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*浜松ついこないだの昔話10

小学校から中学に上がると言うのは、単純に坊主頭になるということだけでなく、いろんなことの決別と変化が重なることだった。

小学生は部活というか学校でスポーツをするときは同級生とのつながりであったが、家に戻れば近所の子供たちというつながりで遊ぶ事になる。嫌なやつもいれば性に合わないやつもいたが、選ぶ権利はなく運命だった。

低学年はなにやってもついていけず色んなことで「お前無理」といわれてはぶせになってて早く大きくなりたいと指をくわえていた。

真ん中あたりは高学年には勝てないまでも大抵の遊びの輪の中に入れたし、下の面倒を見ることなく自分さえ楽しければそれでよかった。

高学年になると、義務が自然と発生して、下のチビ助どもの面倒と責任が伴うようになる。なんかあったら真っ先に連れ出したお前が悪いとなるのである。

そういうトップを経験して中学に上がるといきなり一番下になるのである。かといっていつまでも小学生と遊んでいてはいけない風潮があった。自然と自己と対峙するようになり内向的になっていく。

中学は校区で行くとこが決まるので頭の良し悪しもピンキリで色んな奴がいてそれなりに人間の縮図というか様々な人間を見れた。勉強の出来ない奴には奴なりの信念があり、なんでも器用に出来てしまう奴には人が出来ない苦悩というものが理解出来ない。アホでも賢くもないどっちつかずの奴は両方の気持ちは分かるがどっちにも偏れないやじろべえ。

高校に進むと学力別に分かれるのである意味似たり寄ったりの類は友を呼ぶ感覚の付き合いであった。選び探す選択の余地が存在してた。

中高は自分と向き合うことに重点がいって、人として他人との付き合いと言うものを経験したのは小学校のころが一番だったかもしれない。歴然とした力の差、グループで動く協調性とそれに伴う役割分担と責任。学校の制度がどうのこうのいうつもりはもうとうないが、もし小学校が9年生だったとしたら自分はもう少し社会性を身につけてたかもしれない。

今は塾やらなんやらでそういう繋がりが小学生においても崩壊しているので、意味のない回想ではある。

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