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モップガール第4話

静岡県は一週遅れなので、都会の方々とは最新という解釈がずれますが、今週見た第四話のお話です。

全てを救えるわけではないということ。真実は結果では語られないということ。一度遡ったら二度目はなく上手くいかなかったからといってやり直すということが出来ないこと。

おコメディというだけでなく、結構深いというか考えさせられるお話しでした。もちろん、立ったままでも眠れるほどバテてるのに、時間が遡って本来眠りこける筈の時間で孤軍奮闘する様は思わずツッコミたくはなりますが、「ええ話しやあ」と素直にはかなさとか感じられてよかったです。もちろん遡っていっても本人の行動だけは元に戻ってるのではなくて継続してるから元気なんでしょうけど。しかし人より一日が長いということは、その分歳(肉体的)をとるのが早いってことなんでしょうか。

助けたお姉ちゃんはいい人という表現が適切とは思えない騙され上手で、こういう兄ちゃんに出会わなくても他の人に同じ事されてるかどこぞの宗教の熱心な信者に邁進しそうな雰囲気を醸し出してましたねえ。早急に助けようとせずとも、騙されるだけ騙された挙句に捨てられて、場末で後始末に追いまくられてるところに足長おじさんみたいな救いの手を差し伸べるという超長期的な脱出方法を選んだ方がよかったんじゃないのかと勝手に想像してしまいました。殺されてしまった騎士の粘着気質を考えれば長い年月強い意志を保てそうな気がしたもんで。この先もまだ長い人生があるんだから屋上で一気に決着シャンシャン一件落着という方法をとらなくてもと考えてしまいました。

最後の涙は「あんな人の為に。」という悔し涙なのか「本当のいい人を助けられなかった。」という未達成の挫折感なのか、どうともととれる形で主人公の成長を促す出来事ということになるんでしょうか。いまどきのドラマにしては珍しく勧善懲悪的な悪党が描かれていましたが、罰する権利はないにしても懲らしめたくはなりますよねえ。そういう意味の悔し涙ということでもあるんでしょうか。

今のままでは限界があるということで、能力は一人に与えられしものだけど、行うには助けを要とする。正義の輪というものをどのくらい広げるんでしょうかねえ。警察権力にまで輪を広げるとは思われないけど、チームというか仲間で難問を解決していくってのもいいですよねえ。原作知らないからいいたいこと書いちゃってますけど。

見てみたいなあと思うのは、殺人ではなくて事故の阻止。それもドミノ倒しのような原因と結果が積み重なって起きてしまった事故をひとつづつタイムリミットの中でほどいてくって感じのお話し。しかも気づかれてはいけないみたいな条件付き。そんなのが見れると嬉しいな。それと上手くいくまで何度でもというのも見てみたい。

で、どうでもいい話なんですけど、だまされる女性役を演じられた方ですけんど、(雰囲気の話しですよあくまで。)普通にしてると伊藤歩さんに似てて笑うと長澤まさみさんに似てるよなあと思ってしまいました。髪形によるものなんでしょうけど。

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歌姫5

相変わらず方言が心地よいです。遠州人なので滅茶苦茶な言葉になってるかもしれんけんど、そこはハマッてるちゅうこんで勘弁してつかあさい。

お話しは次回に続くための流れという部分があるとは言え、なんか休題閑話というか箸休めというか、土佐清水の人々のささやかなお楽しみを愉しんだって感じでいつもの回よりのんびりこんと観れました。それともそんなんじゃなくてこの世界の空気感に馴れ親しんできたのかな。今回の私の視点はお誕生パーティーで後ろの方でお呼ばれに預かってる近所のおっさん目線でした。

鈴というキャラクターは見ていて楽しいですね。前進あるのみで。それでいて太郎ちゃんの前ではそれが揺らぐところが可愛らしいです。そんな鈴を町のみんなが暖かく見守ってる感じでホントお誕生日オメデトウという感じです。だけど今回はよそいきのお洋服着たりしてましたが、普段着の方がいいなと感じたのは私だけでしょうか。

家のつくりもだんだん分かってきたんですけんど、まだ家の全体像が掴めません。結構住んでみたくなるような家なんでどういうつくりなのか気になります。

お姉さんの旦那さんは前回よりもパワーアップしてホントはったおしたくなるキャラですねえ。この人が混ざると舞台のお芝居観てるみたいになっちゃって、少し私の好みから外れてしまいます。と、いっても松にせよ充分はじけたりしてて幾分そっちの方向にいっちゃってますけんど。太郎ちゃんと鈴までその輪の中に入っちゃったら大分きついっす。

舞台と映画とテレビとのお芝居の違いがどこにあるのかというような難しい事は分かりませんが、少なくとも自然光又は自然光に似せた光の中でやるお芝居にはより人間らしい息づかいを感じたいものです。大きく見せなくてもカメラが寄ってくれるんですから自然な人間感が欲しいです。自らが強弱つけなくてもと思うちょります。

来週の予告を見る限りでは、太郎ちゃんの時間の流れに変化が起きそうで。のんびり感もここまでなんでしょうか。もうちくっと土佐清水の騒がしくも穏やかな空気感を味わいたいきに。

で、余分なお話し。

太郎ちゃんが吸うちょる煙草、フィルターがついちょるぜよ。アップの絵撮るんだったらそこいらへんを気い使ってくれると嬉しいちゃ。ってこんなこと書いてるとクレーマーと思われちゃうかしらむ。違うんですよ、ただのぶーたれですから。

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*はんぺた

半分というか切れ端というかとにかく分かれた物の一部を指す。中部・関東・信越辺りでは普通に使われている方言らしい。

「ぞうりのはんぺたなくいた。」(草履の片方失くした。)

と言う風に使われる。

例文

「入場券のはんぺた集めてるだか?何ん楽しいよお。」

  (入場券の半券集めてるの?何が楽しいんだか。)

「この映画観たっつーあかしじゃん。」

  (映画を観たと言う証。)

「パンフ買やいいじゃん。」

  (パンフ買えばいいじゃない。)

「高いらあ。金んもったない。」

  (高いもの。もったいない。)

「そこまでじゃないだか。」

  (そこまでの趣味と言う訳でもないのね。)

子供言葉で(はんぶんこ)というのがあるが、うちの集落辺りでは「はんぶっこ」と言う。これがよその地方でも言うのかは興味がある。

(はんぶんこにしよう。)は「はんぶっこせまい」となる。

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三浦友和さん

最近私が観る映画で三浦さんが出演されている作品が多い感じがするのです。

しかも私が持つイメージである、「誠実」・「モラル」・「背広」といった感じのものではなく、「はみだし」・「異端」といった感じの役が多い気がしてた。なんでここんとこそういうものが続くんだろう。女優さんだったら「変身!」とか「新境地!」とかでひゃあひゃあ騒がれるんだろうけど、別に男の人なんで沢山ある引き出しのひとつを大きく広げただけの話しで済むんだろうけど。でも続いてるよなあと。

そういう疑問も、今月のキネ旬見て思わず納豆喰う。そのルーツは映画「台風クラブ」にあり。それに衝撃を受け後に監督となりえた人達が、今その時の三浦さんを求めているんだと。男の役者さんてあるレベルに達したら年齢というものを超越した「大人」を演じなければならなくなるんだろうけど、三浦さんの今ってのは、まだそういう枠に収まらなくてもいいんだといわんばかりの転がる石的な魅力があるのでしょうか。(キネ旬の11月下旬号は面白かったです。日本一有名な専業主婦というフレーズも笑えました。日本魅録も快調だし。)

私は勉強不足でその作品は観ていましぇん。言い訳をすれば20年くらい前は仕事に燃えてただよ。映画はたしなみ程度でそこそこだっただよ。ということではあるが。でもチャンスがあれば遅まきながら観てみたいです。成程と思うのか思わないのか。思えなかったらここからそういうものを掴めるから監督になれるのか、分からない自分はやはり凡人なのかという自分試し的な興味も含めて。

どがんこ昔のインタビューかなにかで好きな曲の中にビートルズのカムツゲザーを挙げておられた記憶がある。エッヂの効いた鋭利的な鋭い曲を選択されていて抱いていたイメージとは対照的な感じを受けたので不思議に思えて何故か記憶に残っていました。でも忌野清四郎さんと確か同級生で共にロックに燃えてたっていう事薄ら覚えがあるので納得といえば納得ですけど。

最近のドラマで50過ぎた妻子持ちの普通に幸せな男がハタチの女性に恋をするという作品が流れてるけれど、いい年した大人が嘘までついて関係性を維持しようとする様が痛くて、もっと歳相応の足長おじさん的な慈愛の心で接すればいいのにと思って見てるけど、三浦さんだったら痛々しくなく見れちゃうかもとつい不謹慎な事を考えてしまいました。なにせ「背広」の似合う人生ロッカーなんて見たこと無いんで。三浦さんだったらやれちゃうのかなあとふとねっ。

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ガリレオ第4話

知恵のあるものがその使い道を誤るという恐怖でもあるお話しだったんですけども、一瞬地下鉄サリン事件の事を思い出してしまいました。

ある道の専門職の人が違う業種に就くと、全然異なる視点で物事を観るので、新しい発見・使い道が生まれる。そういう形で世の中が進んでいくということもあるのだけれど、軍事転用すればいくらでも最先端の武器が造れる日本と言う国で、モラルという縛りだけで平和を維持するのはもう難しい時代なんでしょうかねえ。

ヤマ発のミニヘリコだって作った方は軍事に使うなんてこれっぽっちも頭に無かった筈だし、使う方にもモラルを求められるわけではあっても、そんなの通用しない国(民族)もあるわけだし。

能力に見合う報酬を求める事は決して悪い事じゃないわけで、才あるものが活躍の場を求めることだって当然といえば当然のことだし。つまるところ「理性・ルール」なくして今の世は成り立たないということでしょうか。

でも学校教育の現場というニュースや新聞記事を見聞きすると、子供どころか親までも考えられないくらい非常識な事を起こしていることを知る訳で。エヴァの人類補完委員会の爺様方のやる通り一度オールリセットした方が判り易いや。などと洒落にならない冗談も思ってしまう。

お客様第一とかいって、客ならなにしてもいいと甘やかし過ぎて、対応する側が疲れ果ててしおれていく現代。客であろうが悪いものは悪いとはっきり言える社会をつくりあげることが望まれる。苦情(クレーム)による企業イメージ(世間体)が悪くなるのを恐れるあまり受身にまわる体質から抜け出し「こっちも悪いかもしれんがなんだその態度は!ルールというものがあるんだからそれを守れ!」と反撃しそれを許すような社会の風潮の方がいいような気がするのは気のせいなのだろうか。そんな風潮だったら殺伐とするじゃないかと言う人もいるかもしれないが今だって十分殺伐としている。

そういう意味では、ドラマの後半不機嫌だったガリレオ先生の態度が唯一の救いと言ったとこですかねえ。面と向かって批判しなかったのは現代を象徴してると言えなくもない風に見えたんですが。

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*つるくる

吊りさげると言う意味。

「軒に柿ほいてつるくる。」(軒下に柿を干して吊り下げる。)

例文

「家ん中までコートはおっとらんで脱ぎない。」

  (家の中までコート着てないで脱ぎなよ。)

「どこおきゃあいい?」

  (どこに置けばいい?)

「ほい、ハンガー。で、そこんとこにつるくいときな。」

  (はいハンガー。それでそこの所にかけときなよ。)

「つるくる」と「掛ける」は似た様な使い方をするが、人の持ち物に対して「つるくる」を使うと横柄・ぞんざいに聞こえる。

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地上最強のぽんぽん

地上最強のぽんぽんといえば、ホンダのカブだろうて。

都会だろうと田舎だろうと違和感がないし、流石に広大な荒野を行くひたすら真っ直ぐな道を行く絵は想像しづらいけど、アジアの熱帯雨林のジャングル辺りの砂利道とかでも走ってそうなイメージは作れる。

しかし、カブはカブでも郵便局のカブはもっと凄い。(これをカブと称するかは不明だが)

頑強・故障知らず。私は郵便屋さんではないので、仕事で乗ったことはないのだが、見た目からして異なる。完璧な特別仕様である。国に納めるということでコスト云々よりも実用性能を特化したものであろうか。以下は10年以上前のお話。

街中で車と局カブの衝突事故後の現場に出くわした事がある。車の方はラジエターまでくにゃっといっちゃってたが、局カブの方はステップがあらぬ方向にひん曲がってた位で見た目はケロッとしてた。両車両の壊れ具合が対照的で局カブの頑健さに驚いたことがある。近くば寄って眼に物見よとばかりに、しげしげと野次馬してたが、ハンドルグリップのところには見せかけのきゃしゃなプラスチックではなくいかにも「鉄」って感じの頑鉄ハンドルバーで転んだくらいじゃびくともしないのが見て分かる。ウィンカーもでかいし前輪のサスまわりもふっとい。前後のキャリアもごついし、エンジンそのものもなんか違うぞー。

スゲエと思い、いつも行ってたバイク屋のおっちゃんにそういう話をしたら知り合いの店が局カブの修理やってるというのでその店教えてもらって見に行った。

そのお店にいったら、あった。ホンダだけでなくヤマハもあるのをそこで初めて知った。お店の人はおじいちゃんみたいな感じ。「へー、ヤマハもあるんだあ。」と言ったら「昔はスズキもあったよ。でもなんかエンジンが焼きつき起こいて局が悪いかメーカーの責任かでもめたらしくそれで退いたらしい。」「へー。」「まあメーカーのせいじゃなく局のせいらしかったみたいだけどね。」「ふーん」とへーとふーんとかしか返しようがなかったけど興味津々だった熱意が通じたのか色々と話をしてくれて、しかもちょっと跨らせてもらえた。

低重心で重さを感じさせないが、センタースタンドを掛ける時にその重量感を実感する。結構中型バイクのつもりでいないと「えっ?」ていう位。殆ど唯一と言っていいプラスチック部分の足回りのカバーもパリンと割れるようなものでなく弾力性があった。エンジンは流石に掛けれなかったけど、3速か4速のロータリー式シフトで80キロくらいまでならストレス溜まることなく走れるらしい。荷物をたんと積むので低速でもトルクがあるように、停車中騒音にならないようにアイドリングも静めで、小道も行くからハンドルは軽く操作し易いようにしてあるらしい。ブレーキはドラム式で急制動はさすがに不得手らしい。なんでディスクじゃないのと聞いたら「知らん。」と言われた。

「昔はヤマハ2ストだったもんでえ、最初はええけどカス溜まる様になると坂も昇れんくなるっつってホンダがええって局の衆らいっとったけど、今両方4ストだもんでホントはそう変わらんだけど、昔のイメージ残っとる人はまだホンダの方がええっつう人もおるわな。」

「こないだ事故ってるとこ見たけど頑丈だよねびっくりした。」「頑丈だよお。エンジンとか逝っちゃわん限り大抵直すでの。フレームん曲がるなんてまずないでの。」

「これ欲しい。中古で出ないの?」とバイク屋のおっちゃんに聞いたら、「こうるさいんで無理。」と言われた。「なんで?」と聞いたら、「未だ乗れるのに新車に更改するのはおかしいと国の検査してるとこから言われるんだと。だで、中古ん出て元気に走っとるとこみられたらまずいんだって。だけど大分前は他の国ならええらあっつって、下取り業者の衆ら東南アジアに持ってって売ってたっつう話も聞いたよ。今じゃそれもいかんらしいけど。」「ほんとにい。」「やっぱ全然性能ん違うもんでばか高く売れたっつってたよ。ま、なんしょ国に納品するわけだで、メーカーの威信っちゅうのもあるだでやー、気合が違うわな。」

バイク屋のじいさまがいうことにゃ、前の話もそうだけど、どこまでホントのことかは知らないが、走行距離とか使用年数で新車に替わるらしいが、全然平気でその後も走れる能力があると言ってた。

白バイも自衛隊のバイクも市販車の改造と言う気がするけど、局カブ(ヤマハも)は明らかに別に進化したバイクのような気がする。今後は民営化になって、ホンダ・ヤマハとしても一企業に製品を下ろす事になるわけだから、その性能は普通のカブ並みになっていってしまうのだろうか。出来ればまだまだ進化していって欲しい。&単純に一台欲しい。

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*よばる

呼ぶという意味。方言と言うより古い言い回しと思われる。

例文

「なんで先始めちゃってるよお。随分じゃん。」

  (どうして先に始まっちゃってるの。ひどいじゃないか。)

「何度もよばっただに返事んないもんでいんだかと思ったもんで先始めただよ。」

  (何度も呼んでやったのに返事がないから、いないと思って先に始めたの。)

ニュアンス的には呼んでやる・あげるという感じになる。

「呼んだ?」と「よばった?」では意味は同じだが微妙にニュアンスが異なる。うちの集落では「よばった」の方が若干丁寧になる。その上だと「よばっさった」であろうか。「呼んだ」の下は「よびくさった」。分かりやすく書くと

「よびくさった」<「よんだ」<{よばった」<「よばっさった」

丁寧さの比較であるが集落によって異なるのであくまで参考として。

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働きマン第5話

ドラマそのものとは関係ない話しなんですけど。

芸能人のスキャンダルを追うスクープのお話しだったんですけど、菅野美穂さんを始め出演されておられる皆さんスクープネタにされる側ですよねえ撮影現場を離れれば。

やりたくも無い汚れ仕事のゴシップを追う側の理由はドラマ見て理解できましたし、大体そんなものに興味を持ついやらしい(心が)人間が多いと言うせいでもあるんですけれど。いくら需要と供給が成り立っているからといっても、その餌食にさらされる危険性のある人達が正当性を演じなければならないという心境はいかばかりか。

人のプライバシー覗くなんざ、なくてもいいのにと思う私としては、スターは作り上げるもの。提灯記事で埋め尽くされてみんなで盛り上げた方がいいじゃんかって考えるんですけどねえ。制作側も見る側も。古い表現ですけど「銀幕のスターはおトイレに行かない」でも別に構わないと、夢を壊す暴露話出さなくてもと。

もちろん裏切る行為は許すまじ。例えとして清純派の癖して胡坐に煙草する奴に夢は託せない。だからそういう奴は成敗しろという理屈も正論ではありますよね。

こうであるべきだという結論出す気はないけど、大変だよなあと。そう思いながら見てました。

で、本編の方に戻りますけど、彼女の友達にため息漏らすようじゃもう完全に赤信号ですよねえ。そのうち仕事か結婚かという究極の選択をしなければならない回がやってくるんでしょうか。人間が幸せに至る方法なんて人の数ほどあるものなんでしょうか。あるんでしょうね多分。

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24時間おいでましー

アクセス解析のお遊びで、以前47都道府県往来という快挙を成し遂げ。今回各時間全てアクセスという事ができまいた。

インターネットなんつーもんは夜のイベントだと、ブログ始める前はそう思っていたんだけれども、案外そうじゃないと言うことを知りました。

もちろん、私と同様な夜行性の方が深夜と早朝の境目がつかないということで普通は就寝時間でもこられる方もたんとおられるんですが、存外午前中のアクセスが多いのは、びつくりしまいた。

左程真面目でもない内容を書いてる自覚がある私としましては、午前中と言う一日の中で一番真面目な時間帯にお越しいただけるというのには意外性を感ぜずにはおれません。

意外と言えば、方言ネタにも拘らず言語が日本語以外のところからのアクセスがあることでしょうか、翻訳機能で遠州弁が翻訳できるわけがないと思ってるので、何故?という思いで一杯です。いまのところ6言語の方がお越しになられてますが、どこまで増えるんでしょうか。

まあ、こういう愉しみもアクセス数が少ないからこそ出来る愉しみであって、一日に数百数千数万とアクセスされる方には理解できないことでしょう。

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*うそこき

うそつきと言う意味。男女共用の表現。全く知らない人には使わないことが多い。

「こく」というのは(言う・する)という意味であり、この場合厳密に書くと(うそ言い)となる。

「うそこいた」は(嘘を言った)と言うことになる。「うそこき」は共通語の(うそつき)と同様に嘘を言う人のことを指す。

(うそつき通す)を「うそこきとおす」と言うかというと、ビミョー。「うそこきたおす」ならありうるが。

例文

「こんのーうそこきがあ。きんのうあそこんさあ安売りしてるっちゅうもんでちゃっと飛んでったら全然じゃんかあ。」

  (このうそつきがあ!昨日あそこの店が安売りしてるっていうから急いで買いに行ったら安売りなんかやってなかったぞ。)

「うそじゃあらすかあ。わしん行った時安かったにい。」

  (嘘じゃないよ。私が行った時安かったもの。)

「いつん話でえ。」

  (いつの話だよそれ。)

「きんのう。いやあおとといだったかな。」

  (昨日。いや一昨日だったかな?)

「何買ったでえ。」

  (何を買ったの?)

「こどものおもちゃ。クーポン貯めてる人つうかいつも来る衆にって感謝祭だっつってたにい。」

  (子供のおもちゃ。クーポン集めてるというか、いつも来てくれる人への感謝祭だって言ってたよ。)

「なにそれ?いつもこん衆んにはまけんだって?」

  (なによそれ。常連以外にはまけないってこと?)

「安いとこばっか探し回るもんでえ損こくときもあるだよ。馴染みになりゃまけてくれるとこもあるだでえ。こまめに行った方がいいにい。」

  (安売りの店ばかり渡り歩くからそうなるんじゃないの。馴染みになればまけてくれる店もあるんだから、そういう店に通った方がいいんじゃないの?)

「そんなねー、えこひいきなんかせる店なんかよーないわ。」

  (そんなねえ、えこひいきするような店なんかいやだね。)

「エコな贔屓ならロハスでいいじゃん。」

「・・・・はあ、ええ。」

  (・・・・もういい。)

どっちが賢いのかは知らない。でも、チラシ見て10円単位で安いからと言って車で遠くまで行く奴を私は知っているが、私でも「こいつアホ?」と感じるときがある。

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つれ

連れ。

連れ合い(配偶者)や子供連れのつれ。辞書などでは、仲間として一緒に行動する人などをさす。と記載されているので、特に遠州弁と言う訳ではないのだが、若干ニュアンスというか使い方がずれる。

「うちのつれがさあ」となれば(私の友達がね)ということ。

「うちんつれのつれが」となれば(私の連れ合いの友達だという知り合いが)となる。

配偶者・家族をさす場合ももちろんあり紛らわしさを防ぐために大抵「うちのが・うちのやつが」(家のが・家の奴が)といって済ますのと「うちんつれ」と「の」を「ん」と撥音便化していうので「うちのつれ」といった場合は友人知人を指すことが多い。

「うちんつれんとこのつれが」は(私の友達の友達という知り合いが)

「うちんとこのつれのつれが」は(家の者の友達の友達と言う知り合いが)

「うちののつれのつれが」は(女房または旦那の友達の友達という知り合いが)

「うちのの」は基本配偶者に使う。家族には「うちんとこの」が一般的。ただし集落によって異なる場合もある。

遠州では方言的にはあまり友人という言葉を使わない。その分「つれ」・「知り合い」などが多く使われる。当然親密度は「つれ」の方が「知り合い」よりも高い。

例文 二人(A・B)で歩いているところにある人(C)が声を掛けてきた。

C「やあ!」

A「よお」

C「じゃ」

A「おー」

B「誰?知り合い?」

A「釣りのつれ。下手だもんでいつもつれんだけどね。」

という会話も存在しうる。

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なんのだれ兵衛

だれだそいつは?と言うような意味。人の名前を聞くときにつかう言葉として多く使われた。

「これやったのあんた?」

「ちがうよ。」

「じゃ誰?。」

「あそこの人。」

「あそこじゃわからん。なんのだれ兵衛かはっきり名前いいなさい。」

案外洒落とか冗談じゃなく真面目に使うときもあった。結構怒っているがまだ感情を抑えているというか、爆発寸前の一瞬穏やかになる瞬間に言う場合が多く、この後ドカンとあだけるという感じの使い方だったような記憶が。

若しくは、しらばっくれるんじゃないよ(とぼけるのもいい加減にしろ)という意味合い。こちらの方が一般的か。

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*けやす

消すという意味。「や」が間に入っただけのことであるが、京都の「~しやす」のように柔らかくはならない。

「忘れもんないよね。ほんじゃいかまい。」

  (忘れ物はないよね。じゃあ行こうか。)

「ほい、あんた。二階の電気けやいた?」

  (ちょっと待って。二階の蛍光灯消した?)

「けやいたと思うけど、一応見てみすかねえ。」

  (消したと思うけど、一応見てくるね。)

「そうしたほうがいいにぃ。なんしょ電気代もばかんならんし火事んなったららんごかないだで。」

  (そうした方がいいよ。なにしろ電気代も馬鹿にならないし火事にでもなったらたまったもんじゃないからね。)

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*それっぱか

それぐらいのという意味。略さずにいうと「それっぱかし」と「し」が入る。

「ちょっとばか(し)」(少しくらい)のように「ばかし」という表現が言いやすいように「BA」が「PA」に変わったと想像される。なので特に遠州弁という訳ではなさそうな気がしないでもない。

「転んだっつったって手えついただけじゃんか。それっぱかのこんでびゃーびゃー泣いちゃかん。あんた男だらあ。」

「それ」があるので「これ」も当然ある。

「おめえさあ、いちんちじゅうこきつかって働かせといてこれっぱかしかくれんちゅうのはひどかねえ?」

「それ」があって「これ」もあるから「あれ」もあるかというと、当然ある。

「あれっぱかのこんでイヤになるたあ根性ねえの。」

「それ・これ・あれ」があるから「どれ」もあるかというと、それはない。

どれくらいは「どんくらい」。

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モップガール

いんやあノーマークでした。この秋ホント面白い作品が目白押しで、全部見れるほど悠長な生活してるわけでもないので、取捨選択してはずしてたんですけど。知り合いが面白いよと言ったので観て見る気になりました。ちなみに何故はずしたかというと北川景子さん良く知らなかったもんで。

考えてみれば、「トリック」発祥の時間帯。冒険と言うか多少ぶっ飛んでも問題ない枠のドラマだという事を失念してました。いつのまにか前評判というか皆が見るものを自分も後追いして、自分で探すということをしなくなっていたことに気づきました。

ふんで、キャラの力の入り具合が気にはなるのですが、お話しは面白いです。出来事に干渉して未来をいぜくるということで、タイムスリップというかSFの世界ではいけないことやってるらしいんですが、そんな知識も知恵もない私にはとんじゃかなく面白かったです。

脱力系がツボな私としては、もっとなるく流れて欲しいという願望はありますけど、小ネタ満載には笑えます。役者さんもそういうことはお任せって方ばかりなんで、これから回重ねてくればって予感がしてきます。後追いなんで一気に3話続けて観てるところなんですけど、「トリック」っぽい色してますよねえ。しかも立て続けに観てても疲れない。登場人物に感情的なドロドロしたものがないあっさり風味だし、桃子のキャラにも悲壮感がないので明るくみれるせいでしょうか。

いづれにしても、教えてもらって良かったっす。危うく乗り遅れるところでおました。原作があるみたいだから長くは続かないのかな?でもはまる人ならはまるドラマですよねえ。「時効警察」寄りか「トリック」寄りかといえば「トリック」寄りですよねえ。どっちも好きなんでどうでもいい話ですけど。でも両作にあって「モップガール」に無い物といったら独特な空気感ですかねえ。そのうち出てくるんでしょうか。

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当り前田のクラッカー

てなもんや三度笠の決まり文句。「当たり前だ」の語呂遊び。番組のスポンサー名でもあるので毎週聞けたので嫌でも耳に残り日常でも使ってた。大人も使ってたので世代の枠なぞ関係ない言葉であった。ちなみにこのセリフは、あんかけの時次郎(藤田まことさん)のせりふ。

「ヒッジョーにキビシーッ!」という財津一郎さんのセリフもたしかこの番組だったような記憶が。あと珍念(白木みのるさん)もなんかあったような、でも思い出せない。まったく番組とは関係ないが、CMで「ハヤシもあるでよー」というのも流行っていて、この3つがうちの集落では誰でも知ってる流行言葉だった。

私ががんこ小さいときの番組の筈なので私の世代が最後尾だと思うのだが、何故か下の世代でも通じる場合もあるので、もしかしたら死語ではないのかもしれない。

オリジナルの番組中のCMで「俺がこんなに強いのも、当り前田のクラッカー」ということで前田のクラッカーを食べてるからこんなに強いんだというポパイのほうれん草みたいな使い方をしていたりもしていた。自分達が使っていたのは「今日駄菓子屋行く?」・「当り前田のクラッカー」というような「当然じゃん」というほうの使い方をしていた。でも受けたためしはない。フツーの言葉として通用してた。で、どうでもいい話だけど、宣伝効果抜群の前田のクラッカーではあったが食べたと言う記憶はない。飛んでるだけかもしれないが。

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*なぶる・ねぶる

辞書にも「なぶる」と「ねぶる」は存在する。

「ねぶる」(舐る)はなめるとかしゃぶると言う意味でこれは共通語と同じ意味で使われる。

「なぶる」については、なぶり殺しと言う言葉があるように、弱いものをいじめるみたいなニュアンスであるが、遠州弁の場合、いじるとかさわるという意味で使われる。もてあそぶというニュアンスも共通語にはある筈で、手の内にあるというか手の中で転がすみたいな意味合いが変化して?お手の物というか自在に操れるみたいな意味として使われている。

「パソコンなぶる。」(パソコンをさわるもしくは操作する)

「魚喰うときゃ骨までねぶる。」(魚を食べるときには骨までしゃぶる。)

「ねぶる」は古い日本語がまだ遠州には残ってるということ。

「なぶる」は遠州弁に変形したのではないかと推察される。

ただしどっちも古くあまり最近では使わなくなってきているので若い衆には通じない場合がある。

骨の髄までしゃぶるという表現があるが、骨にかぶりついてチューチュー音出して吸い取ろうとする状態を「骨をねぶる」と言う。今はそんなのはしたないとか言って使わないが昔は酒の肴として魚のアラの部分とかをよく大人はねぶっていた。

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