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美女か野獣その3

まんがみたいなドラマですよね。でもマンガをドラマにした訳じゃあない。この違いってどういうもんなのでしょうか。ドラマの台本は人が演じる事を前提とした読み物。マンガも読み物ですが人が物言う話し言葉・行動とはかけ離れた空気感があるのでしょうか。テレビ局を舞台にしているわけだから洒落にならないくらいリアルに描こうとすればいくらでも素材が転がってそうなシチュエーションにも関わらず嘘くさいほどの空気感を作っているのは確信犯的な意図ですよね。でもまんがみたいだけどマンガじゃない。なにがどう違うんでしょうかねえ。

実際の人の動きに捉われないところに面白味があるマンガを人が演じると無理っぽさが生じるのでしょうか。普通こんなとこで叫ばないよとかこんな状況でこんなこというか?ってマンガでは許されても人が実際言ったりやったりすると不自然に見えるからなんでしょうか。もうマンガという絵でイメージが固まってしまって演じる役者さんとの違い探しに眼が行ってしまうからでしょうか。

突き詰めると頭がはぜそうなのでこの先はまあいいやなんですけど、今の役者さんに求められるのは本来人の動きとして不自然に見えるものでも不自然に見せない強引な説得力なんでしょうか。そして脚本を担当される方はその矛盾をいかに空気感を損なわず、人が演じるために翻訳するかということなんでしょうか。役者さんがいくら役になりきったとしても、イメージと違うからイヤ!って評価されたら堪ったもんじゃないですよね。

原作がマンガと言う作品がぼこぼこ生み出されている今、マンガに頼らないまんがみたいな作品を久し振りに見たって感じでした。じゃこれを逆にマンガにしたら面白いんだろうかと想像してみると、あまり面白そうに見えない。マンガで実在の人物のヒストリー物をたまあに見たりもするんですが、あまり面白いと思わないんで、鶏が先か卵が先かみたいなもんで先に世に出たもの勝ちということでしょうか。

一番無難なのは、キャラだけいただきでストーリーは別物。もしくはその逆、というのだと思うのですが、「のだめ」みたいに徹底してマンガに近づくという信念の作品もある訳で、世の中なんでもありで面白いです。自分がどういうものを見たいのかという自分のツボがどこだかわからなくなるという他人まかせになっちゃう欠点はありますけど。まあ自分に合うものを探さないずぼらな奴が悪いといわれればそれまででグーの音もでない。

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