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スワンの馬鹿

この秋のドラマでは密かに一番期待というか興味があるのが「スワンの馬鹿」であります。

ホタルノヒカリでは他人との接触を犠牲にしてまで仕事と自分の為に生きることが描かれていましたが(ファジーなコメディでしたけど)、この作品の宣伝を見る限りでは対称的な小遣い3万で誰かの為に生きる人を描くと言うことなので、しかもこれでもかという位の芝居をされる上川さんが演じられると言うことで愉しみです。

「ユーモア溢れる」と謳ってあったのでコメディーだと嬉しいんですが。実際私の周りでもリアルに3万で生きてる奴存在してますので、笑い飛ばさなきゃホントやってられませんてマジな話し。設定が地方なのか都会なのかは知りませんが、浜松ごときの田舎でさえ月3万なんて洒落になりません。ガソリン入れて昼飯買って煙草買ったらもうほとんど残らないんですから。

でも貧乏でなきゃ味わえない愉しみというのもあるらしく、結構実在の3万族は陽気でやってますし出てくる言葉は「ホントやってられないよお」とかいって笑ってますからねえ。ただその笑いが苦いのか嘲笑なのか諦めなのか悟りなのかは読み取れませんが。私は干物族なので3万族の生態はよく分かりません。

なのでその笑いの基が判る様な、なんで笑っていられるのか理解できるようなドラマだと嬉しいんですけどね。くれぐれも3万族だと言うことを隠して生きるんじゃなく正々堂々と3万族として生きてる様を描いて欲しいです。くれぐれも3万族ということを隠して無理して背伸びした悲哀を描くコメディーではなく、何を愉しんで生きているのかを描いて欲しいものです。

*スワンの馬鹿!1

やはり体育会系だったですね。文科系だったら趣味(金がかかるんですよ)がないと死んでしまいますから、こんな荒行できるのは体育会系ぐらいなもんでしょう。子供の為にという以外の理由は流石に悲壮感が拭えませんから当然といえば当然でしょうね。

できれば仕事の上では順調に出世しているんだからどっしりと構えて、で、ことプライベートになると急におとなしくなるというギャップがあったほうが見ててメリハリがあって面白いんですけど。AND、部下には3万族を隠匿するのは見ていて苦しいので見栄張らず早めに宣言して欲しいんですけどドラマ的にそうはいかないんでしょうかね。せっかく上川さんが演じておられるんですから色んな顔を見てみたいです。格好いい仕事のチームリーダー・本音が出てしまう同志との付き合い・奥様を含めたそれぞれの女性との接し方とかなどなど色んな顔を使い分けるとこが観て見たいです。

しかし類は友を呼ぶとは言えああいう形で同志が集うのはいかにもドラマって感じで愉しいです。申し訳ないんですが、思わず電車男の「何々氏」を連想してしまいました。もし浮気と言う暗雲立ち込めた話しに物語が邁進していくとしたら、同志二人はコメディーにお話しを戻してくれる貴重な存在なのでしょうね多分。というかこの同士がいる限り暗いお話にはならないであくまで荒行を笑い飛ばす楽しいお話になると期待してます。

それにしてもいい家に住んでおられる。旦那が荒行した分だけ家族が太るってのは怒れる話しなんですがそれだけは勘弁して欲しいものです。しかしまる子の親友のたまちゃんも大きくなったもんです。ホントあっという間ですよね。

まだ登場人物たちの謎めいた事が多く、色々と伏線が張り巡らされてるみたいでこのお話しのエンディングはどうなるんでしょうかねえ。子供が大学卒業するまでこの荒行は続くんでしょうから他の決着ってなんなのでしょう。

*スワンの馬鹿!2

前回、部下に奢るだけが上司の仕事じゃないだろうとツッコミ入れつつ見てたんです。で、冒頭で甘いもの奢って又かよって思ったんですが、いやいやいざ仕事のシーンに入ったら、今回はかっこいいです。確かにこんな上司ならついてこうと思いますです。

苦情・クレーム申告、無理難題をどう捌くのかが管理者の責務でもあるわけで、それを部下と上司がそれぞれの立場から見ていて、なおかつお客にも納得して貰うと言う三方丸く収まる知恵と勇気が必要だと思ってるんですが、見積もり違いからくる「お勉強」のつけを上司と折衝するシーンが抜けてて諸手を挙げて「エエ上司やあ」とは判断できないんですけど「いい人」であることは判りました。主人公ですから当然っちゃあ当然ですけど。でも女性の視聴者をターゲットにしてるならあれですけど、もし野郎も視野に入ってるなら仕事の部分は手を抜かず描いてもらわないと楽しめないです。なかなかドラマ見て俺も仕事の参考にしようなんて感心する作品なんてないですからねえ。そういう路線も期待したりなんかして。

ホームドラマとしてもしっかり家族を描いていて、暮らしてるっていう生活感があるドラマはなんか久し振りに見たような気がしました。(私が不勉強のせいかもしれませんが)ちょっと欲をぶつくさ言わせて貰えば、トロフィーが壊れているのを発見したときもっと感情的な怒りを爆発させたみたいな表現で夫婦の会話であった方がリアルっぽい感じがしました。妻に対する遠慮の無い感情のぶつけ具合と娘に対する大人として抑えた感情の対比があった方がよりリアルだよなあと思いました。奥さんの田中美佐子さんも上手い方で受け手として大抵の事はさらっと受け流してくれそうですから、みっともないくらい感情ぶつけた方が夫婦らしい気がしますし、役者力で画としても見苦しいものにならずに見れると思うんですけどね。といいつつ上川さんが本気であだけたらどうなるのか見てみたい野次馬根性があるってのもあるんですけど。なんかいつもどこかで感情を押さえてる印象があるんで。ま、そういう意味じゃ昔流行った映画バカヤローシリーズに出ればばっちり決まるのにと内心考えてしまったりしてるんですけど。

謎の女子高生の出現といい、まだまだ先が読めないストーリーでこの先どうなるんだろうという興味があります。

でも過去の栄光引きずって「一番輝いていた頃」というのはどうかと思いますよねえ。一番いい生き様って「今が一番」ってのが私の理想ですから。(あくまで理想であって自分がそうだとは決して思ってませんけど)ですからトロフィー貰った頃よりも3万族の今が輝いているというエンディングがいいなあと想像してるんですけどどうでしょうか。

オープニングのあのスワンですけどあれって合成とかですかねえ。なんか気になります。出来すぎなくらいに絵になってるもんで。

*スワンの馬鹿!3・ 2007/10/31

私が上川さんという役者さんの印象を決定付けた作品は1999年作品「梟の城」です。上川さんがね、力をね、抑制せずにね、役に取り組むとこうなるのかあ。っていうのを見てしまったんですよ。中井貴一さんが物凄くモノトーンみたいに抑えた芝居されてたからよけいにそう思えるって部分もあるんですけど。上川さんの最後のシーン辺りは凄かったですもんね。

そんなイメージで固まってるんで、コミカルな演技をされるのが興味深々なんですが。

今回は期待してた色んな顔見れたのが一番面白かったです。旦那の顔・パパの顔・3万トリオの顔。使い分けにメリハリがあって。そして性格が分裂してる訳じゃないまとまりというか一人の人間の多面体の表現として成立してるというか。まあいやらしいとかあざとさがないってことです。

お話しの中にも出てきた「パパの顔モードに入ってる。」って言うセリフ、私ごときの眼からしてもそう見えますもん。納得です。

でも、3万トリオの掛け合いが笑えて、それが特に愉しめた感じです。ドラマのお話的には娘とのコミュニケーションが今回のメインでしょうから、私のお愉しみは邪道なんでしょうけど、笑えました。人の不幸を笑ってるわけじゃないから別に構わないですよねえ笑っても。

私、男なんで上川さんの入浴シーンには興味ないんですけど、自分に戻れる場所がトイレと風呂だけという切実を表現するために必要なんでしょうね。我慢してみる事にします。でもトイレに入っていても風呂に入ってても奥さんや子供が話しかけてくるというのは心が休まらないんでしょうね。どこで安らぎを得ているんでしょうか不思議です。

相変わらず意味不審な女子高生は謎のままだし、社長の思惑は計り知れないし、まだまだ落ち着きそうもない展開ですけど、視聴者としては自分の視点が落ち着いてきた感じがするので、ハッピイエンドとまではいかなくても観ていて心が和らぐようなお話の展開を今後も期待したいです。

しいてイヤだなと思える点は、奥さんが自分のためにはお金をケチらないというところです。家族物としては「鬼嫁日記」も面白かったんですけど、あれは奥さんが言いたい放題やりたい放題やっていても、その行動が家族みんなのためで自分の為だけにはやっていないという説得力があったからこそ許せるというか見ていて厭味には感じなかったんですけど。

*スワンの馬鹿!4・2007/11/07

いいとこで終わりかいっていうか、期待持たせて次週へ続くってか?

引っ張るよなあホント。でもまあ面白いからいいんですけどね。

「確かにモテるわスワニーは。」って感じですよねえ。仕事ほっぽり出して行ってしまって後どうなるんだろうという現実的な心配はあるにせよ、友達が困っていれば何をおいても助けに行くというのは、なかなか真似できるもんじゃないことですから。

「芸の為なら女房も泣かす」・「親の死に目にあえなくても舞台を勤める」という仕事一筋の美学も存在するけれど、それと対照的な美学が今回の行動なんでしょうね。

現実的にはこういう類の人は町内会の役押し付けられても、精一杯勤め上げてその挙句ずうっと信頼(重宝)されて抜けられなくなっちゃうような気がするんですけど。向いてる方向が「人」である限り、仕事であろうと家庭であろうと人付き合いであろうと区別なく一所懸命になれるんでしょうね。

私なんか自分の事がまず先に眼がいく方なんで、とても無理です。羨ましいとかこういう風になりたいとかは思いませんが、身近に一人いて欲しいタイプの人です。それと女性ではないので推測になりますけど、こういう人が理想の旦那像なのだとしたら勝ち目が私にはありません。

「最低の元彼」という理由は「元彼と久し振りに会って私はいい人と結婚したなあと思える。」という奥さんのセリフでいいんですよねえ。いつまでも元彼が一番いいと思えるのは罪なことということで。

でもモテて納得という回でありました。それにしてもあの高校生得体がしれません。災いなんでしょうか福を呼ぶのでしょうか。

しかし、缶ビール一本で「又か・しょうがないか」なんて思えるのは月3万という荒行の成果で明鏡止水の境地に至ったのでしょうか。ホント信じられません堪えられません。来週の予告見る限り私だったら「しちゃえしちゃえ」と囃し立てちゃいますよ。悪妻とは思いませんが良妻とも思えません。笑えるけど。

田中さんって厭味ったらしくないサバサバ感があっていいですよねえ。上川さんとの夫婦の会話には笑えます。お友達3人衆も面白いし、このドラマってコメディーだと思ってていいんですよねえ。何かに秀でたかっこいいスーパーマンじゃないけど一話終わればそれぞれ真似できない事してると気づく凄い奴って感じですかねえ。

とにもかくにも来週はなんか見逃すとついていけなくなりそうなので、気をつけないと。

*スワンの馬鹿!5・200711/14

もうね、ふたつほどコンチクソーですわいな。ホントたばかられました。

一つ目は、前回の予告編で「離婚よ離婚。」なんて叫んでたから、てっきりリアルな隠し子による家庭の危機の話かと思って「しちゃえしちゃえ」なんて書いたら、芸能人にスキャンダルを見てのお話しだったんですね。もうものの見事にたぶらかされてしまいました。

二つ目は、どんどんスワニーカッコ良くなってくじゃねえか。3万オヤジ族の風上にも置けないと。誘ったはいいけれど所詮いくら水面下でもがいても白鳥は白鳥でアヒルじゃねえよと思い知らされたトキタさんの気持ちがよく分かる気がしてきました。

比奈子の行動については?というか父親を探してるのか理想の人を探してるのかいまいちよく分からない部分が多いんですが、お話をややこしくしたと言うことでは面白い存在ですよねえ。この後もなにかやらかしてくれるんでしょうか。それともこれでお役御免なんでしょうか。

「私はお荷物。」という比奈子のいいように対する説教は以外でした。「そんなことないよ。」と優しく諭すと想像してたんですけど、「なんてこというんだ。」と真っ向から説教するとは考えてませんでした。こういうとこがかっこ良いんですよねホントに。大人と言うより男親目線だったんですかねえ。思わずおーと唸ってしまいました。

上川さんて息せき切らしたハアハア感の表現が上手い方ですよねえ。今回はそれに加えて、さりげないけど電柱に頭ぶつけるシーンの容赦ないとこも見れたし、会社で思案に暮れて目がドロンと韜晦したような目線や「ボクなんか」といって自嘲げに笑うしみじみ感とか。マジでうめえなこの人わあと思いますわ。

上川さんて非業の最期を遂げる役というのが非常に印象深くて。それだけにこの作品でアットホームコメディでハッピーエンドで締めてイメージを払拭してもらいたいと願っているんですけど。

で、今回のお気に入りシーンはジョギング終えて「風呂にする」といった辺りです。笑えました。全然本筋とは関係ないんですけどね。でもこういうところ大事にしてくれる作品が好きなんでしょうがないんです。ストーリーばかり追っかけてもねえ、ミステリーや推理ものじゃないんだから。面白いか愉しいかといえば愉しい作品ですよね。だから最後まで空気感を味わうために邪道的な愉しいとこ気にしていきたいです。

で、余分な気になったところ。

あれだけ食堂(?)でいつも大騒ぎしときながら周りは黙々とめし喰ってるのは不思議だったんですけど、今回女子高生が抱きついてくるなんつうあり得ない光景にも関わらず我関せず喰ってるというのは、東京ってここまで他人に干渉しない風潮なのかとびっくりです。まあ反応はしないけど聞き耳は当然立ててるんでしょうけどね。

*スワンの馬鹿!6・2007/11/21

今回は色々とお話しが入り組んでいていつもの雰囲気じゃなくて、ちょっと慌しく感じました。でも内容を自分なりに整理してみると、今回の出来事は、加茂家の離婚騒動の仲裁、浮気と誤解されてないかという慌てぶり、絢奈の過去にまつわる川瀬社長の動きとそれに対応するスワニー、パパにナイショでプレゼント。決して詰め込んだようじゃないみたいなので、ただ単に、にやける笑いのシーンが少なくて結構ストーリーを追う内容だったのかなと。放送時間が短縮された訳じゃないんだから真面目に聞き入る見入るシーンが多くて脇道が少なかったということでしょうか

それとも今回加茂(ひとりさん)がメインの回でもある訳で、上川さんや時田(梶原さん)ではなく、ひとりさんが色々やってくれてたんでしょうか。ひとりさんにはお笑いの方というイメージがあって役者さんがやるコミカルとは味が違うので私の味覚に合わなかったのかもしれません。

脇道と言うか寄り道好きな私としましては今妻・元カノ・未来カノ鉢合わせの危機をかろうじて乗り越えた後の「もたない~」というセリフのシーンと比奈子がスワニーに抱きついてきた時の川瀬社長のおいおいみたいなあきれた表情。これくらいでしょうか思わず見ててにやけたのは。でも上川さんのサラリーマンのお辞儀はらしくて綺麗ですよねえ。今回改めてそう思いました。

しかし諏訪野家相変わらず家庭らしい雰囲気出てますよねえ。美山加恋さんもさりげなくうまいんでしょうねえ。三人ともどことなく気の緩んだ雰囲気醸し出してて家にいるんだって気になります。くつろいでるって書きゃいいのか。加茂(ひとりさん)が泊まりに来て他人が混ざると余計そんな感じがしました。三人揃って加茂さんに詰問してるみたいで1対3の構図になってましたからねえ。

でもなんか奥さんって賢い人なんだなあと思えてきました。本当はスワニーのやってることなんて全てお見通しで知っているのにあえて知らん振りしてくれてるんじゃないのかと。姉さん女房なんですかねえ。気になったんでフジテレビのHPみたらやっぱそうでした。納得。でも体育会系の人って野球選手とかがそうだけどなんで姉さん女房が好きなんでしょうかねえ。私は体育会系でも文科系でもなく帰宅系だったのでその心理はよーわかりません。ちなみに体育会系は根性、文科系は根気が発達し帰宅系は面白そうなのに飛びつくのが得意になる人が多いです。

まあこういう奥さんなら何があっても家庭は大丈夫そうな感じなので絶対悲劇で終わるドラマではないですよね。安心して見てられるドラマでおます私には。離婚しちゃえーと言った前々回の発言は撤回いたします。訳の分からんもの買う癖は好きじゃないけどいい奥さんですわ。

でも最後のもいちどプロポーズ。あれは見ているこっちも恥ずかしい。演ずる方も恥ずかしいんじゃないかと勘繰ってしまいました。よーやるわー。

*スワンの馬鹿!7・2007/11/28

やってもうた!ばれいに延長があっただなんて。途中から見るのは大嫌いなんで先に風呂でもとこまごましたことしてたら・・・。で、23時になってさて見よかとしたらまだやってる。慌てて再度手動で録画スイッチONでおました。

なんで今回空白の何分間かがあるので、感想残すの肩身が狭い。そんな半端な視聴者の感想なんであしからずです。

時田さんが主役のお話しですが、梶原さんさりげなくうまいですよねえ。背景が説明ぜりふ無くても見えてますもんね。無言のキャッチボールはぐっときたぜよ。言葉が無くても会話してるってキャッチボールにはどんな魔力があるんでしょうねえ。確かにあるんですよね。でも、最近やってないので忘れていましたがなんか思い出しました。田中さんもなにげに説得力あるし。それに今回それぞれみんな成程なと思わせるいいセリフが多いし。「心を支える想い出」・「父親が二人いるなら二人に愛されればいい」などなど他にも色々と振り撒かれていて言葉が深い回だと思いました。でも、なんかたんたんと流れているようでいつもより物静かな回に感じられました。

なんでそう感じるんだろうと無い知恵で考えるに、下衆の勘繰りではありますが梶原さんにスポットライトが当たる回だから上川さんがバックアップに徹しようとされてたんじゃないのかと。前回のひとりさんの回ではそう感じなかったんでホントいい加減な下衆の勘繰りなんですけどね。でももしそうだとしたら、それだけオーラの出し入れできる上川さんてすげえ役者さんだなと。

まあ、全うに考えればドラマ上の主人公たるスワニー本人にストーリー上の展開というかプチ波乱万丈な出来事がなかったからでしょうけど。(でも元カノばれたか。)ところで円形脱毛症は治ったんでしょうか。こまごまと心労が続いてるから治る訳ないかあ。

今回にやけたところは、スワニーが秘密はないと嘘をついてたと女3人に囲まれて糾弾されるシーン。女性ってこういう場面では年齢なんか関係なく女性なんだなと改めて思ったとこ。それと時田さんが諏訪野家で食事してて会話で都合が悪くなってお茶をすするスワニーのじじくさい仕草のとこ。確かに奥さんいじめたくなるのが判るような気がしました。からかいがいがあるなと。それくらいですかね。後はホント真面目な展開の回だったように思えました。時田さんが真面目だとそういう方向性に舵が向くんだなと言う事なんでしょうね。と言うことはコメディーになるかストーリー物になるかは時田さんで決まるということなんでしょうね。

もし、なにいってるんだと、的外れもいいとこ、どこに目えつけてんだと言うご指摘あらば、そは録画に失敗致し為の動揺故と思し召されよ。ごめんなんしょ

*スワンの馬鹿!8・2007/12/05

土曜日にIQサプリで上川さんと成宮さんと美山さんが出てきてドラマ仕立てのクイズを出してたのを見ました。そういやあ美山さんこの番組の探偵さん役だったなあと思い出しました。しっかし意図的なんでしょうけど上川さん浮いてたなあ。お芝居がすっごく重く感じてバラエティの軽妙なものとは明らかに異質なものなんだと実感しました。巨人の星の飛雄馬の球の重い軽いの問題のようなものでしょうか。軽ければ幾らでも(アドリブを)打ち返せるけど重いから腰が入ってないと返せないって感じで。

で、今回そんな点(アドリブ有りや無しや)も気になって見た部分も無きにしも非ずでした。でも結局よー分かりませんでした。突き詰めたお芝居で構築されてるようにも見えるし、3人組の食堂での会話はもしかしてと思えなくもない風にも見えるし・・・。所詮素人でおます私は。知ったところで、だでなんだあと言われればいえ別にって話ですけんど。

何事にも一所懸命でほっておけない性格ゆえに起こり得る様々なハプニングを面白おかしく描くお話しだと思ってるんですが、来週の予告見るとタイトル通り恋に発展するのか?え?と思ったんですが。いや危ない危ない。前にも「離婚よ離婚!」とかの予告編で一度騙されてますからもう予告編真に受けるのは損だ。そうだそうだ損にちまいない。

もし恋に発展するとしたら、別のテレビ局で娘と呼んでもいいような年齢差の恋を描いているドラマとなんか被るような気がしないでもないんですけど。

まあ、今回のお話しが奥さんに隠し事をするために画策する努力と、それがばれるばれないのスリルとサスペンスに満ちたお話しだったんですけど、例え恋でなくとも何か事を起こすのに家族に内緒というのは切ない話しだなあと思わなくもないです。時田さん達ともし出会っていなければ、おそらくは奥さんが相談相手になってたんだろうなあと思えるので、その奥さんをたばかると言うのはなんだかなあという気がしないでもないです。秘密と隠し事の違いによるものでしょうか。秘密はなにがあっても秘すもので、隠し事はばれたら白状。隠し事なら可愛いもんかあ。でも嘘と隠し事は紙一重だしなあ。

でもここまでくれば悲哀のドラマじゃいくらなんでもないでしょう。安心してハッピーエンドにどう向かうのか愉しみにしております。希望としては雨降って地固まるみたいな一度どん底に落ちるみたいなのは勘弁して欲しいところです。川瀬社長と絢菜を結ぶキューピットスワニーが希望ですけんど、まあ予想はしないで能天気に見るつもりです。

*スワンの馬鹿!9・2007/12/12

帰ってこれなくて録画でしか観れなくてしかも後々になってる今日この頃ですが、このドラマだけは別格で他の録画してあるドラマ飛ばしてでも真っ先に観ておきたいのですわ。

9話の前半部分は嘘から出た誠でしょうか、釣り行ったと嘘こいた言い訳で時田さんが思わずなのか意識してなのか定かではないのですが志摩子さんのことを好きと発言して野郎同志じゃ埒が明かないから女性としての立場からの協力を求めるというのは、時田さんにとっては嘘じゃないのだからそういう意味では説得力があって、結果スワニーの危機回避ということになった訳でまずは一安心というお話しでした。でもこれで時田さんにかしをつくったなスワニーは。

後半部分は、花も落ちなきゃ実がならぬってか。それとも雨降って地固まるってか。社長転落で川瀬と香月は元の鞘に収まるのかそれとも新しい一歩を踏み出すのか。いずれにせよスワニーの本心が公園での取っ組み合いではからずも出たシーンが印象的でした。

もうこういうシーンやらせたら上川さんの独壇場ですよねえ。成宮さんもさぞかし大変でしたでしょうに。感情的にも偏らずかといって冷静でもない。なんか俯瞰の目線で客観的に自分を分析するかのような想いの発露は、自嘲気味でもあり素直でもあり。家に帰って風呂に入っているときのさっぱりと晴れやかな感じに見えるのは鬱積した本心を口に出してスッキリしたからなんでしょうか。

全11話かと思ってたんですが10話で来週最終回なんですねえ。毎回予告編に騙されそうになるんですがエンディングでの落としどころはどうなるんでしょうか。終わり方が大昔に観た「宇宙家族ロビンソン」みたいに危機状態で次週に続くって形で終わる割にはたいした事ではなくてって感じがよく似てるなあと思わなくもないんですが、さすがに最終回なんであの電話は重要なんでしょうねえ。(又騙されたりして)

まだ色々と決着のついてないことが多くて。(黒田親子の動向とか)最終回で一気に全部片をつけるのかポイントだけ片付けてあとは余韻を想像してくれになるのか。私的にはポイントだけ決着で、後はパート2でやってくれたら有り難いですけど願望だけで成り難いでしょうなあ予感として。こういうときだけ視聴率に後押しされてパート2に続けばと視聴率のこと気にしちゃいますわ。

*スワンの馬鹿!10・2007/12/19

流石に最終回はシビアな展開に終始した感じです。ちょっと年のいった青春ストーリーって勢いでちと私の得意分野から外れてしまいました。だって真面目なんだものみんな。愉しく乗り越えて行きましょうよって感じですよ。

それにしても最後の最後で若い娘にときめいて終わりにしたって最終回はシリアスな印象だというのは拭えませんでした。私的には山の神の逆鱗に触れて家にスワニー入れてくれなくなって時田さんとか川瀬さんとかのところを転々とする内になんとか瓦解するって話しの方がタイプです。加茂さんとこで邪険というかお邪魔虫にされ時田さんとこで離婚のノウハウを教えられ、川瀬さんとこで愛するものと分かれる悲哀を間近で見て、やっぱり家がいいと再確認するスワニーって言うほうがコミカルかなと。それに山の神は不動であって欲しい部分もあるし。奥さんとしては何もかもお見通しというか薄々勘付いていて今回ははなから許すつもりだけど、黙ってたお仕置きという軽いものであって欲しかったなと。

本当のお話の方は、奥さんとしても振り上げた手の置き場に困るというか後に引けない状況というやつですか。こうでもならないと自分を振り返る余裕すらない毎日だったということなんでしょうか。まあ雨降って地固まるんだから良かった良かったということで。毎日の連続で我を想うということの重要さを言わんとするお話しと言うことで深いといえば深いんでしょうけど、コメディですからそこはね。

ついでに便乗してなんでここまで他のドラマ差し置いて一番贔屓で観てたのか。私も振り返って考えてみる事にします。

私としては最初から最終話まで毎回感想書いたと言うことは書ける何かをくれた作品と言うことで。そういう意味ではいい作品だったと言えます。手の届かない高尚とか重厚なメッセージを発するものでなくかといって能天気でもお下品でもなく波乱万丈でもなく悪党も怖い筋の人もおらずと。丁度いいお湯加減のドラマでした。重いのはどうもね。

そして、お話しが悲劇でも深刻でもないということ。これは重要ですわ。重厚な上川さんは幾つかの作品で観てるからコメディは私的に新鮮だったので。

次に、流行とか旬ということじゃなく純粋に上手いと唸らせてくれる役者さんを観たいから。上川さんて専門というか本籍が舞台の方らしいから田舎に住む者としては出かけなければ観る機会のない方なのでテレビで観れる事は之幸い。

文化の発信地に棲んでおられる方はいいですよ大抵のものが観れるチャンスがあって。享受するだけで発信する事のないとこに棲んでるものとしてはテレビが唯一のチャンスなんですからね。

そういう意味でもう終わりと言うのは淋しい限りですが、名残ばかり惜しんでもしょうがないので「次行ってみよう」ですわ。次は小日向さんですわ。私的には映画の「虹の女神」でのお父さん役が一番好きな小日向さんですわ。しかも「プルコギ」でハマッた松田龍平さんも出るらしいし。お話がシビアっぽいのが若干気にはなるのですが期待しておりますです。

&上川さんの次回作があれば要チェックは当然です。お疲れ様でした。愉しめました。ありがとうございました。

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郡司さんの採点では

ボクシング中継の際、正式なジャッジの採点が試合中公表される筈もなく、かといって専門家の判断はどうなんだと気になる素人の視聴者の欲求に応える為、必ず登場した郡司さん。郡司さんの声を聞いた記憶がなく恒にアナウンサーの方が「郡司さんの採点では・・」と締めてCMになった。評価も感想もなくひたすら採点の数字だけが郡司さんの存在だった。

小さい頃、子供同士でなんか判断が分かれるようなことがあって「おめえはどう思うだ?」となった時「郡司さんの採点では」と枕詞を垂れてから意見を言ったもんだった。結果ふざけてると思われて私の意見は大体無視されてたけど。

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バブルへGO

DVDで見直したんですが、やっぱり面白い映画です。もう映画らしいお約束満載って感じである意味嘘くさいんですけど、タイムマシン自体が嘘なんで、もうなんでもアリかなという気にはさせてくれるので、愉しんだもの勝ちなんでしょうね。

でも地方の人間からすると、タクシーの呼び停め方や無意味なほどの豪華なパーティ、クラブでの出来事やファッション。全部所詮東京のローカルネタなんで広い日本で考えればなんのことだかという他人事で共感を得るものではないような。かといって過去の話なので憧れを持ったとしてもそんな場所はもう存在していないのだから、映画でヒットした時のお約束現象であるロケ地巡りしようがないので体感共感型の映画にはなり得ていない様な気が地方人からするとすーすーとするんです。

でも、広末涼子さんと阿部寛さんのエンターテイメントとしての活躍を愛でるとしたら、充分なんじゃないでしょうか。しかし登場時の阿部さんのふけ顔はなんか美しくなく、エンディングの晴れやかな年輪を重ねた顔との対比なんでしょうがもう少し綺麗に見えるようにして欲しかったです。

広末さんってこういう役やるとほんとに輝いていて唯一無二って感じですが、役者さんとしての経歴の長さを考えると、殆どと言っていいほど変わらないイメージなのは驚きでもあります。年齢を感じさせないんではなくて、年齢に関係ない存在感とでも申しましょうか、一種独特な個性を漂わせる方だと再認識しました。

醒めた眼でみると何から何までホント嘘くさいんですが、妙に説得力を感じてしまうのは飯島さんや河田町のフジテレビ社屋などの「当時」が登場してくるのと、小木茂光さんが出てくると何故かシリアスに感じてしまうせいでしょうか。「トリック」の時にはそう感じなかったんですが、コメディーの世界でシリアスなお芝居するのは卑怯です。ほんと騙されてしまいます。まあ騙されに映画館へ行ってるんだからいいんですけどね。

フジテレビが制作に名を連ねている通り、劇場公開当時はバブル景気並にばんばんTVCMやら番宣番組やらやってましたが、実際に映画を観たらストーリー上での軽い驚きとかもあって、TVでの宣伝で食傷気味だから映画まで見なくてもお腹膨れたからいいやとは思わなくて良かったです。そう言う意味ではいい宣伝だったといえなくもないんですが、「バブル礼賛あの頃は良かった」みたいな映画なんだとも宣伝からは読めてしまって実際の映画とはちと違うなとも想いました。映画的な映画なんで映画館で観たほうがより愉しめた様な気が。でもDVDはオーディオコメンタリーが面白いんですわこれが。シンプルに笑えるとしたらDVDのコメンタリーが一番笑えます。製作者の本意かどうかは知りませんけど。

ファンタジーではなく良く出来たお話ですのでファジーでも決してなく、しいていえば事実でくるんだ壮大なホラ映画ってとこでしょうか。ホラーみたく怖くないし。嘘と法螺は違いますし、コメディーはコントじゃないから茶化すことなく真面目にやるからこそ面白いとも言える訳で。

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*だでなんだあ

だからそれがどうしたと言う意味。開き直りとしても使うが、他の使い方としては、「いいじゃん別に」とか関西風だと「ええやん」のように、突っ込まれた後の返しの言葉的な要素を持つ。野郎言葉なので女言葉だと「なによー」となる。

「モテんモテんっていっつも嘆いてるけどさあ。あんたねえそんなぶしょいかっこばっかしてるもんだでモテんの当然だらぁ。」

  (もてないもてないっていつも嘆いているけども、お前ねえそんな見れたもんじゃない格好ばかりしてるからもてないのも当然だよ。)

「うっさいなあ。だでなんだあ。文句あるだか。」

  (うるさいなあ、いいじゃない別に。もうほっといてくれよ。)

「普段の自分を好きんなってくれる人現われるん待つなんて甘いこと思ってんじゃないらねえ。」

  (普段の自分を好きになってくれる人が現われるのを待ってるなんて、まさかそんな甘い事考えてるんじゃないんだろうねえ。)

テレビでやってたような干物族に愛の手を差し伸べる奇特な人なんかそうそういるもんではありません。何かを為すためには何かが犠牲になるもんです。それが人目を気にせず我が道を行くという尊い精神であったとしても。

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自分がハマッてどうする

新しいブログパーツを入れた。その名も「レトロRPG風アクセスカウンターもどき」。もうとにかく懐かしくて、このフレーズ聞くために何度パスワードの誤記入に泣いたかと・・・。初期のファミコンはスタートしたらケリがつくまでか画面に表示されるパスワードをノートとかに写して次回やる時にそのメモしたパスワードを入力して続きをやるかの二種類だった。前者はスーパーマリオが有名。

ちっこいテレビ画面でやってたからゲーム終えるときパスワードを写し違えてその日一日の苦労が泡と消えてしまい、何度人生のはかなさを噛み締めた事か。

そんなゲーム本来とは何の関係もない苦労を重ねて「おお勇者よ・・・」といわれた日にゃあそりゃもうほっとしたもんだった。ちなみにそのパスワードだが一例としてこういうものであった。

かよび べめえ うまぴぶ びさほ おさか たさこつ あへる ばむほ ゆくるる

 せしね ぐほじ ぞきろぞ ぽげも そうこ きろみも

とにかく濁点が「ぱ」だとPAなのかBAなのか読み取れなくてしかもなんの意味もない文字の羅列には本当に閉口した。

なのでそのセリフがなんの苦もなく見れちゃうのが嬉しいのと、カウントが出てくるのが愉しくて、自分のブログなのについつい訪れてしまう。ホントに自分がハマッてどうするだあ。

2008/2/21、時計のブログパーツと入れ替えにお役御免と相成り候。

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*ちいと・ちっと・ちっとばか

ちょっと・少し・少しくらいという意味。「ちっとばか」の「ばか」は「馬鹿」ではなく「ばかり」の略。文章によってニュアンスが変わったりするので説明しづらいところはある。

「そんなちっとばかのこんでひゃあひゃあ言わんだってええら。」

  (そんな些細な事で鬼の首取ったみたいな事言わなくてもいいじゃないか。)

こういう場合で「ちいと」や「ちっと」を使うと言われる程の事じゃないという意識に聞こえ「ちっとばか」だと言われても仕方ないけど大目に見てくれやという意識があるように聞こえる。

「そういう話ちいと耳にしたもんでさあ。大丈夫だかいやあと思って見い来ただよぉ。」

  (そういう話を小耳に挟んだものだから、心配になって見にきたんだ。)

江戸だと「ちょいと小耳に」となるところだけど、うちの集落だと「ちょいと」はあまり使わない。「ちいと」には「なんとなく・概要・おおまかに」というニュアンスが籠もる傾向があり詳しくは知らないという感じに聞こえる。

これが「ちっと」となると出所は教えたくないけどといった意味合いに聞こえ内容に関してはある程度は知っているといった感じになる。

では「ちっとばか」だとどういうニュアンスになるかというと、「ちいと」と大して変わらない「聞きかじった」という感じに聞こえる。

「たのむでえ、もうちっと寝かいて。」

  (お願いだからもう少し寝かせて。)

この場合「ちっとばか」をはめる場合文章をいじらないとはまらない。例えば「もうちっとばか寝かしてくれてもいいじゃん。頼むう。」といった風に。

「ちいと」だとえらく年寄り臭い感じになる。

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ブラコメ

ネットで放映されたショートドラマと朗読+アニメ計20作の集合体DVD。

テーマは「深津絵里が、深津絵里で遊んじゃってるんですけど。」

脚本・構成は高崎卓馬さん 主演は深津絵里さん

こういう実験的な作品群は当たり外れのギャップを愉しむものだと勝手に思ってるんです。楽屋オチ的な自分達が楽しめればいいやみたいな独善的な感じになり易い中で、しっかり見る側に視線を合わせているところが流石プロが作った作品だと思いました。ただなにかに似てるという作品もあって、それがオマージュなのかパロディなのかただの空似かパクリなのかオブラートの皮が餃子の皮並みに厚くて意図が良く見えない作品もありました。

「女優魂」では出来たら特殊メークかなにかで外人さんと普通の目立たないお姉ちゃんを吹き替えじゃなく深津さん本人にやって欲しかったです。

全体的に「深津絵里」で作り手が遊んでる感じで深津さんが遊んでるという感じにはとれませんでした。まあ深津さんのイメージってどんなアドリブ状況芝居でも素の感情を出すような人には素人目からすると見えないんで、実際のところはどうなのかは知りませんけれども。

以下要望(実際のブラコメにはありません)

で、テーマの「深津絵里で遊んじゃって」いいのなら、ダイアモンドエンゲージリングのCMのパロディやって欲しいです。ベッドではしゃいだ瞬間にベッドが壊れて沈んで埋まっちゃうか転げ落ちるとか隣から「うるせーぞ!」と怒鳴られて慌てるとか、公園で彼の後ろについて歩くけどハイヒールが土にささって上手く歩けないとかあまりにも彼が速く歩くので必死こいてついて行くのが精一杯で指輪を渡される時にはもう息ぜーぜーでそれどころじゃなかったり。

他には日本昔話しを一人で声変えてやるとか、とにかくやたらと登場人物の多い吹き替えを全部一人でやって何種類の声が深津さんは出せるのか挑戦してみたり。息継ぎなしでどれだけ長台詞発せられるのか。早まわしとかの技法でなく実際の演技で通常5分の芝居をどれだけ短く素早く且つ正確に演じる事ができるのかとか。凄いシリアスなシーンのセリフをいう時必ず深く深呼吸してからセリフを言うとか。ま、要は間とかテンポを崩した時どういう芝居をされるのか見てみたいと言うことなんですけどね。

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まあまあまあそういわすとお

こう言った時の表情は大抵苦笑い系である。直訳すれば、(まあまあそんなこと言わないで)となる。

意味としては、あんたの言うことは良く分かったもっともで良く分かるけれどここはこの場の空気を読んで妥協してくれよ、と言う意味になる。

絶対折れそうも無い意見を述べた人に対して妥協案を選択してもらうよう働きかける為の枕言葉。普通は言い合いをしている当事者ではなく仲介に入ろうとする第三者がいう言葉。下手に出る感じになるので、「うっさいなあ」とかで拒否されたら下手にでてりゃあいい気になりやがって「てめえ何様だあ」と態度を豹変するか、へらへら笑って失礼しましたと黙って引き下がるかの選択を迫られる事になる。

商談の際に使って使えない訳ではないが、正式なビジネスというよりも、裏取引してるようにも聞こえるので向いているとは思えない。

きりが無いのでうやむやにして打ち切りたい時には、

「ほれ、そんなこといっとらんで・・」・「そんなこといわすとぉ」と「まあまあまあ」を省略する。

強く命令口調で頭ごなしにうやむやにする時は、

「やー、いちいちこうるさいことぬかさんで なんしょ・・・・」・「もーいい加減にしてやぁ」

うやむやにせずに自らも参戦してあくまで戦う場合は、

「あんたねえ、なにゆってるよぉ・・・」・「さっきから聞いてりゃなんだぁ・・・」

あくまで一例であって遠州人全てがこういう言い方をしているわけではない。

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眞島秀和さん

SGでさえないあんちゃん役をされて「運命じゃない人」では親に忠実なおっかないやくざ屋さん。Cmでは「味の素ほんだしのおかず日記」で宮沢りえさんのおだやかな旦那さん、「トヨタパッソ」では加藤ローサさんに「演歌なんて聴くんだ」といって慌てさせる憧れの人役と、幅の広さを感じる方なんですが「突入せよ!」でも若き正義感みなぎる警官役を演じられていて、派手さはないんだけどいい人オーラを出してて気になる役者さんなんですよね。

他にもあるのかと調べたら、そうそうそういえばそうだったって感じで「フラガール」・「踊る大捜査線レインボーブリッジを封鎖せよ!」とかにも出演されててくどいようだけど目立たないけど役に違和感とか無理矢理感がなくて、前に出張ることだけが役者さんの仕事じゃあないんだなあと実感する次第です。

そんな眞島さんが矢口・鈴木組の「ワンピース」の「07’夏コレクション」に出演されているというのをPFFのサイトで知って、観たくてしょうがないんですわ。「ワンピース」といえば両監督と両監督のお友達俳優さん達がああたらこうたらしながら自主制作で作られている間口というか見る側がはまる人ははまる、はまらない人はどつまらんというある種マニアックな作品なんですけれども。特徴的に思えるのは非常に男女という性を意識しない横並びのお友達というイメージを抱くところなんです。それと人物の背景や感情というものも極力省いたような見る側に感情移入をさせない傍観者的な距離を私は感じるのですが、とにかく素なのか演技なのか判んないホントにどこにでもいる普通の人って感じの何気ないお芝居でつくられていて、実際の人付き合いのように本当のところは何考えてるのか内面が読み取れない人ばかり出てきて、そういう作品に出てくる眞島さんってどんなんだろうと言うのに興味があるのですわ。

田舎もんにはDVD以外観る方法がないので是非とも出て欲しいと願うばかりです。後、「ワンピース評論家」緒方明監督の評論も聞いてみたいし、矢口・鈴木両監督のオーディオコメンタリーも聞いてみたいものです。ってなんか主題が眞島さんからワンピースに移っちゃったみたいだけど、勘弁しておくんなまし。

追記

2008.1/28

年が変わっても相変わらず眞島さん検索でお越しになられる方が多く恐縮です。眞島さんの情報についてはBoBAさんや松重豊さんのブログにお二人と眞島さんが同じ事務所と言う縁でたまあに眞島さんが出てられてますのでご参考までに。サザエさんもどきのギャグ辺りを見てると仲の良い事務所の雰囲気が窺えますです。

2008.3/1、以前その2と云う記事を書いたんですが整理するためこちらに追記としました。2007,11/23の日付の記事であります。

今朝見たニュース?で28日に発売されるレッドリボン?のAIDS予防のチャリティーに関するCDの発売ということが紹介されていた。

そのプロモーションビデオに、多分というかおそらく眞島さんが出演されていた。(違ってたらごめんなんしょ)

今日は夜から「海峡」の2部が放映されるし、何気ないというか気づかないところで活躍されてて一種の秀和を探せゲームができそうな気がしないでもない方であります。

私ごときのブログにもお越し戴く方の検索ワードで「眞島さんプロフィール」で来られる方もおいでですので、知る限りの(前記事に重複しないで)情報を載せさせていただきます。

1976年山形県生まれ(米沢か?)映画に関しては、1999年季相日監督作品「青~chong~」主演でデビュー。「out」・「美しい夏キリシマ」・「昭和歌謡大全集」・「cosmic rescue」・「69 sixty nine」・心中エレジー」・「ロスト・マイウェイ」・「村の写真集」・「血と骨」・「グレイハウンド」

テレビではNHK「ハート」・「アンフェア」フジテレビの「犬神家の一族」

Vシネマでは「真・雀鬼」の11と12

ま、ここいら辺はwikpediaの方が詳しいんでそちらを。基本SGのDVDの特典に記載されていた情報です。

スウィングガールズ(通称SG)のDVDには出演の他に方言指導もされて尚且つ出身地でのロケということもあって、2枚組みの方の映像特典のメイキングでのコメンタリーで矢口監督とまったりとした会話をされています。その中で2004年当時は冬になると家から電話がかかってきて雪かきしに実家によく戻られたそうですが最近はお忙しくなって無理になってきたんでしょうか気になるところではあります。別のDVDSGのファースト&ラストコンサートでは劇中で唄われたバンドシーラカンスの一員としてステージトークと歌を披露されてます。歌手として食べていけるかというと、んー?という感じですが人柄が温和で役に入るとテンションが変わる方だと想像できます。

海峡についてはジェームス三木さんの脚本とはいえちと重い内容なので一話ごとに書いてるとどよよんとしたものしか書けないような気がするので、エンディング見てからでないと感想が湧かないということで、とりあえず今日のお愉しみということにしとります。

個人的には矢口組の常連さんで活躍して欲しいなあと思ってる役者さんです。

2008/5/12

昼のドラマの「花衣夢衣」にも出とらした。昼ドラは男が見ていい領域ではないので見とりませんです。でも予告編チラリと見た限りじゃ海峡の時に雰囲気が近かったかな。当然所変われば品変わる。お話が違うので被ってるということではないのですけんど。最近またこの記事のアクセス結構あるのはこのドラマに起因してるのかと。

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突入せよ!あさま山荘事件

2002年公開作品 脚本・監督原田眞人さん 撮影阪本善尚さん

さん付けが適切かどうか分からないけど敬称略するほどの勇気なし。

出演陣も豪華で、書いてたらキリがないので気になる方にはスイマセンです。

印象としては、なんか日本の映画じゃないみたい。洋画というか米国映画観てるみたいです。そして巨大な組織が動く時のもっさり感が出ててリアルです。

実際の事件・実在の人物、しかもまだ生臭い歴史としてでなく記憶に新しい現実の体験世界の中での描写。この事件を歴史上とする人からの視点では書けませんのでそういう方にはちんぷんかんぷんかもしれませんが。

一人の人質を救い出すために何人の警察官の血が流れるんだ?という問いかけが作品中で問われてたけど、当時は悪逆非道は許すまじ正義の為なら命を賭けることになんの躊躇あらんやって感じで見られていたという記憶が残ってます。とにかくどのチャンネルひねってもこればっかりでしかもCmも飛ばしてたような記憶があって、かといってNHKの教育ひねるほどすねてた訳でもなかったので、結局見入ってました。

動かない画面でひたすら番組をひっぱっていったテレビ局の苦労は、ほぼ野次馬の視聴者にはあまり届いたとは言えなかったんですが、この映画を観て白鳥の水中の美しくも無いもがきがあって水上の犯人逮捕という栄光に繋がっているんだという事を納得しました。NHKのプロジェクトXでも同事件を取り上げられたことがあって、この映画とは違う視点というものも見れて、ある意味関係者の方々には大変失礼だとは存じますが、映画としてのお約束を守りながらリアルとを共存させたエンターテイメント作品だと思ってます。

県警と警視庁の対比や特徴の色分けは赤組白組にきちんと明確すぎるほど明確ですし、その象徴である煙草というアイテムの使い方などはリアルと言うよりもドラマとしての面白さですし、白龍組社長のキャラクターもどこかしらアメリカ人っぽいような気がしますし。あと凍ってほどけない靴紐を溶かすシーンの役所さんのお芝居は苦悩を通り越した人間の精神状態というものを見事に表現していて、ドラマじゃなきゃ見れないシーンとして印象深いです。

逆にリアルだなあと思ったのは、記者会見での記者とのやり取りのシーンです。そういう場所に遭遇した事は勿論無いんですが素直にそうなんだろうなあと思いました。突撃シーンもそうなんだろうなあと思って観てました。

お芝居の上での存在感は、宇崎さんがお気に入りです。串田さんと山路さんも印象に残りました。あと高橋和也さんの物凄く危うい人間の演技も印象深かったです。群像劇として画全体にうねりや息遣いが聞こえてきそうな位集団という塊の表現は隙が無くて好きです。役者に遭いたい一心で集まるエキストラのやっつけ集団とは明らかに違う質の高さを感じます。結構群集と言うか後ろがイマイチだとしらけるんですよね。この作品にはそれがないのでどのシーンでも集中が途切れることなく観れました。

監督の原田眞人さんは「狗神」の監督でもあり、市川昆監督の金田一シリーズのような日本の持つ因習や情念といったとても日本的なテーマの映画も作られていて振り幅の広さを感じるんですが、何故かこのあと「ラストサムライ」に役者さんとして出演されているという、良くわかんない人です。ヒットメーカーとしてもうちっと作品をぽこぽこ出して欲しいものです。

脱線話しですが、プロジェクトXでカップヌードルを取り上げた時のお話しなんですが。この事件の現場で用意されてた弁当があまりの寒さに凍り付いてしまって歯が立たない。そんな時カップヌードルを美味しそうに回し食いしてる警察官の映像がテレビに流れて、以降認知度が一気にアップして売り上げが伸びたという逸話をプロジェクトXでは番組で紹介していたんですが、DVDになった時にその逸話が削除されてました。映画ではこの逸話は存在してるんですが、事実は立場によって都合のいいものと悪いものがあるようです。

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*もる・もおる

「雨んもおる。」(雨が漏る)

漏るを「もおる」という。

盛るを「盛おる」とは言わない。守る(もる)も「守おる」とも言わない。

因みに、子供のお守りは「もんりー」と言う(野郎言葉である)。

「おしっこを漏らした」の場合は、「漏らいた」となり「漏おらいた」にはならない。

茶碗にいみり(ひび)がいって漏る場合は「もおる」になる。

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トタン屋根の家

トタン屋根の家に住んでた頃のお話。

雨の降り始めのポツンポツン。本降りの強く叩きつける音。風がなく真っ直ぐに屋根に落ちてくる打ちつける音。風雨が強くて雨粒が霧みたくなって風・雨と交互に聞こえる音。季節によっても少しづつ異なる音。正直いって騒音・ノイズだけれど、ラジオもテレビも聞こえなくなるけど、何故か心が豊かになって雨の日は好きだった。

ブリキのトタンは激しく、ビニールのトタンは柔らかく、風の吹きすさぶ音に心細さを感じながらも、何故か自分は生きてるんだという実感を感じる。不安を感じるがその分晴れたときの爽快さと自分は自然の中で生かされてるんだと言う感謝に近い感覚を憶えた。中学生という「生きる」というより「死」というものに思考回路のベクトルが向いていた頃だったのでより過敏になっていたのかもしれない。このまま息しないと死ぬのかなと思って息をとめてみたり。でも苦しいんだなあこれが。辛いより苦しい方がしんどいんだよねこれが。だから楽したいから生きるしかないんだと。死ぬのが怖いんじゃなくて苦しいのが怖いんだと。

足元のアスファルトやコンクリートから聞こえる寂しく無為な音でなく、頭の上から襲い掛かってくる音からは幾分かの恐怖と不安と畏怖を憶える。いつ終わるんだろうと言うことが、将来の見えない不安と混ぜこぜになり心細さを増長させる。だいだいがかった電球だけが暖かさを感じる。それさえ消すともう自虐の世界ではあるが頭が物凄く冴えた気になる。というか頭以外雨の日は働かすとこがない。そんな勘違いでも考えた気にさせてくれる雨の日が好きだった。

今その感覚を味わうとしたら、エンジンをかけずに車の中で雨が通り過ぎるのをひたすら待っていれば、その一端を感じられるけど、トタン屋根に比べたらまだまだっていう勢い。

そして夏はくそ暑くて家にいられないので嫌でも外出しなければならない。エアコンなんて無い時代だから「引きこもり」なんて体力的に不可能な生活を強いられた。

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*かが抜ける

普段の使う意味としては、炭酸飲料を暫く栓を抜いて放置し炭酸が抜けてしまう状態の事を意味する。これが遠州弁なのかは定かではない。

「この炭酸飲料どんだけ出しっぱなしにしとっただあ。ひゃっこかないしかが抜けてうまくもなんともないわ。つーかまずくて飲めやせん。」

  (この炭酸飲料どのくらい出しっ放しにしてあったんだ?冷えてないし炭酸が飛んで美味くもなんともない。っていうか不味くて飲めたもんじゃない。)

「なんで人んの飲んじゃうよー。かあ抜かいてみかん水にしようかと思って置いといただにぃ。」

  (なんで人の飲み物飲もうとするんだ。炭酸飛ばしてみかん水にしてから飲もうと思ってたのに。)

「かあ抜いたってみかん水になんかなりゃせんわあ。」

みかん水が全国的な飲み物かどうかは知らないが炭酸の入っていないサイダーだと認識していた。お子ちゃまに本物である三ツ矢サイダーのシュワシュワはきつく、かといって振れば飲み口から泡と共に溢れ出るし手の周りベタベタするので、暫く放置プレイするのが一番妥当だった。ストローでぶくぶくやると怒られたし。子供だったのでそれを待つだけで時間を費やしていて、出来るまでのもどかしさや出来上がった味を思い描いたりしたりしていた。ただし一度ほかの事に気をとられると完璧に忘れてしまうのだが。高校生くらいになってから以降は何か他の事をやりながらのながら族になっていって一つの事に時間を費やす贅沢をしなくなった。

かが抜けるの「か」はなんなのか。明確な正解はわからない。私は気化の「化」ではないのかなと踏んでいるのだが、はたしてどうだろうか。

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えこひいきした道

一青窈さんの楽曲「さよならありがと」を聴いて、歌詞に出て来る「えこひいきした道」という言葉に、なんだ自分以外の人もおんなしだったんだあと安心を得たのです。

小学校は案外近かったのでそうでもなかったんですが、中学校は、学校までそれなりの距離が通学路としてありました。行きは遅刻が嫌なので行き方を友達と話ししたりして最短距離を探って一目散に通ったんですが、下校の帰り道は見たいテレビが無い限りちんたらとえこひいきした道を歩いて帰っていました。部活とかもあって時間だあさあ帰るぞと一緒に皆でつるんで帰る訳じゃないので結構物思いに耽る時間でもありました。

えこひいきした理由は色々あって、悪い出来事があって気持ちを切り替えたいときは昨日と違う道。なんにもなくて退屈でなにか新しいことを望むときとか、その日の気分で車や人通りの多い少ない道を選んだりとかしてました。

そういう感情的なえこひいきとは違って、3年間はやはり長い道のりで、毎日歩いていると絶対ここを通らないと忘れ物をしたような気分になる道と、絶対通りたくない道という感覚的な道が存在してくるのです。理由は分かりません自分でも。それは帰りだけで行きにはなんの感覚もないんです。理由を突き詰めていたら「彼を知り己を知れば百戦危うからず」だったんでしょうが、高校に入ってしまったらケロっと忘れてしまったので「彼を知らず己を知らざれば連戦連敗す」という生き様を愉しむことにあいなりました。

一青さんの歌詞では「えこひいきした道を折れて」となっていますが「想い出ほどく」ということは「己」を知ってるってことなんでしょうか。気になるところではあります。

以前小学生が学校の帰り道の途中で殺されるという痛ましい事件がありましたが、決められた通学路でない道だったということは、彼もえこひいきした道を歩いていたんでしょうか。その事件以降父兄の監視と決められた道で帰るということが徹底されたそうで。人の姿をした悪魔がほっつき歩く現代はえこひいきした道さえも許さない殺伐とした時代なんでしょうか。なんか心の豊かさを奪っていってしまってるような気がするんですが。

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柔道

そもそも柔道は他流試合を禁じて発展してきたものと記憶している。読み物や映画などでも姿三四郎が他流試合を禁じられていたにも関わらず応じてしまって騒動になった逸話が有名だけれども。

「こんなの柔道じゃない。」のならば、柔道ではない国際大会に出るべきではないのではないか。剣道や合気道など他の武道のように自己の研鑽・鍛錬で自らの精神性を高め人としてある域に達する事が究極の目的であるならば、勝った負けたに一喜一憂を賭けるスポーツから距離を置いた方がスッキリするような気が部外者の門外漢からみてそう思う。

現実的には色んな歯車が噛み合いどれを停めていいのか判らないくらい複雑怪奇になっているんだろうけど。そしてありえない妄想だけれども、もし国内組織が袂を別つようにそれぞれの流派として分裂するくらいなら潔く組織全体として武道の道に方向を向けたほうが日本人らしい気がする。

そこまでスポーツ柔道と柔道は別のものになってる気がしました。

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*だあれ・だわさ

だあれ・だわさの意味を説明するのが難しいので文章のニュアンスで解釈してつかあさい。厳密な意味では遠州弁ではない。が、全国共通かどうかは怪しい。

「おめえがやるだあれ」(お前がやるに決まってるじゃん)

「おめえがやるだわさ」(お前がやるんだよ)

「車こんくても信号赤なら停まるだあれ。自分勝手に赤でも行く奴おったら、そんときゃあ死んじまえと思ったって罰ぁあたらんて。」

 (車が来なくても信号が赤なら停まるもんだ。自分勝手に赤でも行く奴がいたら、その時は死んでしまえと思っても罰は当たらないだろう。)

信号は交通のルールの基本。事故を防ぐために存在すると考えれば車が来ないのに待つのは馬鹿馬鹿しいと考える。決められたルールは守るということで考えれば、赤は停まれもそのひとつ。車が来ようが来まいが待つのが当然だと考える。どちらが正しいかと言えば答えはひとつ。でも本音と建前を使い分けるのが大人の生き様と平気で思う人だらけなので、現実の答えは複数でこれ以外さえもある。信号を守らない大人を小中学生が怒りの表情で見ている姿をたまに見かける。それを見てあほらしくてやってられんわと彼らも現実に染まっていく。そんな悪循環に歯止めをかけるためにも「信号赤なら停まるだあれ」。

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*しがつら

~しながら・~しつつという意味。~しがてらの「て」が「つ」に訛ったものと思われる。

「歩きがつら喰うじゃない。行儀ん悪い。」

  (歩き食いはやめなさい。行儀が悪いから。)

「学校行って勉強しがつらバイトで稼いでなんて大変だの。」

  (学校に通いながらバイトで働いてなんて大変だね。)

「経済の発展しんとかんもんでぇ中小企業の支援をしがつらぁ街中だって盛り上らんとかんらあ?だもんで活性化を図りがつら福祉もきっちゃかんだでそれも増進しがつらやるだあれ。」

  (経済の発展の為中小企業の支援を行うだけでなく、連携して街中の活性化を図りつつ福祉の増進にも力を入れる所存です。)

政治用語は難しいので意味が変でも勘弁してくんなまし。

  

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*ひゃっこい・ひゃっこく

以前と重複するが「冷たい」・「冷たく」という意味である。

「すいかひゃっこくしてあるでたべない。」

  (すいか冷やしてあるから食べなよ。)

「夏でも洞窟ん中入るとひゃっこいできんもちいーだよ。」

  (夏でも洞窟の中に入ると冷たいから気持ちがいいんだよ。)

「客来る窓口はひゃっこいだに客来ん裏の事務室入るとドカンとするできらい。だであんまし何回も出入りしたあない。用は一回で済む様にしとくりょ。ほうでないと体おやいちゃう。」

  (客が来る窓口は涼しいけれど客が来ない裏の事務室にいくと暑くてムッとするから嫌だ。なのであまり何度も行ったり来たりしたくない。用事は一度で済む様にしてくれ。そうでないと体調悪くしちゃう。)

機械とお客にはこれでもかと冷房かけまくりだが、中で事務や作業をする人には経費節減という印籠を見せびらかす。「人は石垣人は城」なんて夢の世界。労働組合が強かった時代は多少歯止めがかかってたけど、今、過去の遺物の社会保険庁の体質を見ると諸手を挙げて昔は好かったなんて言えず痛し痒しでもある。

心が冷たくても「心んひゃっこい」とは使わない。心は「心んつべたい」か「心んつんめたっ」が普通であろう。

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*ぼっこい・ぼっこく

ぼろいと言う意味。ただし、(ぼろい儲け)のように楽な割りに成果がデカイという意味は無い。あくまで古くなってとかぼろぼろとかという意味で使われる。

新品で用をなさない・雑で安っぽいの場合「ちゃっちい・しょぼい」を使うことが多い。使い古してぼろくなった状態を指す事の方が多いが、新品の割にはとか新品にしてはというような批判として使う場合もある。

例文

「こんなぼっこい中古買うだか?いまのとたいして変わらんじゃん。もちっとマシなの出るまで待ちゃあいいじゃん。大体さあ今のだって大事に使やあまだもったらあ。」

  (こんなくたびれたような中古を買うのか?今のと大して変わらないじゃないか。もう少し上物出るまで待ったほうがいいんじゃないの?そもそも今使ってるのを大事に扱っておけばまだ使えただろうに。)

「なにょうこくだあ、ぼっこくしたのおめえじゃんかあ。横着こいてしょっちゅうぞんざいに投げてよこすもんではあ使えんくくしたのおめーじゃねえか。よーまあいけしゃあしゃあと他人ごとみたいなことぬかすなあ。」

  (何を言っているんだ。ぼろくしたのはお前だろ。横着してしょっちゅう放り投げたりするから壊れて使えなくしたのお前じゃないか。よくもまあぬけぬけと他人事みたいに言えるなあ。)

「ところでこっち新品だよなあ。それにしちゃあやけにぼっこく見えん?」

「やー。話しぼかすじゃねえ。」

あくまで普通の会話であって喧嘩してる訳ではありません念のため。

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