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大停電の夜に

なんか段々と暖暖なものが恋しくなって、久し振りに棚の肥やしになってるところを引っこ抜いて観てみました。十分熟成してるかなって作物じゃあないんだからやっぱそうそうお味は変わるもんではありませんでした。でも変わらないって逆に凄くね?保存の利かないスパイスの効いた瞬間性のものでなくジワジワと味が沁みついた保存食って感じですか。ただ132分は長いです私には。エピソードの数を考えそれらを手を抜かず描くと、この時間でも足らないのかもしれませんが。

2005年の作品。DVD発売は2006年。源孝志監督・脚本カリュアード

配役はがんこ豪華で、ちょい役でも見覚えのある方々が出てられまする。贅沢でおます。流石クリスマスってか。

撮影監督は永田鉄夫さん。フランスでご活躍されておられるそうです。なので画的に新鮮な感じがするのでしょうか。非常にイリュージョンっぽいと見ればそう見えてしまう色使いです。普段生活していて見かける色の深さではない上に赤・青とかの色使いが鮮明なのでリアルな生活をしている空気感は私には感じられませんが、居心地は悪くはないです。こういう画がフランス的なのかどうかは知りません。私は洋画は用がない。見ようが見まいが惜しくないので、ほとんど知りません。

正直なところお話しというかストーリーは好みではありません。でもこの映画の最大のウリは「夜の闇」を映した写真の美しさでしょう。ほぼ全編に近い宵と夜の帳(とばり)の闇の世界。でもその黒の先は決して何かがいそうな暗闇といものではなく、観る側に不安やを抱かせるものではなくどこか人間が本来持ち合わせている暖かいものを導き出すような落ち着きが感じられます。「陰」ではない「影」を想像させます。

北国ほどではないにせよ都会の冬のくそ寒い時期のお話しなのに何故か逆に温とい感じがしてきます。基本人生の迷える子羊達がそれぞれが持つ葛藤のひとつをにきびのようにつぶしてくお話しなんですが、にきびをつぶした後に化膿するのか完治するのかは想像にお任せという感じです。そういう意味では新たな始まりを切る前のウォーミングアップを見ているようなもんでしょうか。どのエピソードにも今日がピーク(最高潮)と言うのではなく、明日からという未来を考えさせるものを感じさせるのです。

人それぞれでしょうけど、これをハッピーエンドと呼ぶのかは微妙な気がします。夜が明けても眩しい朝陽が拝めないからでしょうか、すっきりとした晴れやかさがなくて、なんか祭の後の騒々しさが去った軽い脱力感みたいな味わいだからでしょうか。たしかにひとつひとつのエピソードを抱えた人達が脚本の妙という神のお導きででそれぞれ重なり合って動き回る様はおおきなイベントと言えなくもない気がします。清々しい疲労感を心地いいかどうかはホント人それぞれのようで、私は朝だ夜明けださあ今日だ位にあざとくして貰わないと分からない鈍感人なので。

そういいながらもまた観てるってのは無意識の印象の奥深いところで何か引っかかるものがあったと言うことなんでしょうね多分。それがなんぞやなんて眼を凝らして観るような無粋な真似はしたくない作品です。一人の生き様を描いた作品ではなく、とある異常な一日のレポートみたいなもんだから登場人物に感情移入して観るようなものではないと思ってるので、漠然と流れを見つめる感覚のほうが心地よいのです私には。正しい見方かどうかは別として。

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おげれつ

お下劣。下劣に「お」がついた言葉

下劣の意味は、自分さえよければいいという行動をする様を評して・人前で下品な物言いや言動をする様。要は卑しい事をしているという意味合いか。

その下劣に「お」がつくと、育ちがいいというか上流階級の奥様がのたまうような感じになる。上流階級が存在しない(又は潜伏して表には出なくなっている)現在では、自分が何様という自覚をもって言う人がいなくなったので死語になりつつある。

というか、お上品な方が言う言葉でもないような気もするので、ざあます言葉の人を一般ピーポがひやかす茶化し言葉なのかもしれない。ま、いずれにしても財産資産のあるなしに関わらず態度だけは何様って人だらけになっていて、意識だけは何様ばかりで茶化す方の人間が少なくなってるのかもしれない。

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こんちきしょー

タイトルは別に死語ではないが、「こんちくしょう」が現役で「こんちきしょー」は弱小表現勢力になりつつあるのではないか。推測ではあるが「このちくしょう」が変形して「こんちくしょう」になったのだろうか。そして「こんこんちき」と「ちくしょう」が合体して「こんちきしょう」になったのか(あくまで私個人の推測)。そしてその親戚筋は死語が多いと感じる。

畜生。犬畜生。

カタカナでかくチクショーはあり(OK)だが、漢字は敬遠(OUT)されるようである。

餓鬼道・畜生道といった仏教における六道としての言葉は当然生きている訳だが、日常会話においては、動物愛護の精神からだろうか風潮として消えつつあるような気がする。

「犬畜生にも劣る」日常会話で使われるときの意味は、最低の行動や態度に対する批判の表現。犬とかの動物並(若しくは以下)で人間としての品性がないと言っている。漢字にすると人間が動物を見下すようなニュアンスに受け取れる。ペットを家族と認識する現在では廃れ忌み嫌われるのも当然とも言える。

今のチクショーは昔の米国映画でよく出る「ガッデム」とか「サノバビッチ」みたいな「くっそー」と同じニュアンスで使われているので、「ちっくそー」と合体した言葉にも違和感が感じられない。

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*馬鹿こけ

冗談もたいがいにせい・なにいってるんだ・なにをいうんだといったニュアンスの言葉。

馴れなれしさがあるので、あまり親しくない人とかに使うと空気が悪くなるので注意が必要となる。

例文 いつも口うるさい奴(A)がある人(C)に対しては優しいことをひやかす(B)の図

C,「すいません。間違えました。以後注意します。」

A,「ふんとにもう、しっかりしんとかんにぃ。はあええで仕事続けない。」

  (ほんとうにもう、しっかりしてくれよ。もういいから仕事を続けな。)

Cが去った後にやけた顔して近づくB

B,「あれえどうしたでえ。いつもどんじかる人たあ思えんこんしてるじゃんかあ。」

  (おやあ?どうしたのかな?いつも物凄く叱る人とは思えない真似してるねえ。)

A,「ばかこけえ、ふんだだこんあらすかあ。いつもと変わりもしんに。」

  (なに言ってるんだよ。そんなことはないよ。いつもと変わらないだろうに。)

B,「いんやあ、そうは見えんよー。」

  (いやいやそうは見えないなあ。)

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働きマン第6話

今回は可愛かったですねえ、松方弘子。

ある意味つっぱって近寄りがたいオーラを放つ人ですが、風邪ひいて弱ってるとこ見るとなんか女性っぽくなよっとして見えて思わず助けたくなっちゃうくらい可愛く感じるんですよね。

それにしてもだんだんと風邪の症状が悪化してく様といい、風邪でも今日は頑張んなきゃあと気を張ってるときと、それでも風邪がどんどん悪くなっていって一瞬ゆるむときの何気ない表情や仕草でも、演技とは分かっていてもホントにそう見えてしまう菅野美穂さんはすんげえ上手いひとですなあ。

細かいとこ挙げたらきりが無いくらいですよねえ。ホント感心します。

てなことを、思わず菅野さんのBBSに書き込んでしまいました。ドラマの内容云々ではなく菅野さんの演技というものにそう思えたのでその感想を投稿させてもらいました。

こういう感情先走りの感想ってドラマの本筋から外れてるんでテレビ局の番組のBBSとかでは投稿しても掲載されたことがないという実績を持つ私なので、菅野さんのとこも承認されずに掲載されないんだろうなあと思っていたんですが。

なんと!掲載していただけました。管理人さんの太っ腹にもう感謝です。でも掲載された自分の文章見て随分大分すんげえ言葉足らずだと言うことに気がついて、なのでここに追記と言うか書き足しとこうと思い重複にはなりますが書いておこうと考えました。勿論何度も駄文送っては申し訳ないのでここだけでの話しですけど。

私が書きたかったことは、いじらしさが垣間見えた事。一途なところが見えた事。二人の関係に揺らぎが無い事。その表現がすんばらしかったということです。

風邪の原因が不注意や気の緩みからではなく、新二の為にと無理してしまった(結果として)から。それをカバーしようと弱りつつある体に鞭打って懸命に努力しようとする姿勢。今回は仕事の為に自分の全ての精力を燃やすのではなく、新二の為に仕事マンに変身したところが、いじらしくて一途で。そういうところが可愛らしいなあと思ったんですよ。その演技がいいなあと。

エロおやじっぽく「可愛いなあ」と感じたんじゃなくて、新二への想いの強さと言うものに見守る(ただテレビ見てるだけですが)側からみてそう思えたということなんです。そういう表現が菅野さんすごいなあと思ったのです。

なんか投稿した文章だと短い文にしようとはしょりすぎて、風邪ひいて弱ってる演技が素晴らしい。思わず引き込まれましたというニュアンスだけに取れちゃうので。ホントこういうのって難しいですよね。と言い訳をして次回に続く。菅野さんのHPの管理人様本当に駄文掲載していただき有り難うございました感謝申し上げますと共に以後きちんと頭を使って投稿しますのでご容赦下さい。

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医龍2の4

第6話は外山先生(高橋一生さん)の回でしたね。高橋さんと言えばSGの部長役で食あたりでゲロ吐いてたのが印象的でしたけど、風林火山では知将役、医龍ではお医者さん役と幅の広い役を演じられる方ですよね。いずれにも共通するのが「知的」というキーワードではありますが、「性格・品行」とか言うものについては粗暴(やんちゃ)から温厚まで見た目にも無理なく見れる安定感が感じられます。見た目にも歳がんこさば読めそうな感じがしますので、若くしてオールラウンドプレイヤーとしてひっぱりだこなんでしょうね。

そして医龍というドラマに置いて別な愉しみとして、患者さんやその家族で登場される役者さん方です。以前の回では牟田貞三さん。そして今回は山田吾一さんと、小さい頃に見たドラマとかでご活躍されてて、なかなか最近はお目にかかれない役者さんが見れることが愉しいです。勉強不足でおばあちゃん役の方のお名前がわからなくてすいません。

ガリレオの方は旬の方がゲストで華を添えておられますが、医龍ではさりげなくしかもドラマの厚みを損なうことなく、ほんの少しのシーンからでも人生の厚みから出てくる人間味というものがにじみ出て、「患者を直す」のではなく「人を助ける」ということに真実味を持たせる意味でもいい配役だなあと思います。まあどっちがいいとか言うことではなく両極端というか両方楽しめるんでガリレオの方向性も好きですけど。

助ける命の「重み」が伝わってくるのが、ただ単に名医が切った貼ったの難攻不落の難病を征服するお話しにならずに、人間ドラマと成立しているのだと思っています。具体的にどなたをというのはなかなかすぐには思い浮かばないんですが、この後もいい配役で人間の命の尊厳というものを描いていって欲しいし、それを観たいです。煙草吸いながら胡坐でパジャマ姿で見てる奴がいうセリフではないんですけどね。

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8000越え

11月2日に7000ぱふぱふ。で、11月15日で8000どんどこ。二週間ちょっとで1000件ものアクセスがあったとは。

一日当りの平均アクセスとやらも37と、まるで課せられたノルマのような大きい数字に膨らんでゆく。

しっかし振り返ると一日だけアクト(浜松ネタ)のようにポツンとそびえるニフティで記事紹介された日は孤高ですなあ。どうせすぐマイペースに戻るだろうとくくってたんですけど、いつのまにか平均が増えて行くもんなんですね。でもグラフでみるとアクト日以外は地べたを這ってるような表でなんか寂しい感じがしてしまいます。こういうの欲って言うんですよね。いかんいかんと自分に言い聞かせないと。欲に駆られて得した事なんてないですからね過去の経験から言って。

アクセス解析で遊ぶには私は知識が無さ過ぎなんでしょうか、もらえるデータ情報で楽しめるのは一日と総てのカウント数とどの県から来られたかとか位で、どなたが何回来られたのかとかという個別の来訪者の方の集計データなんかは当然ありません。「よくぞ来た!」と迎えてくれるブログパーツだって表示されてるだけでデータなんてありませんしけっこうエエ頃加減でそこがまた愉し。

沢山項目があるんですが、ホント使い道が分からないものばかりです。訪問者情報と言う項目の利用の期間・周期・回数・頻度はもう総数の人数だけでそこから何を読み取るっちゅうねんって感じです。個別の誰かが何時来て何回来て何を見て何分滞在されたかなんて全く分かりません。もっとも自分が他のブログとかにお邪魔してそのデータが手に取るように知られて蓄積されているというのも気持ちの悪いことなので、我が身に置き換えてみればあってもらっちゃ困ることですけどね。

ブログ始めたとき、1万アクセスOVERなんて有名人かトップブロガーさんの数字だと信じて疑わなかったんですけど、毎日が積み重なっていくとなんとか近づいていくもんなんですねえ。お伺いする他の皆さんのブログ見ると自己表現がお上手というか人となりがおぼろげに浮かんでくるんですけど、私は極力意味不明支離滅裂というものでケムに巻いていきたいと考えておりますので、こいつ何者だ?などど詮索しないで下さい。あるときは遠州弁を追い掛け回すスケベオヤジ。またあるときは映画に感動するエロオヤジ。そしてまたあるときはテレビに向かっていう独り言をブログに書き写す変態オヤジ。しかしてその正体は、ただの浜松に住むオヤジ。薬にも毒にもならないだらだら感を味わっていただければ幸いです。

来年の春頃に1万アクセス越えるとうれしいな。単純に。

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*馬鹿らく

「馬鹿楽」

すんげえ楽勝と言う意味。特に説明の必要はないが、よく日常で使われるので明記。

反対語は「ばかえらい」・「ばかしんどい」・「ばかつらい」

例文

「おっ!おかえり。どうだった?」

「ばからく。ずっとこんなんだったらええやあ。」

「だとええの。」

「確かに!」

楽と言う事では、同じ意味で「なるい」というのもあるが、その違いは心の持ちようによる。

「ばからく」というのは歓迎している、こういうことなら2度3度というかいつでもやりたい。

「なるい」というのは気乗りしておらず、やっててもつまんない。

「ばからく。こんなんじゃ飽いちまうわ。」

「ばかなるい。こんなんじゃ飽いちまうわ。」

同じ飽きると言ってるが、「ばからく」は「じゃ他の仕事やる?」と聞いたら「いんや今のままでええ。」と多分答えるであろうし、「ばかなるい」だったら「そうしてくりょ。」という確立が高い。

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スワンの馬鹿!5その2

自分としては始まる前から注目してたつもりで、唯一毎回必ず感想を書き殴っている(それだけ書けるネタがあるドラマだからですけど)のですが、最初は殆どアクセスなかったんですけど、先週辺りから増えてきて今週に至っては、ガリレオや医龍並のアクセス数になりました。(私のブログ内のお話でし)

私のような末端細々ブログにまでお越しになられると言うことは、もしかして尻上がりにドラマの人気が上昇?

人からよく変わってるねと面と向かって言われる私ですが、そんな私でも自分が愉しいと思ってる作品が皆も同様に楽しいと思ってるってことにはホッとするんですわ。視聴率という束縛は私には関係のないことで、シンプルに自分に愉しいものを探してるとはいえ、みんなもそうなんだと知ると正直ホットするんですよね。特にこういうあったかくなるお話しは。お勧めですよと書いてるわけじゃなくシンプルに見た感想を書いてるだけなんですが「共有」という感覚を感じるのは気持ちいいもんです。

4・5話にして上川さんファンが目覚めたってことなんでしょうか。そんなはざぁないかぁ。番組始まる前にタイトルから想像して3万族の悲哀を描いたコメディーという印象を持って臨んだんですけど、中盤に入ってカッコよさが加速してきた感じがして、このまま悲哀とか悲運に方向性が傾いていかず邁進してもらえれば、当初持った予想希望とは離れていくけどその方があったかく愉しめそうで有難いんですけど。どうなるんでしょうか。ぬるま湯的なほのぼのとしたものじゃなく、とりあえずプチ波乱万丈なお話しなので脚本書かれる方は大変と存じますが期待しとります。

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ひとりごと・女優 長谷川京子

13日のNHKで放映されていた番組です。長谷川さんが富士山を観に箱根へ行く。その途中途中でインタビューが入るといった景色の番組でした。てっきり民放に負けじとNHKも「海峡」の番宣でもするのかと思って見たんですけど、ちょっと違いましたね。申し訳程度の番宣でした。

正直長谷川さんのお芝居って、どこかテンションが高いというかギアが空回りして一杯一杯な感じがいつもしてて余裕がないみたいな印象で左程私のツボにははまらないんですが。

この番組見て、ふたつ何故か惹かれるものがありました。

ひとつは、その声。

とてもゆったりと話されていたんですが、奥行きと言うか深みがあって妙な説得力と切実感があってじぇったいこっちの方がいい。お芝居のほうもこれくらい力を抜いて演技されれば表現力が豊かに観えるのにとホントそう思いました。元がモデルさんなんだから容姿に異論がある筈もない訳ですから、この感覚でするお芝居を観てみたくなりました。

カメラの前だから当然普段の声ではない筈で、人前で話しているトーンの筈だから、お芝居でもこの声と間で出来ると思うんですけどねえ。

余分ですが、2倍速で音声聞いてもちゃんと聞けました。アナウンサーさんの声でも聞き取れない2倍速ですが長谷川さんの声はしっかり聞こえる上に全然トーンが変わらないのにはびっくりしました。

もうひとつはヒールの足音です。

登山靴で岩の上を歩いたときのコツコツと言う音が凄く好きな私にとって久し振りに聴いたような石の上を歩くいいハイヒールの靴音。石造りの豪華な通路を歩くような反響音ではないんですが、・・・説明しにくいんで省きますがとにかく聞き入っちゃいました。

これはもう人それぞれの感性の問題ですから、「ね、いいでしょ」と同意を求めるつもりは毛頭ないんですが、非常に心地いい音でした。

最初ロープーウェイに乗って行くとは言えその靴はないだろーと思ったんですが音の心地よさにもう許しっぱなしでした。

平地に降りて遊覧船に乗ってる様は、絵になりました。長谷川さんて基本綺麗な人なんだと改めてそう思いました。

「海峡」については眞島秀和さんが出演されるということを知りましたので、当然要チェックであります。って結局見事に番宣につられてしまった訳で、まんまとNHKの思惑にはまってしまって少しくやしい。

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*ひどいことゆー

なんて事言うの!といったニュアンスの言葉。反論というか意見に不同意を示す際に発せられる。感情的にカチンときたとも訴えている。

ただし頭に「うー」をつけて「うーひどいことゆー」にすると、(もーいやねえ・いったなあ)といった(からかわないでよ・なにをおっしゃる)みたいなニュアンスになる。

例文

「あんたねえ、DVDやらテレビやらの雑誌やたらくしゃ買ってほんで置きっぱなしだもんで部屋ん狭くてホント邪魔でしょんない。買やせんならやめな。お金んもったないら。」

「なにゆーよー。全部買えんもんでじっくり選ぶ為に勉強してるじゃんか。ひどいことゆーやー。」

「だからっつって肝心なもん買う金んなくすっつーのはどうかと思うやあ。」

本末転倒。ゴルフ道具いいの揃えるためにゴルフ場行く回数減らすようなもんか。

芸能の世界で言えば、今は演る方は各ジャンルにそれぞれのスペシャリストが生存できる成熟さがあって、観る側は何を選ぶかすら全てを見知ってからと言う事が不可能に近い。昔はトップの数が少なくそのトップもがなんでも屋的な活動を目指さなければいけない時代があった。歌・芝居・テレビでのトーク・グラビア等と。一極集中か多極分散か、どちらがいいのかの解釈は人それぞれであろうが、昔は演る方は大変観る方は選ばなくていいから楽。今はその逆といっても過言ではないのだ。

てめえが歳喰って時代についてけんだけじゃないかって?

うーひどいことゆー。

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たばこのお話し

会社の健康診断で「煙草辞めますか?人間辞めますか?」と健康相談の席で問われたので「人間辞めます。」と宣言して以来、私は廃人としての自覚を持って生きている。

レントゲン検査で「肺に陰が見られます。」と言われても「人生に影があるのはしょうがない。」といって技師の人に憮然とされたりもした。

そんな酒は辞めれても煙草は辞めれない私だが、人に勧めるほど愚かではないつもり。

ましてや女子が吸うのははっきし言って嫌いである。

妊娠の際のデメリットがどうのこうのとかいう屁理屈からじゃなく、感覚的に嫌悪感を感じてしまうのである。その癖お水のお姉さんとか飲み屋のおっかさが吸うのは気にならない。結局タバコを吸う行為には男性社会の名残というか象徴みたいなイメージを持っていて、社会の中で野郎を軽くあしらう職業の女性が野郎と対等若しくは母親みたいな視線のアイテムとしてのイメージがあるからである。

なので若い子が全うな職業に就いてるのに煙草をふかす光景にはついていけないという古い体質の人間なんでしょうね私は。

そんなこんなでとある方のブログで喫煙ご遠慮願いますの張り紙で面白いものを見つけた記事を見た。但し書きとして「正座・空気椅子なら可」と書かれていたそうな。あからさまではないにしてもやれるもんならやってみいと云わんばかりの挑戦状にとれる。ある種敗北宣言というか土下座してまで吸うみたいで「誰が吸うかあ!」と思わせる名文だと感心しきり。見つけた方もどこ見て街歩いてるんだろうと言う意味にも感心しきり。目線というのは重要なアイテムだと再認識した次第で。

しっかし、繁華街はもう私のような廃人には砂漠のようなもので。もし、オアシスがこの張り紙のとこにしか存在しなかったらとしたら、私は正座してしまうんだろうか。背に腹は代えられないと。

近い将来消え行く文化であろう「たばこ」というものに未来は当然ない。ジッポもデュポンやダンヒルもネットオークションにすら登場しなくなる日もそう遠くないのかもしれない。煙草が当たり前に買えなくなったら私は果たしてどういう行動をとるんだろう。自分でも予測できない。

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*ふんで・ふんだだこんこいたって

(それで)とか(それから)とか言う意味。「そんで」がより一層遠州弁化したもの。変化形としては「そんでえ」が「ふんでえ」。(そんなこといったって)が「ふんだだこんこいたって」となる。

例文

「来週の休みいっしょだらあ?用んないならお芝居観いいかん?」

  (来週の休み一緒だよね。用事がないならお芝居観に行かない?)

「暇だでええけどなにみいいくよお。ふんで飯は。」

  (暇だからいいけど何を観に行くの?後、食事は何?)

「潜水艦の艦の中での惨劇に反撃っつう艦劇を観劇して感激せるだよ。ほいで二幕あるもんでえ、その休息のを、間げきぬってパンケーキ喰い行くだよ。ちゃんとしためしは汽車ん中で名物駅弁買ってくわすかと思ってるだけどやあ。」

  (潜水艦の艦の中での惨劇に反撃する艦劇を観劇して感激する。それで二幕あるから、休息の間隙縫ってパンケーキを食べに行くの。きちんとしたご飯は電車の中で名物駅弁ということにしようかなと思ってるんだけど。)

「よをわからんしい。なんしょきぜわしない観劇ツアーだやあ。愉しいだ?」

  (なんかよく分からないけど、とにかく慌しいツアーだねえ。愉しめるの?)

「わからん。いってみんと。」

  (いってみないと分からない。)

「なんじゃそれ。」

「ふんだだこんこいたって日帰りで行って帰ってそんであんたの好きな有名な喰いもん喰うとなりゃこうするしかありもしんにい。」

  (そんなこと言ったって日帰りでなおかつ君の好きな名物食べるとなるとこうするしかないんだから。)

「なんだかなあ、まあちっとのんびりしたいやあ。」

  (なんかねえ。もう少し健やかに過ごしたい。)

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真矢みきさん

ガリレオで柴咲さん演じる刑事の善き相談役又は茶飲み友達。という役を演じられおられる真矢さんですが、ヒミツの花園を見てからお茶目な役が似合う人だという印象を持ちました。独り言なのか話し相手に言ってるのかどっちともとれるような曖昧な感じがやけにリアルに感じられて見ていて面白いんです。

踊る大捜査線では流石元宝塚って感じでしたけど、こういう全然力の入ってない自然体に見えるお芝居ってのもいいですよねえ。

ガリレオの中ではほっと一息と言うか緊張を和らげるシーンだと思っているので、こういうシーン好きな私としては事件解決シーンよりも楽しみにしているところでもあります。

今日はココログのメンテナンスと言うことで取り急ぎ慌てた部分もあり、いつも以上に要点が散漫ではありますが、言いたいのは真矢さんと渡辺さんが出てこられる両シーンが結構気に入ってますですおますということです。ドラマの中で二人がかち合ったらどういう化学反応になるのかなという野次馬根性も否定できません。

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渡辺いっけいさん

ガリレオで福山さんと共演されていて、柴咲さんとは別な方向で福山さんとコンビを組んでおられるわけですが。

美女か野獣でも共演されておられましたよね確か。私的にはトリックにお出になられた時のやけに馬鹿丁寧な言葉をあやつる旅館の従業員役が一番印象に残っております。

何か言おうとしても飲み込んでしまうというか言いたくても言えない感情を押し殺す性格付けのキャラクターが印象に残る方と認識しております。すぐキレるというか投げ出す根気のなさと言う表現も、しょうがない人だなあと観てる側からすれば見苦しくなる手前で収まっているからいいんでしょうね。

何事も即決・判断・行動・不惑という主人公の対比として存在するキャラクターを演ずるのに渡辺さんは最適なんでしょうか。主役ばかりを立てて脇が影になるというよりも対比で両方が光るって表現したほうがいいのかな。

とにかく渡辺さんがいると研究室が華やかになるので愉しいです。うっとおしいと感じる方もおられるかもしれませんが私はお気に入りです。

トリックの時の「一日ごおうふく」が五往復と御往復の、「実はまだごじつだんが・・・」という後日談と御実弾の言葉遊びのギャグがお気に入りの私といたしましてはそういうギャグが再び炸裂して欲しいと密かに願っている訳ですが、作品が違うから無理か。前回は「機械入れましょうよ。」というセリフからヒントを得て殺人兵器を考察し事件解決に至ったわけですが、ガリレオから依頼されたものを勘違いして(出来れば聞き違えの言葉遊びで)全然違うものを用意して結果それで事件解決の糸口を発見するってのも面白いと思うんですけど。原作があるから無理かあ。って原作読んでないんで知らないんですけどね。原作にそういうお話しがあったらいいなと。

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遠州の運転気質

ニュースでハイビームがどうたらこうたらという記事があった。現実問題として対抗車両がハイビームなんぞしくさっとったら、怒れてハイビームやり返す。私だけじゃなくみんなそうであるのです。

まあ、地域によってお国柄と言うか、日常の些細な行動でも違う事はたんとある中で、運転気質のことをひとくさり。多少なりともツーリングとかで遠州に来る人の安全に貢献出来ればと言う防衛のため。もちろん決められた交通ルールの解釈からは多少ずれているものもあるがこれが現実。

まず「黄色の信号は速やかに交差点を通過すると言う解釈である。」

信号手前(だいたい)30mくらいで黄色だからと無防備にブレーキなど踏もうものなら後ろの車両におかま掘られる可能性が高くなる。まず後続車両の有無を確認する余裕を持つことが望ましい。赤で交差点に進入するのは言語道断であるが、信号に黄色で進入して赤に変わりそうだとしても後ろにつかれていたら進む方が防衛的無難である。後続車がなく止まれると判断できたなら止まるべきであるのは当然のことではあるが。右折時においても赤になったから対向車は止まるだろうと判断して右折を開始してはならない。必ず止まったことを確認してからが肝要である。赤になってしまってから右折し始めても交差する車両は発進を多少は待っててくれる。

次に「青は無条件の発進進めではない。」

前述のとうり赤になってもまだ交差点内には車があるときが多く、青だからといって無闇に進むと痛い目に遭う。必ず左右確認のうえ発進することが大切。

これについては名古屋とは全く異なるので特に注意が必要である。愛知は黄色から赤は止まれである。この絶対理論が存在しているから、名古屋では左右の信号が黄色で発進準備。赤で発進後、前方の信号が青だと確認して加速。このような名古屋ルールで浜松を走ろうものなら即事故に繋がる。

繰り返すが信号でゼロヨン勝負は浜松では無謀。左右の確認は絶対条件。

「街中のバス優先道路は守る。」

中心部の主要道路の左側車線で舗装の色が異なるレーンはバス優先道路となっており左折車両以外は空いているからと言って指定時間内は走行しない。

左折車でもないのに優先道路を走り、途中運転手の都合で普通車線に車線変更するということは割り込みと判断され不快感を与える。現実的にみんなが守っているわけではないのだが多くの人はモラルを優先している。

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*あそこんさあ

あそこの辺りとでも申しましょうか。あそこらへんって方がスムーズですかねえ。

「さあ」と言うのが~の辺りということになる。共通語でいうところの「あのさあ」とか「さあね」とかいう使い方ではない。

例文

「川んさあに生えとる草。なんか珍しい種類らしいだでやたらくしゃとっちゃかんらしいに。」

  (川の辺りに生えてる草がね。なんか珍しい種類みたいだから、むやみに採ってはいけないらしいよ。)

「へえー初めて聞いたよお。そんな変なの昔っから生えとったかいやあ記憶んないよお。」

  (へー初めて聞いたよ。そんな珍しいの昔から生えてたかなあ記憶にないよ。)

「こないだノブさあんとこのとっつぁま、草刈機であそこんさあ刈っとたら注意されただと。」

  (この間ノブさんところのお父さんが草刈機であそこら辺を刈っていたら注意されたんだって。)

「誰にい。」

  (誰にだよ。)

「そこんさあよーわ知らんだけどやあ。ゆわれただとっ。」

  (そこらへんは詳しく知らないんだけど、とにかく言われたんだって。)

あくまで「さあ」であって「さ」ではない。他所のお国言葉の「どこさいくだ?」というのは違うような気がする。

なので「あんたがたどこさ」というような使い方はしない。遠州弁だと「あんたらどこよを」となる。若しくは「よを」の変わりに「でえ」。

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冬がきたかな

浜松にも冬が来たかなと感じる昨日今日。

さぶいからというわけではなく、SBSとNHKを見たとき一杯線というか星粒みたいなのが出てて見るに堪えなくなってきたから。

「遠州からっ風」というのがあって、冬になると風が強くなる。風が強いとVHFの電波がなんか知らんが影響されてこうなる。

名前は知らんけど増幅器というかそういう器具をつければ済む事なんだけど、もう地デジに変わるんだからということでめんどっちいんでまんまにしてある。

歌姫がけっこく見れんくて困るくらいで後は左程困んないけど

もう冬なんだと実感した昨日でありました。おっと冬服出さんと風邪ひいちまうわ。

ちなみに浜松では雪は滅多に降らないし積もらない。スパイクタイヤ持ってるのはスキーやスノボーやる衆らくらい。(水窪地区は除く)もし雪が積もったら間違いなく都市機能は停止するであろう。

季節感は風。

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*だらあ

普通「だら」は最後につくが、先頭に言う場合がある。

「そうだろ?・やっぱりな」というような意味として使われる。というか「そうだら」の短縮形というべきか。

「だら?」というよりも「だらあ」と言う方が多い。これは「だら?」はニュアンス的に「だろ?」ということしか表現できないが、「だらあ」だと語尾の上げ下げによって「そうだろ?」と「やっぱりな」という二通りのニュアンスを表現できるからであろう。

例文

「やいやい、店10時開店たあ聞いとっただけどお、特売日で混むだでちっと早めに開けるかもっつって行っただけどきっちし10時開店してけつかんの。外でどえらい待っててはあ風邪ひきそう。」

  (あ~あっ。お店10時開店って聞いてたけれど、特売日で混むから少し早めに開けるかもと思って行ったけど、時間通りだった。外でずっと待ってたんでもうね風邪ひきそうだよ。)

「だらあ。いったじゃんか。あそこそういう商売じゃないっつって。」

  (そうだろ。言っただろ。あそこの店はそういう商売してないって。)

「なんでそんなに時間にこうるさいだかいねえ。」

  (どうしてそれほど時間に厳格なんだろうねえ。)

「そりゃ知らん。なんかあるだら。」

  (それは俺に聞いてもわからない。なんかあるんだろうねえ。)

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なんだかなあ4

なんか面白いもん掘り出し物でもないかなと、ものすごく久し振りにとあるビデオ販売店に行った。そこは新品中古取り混ぜて販売してるところで、ビデオの時代の頃はレンタルのお下がりとかも出るので、しょぼい私のような人間にはもってこいのお店。もちろんアダルトとかもある。で知ったのは、アダルトの新作の平均的な価格が3000円切ると言うこと。洋画のDVDでもそれくらいの価格のものがあるけれど、邦画に関しては、新作においてはまずお目にかかれない。

どういう根拠で価格設定されてるんだろうと不思議に思う。しょっちゅうその手の怪しげな誘惑サイトからのトラックバックがついてきて、一応チェックしようと「ウェブサイトを表示」で確認して入ってしまったときに、法律守ってる?と思える気持ちになるDVDでさえエライ安い価格設定なんで思わず鼻の下が伸びてしまうときがある。エロの世界は最近薄利多売ということか。昔はがんこ高かったのに。

元手が違うとは言え、映画館は1800円。なのにDVDになると4~5000円台。初回限定版だのおまけつきだのと希少価値をつけてるとはいえ、この差額はなんなのだろうと思う。本物は映画館にあり。DVDはいわゆる二次使用。テレビドラマのDVDBOXなんてハンパじゃない。どったっけ~!

映画公開前の宣伝用のナビゲーションDVDでさえ2000円台下手すりゃ3000円台。コンビニで売るくらいなら500円程度が妥当じゃないかと。映画見に行くよりも高いと言うのは実は不思議な話しだと思ってるのは変でしょうか。「そんなぐつぐつ言うなら買わなきゃいいじゃん。」ごもっともな話しです。

レコードも海外と国内の価格の差があったように記憶してるが、相変わらずその伝統は受け継がれているということか。8ミリから始まってDVDまで一人の人生の中でもめまぐるしく再生道具が変わっていて、永久保存版なんてありえない。

実際は消耗品でホントに欲しいものは再生機が変わるたびに買い直してるのが現状なんだからそういう感覚で販売して欲しいなあと。「そんなぐちぐち言うなら買わなきゃいいじゃん。」至極正論な話しです。

しっかしアニメは高い。邦画も高いがアニメはホント高いと思う。携帯地獄にアニメの蒐集なんてやってたら、そりゃ質素にならざるをえんわな。

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*かきこ

方言だとは思っていないが、全国的な喰いもんじゃないのかもしれないので一応記載。

さば節などをかいて(削って)粉上になったもの。

お好み焼きやおでんにつけるもので、あおのり・かつおぶしとともに良く使われるものである。

他の地域ではおだしをとるために使われるものかもしれないが、直に喰いもんにまぶして喰うのは地元の醍醐味だけなのだろうか。でもうまいっつうか癖んなるにい。こんにゃくあたりだとこんにゃくの味というよりもかきことあおのりのハーモニーの味しかしんくて、歯ごたえがこんにゃくのぷにぷにとかきこのしゃりしゃり感を感じる。他の薬味として紅生姜があるが、かきこと紅生姜をいっしょくたに喰うのは私的にはどうかと思う。あおのりと紅生姜はありだと思うけど。

味については自分で食って確かめてつかあさい。コクが深いのが特徴といやあ特徴。絵としてみたい方は「さば節」で検索すると焼津あたりの業者さんのHPに載っている筈。

厳密には駿河の産物なんで、遠州人の私のこの説明が正しいかは話半分で聞いてくださいまし。

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SP

*SP第2回

絵が違いますよね明らかに。こういうの本広調というんでしょうか。つなぎというかシーンの連続性の繋がり方がスムーズで早くて。テロップと言うか文字の使い方が上手くて。それでいて嘗め回すような絵もあったり。何故か「蘇る金狼」を思い出してしまいました。違いを挙げれば「SP」が昼間で「蘇る」が夜というイメージでしょうか。緊迫感と言うか緊張感のある映像にはやはり魅力を感じます。音楽とのコラボも本広調だと感じさせる理由なんでしょうか。結構インパクトあります。これでサントラCD買って聞くと過去の経験からするとそうでもないんですけど絵と音の相乗効果の交わり方がいいんでしょうね。

でも総監督ってなってますよねえ。総監督って何?

ある意味人の動きも主人公以外はやけにリアルで(主人公病気なんだから仕方ないんだけれど)、敵も味方もプロという世界で構築されているように見えてて。役者さんがみんなそれらしく見える方ばかりだからでしょうか。名のある役者さんがそれらしく演じるという醍醐味もあるのですけど、名を存じ上げない役者さんでも見た目ですどういう人か分かるというのも人物説明がはしょれてテンポアップしてもついてけますもんね。こういうのキャスティングの勝利というんでしょうか。

SPなんて知らない世界だから、医療と同じで何見てもふーんそうなんだと思うしかなくて、そういう意味では自由度がある題材ですよね。勿論本物が見たら違うんでしょうけど。

早いなあと思ったんですが、45分でした。どうりで。でも薄っぺらい感じがしないのはなんででしょう。全体の雰囲気が重いのにテンポが早くて見てる側に考える間を与えないせいなのでしょうか。重厚感と表現するのは気がひけるんですけど。

でも何故か病院でがきんちょが抱いてたクマのぬいぐるみが印象に残りました。あれってなにかの暗示なんでしょうか、それともただ単にブームで私がそれを知らないだけなんでしょうか。

*SP第3回・2007/11/18

今回のお気に入りのシーンは朝の出勤の挨拶のシーンでした。命懸けてる仕事なのに気合が入るわけでも滅入ってるわけでもなくごくごく当たり前の「おはようございます」の省略くずしの挨拶というのに何故か反応してしまいました。

今日の第一印象はエキストラが違うなあ決まってるなあというところです。イモや棒じゃなくきちんとパニックを表現出来ていてドラマに迫力が増す感じがしました。役者さんが幾ら良くても後ろの絵づらが芸能人見たさに集まった目的違いのイモや棒じゃ全て台無しですからねえ。そうなるともうしらけ通しですよ。

作品に参加する意識というものが大事なんでしょうかねえ。それともエキストラと言えど場数を踏んで経験値を増やす事が必要なんでしょうか。どちらにしても絵になりました。

それとも犯人役の方が本気で上手くてその迫力でマジびびってたんでしょうか。そっちの方がありえるかな。防犯訓練で警察の方が模擬強盗犯で店内に押し入るというのを以前勤めていた会社で何度か経験したことがあるんですけど、上手い(迫力のある)人だと訓練とわかっていてもホントにびびったことがありますから。

でも、SATでいいんでしょうか(あってるんでしょうか)警官隊が出てくるシーンは何故かつくりもののお話しだなあと醒めてしまいました。浜松では警官隊を実際に見る機会はまずないですけど、自衛隊だったら(お空ですので地面這ってないですけど)あるんでそういう商売の人を見かけるんですが、立ち振る舞いがやっぱ違いますからねえ。姿勢からして。訓練鍛錬で出来上がるものでしょうからカッコだけ警官の服着せてもらしくは見えないですよね。ましてやあれだけどやどや出てくると規律というものが生じる筈だけどそういうものが見えない気がしました。本広監督と言えばお約束のように出てくるSATですからこの作品に限らず出番も多い筈なので、監修としてでなくそういう専門の人と契約された方がいいモノが観れるような気がしてきました。(他人の財布だと思って言いたい放題ですいません)

格闘シーンは格闘ヲタクでも柔剣道の経験者でもないど素人の私ですが、本物っぽい迫力を感じました。岡田さんも大変でしょうねえ。怪我などされないように無事撮りきられんことをお祈りいたします。

次回予告でなんか大分見せ過ぎのような気がしたのは私だけでしょうか。この先どうなるんだろう。無事解決するに決まってるじゃないかと心では分かっていても。じゃどうやってっていうのも興味があるので、はっきりでは勿論ないですけど薄々と二人で各個撃破で本丸へってのが読めちゃうのと、通常より短い枠なんだから予告削ってその分本編濃密にって考えもありなんじゃないのかなと。

面白い作品ですよ。愉しいです。決して悪口書いてるつもりじゃなくて要望希望願望マー坊のつもりなんですけど。こういうのいちゃもんっていうことになっちゃうんでしょうかねえ。

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*ぺったん

メンコのこと。

丸い種類も存在するらしいが浜松というか私の時代のペッタンは長方形だった。大判といわれるものも駄菓子屋につるくってあった記憶があるが、それで遊んだと言う記憶はない。

遊びのルールはコンクリートのところでペッタンを叩きつけ、その風圧で相手のペッタンを裏返すというものだった。もう少し細かいルールもあったが説明が面倒なのでまあこんな感じと言うことで。場所については学校のコンクリートだとざらざらしててすべらないし風圧が弱いし手が擦れたら血だらけになるので、人んちの土間のある家とか工場で土間風のつるつるしたところでやっていた。男の遊びで女子が混ざった記憶はない。

材質は上質とは言い難い画用紙のようなねずみ色の厚紙みたいなもんで出来ていて、描かれている表の絵柄はカラーというか色がついてたが、裏は文字とかが印刷されてて、じゃんけんの絵がついてるのもあったがじゃんけん絵で遊んだと言う記憶はない。文字については何が書かれていたかは全く記憶がないが、思い出したらまた別の記事で書くことにしよまい。表の絵については、ほとんどパクリというか著作権が今ほどにうるさかったら絶対捕まるものばかりだったような気が。でも絵柄は実のところ誰も興味なくて生き残ったペッタンが宝物という実力第一の蒐集であった。

卑怯者というか改造物というか、油につけて重くしたり、ロウ垂らして空気抵抗減少と重量増を両立させたり、セロテープ貼ったり、四辺を厚くするためにレンガとかにこすりつけて膨らませたりとあの手この手で勝負する奴もいた。めんどくさがりの私はせいぜい二つに折ったくらいしかしなかった。

今でも押入れのどこかに眠ってる筈だが、だからなんだといわれても、じゃ、そういうことで。

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