« 2007年7月29日 - 2007年8月4日 | トップページ | 2007年8月12日 - 2007年8月18日 »

*てんだう

手伝うが変形したもの。遠州人は「ん」が好き。

「お手伝い」だと「てんだい」となる。「お」は付けない。

「なによーてんだいきてくれただ?」(あれえ手伝いに来てくれたの?)とかがよく使われる言い方の例。

例文  両手に洗濯物を抱えたお母さんがおもちゃで遊んで部屋中散らかし放題の子供に向かって

「ほいちょっとてんだって。」

  (ねえ、ちょっと手伝って。)

「てんだってもええけど、なにくれる?」

  (手伝ってもいいけど、なんかくれるの?)

「ゆーこん聞かんなら後で説教してくれる。」

  (言う事聞かないんなら後で説教してあげる。)

「なにやりゃあいいよ。」

  (なにすればいいの?)

「そこいら辺とりあえずかたいて。洗濯物おくとこ広げてよ。」

  (とりあえず、そこいら辺り片付けて頂戴。洗濯物置けるところ作って。)

暫くしてお父さん帰宅。

「あれえなによーこの散らかしよーわあ。」

  (一体なんなのこの散らかし具合は。)

「それがさあ、あの子にてんだってもらったらさあ、こうだもん。もーたまらんにぃ。」

  (それがね、あの子に手伝ってもらったらこうなっちゃった。もう大変。)

「なにやらしゃあこうなるだ?」

  (どうすればこうなるの?)

「もともと こぎたなく しとっただよお。ふんで洗濯もん たたみたかったもんでえ、おもちゃ かたしてっつったら右から左によけるだけだもん。そんで もー しょろしょろ やっとったもんで あったーきてさあ。いいかげんにしんと怒るにぃって怒ったっただよ。」

  (元々凄く散らかってたのよ。それで洗濯物たたみたかったんでおもちゃ片付けてって言ったら、右から左に移動してるだけなんだもの。もうねえあまりにもチンタラやってたから頭に来てねえ。いい加減にしないと怒るよって怒鳴ってやったの。)

「ほいで?」

  (それで?)

「ほいたら、なんつったと思う?だめだこりゃ次いってみよー とかこいて じいじんとこ遊びん行っちゃった。ど怒れるらあ。」

  (そしたらなんて言ったと思う?駄目だこりゃ次行ってみよーとか言っておじいちゃんとこに遊びに行っちゃった。怒れるでしょ。)

「あの馬鹿っ面。帰ってきたらどんじからんとかんなあ。」

  (あの野郎、帰ってきたらきつく叱らんといかんなあ。)

「ゆったってゆったって私じゃあ はあ叱っても効果んないで。」

  (どんどん言って。私なめられてるからもう何言っても言うこと聞かないんだから。)

「おお、まかしょ。」

  (おお、まかせろ。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*かう

「ほい、ちゃんと鍵かっただ?」(ほらしっかり鍵かけたの?)

「鍵んかう。」(鍵をかける。)

「かう」そのものは、(支う)と書くれっきとした共通語である。「あて木をかう」とかのように動かないようにささえるとかあてがうという意味である。

共通語では「鍵を掛ける」なのに何故遠州弁で「鍵をかう」という表現が使われているかと言うのを推察すると、戸締りにおいて昔はしんばり棒をかっていたのが時代が変わってしんばり棒が鍵にその役目が取って代わっても、かうという表現はそのまま残ったと考えられる。したがって「鍵をかう」で(戸締りをする)という意味使いであろう。なので使われなくなった言葉が未だに遠州では活きていると言うことであって、他の地域でも残っていることは当然充分考えられる。

勿論私の勝手な推理なので合ってるかどうかは定かでない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*失礼しちゃうやー・いやだやー

*「失礼しちゃうやー」

馬鹿にしないでよ・みくびらないでよ・冗談じゃないわよといった意味合いである。

「奥さんでけるの」

  (奥さん、出来るの?)

「失礼しちゃうやー。あんたねーこんぐらいでけんでどうせるよー。」

  (馬鹿にしないでよ。あなたねえこの位の事出来ないでどうするのよ。)

「およげるだか?」

  (泳げるの?)

「失礼しちゃうやあ。こうみえても昔水泳部だっただにぃ。」

  (見くびらないでよ。こう見えても昔水泳部だったんだから。)

「これ買えるだか?」

  (これ買えれるの?)

「失礼しちゃうわー。そんくらい持ってるって。」

  (馬鹿にしないでよ。その位のお金は持ってるわよ。)

「そんな派手なん似合わんら。」

  (そんな派手なの似合わないでしょう。)

「失礼しちゃうわぁ。そんな歳いっちゃいんにぃ。」

  (冗談じゃないわよ。そんな歳いってないんだから。)

*「いやだやー」

失礼しちゃうやーが攻撃的というか反論的なのに対し、こちらは受身的な否定というニュアンスになる。女言葉の場合恥じらいが追加されるが野郎言葉には恥じらいのニュアンスはない。言葉の最初に使われる。後ろや文中になると単純に「厭だなあ」という意味になることが多く。意味合いとしては全く異なる。

「最近やせた?」

「いやだやー。かわりゃあせんよー。」

  (冗談いわないでよ。変わってないって。)

「そんな派手なん似合わんら。」

「いやだやー。まだええら。」

  (いやねえ、まだ大丈夫でしょ。)

「今日あんた当番だら。」

  (あなた今日当番でしょ。)

「そうなの。ホントいやだやー。」・「いやだやー、忘れかあってた。」

  (そうなの本当に厭なんだ。)・(あらま恥ずかしい、忘れてた。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

浜松ついこないだの昔話1

私が小さい頃昭和40年代頃のお話。記憶からの引き出しなのでいい加減若しくは嘘だと思われましたら突っ込んでくりょう。

国鉄浜松駅が高架になる前のお話し。浜松は国鉄の線路で二つに分断されていて街の中心部は駅の北側にあり、駅南と呼ばれる中田島砂丘に続く地域に街中から行く道は砂山銀座に抜ける道と龍禅寺からのと二箇所しかなかった。トンネル式の一車線の交互通行を信号で交代に通過する仕組みだった。とても狭く歩行者といえど信号を守らないといけなかったほどで、トンネル内は息を止めて通り抜けないと駄目なくらい排気ガスが溜まっていた。小学校で危ないから行っちゃいけませんみたいな事を言われてた記憶が残ってて、したがって子供にとって南のはじっこは浜松駅だった。平田(なめだ)の交差点はあかずの交差点と呼ばれていて毎日が帰省ラッシュのような渋滞だった。

朝晩の通勤時、駅南から通う人たちは道路を使って線路を渡らず、国鉄の入場専用の定期券というのを買っていてそれで駅構内を通って通勤していた。線路を渡るのにお金を出して渡っていたということである。親戚が龍禅寺に住んでたこともあり、私も何度か親に連れられて入場券を買って駅を通り抜けた。当時の駅は木造でそこに入ると明らかに別世界に来たような旅情感溢れる雰囲気を醸し出していてわくわくしてた。ただお便所は臭かった。

わくわくといえば子供心に祭りの記憶もわくわくだった。凧と共にお鴨江さんがあって、松菱から鴨江神社に続く道の両側に白く輝く電球(蛍光灯?)で照らし出された露天がディズニーランドの各アトラクションのようにずらっと並んでいてひたすら目移りしていた。あの頃の一般家庭用電球は黄土色に光っているのが当たり前で白色灯なんて珍しいものだった。

私は全く乗ったことも見たことも記憶がないのだが、松菱の前の道路に路面電車の停車場は記憶している。停車場は黄色と黒の縞模様色してたコンクリート製だったかな?なので実際路面電車が走ってたのか路面電車の停車場風のバスの停留所だったのか定かではない。

国道1号線は最初駅の前を走ってる道で、その後バイパスと呼ばれる市の中心部を迂回する形で今の1号線が出来てからは旧国1と呼ばれていた。市内の渋滞はトラックなどの大型車が来なくなった分緩和されたとはいえ、向宿(東警察署辺り)から駅前を通り抜けるまでは未だにいらいらが募る。路線バスは今は遠州鉄道一社で切り盛りしてるが、市営バスというのが存在していた頃もあった。大人たちが赤字だですぐ潰れるらぁとか世間話でよーゆーとったが、ほんとに廃止になって、洒落にならなかった冗談話しである。自家用車を持つなんて金持ちのするこんで、一般ピーポーはオート三輪かラビットとかのスクーターがせいぜいだった。少し前までバイクを昔ポンポンと呼んでいたと言うことで統一されているが、当時は車種によってはバタバタと呼んでた人もいた。

曖昧な記憶だけれど旭・板屋町の繊維問屋の入り口辺りに果物屋さんがあって小道をまたいでおもちゃ屋さんがあった。その横に自転車預かりを商売にしてたお店があった記憶がある。木のすりガラス戸を開けて入るとコンクリートをひいてない地面むき出しの土間に預かった自転車に埋もれるように店番の人がいた。店に入ると土の匂いがした。あの頃は人付き合いが重要視される時代だったし何事も大雑把で店の人の気分を損ねたら受けるサービスの質が下がるので、そんな親しくも無いけど世間話は当たり前、手土産ひとつも持ってきゃ大切にしてくれた。金の無い人ばかりだったのでチップという風習は育たず言うならタダの挨拶が育ってた。道路自体もまだ舗装されてなくて、雨が降ると田んぼの表面を歩いているようだった。(ただしこの記憶は40年代ではなく30年代かもしれない)40年代後半にははおもちゃ屋は大塚菓子店に自転車の置屋さんはお蕎麦屋さんになっていた。昔は大通りをはずれた小路ごとに同じ職種の商売の店がそれぞれ並んでいて道ごとに専門店街を形成していた。まぐそ通りは飲食店板屋・肴・旭は乾物屋さんとか衣料のお店とか田町は陶器屋さんとかがかたまっていて、高級なとか贈呈の品は松菱で、自分たちが使う分はそれぞれの小さなお店でという使い分けをしていた。松菱のお得意さんは文字通り金を落としてくれる人で、それぞれのお店のお得意さんはいつも来てくれる人であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

遠州の境

基本として静岡県は東部伊豆・駿河・遠州の三つに分けられている。非常に大雑把ではあるが、郵便番号7桁の頭2つで41地域は東部伊豆・42地域は駿河・43地域が遠州と分けることが出来る。因みに三河は44・名古屋は45・46岐阜は50といった具合である。

しかし、言葉でわけると三つでは済まないかもしれない。東部伊豆はほとんど人付き合いがないので全くわからないが、駿河と遠州なら幾分分かるのでそこいら辺りを書きます。

一口に遠州と称しても浜松人からすると、掛川以東は言葉が違うと感じる。掛川は遠州と言うよりもむしろ島田・金谷とかいった方に近いことばのような気がしている。そしてその衆らの言葉は駿河でも静岡市内の言葉とは異なっている。なので、厳密に言うと言葉に関しては、遠州と駿河のあいさにもうひとつの言語圏があると言うことである。東の境はどこまでかは知らないが、西に関しては掛川が境であろう。具体的にどういう言葉かというと、有名人でいうと岸本加代子さんとか(県内のみの有名人かも知れないが)中山儀助さんがおられる。余談だが、岸本さんはテレビで「静岡県人はお茶で医者要らず。」とか言われていて、茶っぱをてんぷらにして食べると言うのを紹介しておられたが、少なくとも浜松では「知らんやー」って感じで食べたこたぁない。(お茶の葉を遠州では茶っぱと呼ぶ)飲む以外では、出し殻の茶っぱをかわかして畳にまいてから掃き掃除すると埃を吸ってくれるからといって昔はよーやってた。何かの匂いが気になるとき脱臭剤として使うというのも昔は、やっていた。

遠州弁の特徴である語尾が上がるというのは集落ごとに微妙な差があるらしく、よく「君は語尾が上がる言い方をするねえ」と注意されたりした。おんなし浜松の衆に言われたので、遠州弁の特徴として語尾が上がるとは一概には言えないのかもしれない。

東の境が袋井辺りだとすると、西の境はどこいらへんになるのだろうか。愛知県の豊橋の衆らとは話してて違和感が無い。岡崎辺りでもそうである。愛知県の東部は三河弁のエリアであるが親近感が湧くのでうどん屋と呼ぶか蕎麦屋と呼ぶかの境ほど明確ではない。ちなみに浜名湖が境となって西がうどん屋、東が蕎麦屋と称する分水嶺であるということらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

月光の囁き

1999年作品 パッケージには塩田明彦監督の衝撃のデビュー作と謳ってあります。原作は喜国雅彦さんのマンガ「月光の囁き」 出演は水橋研二さん・つぐみさん他。 エンディングに流れるスピッツの「運命の人」がはまってます。

高校生二人の愛情を確かめ合うお話し。喜国さんのマンガのテイストを考えればなるほどの登場人物達です。ぶっちゃけて言ってしまえばSの彼女とMの彼。最初はSと気づいていない彼女だったが、Mと自覚している彼と恋愛感情を持って接するうちに本来の自分に気づいていく。でもそれを認めたくない自分もいてその葛藤と開放の狭間で揺れてしまうことによって起こる行動を監督がじわじわ描いている訳です。

ただ水橋さんが演じられることによってとても人間味を帯びた感じになっているので、こうゆう二人本当に世の中に存在するかもしれないと思わせるリアル感があります。こういうのもいいかなという憧れは湧きませんけど。こういう二人を知っている友達だったらありかな。誰彼構わず言いふらせる自慢にはならないけど。ですので原作のイメージを引きずって観ないほうが良いでしょう。あくまで別物と考えて。

蓼食う虫も好き好き。

こういう関係性って他に替えがなかなか見つかるもんじゃないから強固なんだろうなと感じます。そういう意味じゃへたれな純愛ものよりもずっとこの二人の未来の普遍性を予感させてくれます。

ただやはり若さから出てくる残酷さが描かれていて、お互いを確かめ合うためにここまで道が曲がりくねるのかよと思う部分はあります。純粋だから途中で投げ出すこともなく進んでいけるんでしょうが、これが理想だけで生きてる高校生でなく、社会人としてから出会っていたらここまで辿りつけたかどうか疑問を感じます。ほんとにピンポイントでいい時に出遭ったもんだわと。そういう意味で最後に流れる「運命の人」は象徴的です。でも曲の途中でフェードアウトして、そこんところはスピッツファンとしては残念です。

映像特典で続編の話しが余韻覚めやらぬ冗談として出てましたが、現実というものに対面して生きてる大人になってからの二人はどうなってるのか見てみたい気もします。子供が生まれてからのこの関係性の変化とか。この二人なら不器用でも乗り越えていけそうで安心して観れるように思えるので。まあ他人にどんだけ迷惑かかるかは気がかりですけど。

こういうテーマだと万人に見て欲しいテレビでは流れないだろうから、これこそ映画って気はするんですがこれで飯が食っていけるかと言うと多分無理なんでしょうねえ。その後の塩田監督の作品群を観るとそう思えます。もしこれが日活ロマンポルノが元気だった時代に出てたらどうなってたんでしょう。時代がずれた感じがします。もったない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

そいはだちかん、ねっかだちかん

岐阜県の郡上ことば。遠州弁だと、「そりゃかんて、ほんとかんて。」共通語だと「それはよくない。本当によくない。」くずせば「そりゃヤバイって。マジでヤバイって。」というところでしょうか。

大分昔の話ですが、仕事で短期郡上にいたことがあって、始め正直なにいってるのかサッパリでした。「おまん、まめなかえ。」(あなた元気でやってますか。)という挨拶から始まり「そや・せや」(そうだね)「~なってまってよー。」(~になってしまってねえ。)などなど印象としては京都と名古屋をちゃんぽんにしたような感じでした。言葉は名古屋でイントネーションは京都って感じですかねえ。もうほとんど忘れましたが細かい単語も遠州とはことごとく差異があってこれで同じ東海かとその時に、静岡県は東海じゃないと思うようになりました。

言葉もそうですから、当然生活習慣も全然違っていて、例えばお茶。遠州では緑茶が当然で、ほうじ茶なんて名古屋の飲み物だと思ってたんですわ。私行く時土産に新茶を職場の衆に持ってたんですけど、ほいたら、ありがとうと言ってすぐ飲もうと言うことになったんですが、なんとお鍋に全部出してあぶりはじめたんですわ。そんでほうじ茶のいっちょあがりで皆美味しい美味しいやっぱり新茶は違うねと喜んでくれたんですが、私の人生の中で、新茶のほうじ茶というものを飲んだのは後にも先にもこれ一回きりです。飲んだ感想はほうじ茶はほうじ茶で新茶の意味無いじゃんということでした。逆に郡上の人たちが浜松に来た時駅でたまたま新茶の無料サービスが行われていて、ええ歳こいたおっさん達なのに初めて飲んだみたいな顔をしていたのを憶えています。緑茶を毎日飲む習慣は日本全国同じではないことを悟りました。魚の食べ方にしても残った骨をストーブで焼いてカリカリにして酒のつまとして食べたり、味噌汁のだしに鰹節を使うと生臭くなるから好きじゃないと言う人がいたりとそりゃあもう大違い。まあ今はペットボトルの緑茶がありますから郡上の人たちも飲んでるとは思いますけどね。

そんかわし、水はほんと旨い。川にしたって天竜川で川底見えたことは一度もないが、長良川は大雨以外はいつも底が見えて綺麗というより美しい。

娯楽は皆無でテレビも映りが悪い。雪ががんこ積もるとこなので煙草の自販機も近くになく夜煙草を切らしたらしけモクするしかなかった。やることといったら酒飲むしかないので弱いくせに毎日飲んでた。今思うと「ほんとだちかんて。ねっかだちかんて」という生活習慣だったなあ。

この経験があって、遠州弁を強く意識するようになった。一生ものかというとそうでもないと思う。知人が関西の大学に通っててたまに帰省してきた時完璧に関西弁だったし、京都に染物の修行にいってた奴は、男のくせに流暢な京都はんなり言葉をべろんべろんに酔っ払ってても使ってた。だから、多分環境に左右されて死ぬまで遠州に生まれたものは遠州弁を生涯忘れないということは無いんだと考えている。それだけに、あ!これ遠州弁?と感じたものは例えそうじゃなくても書き残すようにしてる。学者さんじゃないんで下手な鉄砲数射ちゃ当たるってか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

田舎者と名乗る訳

浜松は政令指定都市です、まがりなりにも。そこに住んでて田舎者を名乗るのにはそれなりに理由があってつけました。

私は浜松でしか映画を観ません。どんなに観たくても東京や静岡まで出張ることはしません。DVDもネットで買う事はしてません。土着性にこだわってあくまで浜松で手に入るものでぶつくさ言いながらやってます。何故ならば、商売として成り立たないからどんどん寂れているのです浜松の街は。もう意地と言うか自棄です、これだけ浜松は文化・商業的レベルが低いんだと言うことを指をくわえて証明したるわいと。

工場ばかりあって、娯楽の無い。それが浜松の現状です。地理的に東京にも大阪にも遠くなくて、娯楽は外に求めることをそう苦にしない位置だからです。メディアで紹介される娯楽施設は伊豆や静岡と違ってほぼ皆無といって良いでしょう。場所はあるんですよ、たくさん。何せ面積でいったら全国でも上から数えても片手の中に入る広さの市ですし、中心街といわれる駅前も飽和状態どころか空き地だらけですから。その分、自然に満ち溢れてるかというと、浜名湖も佐鳴湖も水質が良くない方で有名ですし、中田島砂丘は年々侵食が進んで砂浜が小さくなってきているし、まあ富士山がない分不法投棄があまりニュースとして報道されないくらいですかねえ自慢できるとすれば。それだけ皆ばれないように上手くやってるだけかもしれませんが。

商店街の人たちは街頭に椅子を置いたり清掃作業など沢山の努力をされています。でもそこを通る人は目的地にむかって歩いている人ばかりで、用も目的も無いけど、暇だから街に出たというような人はホント減った気がします。車社会で駐車場が確保できなくて廃れたというのならば、東京の街が流行る理由が説明できません。結局目玉というかシンボルが見えないんですよね。映画で言えば興行成績の見込まれるものばかりで、いい作品と評価が高くてもみれない佳作は数知れず。地方発信の情報などなにもない。タウン紙の情報も喰いもん屋さんの情報がメインでここにいけば読者の求めるマニアックな要望に応えられるという情報はない。これは編集側の責任ではなく、あまりにも分散化しすぎていて、東京の街のように専門の特化したエリアが浜松に存在しないからでしょう。郊外で栄える大型店舗の最大の武器は、そこに行けばひとつの店の中で何でも揃うということでしょうか。それに対抗するには、逆もまた真なり、沢山の店でそれぞれ揃う、と言うことではないでしょうか。秋葉原や神田の本屋街のように専門の店が集まってそれぞれの店の得意分野が異なる事によってそこにいけばなんとかなるというイメージを抱かせることができるかが勝負でしょう。和田町近辺の自動車街なんかは、実際買うのは近くの店でも、比べるという事では色んなメーカーが並んでた方がいいから土日は結構人が出張る場所でこれは浜松の中では珍しい成功例でしょう。私の道楽は今のところ映画なので、それで話しをするならば、50人程度で充分なのでとにかくとあるエリアの中でどれを観ようか迷うくらいの上映本数を掛ける映画街を作って欲しい。他では観られないものや過去の名作とかを、見忘れた人見直したい人世代的に観れなかった人を浜松以外からも吸い寄せることが出来れば例え映画館が凄く儲からなくとも活気がでるんじゃないかと思う。ギョウザもうなぎもそれを食べるだけで浜松に来る人数をあてにするよりも映画を観に来た人がついでに食べようかを当て込んだ方が確実性があるような気がするのは、映画好きの勝手な思い込みなんでしょうかねえ。木下恵介を仰ぐのならそういう文化が浜松に根付いていなくちゃあ始まらないと思うんですけど。別に一例であって映画じゃなくてもいいんです。大きい資本が動かなきゃあなにも出来ない街づくりというものに反発したいだけなんです。小さい力が寄り添って大きな流れに変身するというのが、昔空襲で焼け野原になった浜松を市民が自分勝手に復興していったパワーこそが雑多だけど浜松らしい気がするんですわ。税務署に小便ひっかけにいったアート商会の社長さんみたいな遠州人がそれだけ減って小粒になったってことでしょうけど。

愛知の豊田市ほどではないにせよ、浜松も企業城下町です。したがって行政の見ている方向は産業経済であって、文化商業ではないのです。そのくせ様々な理由があるにせよHONDAが二輪車の製造を浜松では作らないことを発表しても結果として行政は指をくわえて「あ、そう」状態です。ポンポンの街とか謳っときながらこの有様ですからねえ。他にも都田のテクノポリス計画とか言って沢山企業誘致を行っていますが、昔三島町辺りに鉄工団地を作ったのと同じ理想なんでしょうか、それにしては関連性がないというかあまりにも都田と三島の距離は遠くそれを繋ぐ道路は狭くいつも渋滞している。それでも大企業が土壌汚染でニュースとして取り上げられても、個々の住民の方の闘争は情報がないのでわかりませんが、工場閉鎖・移転に発展する事もなく許容されているのは間違いなく企業城下町の面目躍如といったところでしょうか。いづれにしても計画性というのがよく見えない「なんしょやらまいか」の街なのです。

これから伸びしろが或るといえば聞こえがいいですが、活気と言う点で言えば炭鉱で栄えた町の最盛期を過ぎた時期に近いようなもんですわ今の浜松は。市の中心部は区画整理の大波でほぼ無人化しつつあって生活の匂いがしなくなってきています。この状態にどう活気を取り戻すのか、裁判所や総合庁舎等をエリアとしてかため、そこに人が沢山集まったとしても仕事で来ている人たちばかりで、どんなに人が集まったとしてもそういうのは活気の或る街とは呼びません。ただの効率化を図っただけのことです。どんどん豪華に立て替えられていく市役所と反比例してくかのように鍛冶町田町辺りは静粛さを増しているのはなんか血を吸い取るドラキュラとはかない美女の関係を見ているようです。

水戸の黄門様はいつ浜松におわしますことやら。そして誰にむかって印籠をひけらかしてくれるのでしょうか。けっして棲んで愉しい街ではありません。でもここで生まれて育って、多分ここで土に還るでしょう。なのでなるたけ愉しくなって欲しいんです黄門様。

|
|

*そんかわし

「その代わりに」が変化したもの。標準語ではないがどこでも使ってる方言(?)。遠州でも使っているということで。説明は短いけど、そんかわし例文長めで。

けっして「損をかわしてる」とかいう意味ではない。

例文 とある幼い姉妹のおやつ時の会話

「あっちゃんにさあこれあげる。そんかわしそれちょうらい。ええら?」

  (あっちゃんにこれあげる。そのかわりにそれ頂戴。いいでしょ?)

「なにそれ?これ欲しかったんなら、最初っからそーいやあいいじゃん。」

  (なんで?これが欲しかったんなら、選ぶ時にそう言いなさいよ。)

「だってえ、どっちにしょうか悩んどったら、あっちゃんあっちゅう間に決めちゃうだもん。しょんないら。」

  (だってどっちにしようか悩んでたら、あっちゃんがあっという間に決めちゃったんだもの。しょうがないでしょ。)

「なに言ってるよーはあ遅いしー。口つけちゃっただもーん。替えれんよー。」

  (えーもう遅いよ。口つけちゃったよーだ。もう替えられないよ。)

泣き出す妹。泣き声を聞いてとんでくる母親。(とんでくるというのは駆けつけるという意味)

「もーほんとにー。あっちゃんなにやったよー。あんたお姉ちゃんだら?もー、ちゃんと妹の面倒見んとかんだにー。」

  (ほらあ、あっちゃんなにしたの。お姉ちゃんでしょ?ちゃんと妹の面倒見ないと駄目でしょうに。)

「だってえ、こいつとろとろしとってどっちにするだか選べれんだもん。だもんで先にとったらやっぱそっちの方がいいだなんてゆーだもん。」

  (だってのろのろとどっちにするのかずっと悩んでるんだもん。待ってられないから先に選んだら、やっぱりそっちの方が良かったって言うんだもの。)

「替えてやりゃーええじゃん。そんくらい。お姉ちゃんだでしにゃかんだにぃ。」

  (替えてあげればいいでしょう。お姉ちゃんなんだからそれくらいしてあげなさいよ。)

「だってえ・・・・・」

その後、当然お姉ちゃんも泣き出すという光景になる。あっちゃんにしてみれば妹が生まれてからずっと続いてる矛盾だらけの悔し涙である。妹は泣けばなんとかなると思ってる計算された涙で、お母さんはもーどーせーっちゅう(どうすりゃいいのよ)育児ストレスで泣きそうという、涙涙の感動も終わりも無い永遠に続くドラマ。

だからといって避けてしまったら子供は我慢にも理不尽にも堪えられないとんでもない我儘な大人に育ってしまう。そんかわしきっちし兄弟姉妹の荒波を乗り切った人間は一人っ子よりも強く逞しく育つもんであろう。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2007年7月29日 - 2007年8月4日 | トップページ | 2007年8月12日 - 2007年8月18日 »