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*浜松ついこないだの昔話7

便所紙とお便所 あまりきれいな話しではないのでご注意を

最近はウォシュレットという水で拭くことが普及し始めた。痔で悩んでおられる方には夢のようなありがたいシステムだとか。

私が小学生頃の便所は家でもどこでもポトン式で、学校で大きい方をしようものなら男女共有だったので小の使用が圧倒的に多いので、おつり覚悟で入らなければならなかった。ま、もっとも「うんこした!」と囃し立てられるのが嫌で我慢してたけど。女子が入るときは男として武士の情けで見ない振りをする、鉢合わせになっても目を合わせないとかの礼儀があったけど誰にそんなこと教わったんだろう。

昔は犬とかの糞がそこいらに落ちていてよく踏んづけるアクシデントに見舞われた。すこし田舎にいくと地理感がないので肥溜めに足を踏み入れた事もあった。たまあに公園の日当たりの悪いとこなどにちり紙がのっかてて人のだとわかる糞もあった。犬のくそはそのままにしておくと滑りやすいので、コンクリートやレンガの角のあるトコを探しては擦りつけてた。何度も臭くないか少し歩いては嗅いでまた少し歩いては嗅いでたまにツイストはさんだり。誰が見ても「こいつ踏んだな」と分かる行動をしていた。肥溜めの匂いはもうスペシャルで染み付いて暫くは取れないのだが、勿論臭うけれど不思議と嫌悪感は湧かなかった。肥溜めはもう糞という領域を越えているのかもしれない。普通の人の野糞が一番嫌だった。当時も家の無い人は居た訳で公園にもそうそう公衆便所があるわけじゃないから、そういう人達の哀れさが臭ってきてなんか嫌だった。たまあに便所に間に合わなかったんだろうなあと思えるのもあったが。鬼ごっこや缶ケリ、かくれんぼなんかで絶好のポイントと思って飛び込んだら「う!糞」って目に遭って大変だった。していった人から見れば普段使わない通らない場所と踏んでしていくのだろうが、子供にとっては大切な場所だったりして、そういう意味では子供だけの場所って今ないなあと感じる次第で。大人になっちゃって気づかないだけなんだろうか。

当時は便所紙という正方形のねずみ色したごわごわの再生紙で出来たものを使ってた。どの家でも同じもの使ってるものだと思ってたが、当時のお金持ちの家にお呼ばれになったとき、例えが下手だけどお習字の紙みたいなしかもかすかにほのかな香りのする紙が置いてあったのにはカルチャーショックを覚えた。新聞交換のゲット品でもあった。一回の使用につきその紙一枚が普通だと教えられて育ったので、トイレットペーパーに代わっても便所紙程度の巻き取りで使用する癖がついている。たまに公共施設のトイレに入って、前や後ろで豪快にカラカラ音がしてるのを聞こえてくると、どんだけえ?と疑問に思ってしまう。

オイルショック時のトイレットペーパーパニックはテレビで見てたけど田舎には縁のない騒動だったような気がする。家庭を切り盛りする主婦には現実に大変だったのかもしれないが、空襲や艦砲射撃潜り抜けて育ってきた当時の母親世代にしてみればどうってことないいかれポンチな騒動らしかった。

初めて洋式トイレに出会ったとき、他人も座るところに肌直接つけて座るということに物凄く抵抗があった。ヒヤッとする触感もなじめない。しかも、今もそう思っている。便所を作りかえることになった時、年寄りになったら和式より洋式の方が体に優しいですよと業者の方に何度も説得されたが和式を選択した。

一番好きなのは和式水洗で水を流すと不必要なくらいの勢いで流すタイプ。水の持つ涼しさを味わえる爽涼感が心地いい。

一番嫌悪感を憶えたのは山歩きをしていて、広大な南アルプスの中でのキャンプ地のポトン式。大自然の中に都会から持ってきた汚物を捨てて行ったみたいで気持ち悪くなる。

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