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感謝のことばがない?

普段使いの言葉で感謝を伝える言葉ってなんだろうと考えると遠州弁の中で思い当たる物が見つからない。本来が仲間内言葉でタメ口が基本だもんで、「皆まで言うな言わんでも分かる」的ではあって「ありがとねー」か「ホント助かったやー」が普通だけど、改まって言う言葉となると何も思いつかない。じゃそんだけ殺伐としたものかと言うと内にいてそうは感じない。

「どうしたでー?」

「クレーム、クレーム処理いくだよ今から。」

「そりゃ大変だの」

「まあでも○○で仕事しとったときよりゃあ、こっちは楽でえ」

「ほうけえ」

「あっちゃあきついでの。それにくらべりゃあこっちの衆は、きちっと謝りゃ許いてくれるもん。ちったあましでえ。」

具体的な地名をかくとそこだけみたく聞こえるもんで、○○にしたけ浜松の衆は今後どうするか等の再発防止が納得してくれりゃあ済事をねちねち言わないほうらしい。

これが、あのよー何々でかん葉を使う地域だと、起こった事に怒る、つまりどう責任とりゃーす言うにも重点がおかれるらしい。(あくまで遠州以外としての一例です。その地域が特別と言ってる訳ではありません。)

「どうしてくれる?」はこのミスをどうカバーして通常に戻してくれる?

の説明から今後の対応を言えと遠州の衆は解釈するのだが、他地域の「どうしてくれる?」は、どうしてそうなったのかから始まる、去・現状・今後まで含まれるらしい。

遠州はやらまいか精神っつーのがあるらしいが、うだうだこくよりとりあえずやる、やりがつら考えるということは確かにある。その考えを支える為には、ゆうだけで何も動かん奴を軽蔑し、動いて失敗した奴を認める風土が必要なのである。

だもんで済んだ事をねちねち責める事は後回しにするのかもしれない。こけることも多いから変に傷持つ衆ばっかだんでお互い様と思ってて、深くミスに対してクレームをつけない人種なだろうか。会話の中によくでる言葉で「馬鹿こいた」(失敗した)・「そりゃそりゃあ御苦労さんだったの」(おつかれさん、でもよくやった)・「やらんよりゃまし」「何もしんよりゃええら」(何もしないよりはるかにいい)があるのはそういう事だろう。

お互い様意識が強いから、あえてかしこまった感謝の言葉日常会話の中にないのだろうか。あくまで想像ですけど。

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スペーストラベラーズ

2000年作品です。監督は本広克行さん。原作は「ジョビジョバ大ピンチ」。出演陣は豪華です。敬称略とさせて頂きますが、金城武・深津絵里・安藤政信・池内博之・濱田雅功・渡辺謙・筧利夫・鈴木砂羽・甲本雅裕・武野功雄・中山仁・ガッツ石松・大杉漣・他他も凄いですが、ジャケットに記載されている順番通りに載せました。

お話しは閉鎖された空間の中で時間と共に変化していく登場人物達の心理劇と申しましょうか、シンプルではあるのでしょうが、登場人物が多くしかもそれぞれ重要だったりする訳でそれぞれの人間関係の化を頭の中で整理し続けていないと、ついて行けないので私のよう天気に漠然とみたい人間には厳しいっす。「主役はだれ?どの人を追っかけてればいいの?」って感じですか。

本広監督お約束のヘリからの空撮、SATのロープをつたっての突入、画面の奥で訳のわからん動きをするエキストラ(?)等の本広節はここでも観られます。

邪道的な楽しみとしては、筧さんと砂羽さん共に浜松拠り出でし役者さん。だで、遠州弁ポロッと出んかなあとか期待してみたり(出てないです)、星野亜紀さんが出てらして容姿が今とあんまし変わんないなあと感心したり。深津絵里さん可愛いなあと思ったり(邪道じゃないか)。

メイキングの中で、撮影の合間に深津さんがスポーツ用品ショップを背伸びしながらガラス越しに覗いていた所をカメラが追っていた事に気づいてあらやだ。」となるとこが、可愛いです。深津さんは幾つになってもずっと可愛く映る人なんだなあと確信しました。こうなったらもう、突き抜けて原ひさこさんの領域まで達して末永く可愛い人を演じて欲しいものです。あくまでお芝居の中の話ですけど。

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チェケラッチョ

沖縄のウォーターボーイズならぬラッパーボーイズが、、いい意味で見ていて苦痛を感ぜずに明るく七難八苦を乗り越えて、成果が実ると言うお話しです。ヒロインの井上真央さんがいい味出てます。でもこの作品はなんといっても主役でしょう。

市原隼人さんの作品です。監督さんがどなたであろうが、ストーリーのジャンルがなんであろうが、設定が田舎だろうが都会だろうが、市原隼人さんを観る作品です。この人の作品全体を引っ張るパワーは凄いと思います。他の役者さんをも巻き込む強力さを感じます。

比較しては大変申し訳ないのですが、「ウォーターボーイズ2005夏」と見比べるとよく判るような気がします。同じ三人組の野郎のお話しで、しかも、平っちと柄本佑さんが両方の作品に出ておられます。三人が横並びに思えるWBと、市原隼人さんが中心点となって回る世界との違いが判り易いです。勿論、演出意図等が違うのだから、比較対象すること自体愚かな事だと自覚はしてるのですけどね。

市原隼人さんが演じておられるのは多少の幅はあるにせよ、どの作も等身大なので演者というよりも、市原さん本人を見ている錯覚を感てしまいます。口から発せられる言葉も作りものの台詞という気がしません。大げさに見えるアクションも若気の至りで、年齢的に今はそういう時期で、年齢と共に変化していくんだと解釈すれば大丈夫です。うそがない分、計算しない風に感じさせるお芝居ですから実年齢とかけ離れた役は難しいのでしょうか。でも頭で作り込んだ役のお芝居よりも自身の感性で自然発生するようなお芝居を期待してしまいます。自身とリンクしない役でも挑戦して引き出しを多くするするというよりも、自身の年齢と変化の過程で、役と自分がリンクする作品かどうかを大切にするタイプだと思うんですが、どうなんでしょう。

肝の太い「漢」的な往年の大スターと呼ばれた方々とは明らかに異なる、繊細な感じに見える人ですが、間違いなく、主役をはれるというか助演なぞやったら主役を喰っちゃうと思うので、主役じゃないとまずいんじゃないでしょうか。

長い目で年齢と共に変化していく様を見てみたいです。

ただこの作品も、WB(TV)や虹の・・でも女子に好意を寄せられるが気づかないと言う役どころなんですが、私には「知っているのに知らん振り」にしか見えないので、正直鈍い男は似合ってないような気がします。

個性派と呼ばれていつも同じキャラという檻の中に閉じ込められてしまうのはもったいないので、表現幅の広い役者さんになって欲しいです。

いつか角がとれて丸くなったらどういうお芝居をされるのか見てみたいです。世の中を斜に構える芸術家や周囲に合わせられなくて屈折している野生児みたいな方は色んな映画で観させて貰ってますのでそういう進行方向だと役者さんとして生存競争激しいと思うので、今進んでるまっ正直とゆうか生き様が曲がってなく、しかも絵として鑑賞できる方はそうはいないと思うので、ライバルのいない無人の荒野を行って欲しいですよね。まあ理由が色々あるからこそ無人で、棲息するには大変環境なんでしょうけど。

私が映画を観る観ない基準は、監督と役者さんで、ストーリーは気にしません。なので、「市原隼人」出演、じゃあ観に行こうかと思わせる役者さんになって欲しいです。今のところ女性ばかりで男性の、要チェックラッチョの役者さんが

いんもんでねー。

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*ちょっきり・ちょん

「これ下さい。」と一万円を出す。

「はいおつりは無し、ちょっきり一万円。」

「なにゆうよー、値札と違うじゃん。」

「そうだっけか?」

「ふんとにもー、ちゃんとしてやー、9800円だら?」

「あれホントだ。いやだやー、ほんとにもー、目がちょんになっちゃって困るやー。」

「だで、200円おつりはやく頂戴。」

以上女性言葉。男性言葉にすると

「これくりょー。」と一万円を出す。

「ほい、ちょっきり一万両。」

「やー、おとっさ、なに寝言こいてるだ。値札ちゃんと見て物言ってるだか?」

「おー?」

「やあ、もうちゃんとせろやあ。9800円だろうが。」

「おおーそうでえ、わりいの!なんしょ目がちょんだもんでねえ。」

「ちゃっちゃと釣り200円くりょ。」

特に説明しんでも「ちょっきり」の意味は判ると思うが一応

「ちょうど」と言う意味。

「ちょん」とは、意味使いが2種類ある。ひとつは目が悪くなったと言う意味で、目以外には使われない。、もうひとつはおしまいにするという意。お芝居の幕の際に打たれる拍子木から生まれた言い回しらしい。

男性言葉と女性言葉はイントネーションが違うが文章で説明のしようがない。

超余談だが、駿河の「ちゃっきり」とは全然別物、「ちゃっきり」は遠州では使われない。

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UDON

観たらうどんが食べたくなるというキャッチコピーに偽り無しという感想です。

で、本編は置いといて、メイキングが面白かったので以下はその話になります。メイキングの中で佐々木蔵之介さん演じる万年助教授が講義をするシーン。その撮影風景がお気に入りです。演壇で講義をし終わってカットの声が掛かった後、受講者役をしていたエキストラの人達が、無闇に声を出してはまずいと判ってはいても、おもわず「おおー」と声が出てしまう歓声が静かに広がるのですが、「芝居で人が感動する瞬間を僕は初めて見てしまった。」とハチクロっぽく言いたくなりました。

そんなシーンですが、映画の中のシーンで観ると、割と普通のリンクネタになってるのですから、直接観る芝居とフィルムを通した後に観る芝居の違いが想像できる訳です。映画は映画できっちり感動できる芝居と言うものがあるんですから、もしかしたら映画と舞台の芝居は別物なのでしょうか。舞台も映画もTVもCMもと、全てこなせるオールラウンドプレーヤーが最強なんでしょうが、そうそう沢山は居られないでしょう。

浜松に住んでいる限り、映画しか普段、鑑賞の選択肢がない私にとって、映画一本で道を極めようとされる役者さんを一番大切だと思うのは言うまでもありません。(劇団たんぽぽさんごめんなさい)

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サマータイムマシン・ブルース

「UDON」をまだ見てない方には先にこの作品を観ることをお勧めしたいです。この作品をより良くと言う事でなく「UDON」をより楽しむ為に。

映画館に観に行ったら前日で終了。でせめてパンフだけでもと思ったんですが、やっぱ売ってませんでした。なのでDVDになるのが待ち遠しかった作品でした。

ストーリーは良く出来てます。最近観た中では、「運命じゃない人」と並いい脚本だと思ってます。辻褄合わせ的な感じもしなかったし、最後は想像出来るとしてもそこまでどうやって話しが進んでいくんだろうという面白さも感じました。

展開が早くて緻密なのと、伏線が一杯あって、ストーリーを追う事を最優にして見るべき作品でした。TVサイズだとほっといてもストーリーを追う見方になるので結果として家でみてよかったです。映画館のあのサイズでもし観てたら、ストーリー以外に描かれている世界の空気感とか、役者さんの演技、ましてや本広監督ですから、色んなリンクとかギャグがあるかもとシーンをじっくり見てしまうと、私の頭脳では話しについていけいけなかったかもしれません。

まあそうはいっても救済処置は行き届いているので、「あー分からんくなった。ついていけん」って途中でちゃぶ台ひっくり返す事はないですけどね。見直す度に、ああ成程と思えるところが見えてきて発見好きな人には堪らないでしょうが、決してスルメ映画ではありませんので、噛んでも噛んでも味がでてくることはないでしょう多分。

話しの内容は、ある夏の大学生達の馬鹿騒ぎの日々なのですから。しかし、よくこんなこと思いつくよなとホント思います。しかも元は舞台のと言う事で、情景転換とかどうやって舞台で見せるんだろうと不思議でなりませ

。監督は、舞台のお芝居劇とのコラボを、この作品を始めの一歩として、続けて発表して行きたいみたいなコメントを言われたような記憶があるのですが、果たして第二第三のコラボ作品は実現するのでしょうか。

そうそう忘れてました。「スペーストラベラーズ」でもうやられてrましたね。本広督どうやら本気のようで、今後もヒットメイクと二束のわらじを履かれるようですね。それとも、コラボもヒットメイクの鉱脈のひとつなんでしょうか。

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今日も元気だたばこがうまい

「今日も元気だたばこがうまい」

意味

まんまですが、今からみたら、「体を害してでも税金ようけ払え!」という命令文にしか読めないと言う、不思議な呪文のことば。

若しくは、たばこを吸いたいと思う内はまだ大丈夫ということ。風邪なぞひいて本当にしんどいと煙草吸いたいとは思わないから、一種の健康バロメーターでもあるというお話し。

元々は、たばこ専売公社の煙草販売促進のキャッチフレーズとして作られた言葉のようです。

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*はいねっ

「ほい、それかたいといて。」

「まるさらけ。」

「そうだよお。」

「いっぺんにけ?」

「あたりまえじゃん、わけてどうせるよ?使えんくなるら。」

「だって弩重そうじゃん。自分持ちいんもんで人にたのむだらあ。」

「馬鹿いっちゃかんて、これっぱかでひゃあひゃあこいてちゃかんに。ちゃっちゃとしてやー」

「はいねっ」

共通語訳

「ねえ、それ片付けて。」

「全部?。」

「そうだよ。」

「一遍に?。」

「当たり前でしょう、分けたら使い物にならなくなるでしょ。」

「だって凄く重そうじゃないの。持ちたくないので私に押し付ける気でしょ。」

「何いってるの、そんなに重くないんだから、早くしなさい。」

「はいはい。」

押し問答のあげくに了承する、まあ「渋々」という意思を含んだ了承という感じ。

神久呂の知人は、この「はいね」を元気良くゆうので、「イエッサー」とか「まかしょー」みたいに聞こえるもんで、集落によって違うのかもしんない。

因みに私のは、東小・八中の学区内で使われてたのが原語です。

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*ぞんざい

数多の遠州弁紹介サイトやブログ等で遠州弁と謳われているけれど、私は「ぞんざい」は共通語だと信じてるんですが、一応記事にしときます。ぶっきらぼうとか横柄とか粗末にとかいい加減とか丁寧じゃないとかいう意味。わがままと表わされてる所も有るみたいだけどうちらの集落ではそんな感じでは使われていない。

「わがままだもんでかんだよ」(わがままだからいけないんだ)というのを

「ぞんざいだもんでかんだよ」とは言わないという事である。こういう場合で「ぞんざい」を使うとそのニュアンスは「丁寧じゃないからそうなるんだ」みたいな感じとなる。

辞書には「ぞんざい」{語源未詳}物事のやり方や取扱い方が丁寧でない(いい加減な)様子。とある。

態度を指しているのであってわがままという性格を指してる訳ではないように捉えられるところである。

やっぱこれは共通語だよなあ。辞書にも載ってるくらいだもの。先にも書いたけど色んなとこで遠州弁と紹介されてるので載せますけど・・・懐疑的です。タメみたいに遠州発で全国に広まったとでも言わっしゃるだかいねえ。

それとも「わがまま」という使い方をしてるところが確かにあって、その意味使いこそが遠州弁であって共通語の「ぞんざい」と遠州弁の「ぞんざい」の二種類が存在して使い分けてるということなのだろうか。

「ぜんざいぞんざいにくっちゃかん」

  (善哉を粗末に食べてはいけません)

「せんざいええころかげんにそんなぞんざいにいれちゃかんら」

  (洗剤を目分量でそんなに大雑把に入れては駄目なんじゃないの?)

但し、「そんなぞんざいな物の云い様しんだっていいじゃん」となると「そんな突き放した様な冷たい(ぶっきらぼうな)言い方しなくてもいいじゃないの」になるのでニュアンスは共通語とは違うかもしんない。

例文

「なによをこれえ。いれこんなってるじゃん。」

  (どうなってだあこれ。あべこべになってるじゃないかあ。)

「わざとにいれこにしてあるだよ。」

  (わざとそうしてあるの!)

「なんでそんなことするよを。」

  (なんでそんなことするんだ?)

「知らんよを。あんたみたいなそそっかしい衆が慌ててぞんざいに扱わんようにいきなしいごかせんくしてあるだらあ。」

  (さあねえ。君みたいなそそっかしい人が慌てて雑に扱わないようにいきなり動かせないようにしてあるんじゃないの?)

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なんで○○ハウスなんだ?

思いついたことを書き留めて忘れんようにしとこうと始めたこのブログ。

色んな機能を徐々にいじくってるのですが、「検索ワード」で香川照之さんが凄く多いのにびっくりしました。

香川さんというと、大和ハウスのCMと、キネ旬に連載されておられる「日本魅録」が好きなんですが、世間と私の認識は大分ずれてると言うことに気付きました。

大和ハウスのCMは、犬のトレーナーとしてこの道、ん十年見たいな雰囲気で言葉遣いは丁寧だけれども、躾の出来ない飼い主をなんとなく小馬鹿にしているような表情で飼い主をボーっと見て立ってる姿が堪りません。

美しさ・綺麗さ・華麗さを追求される役者さん、迫力・存在感を表現される役者さん、情報量の多い役者さん、見る側に同意・共感を伝える役者さん等色んな種類の役者さんがおられるとおもうのですが、香川さんは私の中で、情報量の多い役者さんだという認識を持っています。職業は?経歴は?性格は?家族構成は?今を満足してるか?等など、画面の中にいるだけで見る者に役の人格・性格・行動理由等諸々が説明できていれば、余分な説明や紹介シーンを省いて本筋だけで物語を進めていけるじゃないですか。そういう情報量が多ければ多いほどその登場人物を深く理解して見れるじゃないですか。勿論そういうひとつの方向性ばかり追求してる役者さんなどおられる筈は無く、複合のバランスを追及されておられるのでしょうが、私のイメージはそうなんですよ。

舞台は、浜松にいるかぎり縁の無いお芝居のジャンルですから、私にとって香川さんはスクリーンの中で凄い助演をされる役者さんというイメージになるのですが、舞台もご存知の方達から見たら間違いにも程があるとお思いなのでしょうね。「ゆれる」も「北の零年」も自分の中でまだ未消化なものでどう読んでいいのか分かっていません。日本アカデミー賞の時に行定監督が香川さんを「自分にとっての懐刀」と述べられたと記憶してますが、その意味も理解できていません。

なので、「香川照之」さん検索で来て戴いた方には期待を裏切り申し訳ありません。私がいえるのは、「日本魅録」が本にならないかなあと切に望んでいると言うことです

(投稿後、ご指摘により、発売中と云う事を知りました。やっぱり私ずれてます。)

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一を聞いて十を知る

あくまで言葉遊びです。冗句です。

「位置を聞いて住を知る」

意味

パソコンで一気に打ち込んで変換したらこうなった。

道に迷った人が近くの人に道を尋ねている光景が目に浮かぶ。「人を見たら泥棒と思え」とか隣近所の関わりが希薄になっている現代ではありえないファンタジーなお話し。

「位地を聞いて自由を知る」

意味

本当はこっちを書くつもりだったのだが、パソコンのほうが面白かったので

がっくし!

自身の置かれている地位・立場とは案外自覚が無いもので、冷静に物を見れるような人に言われて初めて気づくことがある。気付くことによって、やっていいこと悪いことという自分に与えられた自由の枠が判断できるのというお話し。

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*ぞんぐり・だけえが

遠州でも掛川の衆以東の衆らが使うことば。

「ぞんぐりしちゃう」ぞんぐりっていまいち意味が分からない。

使用的に推察する限り、「やっきりこいた・失礼しちゃうやー・おうじょーこいた」みたいな時に使ってるので多分そういう意味であろう。

だけえがは、西寄りの駿河衆も使ってるらしい。

「そうだけーが」

「そうなんだけど」

語尾につくので、そうなんだけど・・・・・、だでなんだ?と聞きたくなる感じの会話になるので「結論はなんだ?はっきし言え!」と浜松の衆は思えるときがある

こういう曖昧さで会話が成立するんだから「この衆平和だわ」と思わせる。のんびり感を感じさせるのが静岡県人としての特徴であろうが、浜松はそういう意味では例外で当てはまらないであろう。

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学校の怪談物の怪スペシャル

DVDには、2001年度作品と記載されています。

放送は見たかもしれませんが、やはり身銭を切って観ないと元を取らなきゃと、真剣にならないのでしょうか。純粋に作品を楽しむのもいいですが、今の視点で過去を見るような邪道的な見方をするのも結構いけると思います。矢口監督作品目当てで買ったのですが、面子の豪華さに驚きました。

オープニングとエンディング「魔界学園」は

矢口さん監督脚本、出演は竹中直人さん・柴咲コウさん。

多分、柴咲さん、もう二度と矢口作品には出てくれないんだろうなと思いました。そういう内容という感想です。

第一話は、「怪猫伝説」

矢口さん監督脚本、出演は、深津絵里さん他。猫田直さんも出られてます。元々は、「ワンピース」の中の「猫田さん」という作品からのアイデアで作られた物と思われますが、話の内容よりもこのドラマ「深津絵里くん」で決まりでしょう。猫と人の心が入れ替わったというお話なんですが、猫はオス、つまり深津さんは男役を演じてられるんですから。女性が男を演じるという無茶振りするのは矢口監督らしいといえばらしいんですが、それを受けて尚且つしれっと演じられる深津絵里さんは引き出しの数が幾つあるんでしょうか。

始まりはミケ(深津さん)が病院を抜け出し家に帰るシーンなんですが、青春ドラマじゃあるまいしそんな走らせてどうすんの?パンツ見えたら危ないじゃないの(見えません)という走りのシーンでスピード感を表現して始まります。今見るとミケ(深津さん)は世界的俳優の二宮さんに似ているなような気がします。

中略で、最後は元に入れ替わって女性に戻った学部のヒロインを演じられる訳ですが、可愛い女性をきっちり演じてられていて、やっぱこの人役者だわと思わずにはいられません。

猫大好きの矢口監督は猫をドラマの中で使えて満足なことでしょう。目一杯演じる役者さんを監督は好まれるんでしょうか、少し弾けすぎているようにも私には感じるんですがどうでしょう。

第二話は、「何かが憑いている」

鶴田法男監督・脚本三宅隆太さん、出演は、池脇千鶴さん宮崎美子さん他。

池脇さんが可愛いです。綺麗とか美しいとかじゃなくて、「可愛い」です。言葉は悪いですが、可愛いだけの「旬」の役者さんに見えます。それが今じゃあんた、演技派として確かな地位を確立されています。この6年の間の変化を知りたい興味もあるんですが、SGのメンバーと同郷の長澤さんで手一杯なもんで、陰ながら応援させていただきます。でもジョゼ虎は好きです。

ストーリーは怖いです。私的にはいやな怨念の怖さです。

第三話は、「俺たちの文化祭」

緒方明監督・脚本斉藤久志さん、出演は須藤理彩さん・伊藤淳史さん・妻夫木聡さん、他にも香川照之さん・佐藤二朗さんが出演されてて豪華です。話としては4作の中で一番好きな作品です。青春だし、ほろ苦い恋心もあるし仲間がいる学校の空気も吸えるし、色々詰め込んでるけど無理が無いから、安心してみていられるのです。香川さんは先生役で主人公達にとっての障害物として立ちはだかる役を演じておられます。はまってます。

突っ込み所としては、何処が怪談じゃエエ話じゃないかと言う点と、今の視点でみたら、伊藤さんと妻夫木さんの役は入れ替わってるだろうなあと思える所じゃないでしょうか。

第四話は、「花子さん」

黒沢清監督・脚本香川まさひとさん、出演は、京野ことみさん・加瀬亮さん・加藤晴彦さん他。

画が綺麗です。他の三作とは映像が異なると、私みたいな弩素人でもはっきり判る位画にこだわっておられます。話は怖いです。きゃーきゃー悲鳴の上がる怖さです(登場人物がですよ)。本当に怖い時は凍り付いて固まって声も出ないんじゃないのかそれともこの作品のように叫び続けるものなのでしょうか、果たしてどちらなんしょうか。私は色んな意味で痛い目には遭ってるんですが、妖怪には遭った事が無いのでわかりません。でも画は綺麗です。

3800円(税抜き)で買ったんですが、内容を考えると安いと思いました。TVドラマのDVDはがんこ高い気がしますが、これは、りーずなぶるでした。

本音は、一般的に2000円台が主流になって欲しいところですが。

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*いぜる・なぶる

パソコンをさわる。

軽い遠州弁なら、パソコンをいぜる。

重度の遠州弁なら、パッソーなぶる。

となる。意味は全て同じである。もう少し長い文章にすると、

「あそうだ、あなたはパソコンをさわったことがありますか?」

「ほいあんた、あんたさあパソコンいぜれるだか?」

「おー、やあおんしゃあ、パッソーなぶったこんあるだか。」

いっときますが、感情は全て同じです。怒るとこうなる訳ではありません。

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*遠州と駿河

静岡県っつーふーにいっしょくたあに言われるのは、あんまし好きじゃあない。「静岡のひとですか?」ともし聞かれたら、一瞬「違います。」と答えたくなる。「静岡県のひとですか?」だったら即答なんだけど。

駿河は文化(商業)の盛んなところで、遠州は物創り(工業)が盛んなところ。駿河は穏やかでのんびりした衆の住むところで、遠州は口ん悪くきぜわしない衆が住んでるところ。待つのが嫌いだもんで行列の出来る店は浜松じゃ他所ほどは流行らない。

静岡の街は道路が碁盤の目の様に整然としてるが、浜松は戦争の艦砲射撃で焼け野原になった後に各自てんでばらばらに自力で復興してったもんで、道はひんまがって雑然としてる。

言葉も細かいところが違うし、おんなし言葉でも意味が違うものもある。いい悪い・好き嫌いの問題ではなく、違うのである。

なのでもし「静岡のかたですか?」と聞いて少し間があったら、その人は、遠州のひとなのかもしんない。

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つーか・ちゅうか・づら・だら

「なんつーか、やるっつーかやらんっつーか、はっきりしんだよ。」

「なんちゅうか、せるっちゅうかせんっちゅうか、はっきりせんだよ。」

「なんだろうね、やるのかやらないのか、はっきりしないだよ。」

使い方は、一緒。使い分けも特に無い。個人差で使用頻度が異なるだよ。多分、根拠が有る訳ではないが、若い衆らは、「つー」で、年寄り衆は「ちゅう」が多いと思われる。

時代と共に言葉も変化していくいい例かもしんない。

「づら」に至っては、使うのは明治・大正生まれの衆らまでで、昭和一桁の衆らでさえ使っちゃいんくて、だで今は完全に「だら」に移行しているだら。

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ひみつの花園

1997年公開の矢口史靖監督作品。真矢みきさんが良かったTVの「ヒミツの花園」ではないのでお間違えなく。

田舎にゃあこういう類の映画はやってこんもんでDVDで観た訳ですが、オーディオコメンタリーがとにかく面白い。磐田出身の鈴木卓爾さんとのトークは私の壷で、この作品に限らず、どの作品もコメンタリーは面白いんですが、特にひみつの花園は西田尚美さんとの三人トークが面白いです。

役者さんに関しては、選球眼がいいんか、コーチングがいいんかは不明なんですが、矢口作品から役者としてスタートをきった、若しくは弾みをつけた人は数知れず。多数おられるので敬称略とさせて戴きますが、

鈴木砂羽・田中要次・マギー・濱田マリ・西田尚美・唯野末歩子・妻夫木聡・玉木宏・三浦哲郎・近藤公園・金子貴俊・相川(猫田)直・上野樹里・貫地谷しほり・平岡祐太等等、作品数が7本ということを考えると、この量は不思議。多分現場が楽しくて、映画って面白いんだと役者さんに感じさせるなにかをもってるんでしょうねえ。

後、私の思い込みかもしれないんですが、深津絵里さんが「学校の怪談」に出られてから、松重豊さんが「アドレナリンドライブ」でターミネーター役をやられてから弾けたというかお茶目なコメディーに進出されるようになったと思ってるんですが、気のせいでしょうか?

「ひみつの花園」には、西田尚美さん・利重剛さん・加藤貴子さん・角替和枝さん等が出演されておられて、前述した役者さん全てが出演されている訳ではありませんのであしからず。

作風の特徴は強引なところ、SGの駐車場での演奏シーンは、監督自らリアリティよりも気持ちいいほうを選んだと述べている位、整合性よりも感性を重視している。テンポがよくて、シャキシャキ進むうえに、上映時間は短く抑えてくれるので、ストレスなく見せてくれる。

本作品は、低予算でつくられたと言う事、泳げない西田さんに水泳競技会で勝つお芝居をさせる無茶振り等の理由で、突っ込みどころ・粗の探しどころ色々と存在するのではありますが、映画作りが楽しいというような情熱がなんか感じられて好きなんです。

代表作はSGとWBなんだと私も思いますし「SG最高!」なんですけども一番好きな作品となると、「ひみつの花園」が一番なんです。

ストーリーの展開が楽しいんですが、脚本は、矢口・鈴木共作でつくられてます。矢口監督は、鈴木卓爾さんの書くものを評して「アイデアは面白いんだけどどうしてこうなるのかと、訳の分からないところが多い、だから自分がブレーキ役になった」といって言っておられますが、いやいやどうして、その後の矢口監督の本も充分ぶっ飛んでおられますよ。

叶うことならば、再び共作で「ひみつの花園」を超えるぶっ飛んだ作品を観していただきたいものです。

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