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人の振り見て我が振り直せ

本来の使い方としては、他人の厭な所や良くない行いなどを見て、自分もそうなっていないだろうか、もしそうであるならば注意しなければ、と自身を諌める。

つまり、ああはなりたくないみたいな反面教師的な意味合いでしょう。ですから、「尊敬や憧憬する人の振りみて我が振り直せ」という意味合いの使い方には少し違和感を感じます。

しかし役者さんのような特殊な職種の人にとっては、違和感のある使い方も存在していいのかもしれません。

話しは大きく跳ぶのですが、最近、場を和ませる手段として、モノマネがよく行われるらしい。モノマネはその人の特徴を掴んである程度誇張して表現されるものですが、する方見る方は楽しいけれども、される方は殆どが厭な想いを持つ場合が多いのではないでしょうか。

それはやはり特徴と言うものが、人と大きく異なる部分であり、場合によってはコンプレックスを抱いている部分若しくは、近い部分だからでしょう。

だから、モノマネは諸刃の刃であって全ての人を愉しませる行為とは限らないような気がします。

では、お芝居の世界はどうなのでしょうか。見る側が役者さんの上手い下手を感じ分ける点はいくつかあると思いますが、その人になりきる度合いの量・深さが判断とする部分もあると思います。したがって役作りというもが非常にモノマネに近い作業なのかもしれません。

しかし、モノマネと決定的に違う事は、その存在感にリアル感を付け加える事が重要な事であって、必ずしもその人本人に見えなくちゃいけない訳ではないということでしょう。実在の人物を演じるにしても、顔形や癖・物言いといった外に出る部分が似ている事よりも、信念・思想・生き様といった内に秘めた部分がらしく見えなければ、物語を紡いでいく上で、こういう人だからこういう行動や決断・判断をするんだと言う説得力を感じられないのではないでしょうか。

例えば、ピアニストなのにどうみても上手そうにみえないと、それだけで物語全体説得力がなくなります。実際に弾けるまで練習して撮影に臨むと言う手もありますが、弾けなくとも実際に音を出していなくても、この音でこの感情・感覚を表現するんだという意思や感情が映像の中に映し出されていれば良いわけですから、本来見える筈の無い内面が重要な事だと思います。

いずれにせよ、モノマネが外面を、お芝居が内面と、それぞれ異なる着眼点から発せられるものだとしても、うわっつらだけ視て表現するのではなく、表に現われる行動や言動の源となる内面までをも見通す目が演じる職業の方には必要な資質だと思います。

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