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働きマン

シンプルに面白いので特に感想は残らないんですが、カメラ目線で自らの解説入れたりなど色々目新しい事されてるので印象は残りました。

で、質問と言うか疑問なんですが、別に答えを求めてるわけじゃなくて単純に聞いてみたかったことが少々ありまして、以下に書いときたいと思いました。

*「働きマン」に変身したときなんで動きやすい靴ではなくヒールの靴のままなの?つーか仕事においては男も女も関係ないって信念なら女性の象徴とも言えるヒールをなんで履いてるんだ?

*彼氏だけど、あんないい奴一度逃したら二度と手に入らないと思えるんだけど、あんだけ理解力があるなら結婚後も仕事続けられると考えるのになんで結婚しないんだ?独身でなくちゃ仕事できない理由と言うものがあるなら教えて欲しい。行動を否定してる訳ではなくただもったいない話しだと思うから。

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*まぜてくりょー

仲間に入れてと言う意味である。「まぜる」には当然、交ぜるという共通語の意味もあるが、遠州では人に対しても使う。逆は「はぶせ」。

ま、「まじわる」が「まぜる」に訛ったという話しではあるまいか。

「やあ、みんなしてなにやってるだあ。ワシもまぜとくりょーやー。」

  (ねえ、皆集まってなにしてるの?私も仲間に入れてくれないかい。)

「今から呑み行くだあ。おめえも来るか?寿司だでちっと会費奮発しんとかんだけどやあ。」

  (今から呑みに行くの。君も来るかい。寿司だからワリカン金額高くなるけどね。)

「小遣い使い切っちまうわ。そんだだったら無理だわ。そういうこんならワシまぜてもらわんでもええでねえ。」

  (小遣い使い果たしちゃうよ。あきらめるわ。そういう話なら自分は仲間に入れなくてもいいよ。)

別の奴を見て

「どうせる?あいつもまぜる?」

  (どうする?あいつも仲間に入れる?)

「あいつんまざると会費分以上食ってけつかるで損だに。」

  (あいつが入ると会費以上に食いやがるから損だよ。)

「つったって声掛けとかんと後ではぶせにしたって恨まれるにぃ。」

  (そうは言っても声掛けとかないと後で仲間はずれにしたって恨まれるよ。)

「ま、とにかくがんこ飲まいて喰えんくさしときゃええら。だで声かけとかすかねー。」

  (まあとにかく沢山呑まして食欲なくなるようにすればいいかあ。それじゃあ声掛けとくか。)

「そうすっかあ。」

  (そうしよう。)

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死語の世界

「おかちめんこ」

 辞書だと醜い女性と訳されているが、私的には愛嬌のあるブスって感じの方がしっくりくる。落語の世界の犬も食わぬ夫婦喧嘩のせりふのひとつというイメージ。なのであまり悪いイメージはない。

「いかれぽんち」

  語源もなんか出自不明っぽくて言葉のまんまといういい加減な言葉。おそらく言葉自体に深い意味は無く、語呂がいいので使ってたってところでしょうか。いまだと、「アホぉ」・「馬鹿か」と言う感じでしょうか。違う点は、「アホ・馬鹿」が文章の出だしに付く事が多いのに対し、「いかれぽんち」は最後に付くというフリとオチというところでしょうか。

「唐変木」

 とうへんぼく。要は変な奴と言う意味らしい。らしいというのは、落語の世界か親の世代が使っていたので私は聞く側で自分で使ったことはないから。自分的には「この唐変木」=「このバカヤロウ」だと思っている。辞書的には、幾ら理由を説明しても理解できない人もしくはワザと分からない振りをする人とある。

「はらたいらさんに3000点」

鉄板(カタい)。絶対確実な安全策という意味。もういくつか寝るとクイズダービーってなに?世代が大勢を占めてくるから死語になるのも時間の問題。「はらたいらさんに500点」は、倍率が少ないのでそんな少ない点賭けても意味が無いと言うことで使われる。

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てえへんだてえへんだあ

きんのう、仕事終わってテレビ観て感想書いて、で、アクセス解析見たら・・・・。

なんじゃあこりゃあ?!アクセス数が普通じゃない。即座に浮かんだのは、「わしなんか悪い事しでかしたんかなあ。」といういつも怒られる側の被害者意識。

世に問うような記事は絶対書いてない自信があるから、どういう虎の尾を踏んだのか皆目見当がつかぬまま「生ログ」見たら、niftyの「旬の話題ブログ」にピックアップされてた。

以前読んだ記事で、自分と同じで仕事から帰ってブログ入ったらぶったまげたというのを読んだんですが正にいまその状態。そしてこの現象について書いてる感想もほとんど一緒。もうあたふたですわ。とりあえず缶コーシーでも飲んで落ち着いて「ファイア!」って炎上してどうする!で、「ワンダ」か正に!

しかしタイトルが「新・視聴率イケメン☆福山 雅治づくしの秋召し上がれ」となっているのは、流石本職が作り出すタイトルは違うわぁと感心するのですが、微妙に記事内容とはズレてるような気がしないでもない気が・・・・・。

いや、でも本当に有り難う御座いました。感謝申し上げると共に目を掛けて頂き恐縮至極であります。甚だ簡単ではありますが御礼の挨拶とさせて頂きます。ありがとうございました。

と、寝る前に上の記事書いて今日アップしようと思って寝たんですが、そんで今日お昼にブログに入ったら、ほいたら

なんじゃあこりゃあ!?「わしなんか悪い事しでかしたんか?」

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*しゃびしゃび

遠州弁の得意技である擬音めいた言葉。共通語に直そうにもニュアンスが近い言葉が見つからない。びしゃびしゃが近いがそれとは違う。

使用例として一番色んなとこで使われてる文章だと

「カレーがしゃびしゃび。」

最近のスープカレーなるものをもし知らずにいたらこう言うであろう。カレーのように本来ドロっとしたものが水気が多すぎて液状になってしまった状態をさす。

「てんめえ!セメントに水どんだけ混ぜただぁ。こんなしゃびしゃびじゃあ固まりもしんに。なにやっとっただあ。」

  (おまえ!セメント混ぜるのに水入れすぎ。これだと固まらんだろう。注意散漫にもホドがあるぞ。)

セメントの知識はないので水の入れ過ぎが固まらない原因になるかは責任持てませんが一例として。

びしゃびしゃだと「水で(カレーが)びしゃびしゃ。」

しゃびしゃびは「カレーが(水で)しゃびしゃび。」

だからと言って、服がしゃびしゃびとか体がしゃびしゃびとは言わないんだなこれが。服も体も本来ドロッとしたものじゃない(心は別)から使わないのだが、結構奥が深いだよ遠州弁って。しかし心の奥底でしゃびしゃびは遠州弁ではないと、共通語なんじゃないかと思ってもいる。

逆に粉っぽいみたいな水分が少ない場合には「ぱさぱさ」と言うのだがこれは共通語か。

例文

「コロッケ食うときさあ。ソースかけるらあ。」

「まあ醤油っつう奴もいるみたいだけど、わしゃソースだの。」

「そのソースってしゃびしゃびの方けえドロドロん方けえ。」

「しゃびしゃびだの。」

「うちと一緒でえ。」

「それんなによー。」

「いや別に聞いただけ。」

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医龍2の2

メンバーも最初に揃ったし、単純に医療の神の手を愉しむもんだと思ってたんです。しかし医療という天界の世界のお話かと思いきや、いきなしとんでもない展開に転回していってんかい。救うのは患者さんだけじゃなく病院もとは、いやはや大きい話です。こういう下世話なお話なら野次馬根性をそそるので、前回で黙って観るから書かないと書いたけど書いちゃいました。

野口(岸部さん)の言う事はその通り(金持ちしか相手にしないは除く)だと思える部分もあるから完全な悪党とも思えない甘ちゃんの私には、赤勝て白勝てどっちも勝てって感じです。

「時間が無い」と言うセリフががんこ気にはなりましたが、この展開からとりあえずは再び最高のメンバー作りが主でそれに伴って病院の活性化がついてくるんでしょうか。なんかワクワクしてきました。最終的には外資系の排除なんでしょうかそれとも「時間がない」ことの実行なんでしょうか。まさか朝田先生本人の生が時間がないなんてことじゃないでしょうねえ。医者の不養生を訴えるドラマじゃあ切なかろうて。

医龍の1は「バチスタをやり遂げる」というのに向かって一直線で障害はあっても意外は無しって感じだったんですが、この2は終わりが読めなくて、いい意味で見る方の期待を裏切ることに徹してるみたいです。願わくば私みたいなアホでも毎回見ますから、置いてきぼりにしない程度の複雑に絡まった次どうなるんだろう感を味わわせてください。

ところでいつもの全然ストーリーとは関係ないことなんですが、子供の頃「三白眼」をすると親から「やめなさい。」と必ず嫌悪感も混じった感じで注意された。でも医龍の朝田先生を見ると三白眼じゃんか。しかもかっこええじゃんか。何それって感じでなんだかなあ。

要はいい男はなにやってもかっこいいけどそうじゃない野郎は卑屈にしか見えんからやめろってことなのか。自分で気づくならまだしも親がそんなこと言ったってことは早くに私の親はあきらめてたってことかあ。今頃気づいた。

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*へん

しないという意味。他の言い方で「しん」・「せん」と言うものもあり意味はほぼ同じ。

「やりゃへんらあ。」(やらないでしょう)

「いきゃへんらあ。」(行かないでしょう)

「わし買やへんけどよろしくね。」(私は買わないけどよろしくね。)

「しん・せん」とほぼ同じと述べたが

「屁へんだか」とは言わない。「屁ぇしんだか」(おならはしないのか)はいうけど。

例文

「この○○がんこいいじゃん。どこで買ったよ。わしも買わすかなあ。」

「掛前線ずっと行ったとこ。バイパス越える前に黄いない建物の店あるらあ。そこ。」

「知らん。あっち用んないもんで行きゃへんもん。」

「いつもどこいってるよ。」

「駅南はの、滅多に行きゃへんくて街までだな行くのは。」

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骨皮筋衛門

ほねかわすじえもん。骨と皮と筋しかない人、つまりガリガリに痩せている人のこと。健康体が条件で病気とかのアクシデントにより痩せてしまった人に対して使ってはいけない言葉である。

どういう使い方をしたかというと、「どんな人だった?」と言う問いに説明をする際とか久方ぶりに再会し容姿が変貌した時の感嘆の言葉などに使用した。

例1

「誰か来たの?」

「うん。おかあちゃんいないかっていうもんで、いんって答えたら又来るっつってなんか置いてった」

「どんな人?」

「骨川筋衛門みたいなおじさん。」

「ああ!~のおじさんね。わかった。」

例2

「おお!ひさしぶりやし。」

「ひさしぶり。なんかがんこ痩せてまあ骨川筋衛門になっちゃってえ。変わりゃ変わるもんだの。」

悪口として使われた言葉ではなく、あくまで場を和ませる駄洒落として使われた。

~衛門シリーズは他にもあったような気がするのだが忘れた。

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*ひっぺがす

全国の広い地域で使われている方言。遠州でも使うということで。はがすという意味。無理やりに・強引にというにニュアンスを含む感じになる。「ひっぱがす」と言っても意味は理解できるがうちの集落では殆ど使われない。

ひっぱってはがすという引っ張ると剥がす(ひきはがす)が合体変形して「ひっぺがす・ひっぱがす」となったのであろうか。あくまで推測ではある。(引っ張るが強引さを表現するもので、「ひっつかまえる・ひっとらえる」や「ひっこぬく」と同類であるならという条件で。)

例文

「かさぶたひっぺがいちゃ駄目だに、直りん悪くなるだで。」

  (瘡蓋無理に剥がしたら直りが遅くなるから駄目だよ。)

「そこんさあのポスターひっぺがいてほんであそこんさあの貼っとくりょー。」

  (そこのポスター剥がして替わりにあそこにあるのを貼って頂戴。)

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ちりとてちん

SGファンの残党としては、お家再興(冗談です)の為にもガールズ+ワンのその後の活躍に期待をするわけではありますが。そういう意味で樹里ちゃん・ユイカに続き朝の連続テレビ小説に出演されておられる貫地谷さんの「ちりとてちん」期待するものですが。夜行性で朝起きて見ろと言う事は拷問に近く、ハードディスクの容量とも格闘しながらなんとか見ようと考えていたんですが。

設定時間を間違えてしまいました。しかも一回15分なんで一週間分まとめてでいいやなんて楽しようと考えていたので無事録画されてるのか確認してませんでした。で、見たら全話一分づつ切れてました。なんてこったいです。

見れてないのに感想は書けません。映画でエンドロールの最中に席を立つ奴の感想なんか見たくもないと普段感じてる人間として、見てない部分があるにも拘らず能書きたれることは作った方に対して礼を欠くに等しい行為に違いありません。

なので私が書ける事は「しほりん頑張れ。天下に名を知らしめたれ。見事名を成しこれでもうしほりんと呼べなくなっても本望じゃい。」と言うことだけです。

設定は変更したので第2週からはきっちり見ております。

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美女か野獣とガリレオ

全国的かどうかは分かりませんが、美女か野獣が晩餉の仕度の最中頃に再放送。そして夜はガリレオ開始と番宣も含めて福山さんづくしの一日でありました。

で、どうかというと、セリフじゃないけど「おもしろい。」。どっちも。

美女か野獣

美女か野獣はキャラクターが登場人物みんな立っていて誰をいじっても話しとして面白そうな気になります。ストーリーもキャラも迷いが無いと言うか複雑・面倒なものをとっぱらった感じで見てて明快です。一歩退いてシビアにみれば漫画のキャラみたいな登場人物ばかりなんですが、役者さんが皆さん上手いので「こんな奴いねえよ。」と思わせない浮いた感じではなく足が地についた人間味を感じさせてくれます。それともテレビってマジでこんな人達が番組を作っているんでしょうか。

しかしなんと言っても松嶋菜々子さんが秀逸です。こういう高ビーないいとこのオネエチャン役やらせたらホント右に出る者はいないでしょう。それでいて厭味がないとこが凄いトコだと思います。

福山さんの役どころは、和を以って尊しとす、義を見てせざるは勇なきなりを地でいくがお調子者という訳の分からん設定ですがこういう人いてくれたらなあと思わせてくれる人です。

一度見てる筈なんですが、一応私にもテレビどころじゃなくて仕事に燃えてた時期があってちょうどそのあたりの放送だったんですかねえ記憶が少ししか無くなんか新鮮です。機材を含め時代が古臭くなっているのかもしれないんでしょうけどそんなこと気にならない今観ても面白い作品です。でも最後どうやって終わるんだっけ?記憶だと中盤が一番面白かった印象が残ってるんだけど。

ガリレオ

正直犯人の味方になっちゃいそうです死んだ奴の行為を見ちゃうと。私も「うるさい!」と怒鳴れない弱小市民ですから頭の中で成敗しちゃいますからねあんな状況が毎日続いたら。自ら実行に移す勇気は無いですけど喝采は送れちゃいますから。多分近所の聞き込みでの意見とおんなじですよ。犯人さんは毎回(?)ゲストさんらしいんですが勧善懲悪ドラマにはならないんでしょうか。

謎解きは私理系はさっぱりなのでガリレオ先生におまかせで他のとこ見ることになりそうです。「トリック」みたいなもんですかねえ、謎解きより山田と上田の珍道中を愉しむみたいな。そういう意味では変に人間関係深く進行せずにこのまんまでいって欲しいものです。

芝咲さんが出られるから面白いのか作品選びが素晴らしいのかは分かりませんが、なんかハズレがない印象が強いです。面白い確立高いです。でも歌声が美しいと感じているので、役者さんとしてでなく歌い手さんとして心地よい歌を歌うほうに才を注いで欲しい気がしてます。

芝咲さんもすぐ感情が出るオネエチャン役ですが、松嶋さんとの違いは庶民的というかいいとこのお嬢様には見えないところでしょうか。江戸っ子っぽいと表現した方がいいんですかねえ。

どちらの作品もすんげえオネエチャン相手にして互角に渡り合える福山さんがいてこそって感じなんですが福山さんも良い歌書かれるからミュージシャンとしての時間が潰れるとしたらなんか複雑。

でもやっぱ「おもしろい」んだよなあこれが。流石月9と言うべきでしょうか。

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*わしん知ったこんじゃないでねえ

私のあずかり知らない事だからねと言う意味。色々使い道があり、多少強引ではあるが三通りの使い方が一般的。

A.なにかとんでもない事をしでかした時の言い訳として(開き直り)。

B.もう知らん後は勝手にやんなとか私は関係ないからねという怒りの捨て台詞。

C.知ったこっちゃないという強引に何か事を起こす時の宣言的発言。

Aの例

「ちょっとお、あんたなにしてるよお!まだ出来ちゃいんだに蓋開けたら駄目じゃんか。」

  (ちょっと待ちなさいよ!未だ出来てないのに蓋開けちゃだめでしょ。)

「そんなこんひと言も教えてもらっちゃいんもん。前もってゆわん方が悪いだで。駄目んなったってわしん知ったこんじゃないでねえ。」

  (そんなことひと言も教わってないもの。事前に言わない方が悪いんだから、駄目になっても私のせいじゃないからね。)

Bの例

「ちょっとお、あんたなにしてるよお!まだ出来ちゃいんだに蓋開けたら駄目じゃんか。」

「はあええと思ったもんで開けただよ。わしん判断いかんっつうなら後あんたやんなよ。はあどうなろうとわしん知ったこんじゃないでねえ。」

  (もういいと思ったから開けたんじゃないの。私の判断にケチつけるっていうのなら、後はあなたが勝手にやりなさいよ。私はもう手をださないからね。)

近い言葉で「わし知らんでねー」と言う表現がある。ニュアンス的には「知らんこんじゃない」と言う方がより強く突き放した言い方に聞こえる。

Cの例

「ちょっとお、あんたなにしてるよお!まだ出来ちゃいんだに蓋開けたら駄目じゃんか。」

「時間ありもへんにぃ。自分喰うわけじゃないだで不味くたってわしん知ったこんじゃないでねえ。不味いだけで喰ったって死にゃせんらあ。」

  (時間がないでしょ。私が食べるわけじゃないんだから不味くても知ったこっちゃない。不味いだけで食べても死ぬわけじゃないでしょう。)

他の言い回しでは「知らすかあ」と言うのがある。

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*ねぶつ

できものの事。にきびなのか、おできなのか、いぼなのか、こぶなのか、吹き出物なのか、腫れ物なのは現在調査中。顔だけでなく体全部に発生するできものを表現する言葉。

「えらくゆっくり座ってどうしたでえ。痔か?」

「けつにねぶつできちゃってやあ。不用意に座れんだわ。」

「顔にでけんぶんまだええらあ。」

「ま、そうだけどやー。」

これしか意味が無く、あまりにもストレート過ぎて話しを広げられない。ただし女性に「ねぶつできただか?」と言う風に聞いては失礼にあたるので注意が必要ではある。

「天は我に二物を与えたもうた」といえば非難轟々だが

「天は我にねぶつを与えた」というと可哀想にと同情してくれる。

決して寝る仏で寝仏ではない。

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それでもボクはやってない

イタイお話しなんで見直すのに時間がかかりました。現在の刑事裁判制度の現実を問う作品というテーマですが、私的には自分に置き換えて観てたのでそんな大きい話としてでなく仮想というかバーチャル裁判を受けてるような気分でした。

私の経験値は、裁判の傍聴と交通事故のときに警察と検察で調書とか質問を受けたぐらいで、この映画みたいなハードなものではありませんでしたが、それでもこういうことに関わるには物凄い精神的労力を要するということは分かります。勿論お金も時間も。

闘うと言う言葉がホントピタリとはまる感じです。人間の記憶なんて普段は普通に生活していると随分といい加減で無意識に過ごしてるもんなんですが、いざこういう出来事に遭遇してしまったら絶対に必要な事は人により正確に伝えなければならないというこです。無理です。でもやらなくちゃいけないんです。そういう精神状態の中で自分を支えるのは「自分は悪くない」という信念です。同じことを違う場所で同じように言う。あやふやな記憶との葛藤と自分が可愛いから自分に都合のいいように作り変えてないのかという迷い。繰り返す内に「これで間違いないですか。」と問われ「はい」と言い切る自信。映画では「いいえ」という勇気ですが「それでもボクはやってない」というタイトルは秀逸だと思います。

ここに出てこられる登場人物はみな強い人達ばかりです。現実的にはどこかで「もういいや」と逃避してしまうか、関わりあいたくないと自分自身のことでさえ他人事として知らぬフリを決め込むか。そんな人の方が多いのではないのでしょうか。私もその部類に間違いなく入ります。

143分と長いんですがこの世界に引きずり込まれて早かったです。全てのシーンに遊びがなくて気が張り詰めっぱなしだったんですが早かったです。その分観終って一気にドヨヨンと来ましたけど。まあ最後のセリフが元気よく発せられたのが唯一の救いなんでしょうか。

悪と正義ではなく、誰が敵か味方かという徹平目線で見てたので、母親と友人そして同じ境遇の人に感謝の念を抱きました。そして自分は友人足りえるのかと自問自答したりもしてしまいます。自分が徹平なら前出したようにすぐ楽な方に流されちゃいますから。せめて人の為に自分は動けるのかということを考えてしまいました。強く生きるとはこういうことを言うんでしょうね。昔戦争映画の戦闘機乗りの作品で、被弾して瀕死の状態で基地に帰るべく僚機のパイロットが「寝るな(意識を失うな)」と励ますがふっと(もういいやって感じで)笑みを浮かべて墜落していくというシーンを思い出してしまいました。

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5000到達

自分が今度の目安の数字に達したときに、5000のときこんな事考えてたんだと言う自分に対するメモ。

大雑把な数字で計算したものではあるのですがアクセスが10/14 5000件突破しました。素直に理由も無く嬉しい。

4000件の時までの+1000は長い道程に感じられたのですが、今回は最近テレビドラマの感想を書くようになってそれが理由なんでしょうけど、それなりに一日の件数が増え早く感じました。

一日平均が20を越えるのは至難の業だったんですけど。テレビに関する話題ってのは本当に効果があるものなんですね。他人の褌で相撲を取るようなもんでしょうか。こんなんでええだかいやあという気持ちも無きにしも非ず。

動画も写真も当分私のブログには縁のない物です。自分で撮ったものなんてありませんから著作権のある他人の作品をアップしても(少し試しましたが)分かり易くする為にそういうものを利用すると言う事には罪悪感を感じたので。

この間に石川喜作衛門さんのブログがエヴァに振り回されて仕舞いになってしまいました。話し半分で見るから面白いのに全部真に受ける人が如何に多い事かと知らされました。それだけ一途なのでしょうが多少大人気ないお話しではないかと考えます。希少な浜松発信の文化でもあっただけに復活を切に願うものであります。

コメントもトラックバックも記事とかけ離れたようなものは誠に不遜ではありますが削除するようにしました。全然記事の内容と違う検索ワードで来られる迷子の方を減らしたいが為であります。

アクセス解析でみると、このところ「ブックマークやお気に入り」でお越し戴く方が少し増えて、実はこれが一番嬉しい。コミュニケーションを求めたい訳ではないのですが自分の拙い文章でもなんとか読んで頂けるんだという自信というか安心を得られたみたいで。これからもお暇でしたら茶請けとして宜しくお付き合いの程お願いいたします。

お金はないけど、だからといってブログで小遣い稼ぎしようとは思ってないので、アフィリエイトの類は一切ありません。唯一宣伝がのっかってる左上はインフォシークの無料アクセス解析を入れているものです。

今の課題は記事数が増えた事によるカテゴリーを含む記事の整理ですかねえ。一番苦手な言葉それは「整理整頓」。ま、おいおい他の方のブログお邪魔させていただいたときに参考になるものがあればちょちょいと拝借させていただきます。

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プルコギ

愉しい映画です。悪い意味じゃなく普通に面白くて普通に物語の展開に気を揉んで、そしていい芝居が観れて。こういう映画がドカンとは当たらなくても確実に商売として成り立つようになれば、もっと邦画がブームとしてではなく安定してくれば、質の高い役者さんやスタッフの皆さんの懐も潤うし映画で喰える人の数も増えると言うものではないでしょうか。

田村高廣さんの遺作になるんでしょうか。桃井かをりさん風に言うと「いやねえちょっとなに?この豪華なキャスト!もうたまんないわよ。」って感じで肉も贅沢かもしんないけど役者さんの方がもっと贅沢な感じがしました。倍賞美津子さんのお店の存在意義はよく分かりませんでしたがワンシーンのギャグだけで終いかいって突っ込みたくなるほど役者さんの使い方が贅沢に思える作品です。

田村さんの「家族とは」のセリフには成程コクがある味わい深いものを感じました。いいセリフですよねえ。説得力があります。生を全うした時のあの間の長さには役者魂を感じました。田村さんは「トラトラトラ」の淵田少佐役がとても印象に強く残っているのですが、ギラギラ感の抜けた悟りを開いたようなこの役も印象に残ります。もう次の作品が見れないと言うのは本当に残念。・・・です。

山田優さんですが、前作の映画でも感じたんですが、「モデル」という弩派手な存在感ではなく、綺麗なら綺麗に、おてんばならはっちゃきに、普通ならさりげなくと役者さんらしい存在感でよかったです。私的にはモデルさんの超派手なメイクよりもこういう顔の方が好きです。それに足の細過ぎるのもちょっち気にはなりました。モデルと役者の二束のわらじは大変なんですね。私としては役者さんとしての山田さんがいいんですが。「おはよっ。焼いてくれる?」というシーンが結構お気に入りです。

松田龍平さんは存在感がありますよねえ。画の中に入っているだけでなにかが起きるんじゃないのかと言う期待感を持ちます。役柄のせいなんでしょうが茫洋として掴みきれない大きさを感じました。今「青年」としての役が主でしょうけど、三十路に入ってなんでもこいっ!って年齢になったらどうなるんでしょうか。見てみたいものです。キレる時の演技には迫力感じるんですが、あまりそういう面を広げては欲しくないところです。じいちゃんとの会話で「・・・です。」と付け加えるセリフがタイプです。

前田愛さんが出てたなんて、エンドロールみて初めて知りました。で、見直したらこの役ですかぁ。イメージの壁を破った感じでいい風に騙されて気持ちいいです。普通こういうアイドル的レポーター(?)って営業スマイル全開って感じなのにそれを封じて前田さんのイメージを取り払ったんでしょうか。上手い事騙されました。

ARATAさんて私不勉強で初めて観た方なんですが、クールさと影のある陰鬱さが混ざり合っている複雑さをきっちりと表現されていて、しかも映像特典の舞台挨拶とかを見てそれらがご本人の資質でなく演技として作られたものであると認識しまして、上手い人なんですね。恥ずかしながらまだ「ピンポン」観てないんで、初めて知りました。

私は肉にはあまり興味が無いので、美味そうに撮るというスタッフのご苦労には関心が無く、物語と役者力ばかり観ていました。メイキングを見る限り、思わず食べたくなることに大変心血を注がれたようですが、肉食でない私としては「UDON」の方が食べたくなる度は高かったです。申し訳ありません。

監督さんはマルチな才能を持つ方であるとメイキングで紹介されておられたので映画一筋何十年といった方ではないようなのですが、そんなこと黙って映画のプロが作ったと言い張っても通用するような感じでした。アートというか表現に走らず観る側の事を思いやって作られた丁寧さを感じます。但し書きの要望が以下に付きますけど。

生き別れの兄弟が何故異国の日本で出会うのか。それと勝負においてそれまでの行いを恥じて幕を下ろす為に意図的にという行動と理解したのですが、真剣勝負の世界で手を抜く行為はしらけてしまって、ストーリー上であれだけ盛り上げてきた勝負そのものがつまんなくなることをなんであえて監督は選択したのかなど二人の行動については、アホな私にも分かるようにしてもらいたかったです。幼い頃の兄弟の別れのシーンは兄が車に乗って日本に連れられて行くっていう設定とかにしてもらえたら私でも分かるんですけど。

暴力には暴力で対応するという救出の解決手段と真実を伝え夢を売るテレビ局というものの中を暴力を利用してのし上がってきた人間が関係者として闊歩する様は、たとえリアルなことだとしても、せめて映画という夢の中の世界くらいはあってはならない事であって欲しい。・・・・です。

焼肉の啓蒙を図る映画であるならば、私にはあまり伝わりませんでしたが、役者さんを愉しむ映画であるとするのならば楽しい作品です。松田さんと山田さんが良かったです。興味をもってと言うかアテにしてた以外の役者さんにドキッとするのってなんか得した感じになるんですよね。田村高廣さん目当てだったんです私。ひねくれ者ですいません。

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*えらい

偉いわけではない。しんどいとか疲れたと言う意味で使われる。他にも大変という意味でも使われるので「えらいえらい」(凄くしんどい)という言い方は存在してもおかしくはない。しかしまあギャグか?と思われ普通は「馬鹿えらい」・「がんこえらい」という言い方をするが。

ニュアンス的に、一杯一杯とか平常心でいられないとか能力を超えてるとか無理してるとかいうものを含むことになる。

なので「ハアーッ、えらい」とため息が前に付くことも多い。

「どーでえ調子は」

  (どう調子は?)

「えらいだよ。」

  (しんどい。)

「なんでえ重いもん持つわけじゃないだで体えらかないらあ別に。」

  (どうして?重いもの持つ訳じゃないから体力的に特に大変って訳じゃないだろ?)

「馬鹿えらく緻密だもんでえ、やりなれちゃいんもんでえこーゆう仕事。ホントえらいだよお。」

  (物凄く緻密な作業で、普段やり慣れてる仕事じゃないから、もうアップアップなんだ。)

共通語的な「えらいしんどい」(とてもしんどい)という表現もする。

共通語で使われる「えらい」は大層とかとてもとか随分とか凄くとかいういみであろうが、遠州ではそれにしんどいとか疲れたが加わっているということである。「偉い」という場合のアクセントは「ら」もしくは平坦で「えらい」(しんどい)という場合のアクセントは「え」になるという違いがあり、聞き違うことはない。

「偉い奴を出せ!」と殴りこまれて疲れきった奴が出るというギャグは遠州でしか通用しないらしい。

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