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働きマン最終話

痴漢の冤罪をとりあげるなんて、映画「それでも、ボクはやってない」を観た身としてはまた随分と勝負したなと思いました。

「ペンは強し」というかメディアの手にかかれば真実は白日の下にさらけ出せるということなんでしょうか。確かに絵に描いたように決着をみて観てるこちらとしては溜飲を下げたというか気分爽快なんですが。一歩間違えれば冤罪と認めず出版したかもしれないわけで、限りなく猛毒にもなれば特効薬にもなるものだとメディアの力をこれでもかと見せ付けられたような気になりました。

今のところお蔭様でメディアに眼をつけられずひっそりと生きることができている私ですが、加害者であれ被害者であれ自分がそういう俎上に載せられたらと想像すると背筋がゾクゾクっとしてきます。真実なんてものは人の数ほどあるもんだと思ってるので。目線の向きひとつで悪にもなり正義にもなるという。

で感想としては、正直なところ映画と比較しちゃったので今回は特にマンガみたいと感じたんですが、原作がマンガでしたね失礼しましたこれでいいんでしたっけ。

しかし、最近つとにマンガが原作のドラマが多い訳ですが、原作に忠実であらんと欲する作品(のだめとか)と原作は原案であってドラマはオリジナルなストーリーという作品と折衷案というか中間的なお話しの作品とかに分類されるんでしょうけど。「働きマン」はどれに当てはまるんでしょうか。読んでないんで分かりませんけどおそらくは折衷案なんでしょうね特に新二との関係については。私的には好みですけど。

んで、前回までの大雑把な感想といたしましては、私新二目線で見てたような気がします。なので社会人としては尊敬できても人生のパートナーとしての松方弘子にはある意味冷ややかな思いがありました。

でも冒頭でいきなり花嫁姿での始まりは、前回からのお話の繋がりからいって夢だろうなあと思ったんですがやっぱ夢でしたね。それでも見ていて心地よかったですわ夢であれ新二と共にありたいと願う想いというものが垣間見られて。

あんないい奴いないですよね新二みたいな理解力と辛抱強い人って。それほどの奴にさえついていけないと言わしめる松方弘子ではありますがやっぱり新二がいいんだと思うところは可愛いなあと素直にそう感じます。

仕事中は常に100%男モード女モードはプライベートのみってなら別にどうって思わないんですけど、新二と別れた後職場の男子を新しい恋の相手候補として見回すシーンが以前あった通り男女を使い分けている訳ですし、彼氏がエネルギーの基となっている訳でもあるのですからありあわせの恋には走って欲しくはなかったですよ。前にも書いたんですけど、あんだけ一所懸命に生きてるんですからね。そのご褒美として恋も仕事も上手く行って欲しいものだと。

そういう意味ではまあまあ納得のハッピーエンドなのかなと。でもよくよく考えてみれば第一話の頃となんにも変わってないじゃないか、仕事に対する熱意と新二との関係が。エンドレスというか振り出しに戻ったともいえるわけで、そんなこんなで歳を重ねていくわけですね。悪い気はしないですけど。今後もこの二人ちょくちょくこういうことが続いていくのかなと。ま、いつか振り返った時に二人が繋がっていたら悔いのない良い人生だったと胸晴れるんでしょうね。うらやましいです。

後ドラマとはなんの関係もない感想ですけど、菅野さんへのどアップ多かったような気がしました。背中で芝居する菅野さんってのも観てみたい強欲な私です。沢村さんの唄声もちょっとハスキーっぽくていい声だなと。松方と荒木の女友達のシーンでは竹内まりあさんの「FOREVER FRIENDS」という曲がいつも頭の中で浮かんできました。具象化するとこんな感じなのかなと。

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