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働きマン第10話

おっしゃー!ですわいな。6話で風邪こじらせてまでも働きマンに変身したのが自分や仕事のためではなく、新二のために。だからこそ可愛いなあと感じてたのに、別れちゃうなんて「嫁にしたくない女NO.1」てセリフなるほどなあと説得力を感じたんですが、最後のシーンと最終回の予告でもしかして?と期待をしてなんか来週が愉しみです

新二とより戻さなきゃ納豆喰うじゃないや納得できません。頑張ってる人にはきちんとしたご褒美が訪れなくてはならないのです。非現実的だとたとえ揶揄されたとしても、それが観る者に夢を与えてくれるのがドラマの醍醐味じゃないですかあ。恋も仕事も両手に花でウェディングじゃないやエンディングを迎えて欲しいところです。あくまで私の希望です。

ってなことを前回も書いたんですが、そうなってくれそうな最終回で期待増です。

10話でのお話しに戻りますが、今回は二点が主題だったと解釈してます。親の愛情と事故現場での傍観者の存在。

「子離れしてくれ~」というセリフは嫁にいかない限り無理でしょう。女親は結婚してから娘とは新たな関係性が生まれるものですが、男親は嫁にやってしまえば途切れてしまうもんでしょうに。娘の行く末が心配なんて反語のようなもんでむしろ逆の心境のような気がしました。面倒みれるのも今のうちだけという。娘にしてみれば男親の心理なんてわからないもんなんでしょうね。弘子は別れ際までにはしんみりとしてたけど、おそらくは親の心子知らずな気がします。もっとも逆に弘子が何にしんみりしてたのかはよく分かりませんでしたけど。

で、余分なことなんでしょうけど今回の松方弘子は娘というか子供としての可愛さに見えました。こういうとこまで作り込んでるとしたら菅野美穂という役者さんはバケモノみたく上手いってことになる訳で。まさかねとは思うんですがもしそうだったらすんげーっすマジで。

事故現場での弘子の視点というのは、同感というか確かにそう思いました。

人の生死に関わる事ばかりでなく、何か事あるごとに携帯構えている景色は私的には不気味でしかありません。目に焼き付けると言うか、自分の眼でモノを見ない・記憶に宿さずに、携帯と言う機械に頼る様は異様です。永遠とはどれくらいを指すのかという問いに、死ぬまでと答えることもひとつの正解だとすれば、機械は永遠ではない。だけど鮮烈な記憶はその人にとって永遠に残るものの筈でしょうに。だとすればまず記憶に留め様としないのはその人にとってたいしたことではないと言うこととも言える訳で。事故がたいしたことないなんてどうかしてるとしか思えません。携帯と言うフィルターなぞ通してモノを見るから現実が見えてこないとも言えそうです。

で、肝心の記事は「今の世の中何かが違う。その思いをストレートにぶつける・・」というくだりからだけではどういう内容というか切り口にしたのか私の頭では想像できませんでした。問題提起で終えたのか、かくあるべきとまとめたのか意見を述べたのか事実のみを第三者的に伝えたのか。リアルに疑問に思ってることなのでその記事読んでみたいです。

さてもさても、最終回はどうなることやら。ホント愉しみですわいな。でも録画でしか観れないんだろうな多分。

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