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浜松ついこないだの昔話4

遠州鉄道の駅が板屋町にあった頃を憶えてる。今の名鉄ホテル辺りであろうか、結構大きな木造(?)建物で二階以上が遠鉄の会社でそこで会社事務が行われていたのであろうか。、不思議な路線があって松江町まで行って帰るという短い路線があった。

遠州浜松駅がバスの停留所の基地と繋がっていて人の行き来が一番栄えていた駅であった。終点の板屋町は国鉄との連絡、早馬は浜松市内を巡るバスとの連絡基地であった。場所は今のクリエイト浜松の敷地辺りにあった。駅の中は天井の高いホールみたいな造りで大声だすとなんか響きそうな感じだった。立ち食いのうどん屋(そば?)とか新聞とか売ってる売店とかあって、通勤通学時の時間つぶし腹ごしらえができるものが揃っていた。人の行き来は盛んであったが単純に電車からバスの乗り継ぎ所だったので、駅の周りで駅を利用する人を相手に商売しようというお店はあまりなく、どの町内にもあるような床屋さん薬局お肉屋さん酒屋さんなどが軒を連ねていた。珍しく駅目当ては喫茶店と雀荘が道を隔てた東田町沿いにあったくらいか。

東田町沿いには他にブラザーか蛇の目か忘れたが、ミシンの展示販売所がありその横あたりにプラモデル屋さんがあった。そこのプラモデル屋さんの狭い入り口を入り所狭しと左右高く詰まれたプラモデルの箱とガラスのショウケースを通り抜けた先にリモコン?ラジコン?カーの8の字コースがあって大人に見えてた中高生もいたりしてちょっと大人の気分を嗅いだりもした。もっと大きい8の字コースだと市民会館の隣に児童会館というのがあって、そこのコースは小学生だと全部見渡せないくらいの長さに思えた。当時からドン臭かった私は微妙なスロットルの調整と反射神経の悪さも手伝って、自分がやるよりその場の雰囲気を味わいに行ったようなもんだった。児童会館の他の記憶としては大きな浜松市のジオラマがあってボタンを押すと浜松の有名な場所が点灯するしかけのものがあった。何が有名な場所だったかはもう全然覚えていない。入場する際自販機で切符みたいな入場券を買って入った記憶があってちょっとした国鉄の駅で切符買ったぽかった感じが残ってる。だからといって違う場所へ誘われるとかいう空気感はなかったけど。

キット買って高いと速く安いとそれなりということではなく、とにかく伝導率だ・タイヤだ・バランスだ・シャシーとかの重量だと色々手を加えた分速くなるので愛着と個性が反映された。今みたくゲームは子供の方が上手く大人が小馬鹿にされる時代ではなく、年齢に応じてレベルランクが上がっていたので年上を馬鹿にする奴なんかいなかった。本当に困ったら自分より年長に助けを求めればその年齢なりの解決をしてもらえた。遊びに限らずなんにしても歳を重ねるということが重要な事だった。急激な世の中の変化はそれに対応した世代が偉そうになり、年輪を重ねた人の経験が何の値打ちもなくなってしまったことで、尊敬の念は壊滅した。

その後のブームはバルサ材を使ってのゴム動力の飛行機作りだった。がこれは、手先の器用不器用が露骨に結果として反映されるので優劣がすぐついてしまうのと、飛ばす場所がそうそうはないので長くは続かなかったブームではあった。

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