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リアリズムの宿

2004年公開作品。DVDで観ました。天才山下敦弘作品です。

邦画史上、鬼才・巨匠・異才の称号を持つ方は数多おられますが、天才の称号がつく方はそうはおられません。何故かは知らねど。

でも固有名詞「山下敦弘」は向井康介+山下敦弘ご両人の集合体にによって成り立ってるようです。勝手な判断ですが。

劇中起こる出来事はドラマなので、こんな出会いをふくめたリアリティは非現実的だと思いますが、刺激に慣れた人にとっては、たんたんと進む笑えるお話しと感じるのでしょう。でも原作はつげ義春さんなのでその世界の中でという条件つきです。万人が可笑しいと思えるのでしょうか少し疑問です。一応HP等では可笑しい映画となってるらしいです。

それでも私には自分が生きていて厭だなあと感じる居心地の悪さを体験している気分になってしまって、話しが進んでいくうちにどんどん何か消せない荷物が増えてくように重くなっていって、最後はホントとへとになります。疲れます。観る側も若さがないと駄目なんでしょうか。

初対面の人といきなり見知らぬ土地へ、しかも始めから覚悟してた訳じゃなく突然に。出会う人達との出会いも、交わる部分が外面(そとづら)だけなら心が傷まずに済むのに、生活しているというリアルな内面と接してしまうとひたすら異邦人であることを実感させられてしまう。自分の中に逃げ込みたいのに旅先にそんな場所はない。予想外・きまずい・居心地が悪いって感じですか、それでも最後の宿の布団の中で自分を整理するシーンがあったことは、唯一の救いでしょうか。

なんか自分にかぶる感情が多くて、しかもそれが自分が厭だと思う様な部分ばかりを攻めて来ます。笑い飛ばせません。

オーディオコメンタリーを聞くと、主人公に監督達が自らを重ね合わせいるようです。若いからこそ成立する想いが残る旅を主題として描いいるのだと理解できるのですが、私には痛いです。

「可笑しくて、ちょっぴり切ない青春ロードムービー」と謳ってあるけど、自嘲する程自分に余裕がないから笑えないし、どよよんと切ないんでこのコピーは嘘です。登山に例えて、馬鹿な奴らと笑って見れる事この山を制覇することだとしたら、私には何度挑戦しても頂上で辿り着けない山です。だったら登らなきゃいいじゃん、疲れるだけじゃんっ話しですが、それでも山下山に又挑戦したくなるのは、日焼けした皮をめくったり、かさぶたの中を見たくなるのと同じなんでしょう。

私はながら族なので、CD聞きながら画面だけ流して映画を見ることをよくやるんですが、無声映画としてみると作品によっては音がないと全然ついていけないものと、音が無くても思わず引き込まれると感じるものがあるんですが、この作品は、普通に映画を観てるのとあまり変わらない囲気が漂ってきます。

写真として表現力があるんでしょうね。お芝居もいいんでしょうね。

はたして私にこの映画が楽しいとおもえるときは来るのでしょうか。

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