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映画の余韻と評価

私のそとづら(外面)はめんどくさがりのきぜわしい待ってられない人ので、映画を観に行く時はバスの時間に左右されたくなくて40分程度歩いて映画館に行ってます。観終って家に帰る40分の間、何を考えてるで結構作品の評価を決めちゃってるところがあります。

映画とは全く違うことを考えてることは滅多にないんですが、そういう作品はやはりもう一度観ようという気になりにくいです。逆に映画のことばかり考えてる時は、自分が観たいものと違うとか自分ならば・・・と言う風に、影響はろに受けているのに自分の中に受け入れるのに理屈が必要だと言う事で次にもう一度観る時はなにがしか構えてしまう事が多いです。

自分にとって一番観終わって気持ちのいい帰りの40分は、直接的に映画の事ばかり考えているのではなくて、周りの景色含めて、行き交う人々がなにか新鮮に見える時が最高なのかもしれません。その作品が無意識の内に自分の中に入り込んで心のリフレッシュが出来てるのが心地いいんです。

昔、「仁義なき・・」シリーズの作品を観終って出てくる人が皆廣島弁になってたり、肩で風切って歩いてたりしている。そういう人とすれ違うと「こいつ観たな」と納得しました。

無意識に自分を変化させてくれた作品は何度も観ていくことによって、漠然としていた理由が少しづつ言葉に変換できてくるのが楽しい訳もあるのです。

音楽は、最初は「なんじゃこれ」でも、繰り返し聞くことによってだんだんと味が出てくる曲が結構あるんですが、映画ではあまり出遭った事がないような気がしてます。

いずれにせよ、第一印象でほぼ作品の評価を決定してしまって、後は更しないのがほとんどです。繰り返し観るのはその感覚を維持したからで新しいもの見落としたものを見つけたい訳ではないのです。

それとどうでもいいことなんですが、まだ陽のある内に映画館に入っ出てきた時に外が夜で暗くなっていると、ああ映画観てたんだと単浦島太郎状態になれて、違った意味で感動してしまうのが作品の内容に関わらず感動する瞬間が好きです。(まあ映画だけに限った事ではないんですけどね)

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