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*ま、しょんねえの

「ま、しょんねえの」

直訳すれば「まあ、仕方がない・しょうがない」となるが、使い方が独特かもしれない。あきらめる・引き下がるという後退するイメージよりも、前向きに、「だめだこりゃ次いってみよう。」・「大事の前の小事」的な使い方をする場合がある。

「はいはい止め止め・ここまでだな・次の手を打つか・方向修正しよう・これ以上は無理だな・まあここまでよくやった・多少のトラブルは目をつぶる」など、現状を打開しなければならなくなった時などで、現状を把握し次に打つき手があって自信とか確信がある場合に使われる。

後退的な場合は「うっそー信じれん。やいやいまいっちゃうやー。どうすりゃええだ。」や「ほんとかよーやんなっちゃうやー。どうすりゃええだ。」などのように「どうすりゃええだ。」(現状が把握できず尚且つ解決案がない)であろうか。

又は、「しょんないやー。」・「しょんないかあ。」があるが、これは、現状を把握していて、一歩下がって最善ではないが次の手が漠然とあるような時に使う。前向きと後ろ向きの中間的であろうか。

「しょんねえ」はぺーぺーがいうと言い訳に聞こえるが、アタマの人がいうと、最終決定・結論みたいなものだから、作業していてうまくいか時などで、「しょんねえの」と言われた後にまだ同じ作業を続行してるとなると、「俺の言うこと聞けねえのか。」となるので、続けたい場合には「そういわすと、もうちっとやらまい。」と一息いれてからでないと、人間関係にひびが入る。

誰かに相談された時の相槌として、使う場合

「成程なーどうすりゃええだいねー。」(そうかあどうしたらいいんだろうねえ。)と一緒に悩む。

「おおそけえ、そりゃあしょんないなあ。」(そうだよねしょがないよね)と気持ちはわかる。

「おお、ま、そりゃあしょんねえの。」(くよくよするなよ最善つくしたんだから)と激励。

のようなニュアンスになる。

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もう帰るの

前の日から今日を頭に浮かべる、それだけで幸せな気分になれる。いつもは苦手な朝もすっきりと目覚め、些細なことでも気がかりで決められない今日着ていく服。結局慌ただしくなってしまう「行って来ます」。

待ち合わせでお互いが出会った瞬間から時はその流れを変えてゆく。二人でいることが楽しい。お互いがそう思える二人である。

そして楽しい時間があっという間に過ぎ、時の魔法が先に解けた彼が未来への気遣いから彼女にも魔法が解ける時間だと告げる。

「じゃあね。」

彼女は時を惜しむ想いで別れを惜しんでこう囁くのである。

「はあ帰るだか?」

色気もへったくれもあったもんじゃない。遠州弁なんてこんなもんさね。

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アドレナリンドライブ

1999年作品矢口史靖監督の劇場公開3作目です。DVDで観ました。

出演は、石田ひかりさん・安藤政信さん・ジョビジョバ・角替和枝さん・真野きりなさん・徳井優さん・上田耕一さん・松重豊さんと記載されていますが、他にも田中要次さん・猫田直さん等矢口作品の常連さんも出ておられます。

お話しは、あることがきっかけで、大金を手にした主人公(石田さんと安藤さん)達が、松重さん扮するターミネーターかお前は!って感じの、おっかないその道の筋の方や、ジョビジョバ扮するチンピラ屋さんから大金を守って逃げ延びることが出来るかというストーリーです。

「スピード感溢れる」と謳ってありますがテンポがいいのではないでしょうか。サクサク進みます。ストーリーもちゃっちゃと進みます(イベント盛り沢山です)。二人の運命もとっとと進みます(石田さんは運動神経抜群です)。松重さんもだあだあに進みます(ちゃんと車を返すいい人です。身近にいて欲しくないど)。ジョビジョバだけうろうろしてます(走シーンはかっこいいけど)。

そもそも大金の出所が怪しい所からのものなので、他人様からの拝借たものではありますが、銀行強盗や脅迫といった犯罪を犯して得たもではないので、倫理的に心が痛むものではないので、追っかけっこはていて爽快です。特に松重さんが効いてます。登場シーンからして静にリアルに強烈です(でも不死身かお前は!って感じです)。その後追跡も迫力と説得力があります。

石田さんの変身シーンもいいです。見た目だけでなく内面までもスカッと切り替わるのですが、女性は皆心にライダーベルトを持っているというメッセージなのでしょうか。

安藤さんは変身しません。最初から最後まで変わりません。野郎はやはりそうそう変われるものではないというメッセージでしょうか。でも冷静で優しくてこういうキャラの人は好感が持てます。確かにモテそうです。

111分の中でオープニングの店長とのドライブのシーンがちょっと長いと感じたのと、これって何日間の話なんだ?と言う疑問が湧いた点を除けば「恋愛暴走活劇」というサブタイトルの通り楽しく観れる作品です。

矢口作品の中では、至極全うなエンターテイメントですが、この後あの「ウォーターボーイズ」が発表されたことによって、矢口作品=青春というイメージが一般的に知れ渡り固定化され、「アドレナリンドライブ」は結果異色な作品となってしまっていると思うんですが、こういうのもあるんだぞという次回作を期待するというか、若者しか描かんというイメージを払拭して、そんなのアリの世界を魅せて欲しいです。

蛇足ですが、オーディオコメンタリーはおもしろいです。

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*なによー・なにがよー

「ほい、あんた、あれよー、なによー、あのー、例の奴、どうしただ?」

「どうしたって、なにがよー。」

「ほれ、なによ、こないだ買ってやったカップ。」

「それが、なによー」

「はあ使っただ?」

「使おうと思っただけどさあ、別になに用もないもんで使っちゃいんよ。」

「駄目じゃん使わにゃあ。」

「なんでよー」

「もったないらー、せっかく買ってきただで使わんと。」

「ま、そのうちね。」

「あんたねー、人がせっかく親切にしてやってるだで、ちゃんとゆうこと聞きなさいよ。」

「なによーそんな言い方しんだっていいじゃん。」

「なんでよー、あんたがぞんざいだもんでじゃん。物大切にしんと罰ん当たるだでねー。」

「いいもん別に。とんじゃかないもん。」

「あーあ、こんなこんなら橋の下から拾ってこなきゃよかった。」

「なにそれ。」

この文章から、二人の関係性、性別、その後の展開が想像できたら立派な遠州弁の使い手である。(ちと古い言い回しだけどね。)

「なによー」・「なにがよー」は幅広い使われ方で、辞書みたく意味とか用途の説明は明確にしにくい。言葉自体は共通語だと思われるが、使う場所とニュアンスは共通語と微妙に違うと思うが説明する知恵がない。羅列すると、どうして?・どういうこと?・どうかしたの?・なにか問題でも?・なに言ってるのよ・思い出せないけどあれだよ・ちょっと待ちなさいよ・それがどうしたよ・だってそうでしょ、みたいな感じでしょうか。

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臭うな(におうな)

最近TVのバラエティ番組とかを見てると、鼻で嗅ごうとすると「臭うな」とか「臭っちゃ駄目」と言う。

私らにはピンと来ない表現である。ふつう「嗅ぐな」・「嗅いじゃかん」だろうに。

ええだかこれで?あってるだか?一体全体何処のお国言葉なんだ?

それともなんだ、共通語はこのように統一されただか?

疑問に満ちた言葉である。「匂いを嗅ぐな」の短縮形なのだろうか。

なんか「におうな」って臭いものを嗅ぐイメージがして好きじゃない。

ふんと、よう分からん言葉やしー。

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*けつかる

当たり前だがケツを狩る訳ではない。訳すとなると「しやがる」が適当か。当然ぞんざいな言い回しということになる。怒った上での発言かというとそうでもなくびっくりという状況においても使われる。とは言え遠州独特という訳でもなく。まあ遠州でもよく使われるということで記載。もちろん仲間内身内の中で使われる表現であり、知らない人に向かって発すれば喧嘩売ってるととられても致し方ないものである。

共通語・「お前なあ、こんなとこで普通おならするか?」

男言葉・「やあおんしゃあ、なにょうこんなトコで、ヘップリこいてけつかるだ。」

女言葉・「もーなにやってるよー、信じれん、こんなとこで普通しんら。」

「おんしゃあ」(お前)は、浜北方面の言葉のような気がする。就職してから覚えた言葉だと思う。

「なにょう」は、「なにょうこくだ」(なにを言うか)。「何」と言う意味であるが「なにこくだ」(なに言うか)よりも柔らかめになるので、「何を」と表した方が分かりはいい。

「けつかる」は~しくさる・~しやがる・~しとんねんと同系か?共通語で「何やってるんだ」だと、「なにしてけつかる」となる。ただしあまりふだん使う言い回しではなく、「へっぷりこいてけつかるだ」は「屁ーこくだ」若しくは「屁ーこいとるだ」の方が最近は普段使いとなっている。

女言葉の「信じれん」は「アンビリーバボー・うそでしょ」的な物言いであるが家族友人に使う言葉で、彼氏等の気を使う人に対しては使用することはない。ちなみに「信じれん」は男も使うので女性専用言葉ではない。

そして女性は「へっぷり」とはまず言うことはない。

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リアリズムの宿

2004年公開作品。DVDで観ました。天才山下敦弘作品です。

邦画史上、鬼才・巨匠・異才の称号を持つ方は数多おられますが、天才の称号がつく方はそうはおられません。何故かは知らねど。

でも固有名詞「山下敦弘」は向井康介+山下敦弘ご両人の集合体にによって成り立ってるようです。勝手な判断ですが。

劇中起こる出来事はドラマなので、こんな出会いをふくめたリアリティは非現実的だと思いますが、刺激に慣れた人にとっては、たんたんと進む笑えるお話しと感じるのでしょう。でも原作はつげ義春さんなのでその世界の中でという条件つきです。万人が可笑しいと思えるのでしょうか少し疑問です。一応HP等では可笑しい映画となってるらしいです。

それでも私には自分が生きていて厭だなあと感じる居心地の悪さを体験している気分になってしまって、話しが進んでいくうちにどんどん何か消せない荷物が増えてくように重くなっていって、最後はホントとへとになります。疲れます。観る側も若さがないと駄目なんでしょうか。

初対面の人といきなり見知らぬ土地へ、しかも始めから覚悟してた訳じゃなく突然に。出会う人達との出会いも、交わる部分が外面(そとづら)だけなら心が傷まずに済むのに、生活しているというリアルな内面と接してしまうとひたすら異邦人であることを実感させられてしまう。自分の中に逃げ込みたいのに旅先にそんな場所はない。予想外・きまずい・居心地が悪いって感じですか、それでも最後の宿の布団の中で自分を整理するシーンがあったことは、唯一の救いでしょうか。

なんか自分にかぶる感情が多くて、しかもそれが自分が厭だと思う様な部分ばかりを攻めて来ます。笑い飛ばせません。

オーディオコメンタリーを聞くと、主人公に監督達が自らを重ね合わせいるようです。若いからこそ成立する想いが残る旅を主題として描いいるのだと理解できるのですが、私には痛いです。

「可笑しくて、ちょっぴり切ない青春ロードムービー」と謳ってあるけど、自嘲する程自分に余裕がないから笑えないし、どよよんと切ないんでこのコピーは嘘です。登山に例えて、馬鹿な奴らと笑って見れる事この山を制覇することだとしたら、私には何度挑戦しても頂上で辿り着けない山です。だったら登らなきゃいいじゃん、疲れるだけじゃんっ話しですが、それでも山下山に又挑戦したくなるのは、日焼けした皮をめくったり、かさぶたの中を見たくなるのと同じなんでしょう。

私はながら族なので、CD聞きながら画面だけ流して映画を見ることをよくやるんですが、無声映画としてみると作品によっては音がないと全然ついていけないものと、音が無くても思わず引き込まれると感じるものがあるんですが、この作品は、普通に映画を観てるのとあまり変わらない囲気が漂ってきます。

写真として表現力があるんでしょうね。お芝居もいいんでしょうね。

はたして私にこの映画が楽しいとおもえるときは来るのでしょうか。

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*だらだにだもんで

「言ってはいけない。」これを直すと、「いっちゃかん」になる。

しかしこれで終わりではない。だら・だに・だもんでの変形がたんとつくのである。以下はほんの一例。共通語訳も一例。色々あらーな。

いっちゃかんにー   ・たのむから言わないでよ

いっちゃかんだにー  ・言ってはいけないんだよー

いっちゃかんら     ・言っては駄目でしょう多分

いっちゃかんわー   ・それを言っちゃあお終いよ

いっちゃかんだわ   ・他言無用ということになっているんですよ

いっちゃかんけー   ・言っていい?・喋っちゃってもいい?

いっちゃかんだけー ・言っては駄目なの?

いっちゃかんか    ・あっそうか言っては駄目か

いっちゃかんだか   ・言っては拙かったのか

いっちゃかんもん   ・お願いだから言わないで

いっちゃかんもんで  ・言えないから

いっちゃかんだもん  ・言わないで欲しい

いっちゃかんだもんで・言っちゃあ駄目ってことだから

いっちゃかんだあ   ・あー?言うなって?なんだそれ

いっちゃかんが    ・言ってはいけないんだけれども・・・

いっちゃかんつー   ・言っては駄目という・・・

いっちゃかんたあ   ・言うなとは・・・

いっちゃかんでえの  ・禁句ってことになっているのだよ

いっちゃかんだでやー・上記とほぼ同じ名古屋寄りの言葉

いっちゃかんでー   ・たのむから言うなよ

(番外として)そういわすと ・そんなこと言わないで

単純に「言っちゃかん」だと命令口調のニュアンスも含まれるので素人は注意が必要である。

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ショートケイクス

長澤雅彦監督作品でHPでの公開作品とDVDに書いてありました。

撮影監督が篠田昇さんでびっくりしました。

お店が「せかちゅー」で見た店とそっくりでびっくりしました。

不思議少女を演じるのが、体育会系で物事を白黒抹茶小豆珈琲柚子桜つけないと気が済まない印象を持つ相武紗季さんでびっくりしました。

でも不思議な人が不思議少女を演じても当たり前というかそういう人なんだと納得してしまうので不思議に見えなくて、不思議じゃない人が不思議を演じるからこそ不思議に見えるというのは、作品を観て納得しました。

一歩間違えると、普通の人が何がしかの理由で心が病んだ結果不思議の世界に行ってしまった風にも見えてしまう所を、ちゃんと健全な不思議になっているのは、いいなと思いました。登場してくる人達も程度の差はあれ、不思議っぽい人達です。類は友を呼ぶのか、不思議ちゃん目線で見ると世界はこう見えてるのか。他人に迷惑の掛からない自己チューならば存在していても邪魔じゃないというか、自らの意思を持ちつつも誰にも束縛されず人の言うことを理解できる猫って感じの可愛らしさを感じます。愛すべきキャラクターです。

お話しは、全9話で構成されたショートムービーで本編43分。

内容については、人それぞれ好き嫌いがあるでしょうが、大きくなるにつれ忘れていく不思議な世界を大の大人しかも男である長澤監督が未だ持ってて、しかも「夜ピク」も作れる幅に感心します。最近だったら普通こういう方はアニメの方に進まれて映画の世界ではあまりお目に掛かれないか、芽が出ないのか、とにかく商品として私の様な弩素人の手元にくることは少ないので貴重です。

特典映像は57分と本編より長いのですが、撮影監督篠田昇さんに興味がある人にとっては、本編よりも見ごたえがあることでしょう。

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ラブレター

1981年東陽一監督作品。

勿論、うさぎ(関根恵子さん)目当てでした。私男なんで、はい。

でも、うさぎさんだけでなく映画全体が綺麗でした。

こういう清楚な雰囲気漂う方が18禁の作品に出られる事自体不思議です。ロマンポルノというジャンルからいって女性客を視野に入れて作られたとは思えないのに、実際女性客も大層動員したそうな。映画館は観てないので、想像になりますが、男の衆らはさぞかし入りづらかったことと推察いたします。まるで高速道路のインターで、イレ休憩で来た女性団体の衆らが時間が無いからと、集団で恥も外聞もなく男子トイレに押し寄せるようなものでしょうか。

で、作品の印象なんですが、文学の匂い漂う作品ですトシ兄ちゃんが詩人だからという訳ではなく、全ての登場人物に対して、小説を読んでるような距離感を感じます。

感情移入してしまうほど近くはなく、赤の他人的な縁のない距離程でもなく。何を考えているのかは分からないけど、何を想っているのかは読み取れる、そんな距離感を感じます。

画全体の雰囲気が優しいというか柔らかいというかはんなりというか、最初嫌がらせをする隣の奥さん(加賀まりこさん)すらも暖かい目線を監督は送っているのでしょうか。出てくる人全てを肯定されてるように観えます。正々堂々とした誰もが認める悪人なんて現実に周りにはいなくて普通の人が結果として見える角度によって悪になってしまうのでしょうね多分。

お話しの流れは、見てる側がこうなるんじゃないかと思うとおりに進んで行きます。快楽と幸福は一生の想いとして持ち続けられないのでしょか。こういう世界はやはり現在だけに意義を見出す物で、未来なぞ在し刹那的な世界なのでしょうね。エンディングの言葉が暗示的です。

関根恵子さんは勿論ですが中村嘉つ雄(字が無くてすいません)さんが凄くいいです。石を投げれば清純派に当たるという今のご時勢。

男と雄・女性と雌を共に表現出来てしかも魅せる事が出来る役者さんが待ち遠しいです。

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*とんじゃかない

個人的な勝手な憶測であるが、「頓着しない」(無頓着)が「とんちゃくはない」→「とんちゃくぁない」→「どんじゃかない」へと変形したのではないかと想像している。「とんじゃくない」と言う方も存在するのはそのためか。したがって正しく?書くと「とんぢゃかない」であるべきかもしれない。

気にしない・構わないという意味である。「おら知らね」との違いで比較すると自分の子供がはしゃいで家に帰ろうとしない時など、

「もお置いてくにい。迷子んなったって、しらんでねえ。」

訳・「もう先に帰るよ。迷子になっても知らないからね。」

「もお置いてくにい。迷子んなったって、とんじゃかないでねえ。」

訳・「もう先に帰るよ。あんたが迷子になって困っても私は気にせず帰るからね。」

「しらん」だと責任を負えない・放棄する的な意味合いで、「とんじゃかない」は~があろうとも~をするというような、意思を宣言する様な使い方になる。但しこんな親は普通いないのでこういう場面での使い方は滅多にない。

ミスにへこんでくよくよしてたり、何かに躊躇してる人に対して励ます時に、

「それっぱかのこん、とんじゃかないに。」

訳・「それぐらいのことで、くよくよする(気にする)事はない。」

しかしながら他人に対して非難する意味で使うことはほとんどなく。

「あいつはとんじゃかない奴だ。」

訳・「あいつは無神経な奴だ。」

といった風には、使わない。もちろんやってやれないことはないので

「あいつぁとんじゃかしん奴だでかまわすけえ」

とかいう文を作って作れないことはないのだが普段はこういう言い方はしないような気がする。

どちらかというと自分の心境を告げる時に使うことが多く

「それっぱかのこん、わし、とんじゃかないでねえ。」

訳・「それぐらいの事で自分はめげない(気にしない・構わない)からね。」

相手への思い遣り的な「いえいえお気遣い無く。」のような使い方の場合は

「それっぱかのこん、わしに気い使わんでよホントに。」

とかで「とんじゃかない」は使わないのでやはり基本は自分用の表現だと思う。

なので謙遜(?)・遠慮的な使い方ではなく、自分の事で使う場合、くよくよしないとかの過去の現象に対して使うことよりも、、現在進行形の事柄への、障害や些細な事を無視又は放置してでも目的を達成するぞと宣言するような使い方が一般的であろう。同じ使い方の言葉で「かまわすけえ」というものもある。

「とんじゃかない」の反対語が「とんじゃかある」っつーかというと、そんだだもんはない。

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