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かもめ食堂2

映画のかもめ食堂を観て、映画の感想とは全く別の考えがおきてしまった。主人公達の生き方を通して、いい生き様とは何かという問いに対する答えのひとつをさりげなくこの映画は提示しているようにも思えたからです。それに影響されたというか、まあそのー以下の文章は映画とは全然関係ない話で尚且つ訳わかんない文章になってると思いますが、私の心象ラフ文なのでこんなもんでしょう。

生き方の憧れとしてお金に煩わされる事なく生きてみたい。何のためにお金を稼ぐのか。お金が人生の最大・最終目的では恥ずかしい。

自給自足で生きれるほど逞しくなく、楽をしたいからお金が欲しい。だからといってお金がなければなにも愉しめないというのはあまりにも視野が狭すぎる。それに第一、生き方を愉しむと言う事は遊ぶということではなく仕事や使命に没頭していても愉しむという表現を使ってもいいのではないか。

ある意味の理想の形として、若い内は、がむしゃらに好き嫌い得手不得手に関係なくひたすら我を殺して稼ぎお金と経験を貯める。質素に暮らせばなんとか死ぬまで生きていける額に到達したら、今までを振り返っていろんなことに挑戦してきた中から、(一度リセットして全く新しい道を探すのではなく今までの継続で)自分の好きなことを見つけ、経験を積み重ねた好きな事だけやる。損得を計算に入れずに生きがいの仕事だけ選んでく。

こういう生き方は他人を巻き込まない自分だけの世界観での話しである。独りで人生生きてることはないので、このような想いを理解してくれる様々なパートナーを探さなくてはならないのが非常に難しいし、それにそこまで貯まる頃には年金か退職金が貰える年齢になってしまっていて、現実的には絵空事の人生論なのかもしれない。それでももしそうなれたら、お金に振り回されないし生きてて愉しいかと聞かれても、まあまあと答えられそうでやはり憧れではある。が、社会の歯車として生きてくには規格外で周りから受け入れられにくい。かもめ食堂の彼女たちのように異邦人にならないといけないのだろうか。

現実には、愛するものを守り育む。そのためにお金がいる。だからストレスを感じても働く。つまり何かの為に自己犠牲でお金を稼ぐ。例え生きてる内の殆どの時間がそれに費やされても。報われる実感が乏しくとも。

殆どの人は「我が子」をその対象としている。動物界の摂理に基づいた至極正論の生き様であろう。そして、お金に余裕を持てばその対象を増やす事ができる。車・家・数々の収集品。お金が無ければ維持できないものばかり。これを欲と称することも出来なくはないが、なにも愛せない人間よりも遥かに色んな意味で豊かな感じがする。

でも、あるときふと「自分はなにしてるんだ?」と我に返るような疑問を持つと、自分を納得させられるだけの答えが見つけられらないし、将来に対しての漠然とした不安を打ち消す理由も考え出そうと迷宮に入り込んでしまう。過去を振り返ってみても将来のヒントすらない。

でも悪い事ばかりでなく、こういう答えようの無いことには無力だけれども、自分の為に生きている人に比べて、結構何かの為に生きている人は、色んな外的な障害にたいしては逃げないというか自己犠牲が基で生きてきている経験値の豊富さから苦と感じる神経が使いすぎて鈍くなっていて、案外立ち向かえる下地が養われている利点があって、これは大きい。

自分の為に生きるのか誰かの為に生きるのか、どっちがいいのかというとどっちもどっちのような気がする。バランスを上手くとってこの中間で生きていく事が賢い選択なのかもしれないが、そんな上手い事生きてる人間あまり見たことがない。

お金に頼らないとなると色々と自分でやらなくてはいけないことが多くて明日のことを考えると大変で、お金に頼るとなれば使う為に稼ぐ事は心ならずもでしんどい事が重くて心が大変で。自分の為だと困難や障害に弱く、何かの為だと自分の存在価値に疑問を持つ。

結局やりたいことやってそれが金になって万々歳というのが一番だけれど、そんな単純なものなのだろうか。芸能人だろうが会社の社長だろうがホームレスだろうが皆、恒に何かを犠牲にしていかなければならない選択の連続で生きている事に変わりは無いような気がして、それが上手いか下手かの問題のような気がする。置かれている立場というよりも、むしろ大切にするなにかを一生ぶれることなしに持ち続ける事が重要なのかもしれない。お金や知識や尊敬があろうとなかろうと、ひとつの事に専念してその道を邁進してる人が最も輝いているのかもしれない。

そう考えると、ヲタクってもしかしたらある意味理想に近いのかしらん。一生続けばの話だけど。でも方向性が自分と合わないとなんかお近づきになりたくないし、合えば合ったで衝突や批判めいたら攻撃的になる人は迷惑だし、他人から見て憧れの対象になってるとは思えないし。

ま、要はその道のプロが一番ということなのか。あわよくば第一人者にと。「好きこそ物の上手なれ」好きな事をやっていれば他人から見て苦労で大変そうに見えることでも、本人にとって見ればそうでもないって事が多い。楽しいかどうかではなくて苦に思うかどうかの違いなんだろうけどもその違いは大きい。迷わず突き進む道を持ってる人が一番本人にとっても他人にとっても必要とされる生き方なのだろうか。道の数だけ一番がある。そう信じたいものである。

じゃあ自分にぶれない大切なものがあったかと振り返ってみると、これがまたブレブレでしかも分かってないんだよなこれが。本当困ったもんだ。しかももう遅いし。

ま、我が身はともかく、かもめ食堂の3人はここが終着点になるのだろうか。少なくとも心がガス欠の状態でここに集い始まる物語。心が満タンになった時どうなるんでしょうか。変わらないとしたら凄いことです。

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