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そおいやあそーだった

中高生のけったーは車両を運転する者からの視点でいうと、怖くてしょうがない。なにしろ何も見ていない風に見えるからだ。路地から大通りに出てくる時でも、一旦停止のラインがある交差点でも左右確認することなくひょいと進入してくるからである。

だけど自分がその年代だった頃を思い出してみると、自分も人のことを悪くいえない乗り方をしていた。でもそれが危ない事だと思ってなかったし、なんか大丈夫という感覚を持っていた。

若者にしか聞こえない音というものがあるそうな。まあ種明かしなことを言えば歳とともに聴力が衰えていくというお話しであるが。そういえば、確かに耳で道路状況を把握してたんだ若い頃は。うしろを振り向かなくても車が来てるかどうか分かった気がしてた。それに自分はすぐ止まれるとか回避行動がとれると言う経験値のない自信もあった。

それが、バイクに跨りハンドルを握るようになって、色んな自ら発する騒音で周囲の音が把握できなくなってから目に頼るように変化していったんだったっけ。十代は本能で運転していたのが、エンジン動力を使う乗り物を使うようになってから本能が退化していき、ルールとマナーで補うようになるんだろうなあ。ただガキのけったーの奴らは知らないのだ、車の速度感を。自転車だけの世界なら彼らは最強のドライバーかもしれないが、現実は車の社会なのである。自分の持つ経験値の判断の世界がいかにせせこましい世界しか知らないで車の世界を判断してる彼らにこそルールとマナーを植えつける必要があるような気がして仕方ない。

しかし多少なりとも理解しようと思っても、繁華街で車の往来が激しいところでも「信号無視左右確認当然なし」運転を平気でする輩に出会ってしまうと、もうホントにこいつら死にたいとしか思えんと理解を超えてしまっていて救いようが無い。相手にしてみればてめえなんかに救ってなんかもらいたくねえと思ってるんだろうけど。

ルールやマナーも未だ知らない十代で、イヤホンという耳栓したり携帯でメールチェックしながら走ってるガキンチョは、何を根拠に安全を確保してるるんだろう。他が避けてくれると思ってるのか運の良し悪しで判断してるのか。私にすればここまでくると理由はなんでも本当はどうでもいい。ただそんな奴らに出会いたくない。出会う不幸を回避したい、そうとしかいいようがない。

目と耳から入る情報。どちらに人はより集中力を要するのか。車を運転している限りでいえば絶対携帯に注意をとられてると思う。以前にも書いたが携帯は運転する上において悪魔の道具である。メーカー側も車内は電波遮断して携帯使わせなくすればいいのにといつも思う。

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