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プライベートライアン

「Saving private ryan」日本語タイトル「プライベート ライアン」

1998年の作品 スピルバーグ監督作品

今のところ戦争を題材にした作品では、「プライベートライアン」が一番繰り返し観ている作品です。邦画では見た回数なら「キスカ」衝撃度な「日本のいちばん長い日」でしょうか。勿論一度だけ映画館で観て充な位の衝撃を受けて、作り手の意図や目的が達せられる作品もある訳ですら、何回も観れるから良い作品だと決め付けることは出来まん。それにこの作品は独・米の戦いを描いている訳ですから、邦画の戦争映画とは観る視点が同じではありません。感情移入というか、自分の身の置き所が異なるので、ある意味刮目して観るしかありません。でもはまります。

映画はノルマンディー上陸作戦の状況を描いているのですが、西部劇でインディアンを障害物のようになぎ倒していくような一方通行作品ではなく、独逸の兵士にもきちんと感情を与えられています。ですので戦闘シーンはどれも血沸き肉踊るような野郎の本能を満足させるよな「カ・イ・カ・ン」なドンパチではなく、こんなところにいたら一生のトラマになってしまうような写実に徹しています。当時従軍した人が始オマハビーチのシーンを観て記憶が叩き起こされて気持ちが悪くなったと何かの記事に書いてありました。息使いが荒いのもリアル、水中と水上の音の違い、の回りすぐそばを通過していく弾の音。防波堤(?)の残骸みたいなコンクリートで身を隠し、ちょっと様子見で中隊長が顔を出した時、真正面に向かってきた弾を思ず一緒に避てしまいました。

公開当時松菱劇場で見たんですが普段は音がれ気味でになるんですが、この映画に限っては迫力満点でした。匂い立つというか息が詰まるというか、逃げるも避けるもへったくれもなく、ひたすらサバイバルするしか選択肢がない緊張感を強いられます。

上陸作戦の次のミッションは非常にアメリカ的です。我が帝国陸海軍なら有り得ない指令です。一旦事有る時は死に場所を用意する国とは正反対だと知らされます。無論それは、国家という組織の正義であって、米国の正義とそれぞれの兵士の正義との違いはあって、それに苦悩することも描かれています。そしてエンディングに向かっていくのですが私なりの捉え方としては、やはり最後は何の為かというと、仲のために生きると言う事が身の置き所として一番強固な信念に繋がると言うことでしょうか。

自分だけの為に生きてると、些細な厭な事ばか気になって明日が辛く感じます。だけど誰かの為に自分は生きてるんだと考えれば、結構自分に掛かる厭な事の重要性は低くなるもです。学校に仕事に行きたくない時、誰かが待ってるとなれば重い取りも少しは軽くなったりするもんです。それだけに今のいじめは深刻な事象でしょう。過酷な戦場で唯一精神を奮い立たせる術が「仲間」という存在なのに、それを否定されるいじめは戦場よりも悲惨だと言うことでしょう。

日本の戦後暫くは、なにか揉め事があっても「同じ日本人じゃないか」という仲間意識を呼び起こす言葉でなんとか収まったとじじばばが言ってました。そう考えると現代はなまじっか裕福になりすぎて、一人で勝手に生きていけてしまうことでかえって不幸になっているような気が、しないでもありません。

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