味のある来易い開放的な家を作り上げる張本人として不可欠だと思います。三つ葉だけの雰囲気じゃ気軽に寄ろうと思いませんもんね。おばあちゃんがいてこその往き易い家なんですよ。それにしてもおちゃめというか可愛らしいことしてもいやらしさがなく自然なので凄いです。こんな事書いたら怒られるでしょうけど、絶対年齢高くさば読んでます。

ゲリラ撮影したんじゃないかと勘繰る位にエキストラと呼んでいいのか判らないくらい出てくる人達が市井の雰囲気を作り出していて、なんの力も入っていない(作り物じゃない)素の普段が醸し出されていて、それによって登場人物達が変に浮いてなくてこの街で毎日生活してるんだと言う説得力があって好きです。

エンディングに向かう一番の見せ所である三つ葉の落語は一観客になって笑ってしまいました。落語が簡単なものだなんて絶対思えませんから国分さん相当努力されたんだろうなあと敬意を表します。

ただエンディングはストレート過ぎて粋な感じがしませんでした。なんか恋の始まりと未来へ続く予感を描いたお話しにすり替わっちゃったようでイマイチどうも粋を感じられないのが残念でおました。ほおずきにまつわるあたりは流石江戸風情。粋だねえと感じたんですが。

生徒と先生の関係もこの後も続くのかと思ったんですが、みんな目的が達成して終了というのも分かるんですが「次なにする?」みたいな継続性で終わっても良かったんじゃないかなと思わなくも無いです。ひと夏の思い出でお後がよろしいようでで締めるということなんでしょうか。

同じ落語のお話しの映画で「の・ようなもの」を観た事あるんですけど、こちらは一種の挫折感があってちょっとせつないほろ苦い青春のお話しだったんですけど、この作品は晴れやかな気持ちになる映画でした。が、青春感動ドラマと銘打ってありますが青春というよりひとつ壁を越えた人間のドラマという感じのほうが強かったです。ひとりの犠牲者も無く登場人物みんなハッピイエンドで締めるドラマというのは作る方は大変でしょうけど観てる方は楽に観れて愉しいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

お茶の子さいさい屁の河童

分割して使われることが多くなったのか、元々は違う言葉を繋ぎ合わせて語呂がいいから使っていたのか、そこんとこはよく知らないが、最近ここまで一気に言う人はいなくなったんじゃないだろうか。まあリアルに日常会話で使うようなものではないけれど。

「感謝感激雨霰」でも地方的な使用であろうが意味もなく「猿のお尻はまっかっか」とかをつけていたし、省略形が生き残り、ワザと伸ばしたりする延長系は短命である。

あえて意味の説明は不要なのかもしれないが一応。長い割には意味は短い。

そんなの簡単・楽勝と言う意味。

いわれとか何故この意味なのかは私は知りません。ふざけた言い方であるのとなにがなんでも省略する文化が反映してる限り使い道は少ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つかます

捕まえよう・捕獲しようといったような意味。掴むという事でも使う。「~ます」というのは~しようと(思って)という意思を表わしている。

「つかまさんつもりだな。」(捕まえさせないつもりだな。)

「つかますだよお。」(捕まえるんだよお。)

「つかますかねえ」(捕まえようかねえ)

「つかまさらん」(捕まらない)

「猫捕ます(掴ます)と思ったら逃げちまいやがんの。」(猫抱こうかと思ったけど逃げちゃった。)

掴ます(つかます)。掴むともごっちゃになっている部分もあり、そこらへんは曖昧になっている。尚、捕ますには「とんます」という言い方もある。

「~ます」の使い方例

「茶あでも飲ますかと茶碗持ったら、あっつくておっこといたった。」

  (お茶でも飲もうかと思って茶碗持とうとしたら、熱くて落としちゃった。)

昔の言葉調で「いざ、掴まさん」(さあつかもうではないか)と似たり寄ったりなので多分遠州弁というより古い言葉が残って使われているということかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

なんだかなあという現状

私が給料もらってる会社は、常日頃色々ごたごたはあっても続いているんですいまのところ。でも先行きの見通しは????なんです。

なんでかってえと、ま、色々とはあるんですけど、その中のひとつで社員の平均年齢が高いと言うこと。若いひとはいるんですけどね一応。会社の中歩いてます。でもバイトなんですわこれが。経験値の蓄積がものをいうということもある筈なんですけど次に繋げ様がないんですわここ10年以上新規採用ないんで。じゃいつも同じ顔突き合わせて仕事してるかってえと、異動はあるんでそれなりに動いてはいるんですけどね。

だから物凄い中途半端なんですわ。同じ人間で仕事の熟練度を上げて効率化を図るか、新しい人材を定期的に育てあげて全体を徐々にならして高めていくか。そのどちらかならわかるんですけどね。古い人間が異動したところで謙虚さはないから前の職場とやり方が違うといって以前からいるものと衝突したり、せっかく蓄積してきたのに異動でそれがパーでやる気なくしたり。出世したい奴が色んな経験値を積むために異動しまくるのはいいんですよ別に。でもね、上を狙わず作業に全てをかけてる奴にとっての経験値ってのは同じとこでの積み重ねでないと駄目なときの方が多いんです。

例えばの話ですが、配達運送を仕事としているとするならば、自分の受持ち地域の各家庭のデータを積み重ねた方がいいじゃないですか。地図の記憶もそうですけど、この家は昼間いないとか畑仕事に出てるとかね。で、畑がどこにあるかとか。でもそういうのしょっちゅう異動するってわかってたらそこまで覚えようなんて考えないでしょどうせすぐ異動するんだからって。

だから繋ぎがないし憶える気もない人が後を立たないわけですよ。だからじわじわと作業能力が劣っていってるんですねじわじわと。じゃそれをどうカバーしてくかというお偉いさんの思考は機械化に行くわけですなこれが。

機械化がいいことなのかそうでないのかは結論がまだでる時期ではないのでしょう。終身雇用で会社と運命共にする時代から、180度転換のいらなきゃリストラのトカゲの尻尾切りの時代になってからまだそう時間がたってないんですから。

でもだからと言って新規採用のない職場に現状維持はあっても未来はないですよね。

管理職 なったところで 部下はなし へたすりゃみんな 年長者

腰掛の つもりで気軽に アルバイト きてみりゃいきなり 社員並 こき使われても パート給

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

働きマン第7話

今回は新二の気持ちの方が分かる気がする回でした。松方弘子のやることなすことタイミングが悪くて手遅れのように思えました。同情するとしたら新二に対してで松方にそういう感情は抱けませんでした。別に嫌な女という意味ではないですよあんだけ一所懸命生きてる人ですから立派だと思います。

男目線で行けばひとつの事に集中する女性よりも、色んな事を同時に裁けるくらいの要領のいい女性の方がいいですもんね。その理由は幾つかあるとして、その中の今回に関することでいえば、男の本能というか感覚的に、もし趣味に走ったり子供が生まれたらそういうものに全て目がいってしまって旦那はほっとかれるんじゃないかという怖れを感じるんじゃないのでしょうか。ある意味かまって欲しいと言うよりも面倒(バックアップ)見て欲しいと言う気持ちが強いのが野郎ですから、直感的にそう思うのかもしれません。子供とかにかまいながら炊事洗濯こなしつつパートナーのことも気遣うとかいう同時になにか事を行うのは男は得意ではない人が多いですから、一点集中が男のとりえなんじゃないかと思うんですよ。「賢くこなせ」ってフレーズがあるようにそういう女性を求める男性が多いと思うんですよ。別に極めなくてもいいから。

頭のいい女性と賢い女性の違いって案外そんなとこから出てるんじゃないでしょうか。別に仕事と家庭両立させてる女性はたんとおられるので、松方弘子はそういう人とは違うということでしょうね。松方弘子の場合仕事辞めたからって他の事でスイッチが入ったら結果おんなじですもんね。何本もの企画抱えて同時にやってるじゃないかという反論もおありの方もおられるでしょうがそういうのとは違うんですよね家庭と仕事のスイッチの違いってのは。うまく表現できないですけど。松方弘子というキャラクターはそういう部分を特に強調してあるんでしょうね。

いずれにしても、私でも例え菅野美穂似の美形働きマンであったとしても、こういう性格(100パー男ゆえの不器用)じゃあひきますわな確かに。映画の現場に監督は二人もいらないという名セリフじゃないけど、役割分担が分かれていないと家庭は築けないということでしょうか。まあ新二ならいい山の神になっちゃいそうな気もしますけど。それだと新二の夢を諦めろといってるようなもんで変な意味で負け犬になっちゃいますからねえ男として。

もう7話ですよ、サヨナラじゃなく再スタートというエンディングでないと悲劇になっちゃいますからどういう手を駆使してハッピーエンドに向かうのでしょうか。別れて次の別の運命の出会いがあるというのはアリかもしれませんが好きくはないです。紆余曲折はあるにせよ再びというのがいいんですけどね。新二があまりにもいい人なのでそう思えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ちりとてちん2

最初の週を録画ミスで見逃した私ですが、ハイライトシーンを繋げた土曜の昼頃の番組で骨組みというか要旨を掴める事が出来ましたので、いよいよ参戦じゃないや感染いや観戦。しほりんの奮戦振りを見て応援しようじゃないかと。

しかし、いかんせん感覚が掴めないもんですね15分って枠は。映画に基準値置いてる身としては、このリズムにどうもいまいち乗り切れません。朝独特の忙しない時間での放映故の作り手の経験的な積み重ねによるリズムなんでしょうね多分。夜行性にはちと馴れないリズムです。

波と言うか抑揚に馴れるのにまだ私は時間がかかりそうです。細かいとこはそう言う意味でとっつきにくくて、何度か見直すか一週間分一気に見るか考えたんですが一気見することにしました。なんでまだ正直、観た!と豪語するほどじゃなく眺めた程度なんでえらそうな感想はないんですが。

大筋というのが、女性(喜代美)が落語の道を目指すという非常に普通じゃない内容のお話しでいいんですよね。そうですよね。間違ってないですよね。

そういうだいそれた事しでかすとは到底思えない喜代美なんですが、喜代美のへたれさ故に流されていくようにして落語の世界に流れ着く様というのは、決意は後で先に何故かそこにいるという発進の仕方で、思わずアリだなと説得させられました。私は噺家さんになるんだという強い決意でスタートしてたら続かないだろうなと。うつらうつら落語が好き+気づいたらそこにいた+そこは居心地がいいという偶然の積み重ねから発生してどこかで強い決意に至るというのは結果として振り向いたら凄い事やってるんだということになってくんでしょうかねえ。

しかしいくら人情噺を売る商売で人も人情味があるとはいえ、才と気力がなくちゃやっていけない世界でしょうから、自分の居場所をみつけた先が落語であっても、客と言う素人が評価判断する世界。単なる芸能界と違って落語には玄人の客がいる世界みたいだから、アイドルとかと比べれば遥かに実力で評価されるからいいんでしょうけど。でもへたれの喜代美大丈夫なんですかねえ、うまくやっていけるんでしょうか。心配になっちゃいます。

しっかし、なんちゅう豪華な配役じゃあこりゃあ。目移りしすぎてかえって目のやり場に困ってホント落ち着いて見れんわぁ。ただでさえ15分と短いだにじっくり見れん展開の早さでなんかもったない気がしてきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

つぼとどつぼ

つぼにはまる。笑いのつぼにはまるとかの急所に当たると言う事。

どつぼにはまる。ついてない・運がない・巡り会わせが悪いとか言う事。

「ど」がつくだけで大きく意味が変わる。これはもちろん両方共通語。

遠州弁では、ややこしいことに、「ど」が「馬鹿」とともに(凄い)という意味で使われる。したがって「どつぼにはまる」については二通りの解釈が成り立つ。

ひとつは共通語の(非常に不幸な状態に陥る)という意味。

もうひとつは、(物凄く急所にあたる)つまり超つぼにはまるという意味。

この使い分けというか聞き分けはもう発音というかイントネーションで判断するのみ。

一般的な「どつぼ」は、DOtuboと「ど」が強調部分。

遠州弁の「どつぼ」は、dotuBOと「ぼ」が強調される。

例文

「なんかえらいわらっとるけどなによーはまっただけ?」

「おおーどつぼやあ。」

この場合は思い切りつぼにはまったと言っている。

「なんかえらい落ち込んどるけどなによーはまっただけ?」

「おおーどつぼやあ。」

この場合はどつぼにはまったと言っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ど下手・どべた・どんべた

超がつくへたくそと言う意味。略さず「どべたくそ」・「どへたくっそー」・「へったー」という場合もあるなどバリエーションは豊富。「ど」の代わりに「ばか」を使う場合は「べたくそ」にはならず「へたくそ」になる。

例文

「あいつさあ、マーチンのDシリーズ持っとるだにい。すげえら?」

  (あいつさあ。マーチンのDシリーズ持ってるんだって。凄いと思わないかい。)

「うっそー。あいつギターどべただにい。チューニングすらまともにでけんらしいって聞いたにぃ。」

  (本当かよー。あいつギター超へたくそだぞ。チューニングすらまともに出来ないらしいって聞いたぞ。)

「弾いてるとこ見たことあるだ?」

  (弾いてるところをみたことあるの?)

「おお一度あるだよ。どへただった。うまかない。」

  (うん一度あるよ。凄いへたくそだったよ。)

「どんべたけー。よーそんなんでたっけーギター持ってるだなあ。感心せるわ。」

  (そんなへたくそなの?良くそれで高いギター持てるもんだなあ。感心しちゃうよ。)

「知らん。なんしょ親ん金持ちかなんかだらあ。」

  (分からないけど多分親が金持ちかなんかじゃないの。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ガリレオ第6話

今回に限らず毎回贅沢な配役です。贅沢過ぎて惑わされます。犯人探しがと言うことよりも役者さん方のお芝居の方に目が行っちゃって、謎解きのお話しなのにその人の生き様に想いを巡らしちゃって、そういう意味では集中できないドラマです。今回は特にそう思いました。でも面白いんですよねえホント。

坂木役の新井浩文さんは、軽い狂気を滲ませて危うい人物像演じてられるのですが、ホントうめーなーと。普通に考えれば、ストーカーと家宅侵入で人殺してる訳じゃないんだから、なにも逃げ回らんでもと思うんですが、この人物の性格や生き様考えりゃそういう考えに至らないんだろうなあ、刹那的に生きてるんだろうからとりあえず逃げるかってのも分かるような気がしました。とにかく説得力がありました。

堀北真希さんは、ある意味イメージ通りの役で終始してたので特に感じたことはないのですが、そういう使い方してるのがドラマとしての贅沢さを強調してるようでその意味スゲーと。

でも、今回はゲストの方々よりも柴咲さんが一番スゲーと思いました。最後の保釈されて署の前での立ち話での子供に戻ったような無邪気な笑い声に脱毛じゃないや脱帽しました。思いの丈を打ち明けるっていうシーンは柴咲さんにはどのドラマでもあるので相変わらず説得力あるなあとは思いますが、それよりも幼馴染に対する不安定な葛藤に惑う優しさとかの表現が母親的要素にも垣間見えてきて、スゲーというよりサクラーじゃないやウメーなと。

謎解きも今回なるほど!と。上手い話だと思いました。オブラートに油性のペンで字を書くとこうなるんですねえ。「礼美は君だ。」という答えもウー!でしたし、予知能力の解明もヤー!でした。よく出来てます。坂木系の私には全てター!眼から鱗状態でした。

でも、短いですよね間違いなく。事件の発端というか動機というか始まりがガリレオの口から説明されただけだけれど、やっぱし手塚理美さんの回想シーンとかで映像として見せて欲しかったです。その方が正当防衛に見せかけようとしたとしても人を殺してまでと思い至る説得力にイマイチ欠けるんじゃないかと。あまりこねこねやると崖の上で事件解決シリーズと同じになっちゃうのでさじ加減が微妙なんでしょうけど。

犯人の側の心情や行動を深く描かず視聴者が犯人側に感情移入しないように、あくまで真相を発見することを追求するのがこのシリーズの特徴だとしたらとんちんかんな要望ですけど。

今のところ第6回まで観た中で私はこの回が一番好きです。

でも桜子(真矢さん)の忠告結局聞かないんですね薫は。なんか不思議な関係でさっぱりわからない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

スタイルフィットで伊藤歩さん

花王の夜お洗濯のスタイルフィットのCMで、伊藤歩さんが出てたなんて気がつきませんでした。別バージョン見て「え?」って感じですわ。

いいのか悪いのかは分かりませんが気配を消せる人なんだと。芸能人の方のようにオーラ出しっぱなしの雰囲気を持つ方を見慣れているせいか、気配の出し入れが出来るなんてなんかすげえと思ってしまいます。それがいいのか悪いのかはホント知りませんよ。私的にはイメージが凝り固まらない分なんでもござれって感じでどんな役でもこなせそうで得だよなあと思ってるんですけど。

出るとこはしっかり出て締まるとこはきゅっと締まってるって感じでナイスバディってか?って例えが変か。

でも気配の出し入れが出来るって事は、前に出るときは存在感があって、脇にまわる時には邪魔をしないってことになれる訳でいいんじゃないかと。

一本調子のイケイケドンドンの鉄砲玉より奥が深いんじゃないかと。そういう人だったらスゲーなと。

でもこんなヨイショしてどうする気だ自分は?ま、兎にも角にも驚いたんです。

で、肝心のCMの内容については、えーと?あまり記憶にありません。申し訳ない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

うわっとる

植えてある・生えてると言う意味。方言と言うほどではないが古い言葉がまだ残って今もって現役で使われているということで。

「このうどんの薬味は?」

「裏ん庭にねぎうわっとるで、それひっこぬいて自分でやって。」

上はどこぞの映画のワンシーンに出たような会話。

「この花綺麗ねえ。なんてゆうの?」

「知らん。勝手にうわっとる。」

「うわる」という表現もあり、(生える)という意味になる。

「植えてある」よりも「うわっとる」の方が勝手に生えてるイメージが湧く。もちろんきちんと植えてあるのだけれど自然の一部と化した様な感じがする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ドコモFOMA一撃半額編

北乃きいさんと木佐彩子さんが出演されてるこのCMが何故か印象深いのです。久し振りに見たような直球コマーシャルメッセージって感じで、なにかのイメージ映像でもドラマ性のあるものでもなく、ひたすらメッセージを送り続ける30秒という感じで。だいたい割るのが瓦や板じゃなくて通話料金や基本料金とか言う設定もコテコテな感じだしオチもついててなんかホント久し振りって感覚です。

空手の動きも素人の私にはそれらしく見えましたし、なによりスピード感とキレがあってとにかく若さを感じました。青いと言う意味ではなく、この年代にしか見れない女の子の元気さという意味です。なかなか背伸びしてるわけじゃなくても大人びて見える人が多い中。歳相応に生きてる人で屈託がない風に見えてほんわかします。勿論プロの方ですから北乃さんご本人がそうだとは単純には考えませんが、そういう風に見えてることは間違いありません。趣味かなんかで空手やっておられるんでしょうか。なんか愉しそうです。痛そうですけど。

オチについては15秒と30秒でなんか違うんですが、間と言うか絶妙な痛そうなニュアンスのタメが30秒の方にあって好きです。

東海地区限定らしいんですが、まあどこかで見れるんでしょうね。ってそれじゃ不親切なんで調べたらドコモ東海のHPで見れました。

| | コメント (1) | トラックバック (1)
|

*ひょんきん

ひょうきんが変化したもの。ひょうきんを漢字で書くと「瓢軽」。共通語の意味はお気楽(又はおちゃらけ)なこっけいな事をいったりしたりすると言った意味になる。一種のピエロということか。

遠州弁ではそれらの意味使いの他に、常軌を逸してる・極端なこと、普通じゃないこと異常なこと不可思議なことを指す時や想像以上に意外・予想を遥かに越えたとかにも使う。人に対してだけでなくそう見えたもの全てに対して使われる。そういう使い方の場合は笑えない話しが多いので意味が分からずとり笑い話かと思ってあえず笑っとけとかいうことをするといい結果は得られない。

「ばかひょんきんやあ。あいつ飯喰いがつらコーラ呑んどるだでえ。ホント見ててどきもるいだあ。」

  (物凄く変なもの見ちゃったよ。あいつご飯食べながらコーラ飲んでるんだよ。見ていて気持ち悪くなっちゃった。)

「岩と岩んあいさの割れ目から生えとるたあひょんきんな木やしー。」

  (岩と岩の間の割れ目からから生えてるなんて珍しい木だなあ。)

「うちん餌貰いに来る野良猫。魚くれてやっても残すだに、そんで猫の癖してドッグフードは残さず喰うだにぃ。ねえひょんきんだらあ。」

  (家に餌貰いに来る野良猫なんだけど、魚あげても残す癖にドッグフードは残さず食べてくの。ホント変な猫でしょ。)

とんびが鷹を生むと言う表現があるがそれに近い意味でこういう使い方もある。

「あいつ得するとなると眼の色変えるだよ。ひょんきんだらあ。」

  (あいつは得するとなると眼の色が変わるんだ。現金な奴だと思わない?)

遠州では、現金ということでも使う。

例文

「あそこんさあの息子さん東京の有名大学受かっただって。」

「うっそーほんとにぃ?わし同級生だったけど二人とも弩馬鹿だったにい。あんの二人からでけた子があったまエエなんて馬鹿ひょんきんじゃん。信じれんよお、うそだらあ。」

「あんた露骨にゆーねえ。わしとてもそんなこといえんよー。」

「だってえ、そんなことわしになあんにもいやせんだもん。ほんとお知らんかったやあ。」

注、「いやせん」言わないという意味・「なあんにも」何も

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

モップガール第5話

こういう職場で働いてみたいなあと思わせてくれる回でした。親(社長)がいいと子(社員)がバランバランでもきちんと扇の要の元で繋がっていて、それぞれの個性が違うから幅広い視野が生まれるしなんか自分の為だけじゃなく誰かの為にと頑張れる気になる。

大変じゃない仕事なんて世の中にひとつもない。やりたい仕事に就けたとしてもそれに付随するやりたくない事もこなさなくちゃいけない。陰と陽は必ず存在するものでしょう。それを乗り越える心の手段にはそれに見合う報酬や好きな事をやるという意識とかがあります。またそれとは別の手段としてあの人には世話になってるからあの人の為に役に立ちたいという想いもある筈。現実問題ぶつぶつ不平不満たれながらも仕事をこなすにはいい上司が不可欠ですよ。こんな奴の為になんか働けるかとなったら5時から族に転身(エスケープ)してしまうものです。

そういう意味では佐藤二朗さんが際立った回でありました。医龍のほうでも迫力ある演技をされていて惹きつけられる役者さんですが、私的には「トリック」で魅せて貰ったキレのいい性格がころっと変わる役が一番印象的です。ガタイの大きい方ですので切れたりすると迫力あるんですが、他人に対して切れると言うより自分の内面が噴出すみたいな感じで、唯一無二的な一種独特なものを感じます。普通にしてても気になる方でSGでもバスの運ちゃんでワンシーン出てらっしゃいましたが充分印象深く記憶に残っております。絵の中に映ってるとついそっちに眼がいってしまう気になる役者さんです。

谷岡さんの役はフランスのお姉ちゃん専門かと思ってたんですけど、外国人ならなんでもOKだったんですねえ。毎回違う言葉を使いこなさなければならないのは大変でしょうねえ。なんかで聞いた小噺で、「英語お上手ですねえ。」といわれ「いえいえまだ女性を口説くほどでは・・・。」と謙遜するというようなのがあったんですけど、文化風習ルールとかいったものを熟知してないと女性は口説けないということらしいですが、そういう意味でお姉ちゃんを毎回口説いてきっちり落としてる訳ですから物凄い人並みはずれた言語能力を有しているってことですよねえ。今回のシーンの中で葬儀をなんでうちで?の際にみんな社長についてきてるのかを語るシーンがあったけど将太郎だけは語ってないんで、過去を知りたいもんです。ってこれはいやらしい野次馬根性でしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

のえ2

「のえ」の記事で例文だけで説明もなにも書いてなかったので追記。

「のえ」そうだろ?という確認・同意を求めるときの言葉。「だら?」と同じ意味を持つ。他所から流れてきた言葉で定着したとも考えられるが、ともかく全国的で遠州固有の表現ではない。

どっかの民謡かなんかで「雪の白雪ゃの~え」という唄があるが、その「のえ」と同一種なのかは不明。

普段使う表現に継ぎ足して言うような使い方が多い。つまり「のえ」がなくても会話が成立する。あくまで強調装飾的に使われる。

「買い行くだかのえ」・「そうだのえ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*こさえる2

こしらえる。「こさえる」で例文を書き忘れたので追記。

多くの地方で使われている表現で決して遠州弁というわけでもないのだが。

意味としては「作る」と訳されているところが多いが、ニュアンスとしては「あつらえる」(望むものを作ってもらう・あげる)という意味合いが強い印象を受ける。もちろん大量生産されたものでも「こさえる」という表現は使われるのであるが手作り感がある気になるのは気のせいか。

例文

「あんたあ、はあ晩飯こさえてるだ?」

「いんや。これから買いもん。今日なににせすかまだ考えてるとこ。」

「ほいじゃさあ。ちっと遠くだけどお、ほげほげスーパー行ってみん?今日お魚の特売やってるだって。一緒にいかん?」

「いいけど、うちの肉食わしょーってこうるさいだよ。だで肉くれんとかんだけどあそこお魚専門じゃんねえ。」

  (いいけど。うちの亭主肉食わせろってぶつぶつ言ってるのよ。だからお肉出さないといけないんだけどあのお店魚専門だったよねえ。)

「いいじゃん。行きでも帰りでも、うはうはショップ寄りゃあ。」

「で、その帰りに、あくまでついでであそこ寄る訳ね。」

「そう。あくまでついでで。」

「ま、いいかあ。じじばば魚の方が喜ぶでえ。でも何種類も作んのめんどっちいやあ。」

「鍋にすれば?」

「成程お。じゃ行きますか。」

おっかさ連中が一人では行きづらいが時間をやりくりしてでもいきたいとこってイメージが湧かないので想像にお任せしますわ。

この会話での注意点は「くれる」。犬に餌くれるといった「やる」・「くれてやる」といったニュアンスなので他人に向けて使ってはいけない。

「うちの」で連れ合い、つまり旦那・妻・(たまに自分の子供)を指す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

感謝感激雨霰

「かんしゃかんげきあめあられ」

どういう意味かと問われても、ありがとねーって言う事位しか思いつかない。ただ「感謝感激」という表現だけでも大袈裟でこいつ本当にそう思ってんのかと疑わしいのに、「あめあられ」をつければ駄目を押すかのようにふざけてるんじゃないのか思われても不思議ではない茶化した表現になることは間違いない。

面と向かっては言えない照れ隠しという事も考えられるが、聞いた方はそうは受け取れない事の方が多い。

何時頃どのように発生しどのように広まったのかは、あまり良く知らないのだが戦時中の報道記事で銃弾とか砲弾とかが雨霰のやうに降り注ぐといったような表現から発生したらしい。(違ってたらごめんなんしょ)

イメージ的に弾が雨のように降り注ぐのは想像できるが、感謝や感激が雨のように降り注ぐ光景は想像できないというよくよく考えてみれば変な言葉である。

単純に言葉遊びでごろがいいという風に考えたほうがいい言葉のようである。

例文

「いやあ今日は手伝って貰って本当に助かったよ。」

「いえいえお役に立てて幸いです。」

「いやホント感謝感激雨霰。ありとうね。」

「・・・・」

場を白けさせる効能があるので、公の場では当然使わないほうがいい言葉であったのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

歌姫6

ついに年末近くなってリアルタイムで観る事が出来なくなりつつある今日この頃。録画で観ました。録画だと地デジじゃないので、細かすぎるとこまで見ずに済む分ドラマに集中できたような気がしました。それとも今回が若干いつもと違う回なのだからでしょうか。

幸せとせつなさが同居した回でしたねえ。

鈴の幸せ感は隠し事の出来ない性格そのままにストレートに伝わってきて思わずよかったねと言っちゃいたくなります。まあ太郎ちゃんが何を言うつもりなのか今回は種明かししてくれませんでしたから、両想いとは限らないとこが鈴の片思いっぽくてちと破顔一笑とまではいきませんが。でもよかったねですわいな。

しかしそれを上回る感じで、小池栄子さんが今回上手いなあと思いました。奔放磊落な普段。期待と不安で太郎ちゃんを待つ心の居心地の悪さ。出会ってからの感情が噴出すのを必死に堪えようとする姿。普段の姿はまあ置いといて、後はもうホント感動しました素直に。観終わって鈴の幸せが吹き飛んでしまうほどのもんでした。いがったよー。

それにしてもサウスポーの方が目に付く作品です。私はドラマの設定よりも後に育ってる人間ですが、その私の子供の頃でさえ箸は右手に矯正される文化の時代でした。鉛筆持つ手も矯正されてたような記憶があります。私は右利きなので両手使いこなせる(訓練によってでしょうけど)器用なイメージがあって薄らぼんやり憧れてました。それがずっと尾を引いていて今でもサウスポーの人を見るといいなあと思ったりするんですが、このドラマにおいては「時代設定」というものを考えると素直に違和感を感ぜずにはおれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ばかちん

ほとんど共通語と呼べる言葉。馬鹿野郎という意味であるが、バカタレを愛嬌込めてと言うほうが幾分判り易いか?遠州固有の表現ではないのだが、らしい雰囲気はある。

「ちんぷりかある」・「お湯がちんちん」とか「ちん」という表現は確かに遠州弁には多い。ただし全て同一種かというとふんだだこたあない。

「ばかちん」という表現が頻繁に使われているかと言うとそうでもないので、世代的に幼児辺りか若しくは他の地域からの流れものか。

一般的に大人は男女問わず「ばかっつら」の使用が圧倒的に日常的である。

話しがずれるが、「レンジでちんする。」は普通として認識されるが、「ちんぷりかある」や「お湯がちんちん」とか発言すると都会人は下ネタっぽく解釈されるというのは納得がいかない話しである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2007年11月11日 - 2007年11月17日 | トップページ | 2007年11月25日 - 2007年12月1日 »