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ガンジス河でバタフライ前編

いんやー、どんばえーテンポ・展開であっちゅうまに終わってしまいました。この親にしてこの娘あり。確かに納得。原作があって、脚本家の宮藤さんご自身もインドにシナリオハンティングに行かれてと、絵空事でない説得力を感じます。長澤さんもヘタレに見えて「オエッオエッ!」と泣いたらケロッと復活するという、結果たくましい能天気なポジティブさがいやらしくなく出てて安心して笑えました。

考えてみればぼったくりには遭うわ詐欺には遭うわで悲惨この上ないストーリーで、その上風習や文化の違いに戸惑い、身分制度に疑問を抱くという結構シリアスな部分も載っていて、決して愉快なお話しではないんですよね。でも笑えました。あっけらかんと。

これで後半に続くわけですが、どういう気持ちでバタフライするのかまだ良く見えてないですね前半を見た限りでは。まだ罰ゲームとしてと言う感じがします。予告編を見る限りなにか吹っ切れたみたいに飛び込んでましたから後半は罰ゲームとしてではなくなにかを感じていくんでしょう多分。そこんところが見所なんでしょうか。後半が愉しみです。

それにしても、スタッフの数には正直驚きです。この人数でしかも海外ロケ。それでいて見応えのある映像。メーテレと東映の制作となっていたんですが、これだったらもっと人数充実させて映画の方がよかったかなと本心で思います(まだ後半観てないけど)。それとも少ないスタッフだからこそ一体感のあるいい映像になったんでしょうか。

あまり期待してなくて「長澤まさみ」は今年映画一本で終わりかい!とがっくし来てたんですが、もしかして今年最高の仕事がこの作品かもしんないと思えるほどいい作品です長澤ファンとしては。映画よりかエエってのは複雑ですけど。

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*おれんとおえん

紛らわしい表現。聞き違えると意味が当然変わる。

「やっちゃおれん」(やってられない)

「やっちゃおえん」(やってはいけない)

例文

「どうでえ馬鹿めんどっちーらあ。時間と手間考えるとやっちゃおれんて。ホント好きでなきゃやれんて。」

  (どうだ面倒臭いだろ。時間と手間考えたらやってられないって。好きでないとやれないって。)

「ほれ見い馬鹿めんどいらあ。時間と手間考えたらやっちゃおえんて。好きでやるならええけどやー。」

  (ほらあ面倒でしょう。時間と手間考えたらやっちゃ駄目だって。趣味でやるならいいけどな。)

前者だとはたで見るより大変なんだよと言ってるが、後者はそんなやり方駄目だと言っている。

おえんを漢字に書くと負えん。手に負えんというおえんであろう。

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そうなんですよ川崎さん

いやただそれだけなんですがね。でも昔流行ったんですよこの言葉。

いやあもう驚きですよというニュアンスも含めて、「奥さん聞いた聞いた?」みたいなゴシップ系のどうでもいい話を面白可笑しく言う為のテレビ番組に影響されて流行った言葉なんですよ川崎さん。

テレビのタイトルはきっちり忘れましたが、フリップもって前説してVTRで再現映像を流してあと感想を述べてまとめるといった今でも行われている形式のはしりだったような番組だったと記憶しています。後に大物女優となられたお方も出演されていたような曖昧な記憶が残ってます。

30代でも通用しなくてへたすると40代前半も知る人ぞ知るギャグかもしれませんし、50代以上に言っても一瞬のタイムラグを生じるほどの「ナハナハ」級のギャグかもしれません。

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あっちゃ・もこう

「あっちゃ」は(あっち)。「もこう」は(むこう)。

「はあこかあええで、もこう行け。」

  (もうここはいいから向こうへ行きなさい。)

「もこういったらワシいらん子だっちゅわれたもんでこっち来ただよぉ。」

  (向こうにいったら自分用が無いと言われたからこっちに来たんだけど。)

「あっちゃこっちゃたらいまわしされて馬鹿疲れたやー。」

  (あっちこっちたらいまわしにされて凄くつかれたよー。)

「あっちゃなんでえ土足はかんだって?」

  (あっちは土足は駄目だって?)

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憶えてるメロディ

忘却とは忘れ去る事なり

都合のいいときと悪い時のある名言である。で、以下はよくも悪くもないどうでもいい話。

学校の校歌は、高校はなんとかかすかに残っているが、小中ともなるときれいさっぱり忘れかあって、なーんも憶えていない。さんざっぱら事あるごとに歌わされていたのにである。しかし何故か小学校の時の朝礼で必ずスペリオ(リコーダー)で吹かされた歌は鮮明に記憶している。著作権にひっかかるのかは分からないけれど書いちゃいます。この曲が全国津々浦々知れ渡っている曲なのかどうかも知りませんし今でも歌い継がれているのかも知りませんが私にはどうやら一生忘れそうに無い曲です。でもタイトルは記憶にございません。パーペキに記憶だけなので作者も製造年月日も記憶にございません。

頭を雲の上に出し 四方の山を見下ろして 雷様を下にきく 富士は日本一の山

ソーソラソミードレミー レーソソファミレー ソーソミドラシラ ソーラソファミレドー レーレレーレドレミファソー ラシーラーソー ーラファミーミラソ ファミレドドー

新しくヤマハピアニカブログパーツと言うものを入れましたので、試しに弾いてみて下されば思い出す人も出てくるかもしんない。は高い方の音。

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*ねぶい・ねぶたい

眠い・眠たいと言う意味。

「どねぶいや」(物凄く眠いよお)

「ねぶたい目んこじあけて」(眠い目をこじあけて)

もっと方言チックにゆうと

「どんねぶう」(物凄く眠い)

「ばかねぶたくてはあ目えあけてれりゃせん」(とても眠たくてもう目が開けていられない)

一番眠そうに聞こえるのは

「ねぶた」か「ねぶ」

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*しんくても

しなくてもと言う意味。~くてもは結構使う頻度が高い。「な」が「ん」に変わっただけではあるが、「しん」(しない)と強く言いきりたい為に変化したものと思われる。

「なにもそうまでしんくたってええらあ。」

  (なにもそこまでしなくてもいいでしょう。)

「店の衆誰もいんくても勝手に持ってきちゃ駄目だに。」

  (お店の人がだれもいなくても勝手に持ってきちゃだめだよ。)

「練習なんかしんくても大丈夫だあれ。」

  (練習なんかしなくても大丈夫さ。)

「なかなか電話に出んくてやっきりこいた。」

  (なかなか電話に出なくてイライラした。)

「じゃあまた明日って言えんくて切ないだよ。」

  (じゃあまた明日って言えなくて切ない。)

「うまく出来ひんくても知らんにぃ。」

  (上手くできなくても責任持てないからね。)

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役者は野郎の時代?

自分の記事を振り返ってみたら、男の役者さんが活躍されてる番組ばかり書いてる事にはたと気づいた。今年は野郎の時代か?去年以前はこらしょといた「若手女優」と呼ばれる女性の役者さんがメインだった事を考えればやっぱ今年は野郎の時代かぁ。

イケメンとか言われてる人たちのことではないですよ。確かに「○より男子」辺りから始まり「○ざかりのきみたちへ」という流れはありますけど。具体名だして説明すると検索でヒットして違うお目当てでお越しになられてガックリされても困るので出さないで伏字表記ですが、少なくとも女性の役者さんを支える(引き立てる)というよりも最近は対等に演じられているんじゃないかというのが顕著になったような気がしています。

そしてシリアス一辺倒でなく、ライトなとかコメディーとかの作品が出始めてきているような感じがしてます。なんかコメディーとなると、お笑いと呼ばれる芸人さんが質も層も厚くて、なかなかドラマであえて役者さんがコメディーやってもという感覚があったんでしょうか。でもよく、人を泣かすことよりも笑かすほうが難しいと言うことを聞きます。それだけ役者さんも質が上がったと言うかそういう人がテレビに残ってる(若しくは舞台から来られている)ということなんでしょうか。

ま、多分視聴率を支える女性の方がそちらの方に向きを変えて、しかもその期待に応える役者さんが揃ってるってことなんでしょうね。テレビ番組の書き込み読んでも殆ど女性の方ですし、テレビの観覧される方だって絶対若い女性の方ばかりだし。もうテレビは家族みんなのものから女性のためのものに移りつつあると言うことなんでしょうか。男はそのご相伴のあずかれってことなんでしょうかねえ。

いずれにしても今年はそういうローテーションなんでしょうか。野郎の私としてはいい作品ならいいじゃないかという想いはありますがなんか複雑。個人的には「わたしたちの○○書」が今のところ今年の中では一番かなと思っておりますですハイ。

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*たんび

たび(度)が遠州弁に変化した言葉。「ん」がついただけの話しだけど。

男女共用の表現。

「たびに」という言い方が一般的な共通語であろうが、遠州弁では「に」はつけないことの方が多いというのが特徴か。

「なんかあるたんび、ごちゃごちゃゆわれるだで堪ったもんじゃないにぃ。」

  (何か有る度に横槍入れられて堪ったもんじゃないんだから。)

「いごかすたんびネジん外れるだではあ駄目かもしんない。」

  (動かす度にネジが外れるんだからもう寿命かもしれない。)

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*いざり・いざる

居残り・居残ると言う意味で使われているが、古い言葉である。若い遠州人に通用するかは疑問。

「いざりにされた」となると、「置き去りにされた」と言う意味になる。

辞書によると、「もと、居去るの名詞形で足が悪くなって歩行できなくなった人」という意味らしい。大分昔の人はそういう使い方をしてたかもしれないが、私の世代の遠州弁ではそういう意味で使うことはまずない。なので深いところでは共通語と繋がってはいるかもしれないが実際の応用については別の言葉である。「お百姓さん」と一緒で人に使うと×だが自分のことで使うと○という言葉であろうか。

冒頭に記したようにまったくの別箇として考えて字も「居残る」と書いて「いざる」と読むといった方がすっきりするのであるが明確な根拠がないのであくまでも推論。

例文

「あ~あ今日も終われんわぁ。またいざりだやあ。」

  (あ~あ今日も終われない。また残業だよー。)

「おめえ何日残業すりゃあ気い済むだあ。まっと要領よーでけんだか。」

  (お前何日残業すれば気が済むんだ?もっと要領よく出来ないのか?)

「でけすかやあ。はあわしん能力超えてるわあ。やめたる!はあやめたる。」

  (出来ん!もう自分の能力超えてる。辞めてやるもう辞めてやる。)

「はいはい、がんばってくりょー。」

辞める辞めると言う奴ほど辞めないものである。

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結婚報告の記者会見

擬似恋愛の対象として芸能人の方を見ている人にとっては、結婚報告の記者会見というのは青天の霹靂な出来事なんでしょうが、そんな視点とうの昔に消滅してる私にとっては仕事の成果が重要でプライベートなんざどーでもいいこと。

なので、わざわざ公共の場を使って報告するということは、芸能人は私生活までをも商売にしなくてはいけないのか、大変だなあと思っていました。

でも、ご両人の会見をみて、「結婚っていいなあ」と見ている人に憧れを抱かせる啓蒙の役割を果たしているんじゃないかと思うようになりました。生身の人間同士故にドロドロしたものは当然あってもそういうものまで晒す必要は無い訳で、あくまで段取りとか手順どおりのものであっても、見る人が芸能人を通して自分の将来を重ね合わせて結婚というものが幸福への階段を昇る糸口なんだと思うことが出来るならばこういうことも必要なことなんだと考え直しました。

もうひとつは、一方通行とはいえ一応知り合いな訳で、実際の知り合いの冠婚葬祭を知る知らないは大切なことと重ね合わせて考えれば、一方通行の知り合いに伝える方法ではあるとも言えなくはないんでしょうね。だけど知人縁者の付き合いといよりも仕事(作品)上の付き合いという感覚の方が近いですよねえ。芸能レポーターと呼ばれる方のガイドで根掘り葉掘り深く知る必要があるのかは疑問です。

とにかく見たい人の心理はほんの少し理解できた気がしたというだけで、私個人はお客さんに見て頂く商売とはいえ、公と私で言えば私の部類だという思いは変わりません。なので公の電波で私を報告しなければいけないということに同情してしまいます。街すら満足に歩けないという有名人の宿命とは言え、今の世に生き様全てがパフォーマンスだという人はいないと言うのが私の考えですし、公私のバランスこそが安定した精神を維持するものだとも考えているので。

これでいろんなとこみんな潤うからいいじゃないのって感じで流されてるような気がしないでもないです。もちろんお幸せにと思う気持ちはありますよ。

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F1中継面白かったです。

F1見ちゃいました。しかも見入っちゃいました。F1大抵見てるんですけど、パソコンいじりながらとかCM入ると雑誌みたりと「ながら見」がいつもなんですが、今日は真剣に見入っちゃいました。総力戦というか知恵比べというかドライバーという才能だけで決着がつくのではないところが戦略ゲームみたいで面白いんでしょうか。

ちょっと前にテレビの機能で、サッカーとかの試合をいいとこだけ識別して見ることができるというのがありましたけど、今はもうないですよね確か。多分得点の瞬間というような結論よりもそこに至るまでの経過というものが愉しいんじゃないんでしょうか。それと同じでターニングポイントだけ編集していいトコ撮りの録画放送は味気ないような気がするんですよね。

今日のF1中継見ててそう思いました。

順位に関わりなくコース上のバトルには思わず息を凝らします。生中継だからなんでしょうか。森脇さん・近藤さん・右京さんとそれぞれ違う目線でしかも感嘆詞が飛び交う感情のこもった臨場感はやはり醍醐味です。ゲストの木村さんもプロに対しての敬意が込められていて好感が持てます。皆さんプロなので専門化すれば幾らでもディープな世界にいざなってくれそうですが、私みたいな「F1の事を全然知らない訳じゃないけど、だけど弩素人」を対象にしてもらえたんでしょうか、非常に丁度いいお湯加減で気持ち良かったです。神じゃないんだから全てを知ってる人なんてこの世にはいないんだから突き詰めれば知ったかぶり(知ってることだけ人に語れる)じゃないですか。それが厭味に聞こえるかどうかなんでしょうけど、皆さんのF1に対しての愛情が伝わってきて自分も仲間に入りたいなと誘惑されてしまいそうでした。危ない危ないこれ以上興味広げちゃ身がもたん。思わず引っ張られるとこでした。

録画して繰り返しとか後でじっくり見ようとかは思わなくて(セナ・プロの時代録画してたんですが全然見直してないんです。)、今を共有する事が快感なんでしょう。一期一会で愉しむのが正しいのかなと感じています。今日はホント面白かったです。お蔭様で釘付けになってしまって映画観に行く予定を潰しちゃいました。HERO

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「ガンジス河でバタフライ」ができるまで

ま、ドラマの宣伝番組なんですが、単発のドキュメンタリーとして見ても面白かったです。シナリオハンティングの追っかけというのも新鮮だったし、長澤さんのナレーションも決められた台本があるんだかないんだかわからない感じのラフで自然な感じというのも新鮮でした。

本編のお話しそのものはタイトルが示すようにエンディングが分かっているだけに、そこに至るまでの過程が大切な物語なのでしょうが、脚本家の宮藤さんの道中の顛末が全て作品に生かされていくというのがメイキングの映像と連なっていって、ホントによく分かりました。

血となり肉となるとはこういうことを言うんでしょうか。いい物書きさんとは体験を無駄にしない人なんだということをまざまざと見せ付けられたような気がします。

ちょこちょこっと本編映像が「ちょっとだけよ、あんたも好きネエ」と出てきますが、正直「長澤まさみ」よーこの仕事請けたもんだと感心しますわ。いやホントに。女優じゃあありません、もうアクション俳優ですよこれは。筋肉だけじゃなく胃腸からなにから体張ってます。ご両親が心配したってのも分かるような気がしました。この人はどこへ向かおうとしてるのかわからなくなりそうです。でも他の「若手女優」と呼ばれる人達とは違う道、確実に誰も歩んでいない唯一の道を進んでいる事は確かですから、あじゃあじゃ言わずに観ることに徹した方がいいだかいねえ。でもまた髪型が違うんですよねえ。もう坊主もやっちゃってるしどこまでパターンを役に合わせて変えてくるのかと、ほんとに見た目のイメージが固まるのを嫌う人なんですネエ。

長澤さんて、今年は映画一本きりで私はしょんぼりでしたが、「ガンジス河でバタフライ」で気分ふっかぁっつっ!(復活!)とさせてくれるのでしょうか。この番宣見る限り期待が持てそうです。でもなんで放送時間が23時なんだろう。小中学生には酷な時間帯のような気がしんでもないんですけど。

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よろめきドラマとトレンディドラマ

よろめきドラマ

よろめきドラマっていうのは、昭和30年代になるんでしょうか、テーマは女性の不倫・浮気といった家庭の平穏とは正反対のどろどろとしたドラマのこと。ラジオドラマもたくさんあったらしいんですが、私のイメージだと昼ドラのイメージが強いです。亭主は会社で汗水たらしてる時間帯なので視聴者は当然世の奥様方がターゲットとなった作品群です。ネットで調べたら三島由紀夫の小説のタイトルから生まれた流行語だそうです。

私は当時ガキ(赤んぼ)だし男だし、いまもってその流れを踏襲する昼ドラにはついていけないので正直消えても「ふーん」で終わりなんですが。

トレンディドラマ

1980年代に発生し、シチュエーションはとにかく都会。生活スタイルやファッションに至る私生活までも「ありえねー」と言うくらい格好つけた美男美女が織り成す恋愛物語。常に流行の最先端を表示し時代的センスの啓蒙に努め、金銭感覚を無視した生身の人間の生活感と言うものを見せない理想といえばいえなくもない世界を描いた作品群のこと。

ただし丁度というかたまたまというか時期的にバブルと重なったために起きた現象であり、バブル消滅後は人間らしさを取り戻した作品へと移行している。あくまでテーマは今時の若者の恋と友情であることに変わりはないのだから。

この作品群以降、テレビ主題歌がランキングトップを取る条件のひとつとなるようになって、トレンディドラマと呼ばれなくなった2000年以降もその流れが引き継がれている。

個人的には田舎に住んでる限り「ありえねー」話しばかりだったし、自分は仕事でテレビなんか見てる暇も余裕もなかったので(出演されてた方も年上だったし)全く縁のない影響される事のないテレビという箱の中の御伽噺という感覚でした。それでもおネエちゃん方には憧れを与えたらしく多少は影響を受けていたようですが、だからといって現実の野郎におんなじことを求めるなって怒れた記憶はあります。

どちらも呼び名が消えつつあるだけでその流れが絶えた訳ではないので、どこまでこの呼称で呼ぶのかは非常に曖昧です。10代20代が「なにそれ?」となった時点で死語になったと判断した次第です。

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*ほいじゃさあ

共通語だと、それじゃさあ・そうしたらねえという意味。

「ほいたらやー」・「ほしたらねー」とかいう表現もある。

基本野郎言葉なので女言葉だと、「ほいじゃねえ」・「ほいたらあ」・「ほいたらねえ」のように「やー・さあ」が「ねえ」に変わる場合がある。

「ちょっと出かけてくるで、ついでになんか欲しいもんある?」

「ほいじゃさあ、悪いだけど茶請けのお菓子買ってきて。」

「はいね。」

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