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田舎者と名乗る訳

浜松は政令指定都市です、まがりなりにも。そこに住んでて田舎者を名乗るのにはそれなりに理由があってつけました。

私は浜松でしか映画を観ません。どんなに観たくても東京や静岡まで出張ることはしません。DVDもネットで買う事はしてません。土着性にこだわってあくまで浜松で手に入るものでぶつくさ言いながらやってます。何故ならば、商売として成り立たないからどんどん寂れているのです浜松の街は。もう意地と言うか自棄です、これだけ浜松は文化・商業的レベルが低いんだと言うことを指をくわえて証明したるわいと。

工場ばかりあって、娯楽の無い。それが浜松の現状です。地理的に東京にも大阪にも遠くなくて、娯楽は外に求めることをそう苦にしない位置だからです。メディアで紹介される娯楽施設は伊豆や静岡と違ってほぼ皆無といって良いでしょう。場所はあるんですよ、たくさん。何せ面積でいったら全国でも上から数えても片手の中に入る広さの市ですし、中心街といわれる駅前も飽和状態どころか空き地だらけですから。その分、自然に満ち溢れてるかというと、浜名湖も佐鳴湖も水質が良くない方で有名ですし、中田島砂丘は年々侵食が進んで砂浜が小さくなってきているし、まあ富士山がない分不法投棄があまりニュースとして報道されないくらいですかねえ自慢できるとすれば。それだけ皆ばれないように上手くやってるだけかもしれませんが。

商店街の人たちは街頭に椅子を置いたり清掃作業など沢山の努力をされています。でもそこを通る人は目的地にむかって歩いている人ばかりで、用も目的も無いけど、暇だから街に出たというような人はホント減った気がします。車社会で駐車場が確保できなくて廃れたというのならば、東京の街が流行る理由が説明できません。結局目玉というかシンボルが見えないんですよね。映画で言えば興行成績の見込まれるものばかりで、いい作品と評価が高くてもみれない佳作は数知れず。地方発信の情報などなにもない。タウン紙の情報も喰いもん屋さんの情報がメインでここにいけば読者の求めるマニアックな要望に応えられるという情報はない。これは編集側の責任ではなく、あまりにも分散化しすぎていて、東京の街のように専門の特化したエリアが浜松に存在しないからでしょう。郊外で栄える大型店舗の最大の武器は、そこに行けばひとつの店の中で何でも揃うということでしょうか。それに対抗するには、逆もまた真なり、沢山の店でそれぞれ揃う、と言うことではないでしょうか。秋葉原や神田の本屋街のように専門の店が集まってそれぞれの店の得意分野が異なる事によってそこにいけばなんとかなるというイメージを抱かせることができるかが勝負でしょう。和田町近辺の自動車街なんかは、実際買うのは近くの店でも、比べるという事では色んなメーカーが並んでた方がいいから土日は結構人が出張る場所でこれは浜松の中では珍しい成功例でしょう。私の道楽は今のところ映画なので、それで話しをするならば、50人程度で充分なのでとにかくとあるエリアの中でどれを観ようか迷うくらいの上映本数を掛ける映画街を作って欲しい。他では観られないものや過去の名作とかを、見忘れた人見直したい人世代的に観れなかった人を浜松以外からも吸い寄せることが出来れば例え映画館が凄く儲からなくとも活気がでるんじゃないかと思う。ギョウザもうなぎもそれを食べるだけで浜松に来る人数をあてにするよりも映画を観に来た人がついでに食べようかを当て込んだ方が確実性があるような気がするのは、映画好きの勝手な思い込みなんでしょうかねえ。木下恵介を仰ぐのならそういう文化が浜松に根付いていなくちゃあ始まらないと思うんですけど。別に一例であって映画じゃなくてもいいんです。大きい資本が動かなきゃあなにも出来ない街づくりというものに反発したいだけなんです。小さい力が寄り添って大きな流れに変身するというのが、昔空襲で焼け野原になった浜松を市民が自分勝手に復興していったパワーこそが雑多だけど浜松らしい気がするんですわ。税務署に小便ひっかけにいったアート商会の社長さんみたいな遠州人がそれだけ減って小粒になったってことでしょうけど。

愛知の豊田市ほどではないにせよ、浜松も企業城下町です。したがって行政の見ている方向は産業経済であって、文化商業ではないのです。そのくせ様々な理由があるにせよHONDAが二輪車の製造を浜松では作らないことを発表しても結果として行政は指をくわえて「あ、そう」状態です。ポンポンの街とか謳っときながらこの有様ですからねえ。他にも都田のテクノポリス計画とか言って沢山企業誘致を行っていますが、昔三島町辺りに鉄工団地を作ったのと同じ理想なんでしょうか、それにしては関連性がないというかあまりにも都田と三島の距離は遠くそれを繋ぐ道路は狭くいつも渋滞している。それでも大企業が土壌汚染でニュースとして取り上げられても、個々の住民の方の闘争は情報がないのでわかりませんが、工場閉鎖・移転に発展する事もなく許容されているのは間違いなく企業城下町の面目躍如といったところでしょうか。いづれにしても計画性というのがよく見えない「なんしょやらまいか」の街なのです。

これから伸びしろが或るといえば聞こえがいいですが、活気と言う点で言えば炭鉱で栄えた町の最盛期を過ぎた時期に近いようなもんですわ今の浜松は。市の中心部は区画整理の大波でほぼ無人化しつつあって生活の匂いがしなくなってきています。この状態にどう活気を取り戻すのか、裁判所や総合庁舎等をエリアとしてかため、そこに人が沢山集まったとしても仕事で来ている人たちばかりで、どんなに人が集まったとしてもそういうのは活気の或る街とは呼びません。ただの効率化を図っただけのことです。どんどん豪華に立て替えられていく市役所と反比例してくかのように鍛冶町田町辺りは静粛さを増しているのはなんか血を吸い取るドラキュラとはかない美女の関係を見ているようです。

水戸の黄門様はいつ浜松におわしますことやら。そして誰にむかって印籠をひけらかしてくれるのでしょうか。けっして棲んで愉しい街ではありません。でもここで生まれて育って、多分ここで土に還るでしょう。なのでなるたけ愉しくなって欲しいんです黄門様。

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