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そのときは彼によろしく

ネタバレのつもりはないんですがもしかしたらそうかもしれませんのでその時は何卒によろしく。

最初おお映画だ!と観えたんですが、人物が出てくるとなんかテレビドラマを映画館のスクリーンで見てるみたいな感じになっちゃいました。情景は映画、ストーリーはテレビと使い分けておられるのでしょうか。

親切だけど見る側にも想像力を膨らませる隙を与えててくれた方が人的には有り難いです。

時間があったので、映画が始まる前にパンフを読むことができたんですが、正解でした。パンフの中で山田さんがこの映画をファンタジーと評してくれてあったので、そういうつもりで観れたのは本当良かったです。じゃないと、今時こんな病室あるかとか、三人が三人とも抱いている小さい頃に培われた想いがその後の周りの環境や出会った人達よりも強く心の支えになっているとか、人の意識が違う世界の中でバトンタッチされて繋がれていくとか・・・。ああそうなんだと単純に受け入れて観れたのは良かったです。

でもなにか一番観たいところをはしょられた感じがします。

エンディングに関しては、私の観たい物と違いました。

私は、お父さんと花梨が夢の中で会話するシーンでも幼い頃の記憶のフラッシュバックでもいいんですが、とにかくバトンが渡されるのを観たかったです。

そして目覚めてからベンチで待ってる間の花梨の心情を織って欲しかたです。ドキドキなのかそわそわなのか惑いなのか確信なのか喜びのか悟りなのか決意なのか、多分色んな感情が交差するはずでしょうからそれらをどう表現されるのかをみてみたかったです。

実際の映画の展開だと花梨はストーリー上のハッピーエンドに向かう為の隠しジョーカーみたいです。智史の5年間の誠実に報いる為の智史側のハッピーエンドなのでしょうが、最初から何も自身の事を語ろうもしない花梨が、最後の最後にベンチに座って色んな思いや想いをいて智史を待ち、再び出会えて共に今の状況を理解してニコッと笑って近づいてあのセリフにいくとこぐらいで終ってくれた方が、(智史の5年間はちゃんと映っててかっているんのですから)これから二人がどう言う想いで生きていくのか想像することができると思うんですけど。

あと、どうでもいい話なんですけど、長澤さんは大抵の色を着こなせると思ってたんですが、渋めの茶色はあまり映えないように感じました。

もうひとつ、久し振りに昔通った小学校が記憶と違って狭く感じるように、ひみつ基地と思い出のバスは同じものだとしても空間の広さの違いを絵にして欲しかったです。せっかく美術の磯田さんが凄くいいものに造り上げたのですし、ファンタジーなんだから見た目の印象の違いは時間の流れを感じさせる上で大切だと思います。そうそうお店の横駐車場からビルになっちゃったのはスンゲーと思っちゃいました。

普段私は、一回観ただけでああたらこうたら書くのは、思い違いや見間違いが多くて、二回三回と繰り返して観ないと偏屈さがバレてしまうので書かないのですが、浜松では思っていたより早くに上映が終ってしまいそうなので、とりあえず書いときました。興行的にはどうかは知りませんが、私的には繰り返し観たい作品なんですけどねえ。それに「長澤まさみ」だからこそ成り立つ作品でもある訳で、結構見直すと新い部分も見せてくれる映画の役者さんらしさも出て来つつあるようなんですよ。

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時効警察第8話

テレビドラマはタダ見なのでひゃあひゃあ言うのは気が引けるのですが、オダギリジョー監督作品を見て、久し振りに映像で魅せる物に出会った気がして書き留めにしておかずにはおられませんでした。

浜松では関東より一週間遅れになっているので、ついさっき第8話を見終わったばかりなのです。

勿論ドラマのストーリー性はハチャメチャで繋がりというか文法というか付いて来ん奴は置いてくぞ的なとこは多分にあるんですが、テンポ感と空気感は昔、「ツィゴイネルワイゼン」を観た時と同じ感覚になりました。私根がアホなので繰り返し観んとどこがどうとか説明できないんですが、もしかしたら、この監督化けるんじゃないかと思ってしまいました。

録画しといたもんで後で又観ますけどこの第一インスピレーションはどうなんでしょう、あってますかねえ・・・・。

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明治天皇と日露大戦争

戦争映画を大きく分類すれば三つに分ける事ができると思います。

歴史を忘れ去ることなく記録として残しておくこと。

疑似体験をすることによって戦争はなにがあっても避けるべき政治手段であると認識すること。

野郎の持つ闘争本能を刺激して精神的娯楽として存在すること。

1957年に封切られたこの作品は、娯楽としての性格を有していると思います。(勿論私は映画館で観れた年齢ではありませんのでレーザーディスクで観たのが初めてです)当時は国民の大多数が戦争の経験者であり、娯楽の対象として戦争をテーマに選ぶということは時代的にいって難色を示す人が多かったのではないでしょうか。

レーザーディスクには荻昌弘さんの解説が記載されてあって、当時の制作に至るまでの経緯の部分を読むと、とんでもないことづくしだったが分かります。しかし結果、当時入場料150円の時代に最終収入が7億円に達し、それまでの邦画最高記録となったそうです。

荻さんの文はホントに簡潔明瞭でこれを丸写ししたほうが完璧に観ていない人に伝わるんですが、私の記憶感想文だし、まあ今回はこれくらいで。

物語は、開戦までの議論から始まって日本海海戦の勝利までという陸海そして明治天皇のエピソードを交えて大きな視点で描かれています。明治天皇の御意思は和歌に託されて登場人物・映画を観てる者全てに伝えられます。「玉」と呼び権力行使の為の旗印としていた人達が治の初期で姿を消していったとはいえ、この頃にはもう万民誰しもか敬まわれた明治天皇。嵐寛寿郎さんが演じられてる訳ですが、風格か威厳とか感じるのですが、なんとなく違和感をおぼえます。明治天の映像を見たことはないのです昭和天皇のお姿を映像で拝視させて頂いた経験値を基にすると、天皇とは役者さんが演じる領域ではない思いました。もうオーラの違いとしか言いようがないですね。

他の役では、丹波哲郎さんが若いです。やはり若い頃から独特の存感があった訳でなく、後年のあの存在感は、年輪を重ねる事によっわれたものだと分かります。

話しの展開はサクサク進むのですが、やはり今の感覚だと何事においも予定調和のように粛々と進む様で、ドラマとしての波乱万丈感はいです。ただ、「敵艦見ゆとの報に接し聯合艦隊は直ちに出撃此れ滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し。」の電報文を読み上げるシーン・出撃のシーンと共に鳴る軍艦マーチには心踊ります。

戦闘シーンについては、陸戦では血も噴出さないし手足も千切れません。全て人力の極めて形式美に則ったものです。海戦の主役は艦船であり勿論特撮ですがやはり昭和30年代の技術の範疇で目立つものではありません。

今の時代日露戦争を知るには、司馬遼太郎さんの著書「坂の上の雲」でより深く詳しく知ることができますが、昭和43年から連載されたものであり昭和32年の時点においては比較するもののない唯一の絵巻だったのでしょう。その時代に必要とされた作品であり、今はもうその役目を終えた作品でしょう。ただし嵐寛ファンにとっては、非常に重要な作品として観といた方が絶対いいと思います。

旅順攻撃なら「二百三高地」(1980年作品)日本海海戦なら「日本海大海戦」(1969年作品)か「海ゆかば」1983年作品のほうが私的にはお勧めです。ちなみに「二百三高地」・「海ゆかば」は舛田利雄監督「日本海大海戦」は丸山誠治監督です。

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トラトラトラ

邦画ではありませんが、大東亜戦争と太平洋戦争を日米双方の視点で観た作品としては、私のいい加減な記憶ではありますが、初めての切り口の戦争活劇映画だと思ってます。「史上最大の作戦」と同じプロデューサーの方が製作総指揮をされているので成程です。でも帝国海軍の独り勝ちの内容なので米国では大ヒットにはならなかったようで、その後の「ミッドウェイ」という作品で米国民は溜飲を下げたと聞きました。それまでは日本の一方的な野蛮なる奇襲とされていた真珠湾攻撃でしたが、この作品で、米国政府は事前に予知していたという事を映画で初めて一般民衆に知らしめた啓蒙的な要素もあるようです。

1970年の作品だけあって、突っ込み所は、ゼロ戦じゃないじゃんとか、赤城じゃなく米国の空母じゃんとか色々ありますが、迫力は凄いです。

日本側の監督は、舛田利雄さんと深作欣二さんとなってます。

思い出に残ってるシーンを挙げると、(日本側だけ挙げます)

①機動部隊が日付変更線を越える際の、水兵役の渥美清さんと松山太郎さんの会話のシーンが印象に強く残ってます。まだ小学生の小にあの笑える理由が理解できた筈がないのに映画館全体がどっといに溢れたのにつられて自分も笑った記憶がかすかに残ってます。みると作品全体が重厚感に満ち溢れている中に、ポツンと浮かぶ気ゆるむこのシーンは、よくぞなのかなんでなのかと、このシーンが存する意味を監督に問うてみたいです。

他にも「海軍さんこの頃たるんじょる」とかで映画館が笑ったシーンも幾つかあったんですが、何故かこのシーンが印象的なのは、渥美清さんからでしょうか。

②被弾して帰還不可能と悟ったゼロ戦搭乗員が狙いを定めて愛機と共に格納庫に突っ込んでいくシーンも印象的でした。被弾してエンジンの不調でやいやいダメかと舌をチョロッと出したあと、地上の獲物を探す鳥のように周囲を見渡し、そして気負いのない覚悟を決めた表情で、突っ込んでいくのですが、その生から死への断の切り替えの早さ、涼しげにさえ映る潔さは、武人の美学を見たような思いです。役者さんの名前がすいませんわかりません。

③井川比佐志さん演じる爆撃機(九九艦爆でしょうか)搭乗員が鹿児から洋上移動中に至るまで一心に訓練を行い、その成果を披露すべく実戦で見事敵戦艦に大打撃を与える。「ヤッター」と満面の笑みで喜ん後すぐにやってきた爆風の凄まじさに機体が激しく揺れ、真顔戻るシーン。特に何かを感じた訳ではないんですが、何故か残ります。

④朝焼けの中発艦して行くシーン。帽触れの合図で一斉に見送る整士や上級指揮官達の託す想い。それを受けて飛び立つ攻撃隊。男だったら血沸き肉踊る瞬間です。快感です。

⑤実名で数多の歴史上の人物達が物語を紡いで行く中で、この映画の主役は田村高廣さん演じる淵田少佐でしょう。歴史的な事を成す時は案外このように飄々として行われるものなのでしょうか。田村さんがどのシーンでもがんこいいです。

⑥特撮シーン、とくに洋上を真珠湾に向かって航行する機動部隊のシーンが迫力があって好きです。戦闘シーンは基本実写で特撮は殆どないんですが、決まってます。

全体を今と比べると、物凄くすんごい役者さんばかりこれでもかと言わんばかりに登場されます。今リメイクしてもっと凄い特撮を駆使して迫力がアップしたとしても、これだけの役者さんの数は集めることができないんじゃないでしょうか。戦時中に撮られた「ハワイ・マレー沖海戦」と比べて見るのもまたをかし。

ただしトラトラトラは欲かいて全部一辺に解ろうとすると、非常に頭が疲れます。歴史的意義・人物的評価・当時の世相思想などなどこれでもかと言うくらい145分の中に詰め込まれています。見る観点を変えて何度も繰り返して観た方がいいと思いますし、それに堪えうる質の作品だと思います。

当時リアルに生きてきた私の周りのジジババはその殆どが、「ハルノート」かゆうもので米国が日本の首を絞めにきたのでやむを得ず日本は防衛として戦争を始めたと言っていました。なんか現代の北朝鮮の言い分によく似ているような気がするのは私だけでしょうか。

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*やーもお馬鹿っ面!

「やーもおっ馬鹿っ面!」

職場や街頭で誰に向かって言うでもなく、しかしあからさまに周りに聞こえる位の大声でこう騒いでる奴がいたら、そいつは相当テンパッてるので、近寄ってけない。ただし、誰かに向かってその後に「あんたーどうしてくれるよー。」と続いたら言われてる人を絶対許さない勢い糾弾しているということなので、レスキューに向かうべきとなる。

ちなみに、度合いでいくと、「やー」か「もー」だけならアセッてる程度。

「やーあっもーっほんっとにーい馬鹿っつらあ!」となるとこれはもう最のイッチャってる状態で、視線すら合わせてはいけない。これを聞くとその場の雰囲気が一気にドヨヨンと気が滅入る。

これとにたような言い回しでも「てめえ」が入ると意味合いが違う。

先輩が新入りなどに向かって言う「やーてめえ馬鹿っつら」は(おいちょと待て・なにやってんだお前は)という注意する際の掛け声みたいなもので、言葉そのもに意味はない。文字で表記すると違いが分かりづらいが、実際に使われる場所・物言いの違いではっきりと分かる。

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遠州弁に変換

映画のタイトルを遠州弁に変換すると。

「悪魔が来たりて笛を吹く」 ~ 悪魔ん来よって笛ん吹く

「それでもボクはやってない」 ~ ふんだってワシやっちゃいんにぃ・ふんだだこんこいてもわしやっちゃいんもん

「黄色い涙」 ~ 黄いない涙

「がんばっていきまっしょい」 ~ なんしょがんばらまい

「そして誰もいなくなった」 ~ そんで誰もいんくなった

「涙そうそう」 ~ 涙だあだあ

「僕の彼女を紹介します」 ~ わしん彼女紹介するでねー

「ダメジン」 ~ ダメじゃんジン

「男はつらいよ」 ~ 野郎はしんどいだにー

「それから」 ~ ほんで

「風と共に去りぬ」 ~ 風と共に去ったった

「招かれざる客」 ~ 呼びもしん客

「生きるべきか死すべきか」 ~ 生きたほーがええだか死んだほー

                     がええだか

「最も危険な遊戯」 ~ どがんこあぶなー遊戯

               いっちゃん危ない遊戯

「寝ずの番」 ~ 寝えせん番

「バカヤロー私怒ってます」 ~ 馬鹿っ面わし怒ってるだでねー

「ツヨシしっかりしなさい」(?) ~ ツヨシちゃんとしんとかんにー

「図鑑に載ってない虫」 ~ 図鑑にゃ載っちゃいん虫

「そのときは彼によろしく」 ~ そんときゃあ彼んよろしゅうな

「太陽がいっぱい」 ~ 太陽がたんと

「ダイハード」 ~ どえらい

「俺たちに明日はない」 ~ うちらにゃ、あさあなあ

「連合艦隊」 ~ いっしょくたあ艦隊

「お気にめすまま」 ~ 好きにせろやー

「いま会いにゆきます」 ~ ちゃっと会いいくでねー

まだまだ続く。しょっちゅう追加せるでねー。気が向いたら。

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*ほかす・ほっぽらかす・うっちゃる

ほかす、ほっぽらかす、どける、うっちゃる、かたす、は人それぞれ微妙に意味合いが異なっていて正直無法地帯。

なのでおおまかな共通語約になるので悪しからず。

「ほかす」・「ほっぽらかす」(放置する・途中で投げる・放り投げる)

「あれえまたあの子わーおもちゃほかいてどこ行きくさっただー。」

(もーあの子は、おもちゃ置きっぱなしにしてどこ行っちゃったのよー。)

「まだそんなこんやってるだか。そんなんほっぽらかいときゃええだ。先んこれやれ。」

(まだやっているのか、もう後回しにして先にこれをやりなさい。)

「うっちゃる」が特に判断が難しい。

「ごみうっちゃっといて。」(ごみ捨てといて。)ごみなら取っとく筈もないので捨てるという意味でいいのだが、

「それ、そっちにうっちゃっといて。」となると、捨てるのかとりあえずそこに置いといてなのか判断が難しい。

「あんたなにしてるよー、そんなのうっちゃっといてはやく行かんと間に合わなんくなるにいー。」

(あんたなにしてんの、そんなの後にして直ぐ行かないと間に合わなくなるでしょう。)若しくは(・・そんなの止めて・・)となる。つまり後回しにしろなのか、もう止めろなのか、どっちにも解釈できてしまう。これが「・・ほかいてはやく行かと・・」であれば後回しと限定できるのであるが命令・指導的になる。ある意味命令というよりも判断はお前に任すという、どうでもいいけど的なニュアンスの際に使われるから曖昧なのかもしれないが定かではない。

「かたす・どける」(片付ける・整理して見映えを整える)どけるは共通語ではあるが、「よける」と同じで少し使い方が独特なのであえて。

「あんたねー、そこいら辺ちゃっとかたしとかんとはあじきに人ん来ちゃうにー。」

(ほらほら、もうじきお見えになるから、そこいら辺直ぐに片付けなさい。)

「もーあの子わあ、おもちゃかたしもしんでどこ行っちゃったよー。」

(もうあの子は、おもちゃ片付けもしないでどこに行ったのよー。)

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*おっとさ・おっかさ・むっすー・こんぞー

じじばば・おっとさ・おっかさ・むっすー・こんぞー・がきんちょ・舎っ弟・あんねー・ねえさ・あんにー・あにさ・よめさ・じいさ・ばあさ

家族をさして言う言葉。

「じじばば」は子が歳くった親をさして言う言葉。「じいじ・ばあば」だと孫目線となる。「じじばば」でひとつなので、「じじ」や「ばば」と分けては使わない。分けるときは「じいさ・ばあさ」となる。

「あそこんとこのじいさ、はあええ歳だにがんこ元気。」

(あの家のおじいちゃん、もう随分な歳なのにもの凄く元気。)

「じじばばどっちも元気だもんで楽でホント助かるよー。」

(両親ともに息災で手間が掛からないので助かっている。」

「おっとさ・おっかさ」は共通語に直訳すると(父・母)だが、使い方が幅広く、必ずしも父母ではない。「おっとさ」には「おとっさ」と言う言い方もあり、(お父さん)と(オヤジ・おっさん)的な使い分けをするのだが、個人差があって一概に「おとっさ」(お父さん)・「おっとさ」(オヤジ)と決め付けはできない。

「おっかさ」には「おかっさ」という言い方はなく(お母さん)だろうが(ババア)だろうが全て「おっかさ」となる。又、商店等で店を仕切ってる女(未婚でも使用)に常連さんが愛着をこめて「おっかさ」を使う場合もある。

「あそこのおとっさ帰りん遅くてしょんないっつっておっかさ泣いとった。」

    (あの家の旦那さんいつも帰りが遅くて困るって奥さんこぼしてた。)

「むっすー」(息子・稀に娘)、「こんぞー」(小僧)、「がきんちょ」(子供)

「むっすー」は自分の子供に対して使う場合が多い。

「やー、いつもうちんとこのがきんちょら世話んなっててすまんの。」

    (本当にいつもうちの子達が世話になっていて申し訳ありません。)

「うちんとこのむっすー誰に似ただか知らんがあほで困るだよ。」

    (息子はだれに似たのか知らないけれど、あほで参っちゃうよ。)

「舎っ弟」は(弟)です。他の地域ではやくざ屋さん用語のようですが、浜松は普通に使います。

「あんねー・ねえさ」は(姉)、「あんにー・にいさ」は(兄)、「よめさ」は(お嫁さん)

「あんねー、あんねーんとこ余っちゃいん?余ってたらちっとくりょー。」

    (あのさー、姉貴のとこ余ってない?余ってたら少し頂戴よ。)

「余ってすかあ。にいさんとこの嫁さあだったら持ってるかもしれに。」

    (余ってる訳ないじゃないの。兄貴の所のお嫁さんだったら持ってるかもしれないけどね。)

「ほうけえ、ほいじゃ行ってみすかの。」

    (あそう、それじゃあ行ってみよかな。)

「そうしない。」(そうしなよ)

基本ほとんどが野郎言葉なので、あまり女性が使う言葉ではない。

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えらいさんを出せ

「偉い奴と代われ!」

苦情の際の決め言葉。これは、ぺーぺーと話してもラチあかんから、上の奴と話をするという事で、組織と言うものを理解しているからこその物言いである。言う本人も組織の中の人間か若しくは、苦情慣れしているかである。

ところが、最近では、特に若い世代はこの物言いをしない。対応者にひたすら用件をぶつけ解決策を要求するのである。以前からもこの手合いは存在したのだが、「おばさん」と呼ばれる人達で組織というものを経験したことのない人の手法である。しかし若い世代は、男女の区別なくこの手法を使う者が非常に目立つようになった。それに加えてすぐキレルという付加価値までつけて。

理由をつらつら考えるに、会社・工場の組織に入った経験のない、組織に頼らず生きている人間が増えたからではないだろうか。だから窓口や電話で対応する組織の中の末端者に苦情を突きつけても、何の解決にもならないという事を知らないのではないか。

別の観点では、会社そのものが組織として何かを成す姿勢から個人、つまり個人の能力の裁量で業績を上げるシステムに移行しているのか。そういうことが当然と思っている人からみれば旧態依然に思えて納得がいかないのであろうか。しかし、ハケン・パート化が進む現状を考えればぺーぺーどころか、腰掛感覚のバイトに「なんとかしろ!」と言ってなんとかなる筈もなかろうに。

いずれにせよこれらの人達が、自らの力で生きているなら時代が変わったで済む話だが、親や周りのすねかじって生きているなら腹が立つ。

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外国人

浜松は外国人が多く住む町です。その理由は工場で働く人を必要としているからです。私は外国の方にはお友達も知人もいないのですが、お客さんの対応者として外国の方と接する事が以前勤めていた先であったのでその経験を踏まえて印象を述べたいと思います。あくまで思ったままなので、悪口と解釈されたら辛いです。

その多くは、ブラジル・ペルーからの日系の人です。集団就職で都にやってくる様な感覚でしょうか、家に仕送りしていつかは国に帰る想いでやって来られる。基本陽気で日本語が話せなくても窓口にきてなとかしようとしたり電話してきたりするケセラセラな人が多い。会話が上手く出来ない分時間がかかり面倒ではあるけれど、だからといって怒ったりはせずひたすら待ってくれたり「ごめんなさい」といえば理解してくれる、おとなしい人が多い。勿論そういう自己表現が出来ない分のストレスは私達より遥かにある訳で、それが噴出した時には、ブラジル人同士の時は人が変わったように饒舌になったり、悪い方では殺人や強盗といった形として現れてしまうのでしょうが、個人的にはほとんどの人が勤勉で独自のコミュニティに籠もることもないので悪い印象は持っていません。

欧米とくにアメリカの方は正直苦手です。窓口や電話で何かあると「WHY?]と直ぐディベートに持ち込もうとしてくるからです。そんな話しを末端の職員に言ってどうしろっちゅうんじゃといつも思ってしまいます。陽気と言っても自分のペースの範囲内ならという条件で、そうじゃない時は敵と味方に直ぐ分けられてしまいます。まあまあいいじゃないですかという中間色を好む私達には歩み寄りという思想が感じられない彼らは苦手です。

フィリッピンの方は香水がきつい方が多いです。大分以前に岐阜の繁華街で飲み屋さんを経営されてる方に聞いた話なんですが、あちらの方の体臭は日本人とは異なっていて、接客上それを打ち消す為に男問わず香水を多用されるんだそうです。それを聞いてからあまり気にはならなくなりましたが食事の席ではちと厳しいです。人間的にはホント普通の人と言う感じで特に印象はありません。

中国の方は独特です。コミュニティの結束力は凄いです。あるときサースのシステムが変更になった時それを一人の方に説明したんですが日から中国の方皆新システムに対応してこられたのをみてそのネットワークの凄さを実感しました。後、絶対に自分の非を認めないのも中国の方の信念でしょうか。具体例をあげれば判りはいいんですが、芝居じみたわかっちゃいるけど認めないといったシャレにならない話ばかりなので控えさせてください。話しは違うのですが、ある時テーマパークに遊びに行った時、平気で割り込んで来る集団があって、「大阪のおばちゃん」かと思ったら、中国語でした。

ネパール・タイの人は穏やかな人が多いです。イメージとしては、お坊さんと話してるような感じです。仕事で来たというより、留学・研修という目的で来られたエリートの方が多いからでしょうか、なにかほんわかした感じです。

いいも悪いも外国の方を見ていると、日本人ってどういう人間なんだろと教えて貰っているような気がします。でも東海地震が来た時、はたして神戸や新潟のように毅然とみんなで寄り添って対応できるか不安感覚が打ち消せないのも事実です。

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お誕生日おめでとうございます

6月3日「長澤まさみ」様、誕生日そして二十歳おめでとうございます。

これからは、お酒を飲んだ翌日の顔のむくみという新たな試練との闘いが始まる訳で・・・・・・とシャレになんない冗談はさておき

もう社会人になっていれば、二十歳になる事自体がそんなに大きな変化となる訳はないんですが、まあ、勝手なリクエストということで。

役者としては、いよいよジュニアの部から一般の部へとステップアップされますね。「長澤まさみ」の武器はなんでしょう。都会者でも芸能人っぽくでもない身近な印象で、皆が「私も・・」と思わせる親近感でしょうか。

なにもない、なにもないからひたすらがんばるというのも大きな武器ではありますが、全力の攻撃的な押し出しばかりでなく受け手のお芝居も出来る幅の広さをせて頂きたいものです。

注目を集める芸能人としての要望は、これだけ、皆から「長澤まさみ」のようになりたいと目標にと思われてるならば、その影響力を過小評価せず、その範となるよう、公人として、礼節を知る公私の区別ができる人になって頂きたいものです。若い世代のタメ口を聞くと、「ここは米国か?」と言いたくなります。敬語と言う日本文化の美を守る意味でも、公の場では相手を敬う態度でいて欲しいと願います。公で美しい日語を、私(ラジオ等)で普段使いの言葉と使い分けをしてもそれは人のマナあって、「自分らしくない」・「裏表のある」人間に見られるではないですし、親しみを表現するのに普段使いの言葉しか方法がないのでは芸がなさ過ぎます。ぜひ美しい日本語の使い手になって欲しいものです。

って「二十歳になったばっかの人に期待ばっかかけてどうせるよー。」

っつーこんだいねー。ま、とにかく心身ともに息災で、エエ映画観して貰ってそん中で魅してくれりゃあ有り難いだよほんとに。

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