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監督ばんざい

妄想と空想と理想。その線引きの基となる基準を知らない。実現可能な領域とモラルの範囲内の度合いによってそれは決められるのでしょうか。

「監督ばんざい」。私はなんでこういう映画が大好きなんでしょうか。観た事も無い新鮮な世界に誘ってくれる作品もいいけれど、自分でも考えてるようなことを映画として実現してるってことに共鳴するんでえしょうかねえ。

勿論私は妄想止まり。北野監督は具現化。結果における差と言うものは歴然だけれど、経過に至るまでの頭の中で動き回るしょーもない想い(アイデア)というものの出来は個人の資質による良し悪しの差はあるにしてもおんなしことしてるんだという勝手な共鳴感なんでしょうか。

別にまとまりも結論も意義もなくてもええじゃないか。頭ん中で考える事の始まりなんて繋がりの無い些細な衝撃から発生するんだから。そこから先の表に出すために昇華する部分に入ってしまうと意識から離れて意思とかが頭をもたげてくる。普通はそういう過程を経て作品として世に出されるのであろうが、意識だけで作品化するってところに快感を感じるのです。前作では夢の領域だったけど今回は白昼夢って感じでしょうか。そういう意味では多少意思が働いているとは思うのですが普通の作品よりか遥かに意識を優先させてるように感じられます。

勿論北野教の信者では私ありませんから、自分の好みとは合わないのもありますからなにもかも賛辞礼賛するつもりはありません。だって私バイオレンス嫌いですから。

お話しの内容は自らの得意分野を封印し、新たな進路を模索することに。様々チャレンジせるもどうもイマイチ。そのうちどうでもよくなってストーリーすらもどうでもよくなって監督が落ち着く世界であるギャグというかお笑いに走ってだめだこりゃ次いってみよう!というストーリー。色んな映画に挑戦する動機が当たる映画を作る作れるの?という動機で監督本人の葛藤にも繋がっているんでしょうけど、「監督ばんざい」が当たるなんて思って作ってるんじゃないだろうなあ。っていうかこれが当たるほうが可笑しいような気がしてきます。

思い付きからスタートして映画の中盤あたりから整理整頓が始まって、一杯になったおもちゃ箱とりあえず全部出して空けて片付けちゃおうみたいな印象がしました。

後半部分は井出博士がえらく輝いて映えてた印象が強いです。上手い役者さんよりかお笑い専科の方で固めた方がいいんじゃないのかと思わなくもなかったです。餅は餅屋ということで。勿論前半部分は役者さん(?)でないと締まらないですけど。

お人形さんの存在はあえて触れないようにしますけど、岸本さんのセリフで「都合が悪くなるとすぐ人形に・・・」というのでなんか分かったような気になったと思い込むことにしております。

尚、映像特典で監督のインタビューを聞くと、私の抱いた作品の印象は極めてとんちんかんな的外れだと言うことが分かります。過去の決別そのための破壊という趣旨の旨を述べておられると判断しました。明治維新の排仏毀釈みたいなもんですかねえ。たけし国の激動の時代で北野は変わるぜよ!ってことですか。だとしたら次には明治天皇のような不動の柱を見つけんとかんきにね。それがなんなのかは私ごときにも見えるんでしょうか。玉は下々にまで輝きが見えてこそですから。

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