ブザー・ビート その1

 初回30分も拡大しての始まり始まり。流石「月9」という看板復活に燃える意欲の凄まじさを感じさせるスタートでありました。もっとも私、時間的にリアルタイムでは観れませんので録画視聴ということで、帰ってきてまだやってても途中からは観たくないので早く終わんないかなと22時以降待ちの姿勢だったので、痛し痒しのゴージャスと思わないでもないところでした。

なんでこんな愚痴を書いたかというと、こういうのは地デジで大き目の画面で観た方が映えるよなと思ったもので。オープニングのバスケットの試合会場の熱気感やそれとは対照的なコンサートホールの冷め切り感とかはしっかりと作られているよなあと。日常の部分も丁寧に描かれていて。この丁寧さが30分拡大という恩恵のせいではなく毎回続くものであれば「月9」復活という感じがします。

始まりの出会いも王道ともいえる第一印象の模様を丁寧に描いていて、これは奇をてらわない王道を目指すのかなといった予感がしますです。それを裏付けるように、かするというか出会ってそうで奇遇にならない期待もたせのいけずなすれ違いシーンとかもあって。意外な展開に向くのかどうかは一話観ただけじゃ分かりませんが、真っ当な先が読める展開であったとしてもこのドラマには魅力を感じます。これは予想してた以上に面白いドラマなのかもしれません。が、最近流行の第2話以降突如地味になるとなるとこの評価は定かではありませんが。

 しっかし携帯忘れてバス追っかける一連のシーン。上手く編集されて繋いだのでなければ山下さん気合い入れて走ってられましたなあ。本気度を感じます。バスケのシーンもきちんとらしく映ってましたんで本物志向なんでしょうかねえ傾向としては。大歓迎ですわ。

 登場人物としては七海(相武さん)のキャラクターが面白いな。裏の顔を持ち決してそれを将来を約束する相手にすら見せない。ちょっと考えるとどんな打算が働いてるんだろうと勘繰りたくもなるけど、こういう女性が打算抜きで本気で恋をする様というのを観てみたい気がしてきますです。上手くいくかどうかは定かではありませんが紆余曲折(裏の顔が彼氏にばれるとか)があっても最後は上手く成就していくのを観てみたいなと。

もっとも今の流れから予想するに上矢(山下さん)と白河(北川さん)が最後繋がるんじゃないかという方向を向いていそうなので無駄な願望にはなりそうですが。ドラマでは同じ匂いを感じた代々木(金子さん)に喰われてましたけど。なんでしょう自分にだけは優しい人ってのに惹かれるじゃないですか一般論として。その逆で自分以外には本性を見せないってのにももしかしたら惹かれるやもと。その為の相棒に相応しいのには自分と同じ匂いの人間なのか違うタイプの人間なのか。興味が湧きます。

相武さんそのものもチアの格好でおへそ出したり煙草ふかされたりと今までにない面を提示されていて新鮮というか目新しいというか。もちろん煙草飲みの目からしたらくゆらせてるだけで吸ってはいない風に見えますけど。

それにしてもやり手の社員・華やかなチアリーダーというギャップは不思議です。

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レジ袋

 はま~つでは去年(2008年)の10月に「レジ袋有料化」の施策が始まった。その趣旨とかについては特に思う事はないけれど、半年以上経って自分の生活にどう変化があったのかを書き残しておこうかなと。

とはいっても実は詰まるところなんにも変わっていない。何故か。それは足並みが揃っていないからである。はま~つに本拠地を置く店屋とかは行政からの要望に応えて一枚5円で販売しているが、全国展開している店屋についてはお上(市如き)のお達しには反応しておらず未だにサービスとしているからである。市というものの行政の権限の度合いというのが垣間見られるのは興味深くもあるが、原付の二段階右折みたいなもんで有名無実というか骨抜きになって最後有耶無耶になっていくんだろうか。

まあそんなこんなで自分がよく利用する頻度の高いコンビニとかは後者であり従って前と変わらずレジ袋に重宝しているのである。たまあに遠鉄ストアとかに入ると賢い主婦の皆様方は袋持参で5円不要なのであるが私は持参してないので5円払うことになる。なんだかなあという気分になったりもする。

どちらが時代なんだろうと考えると理に適った事をしているのはちょっと考えれば分かる事であるが現実的にはこの差は何?片方はタダなのにと逆恨みして随分じゃんと思えてきたりもする。まさに自分は勝手で我儘な消費者の一人だと自覚する訳でありまして。

 レジ袋は使い勝手が結構ある。ペット特に犬の散歩においての糞の始末には重宝するし、乾電池や空き缶等通常サイズのゴミ袋に入れるには重くなり過ぎるゴミのミニゴミ袋としても使っている。他にももっと賢い消費者なら色んな使い方をしているであろう。

つまり、いま即座に無くなると存外生活が不便になるということである。完全にエコバッグ持参になってレジ袋がこの世から姿が消えるとなったらを想像してみる。それは昔に戻ってあのころはどうしてたかを考えてみるという便利過ぎでは決してなかった時代に回帰するということになるのだろうか。そうとも言えないかな。

ちなみに昔は大抵が新聞紙がそういった役割を果たしていたような気がする。魚屋さんで魚買えば包装は新聞紙だったし、くるんで捨てるゴミなんかを包むのも新聞紙だったような記憶が。

つまりいきなり今までなかった便利なもの(レジ袋)が出て来たのではなく、品は変われど役割を担う必需品が存在してたということか。だとしたらレジ袋が去った後一体全体なにがその役割を担うようになるんだろ。新聞紙に時代が巻き戻った訳でもないし。今のところ未来の事など見当もつかないな。

 どのみち有料化になってから家庭を預かる主婦の皆さんはレジ袋とはある程度の縁を切った生活を始めていることであろうが、繰り返しになるが現実にはレジ袋有料化の足並みが揃っていないから言うほど世間は動いていないから変化はしていないんだろうな。

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官僚たちの夏 その2

 この回も面白かったですね。一話の中に苦労の果ての実の生る展開が用意されていて観易いです。仕事が熱いだけじゃなく人(情)に厚い、施に篤いとなるかどうか。企業じゃないから営利を目的とするのではなく勢力を拡張するためでもないのではありますがその縄張り意識との丁々発止というのも見ものであります。

それと共に保護貿易(日本独自路線派)と自由貿易(世界協調派)との椅子取りゲームという側面も官僚らしいよなあと。何かをするなら偉くなれとあの和久井(いかりやさん)も青島に説いてた位ですから、ある意味青島達の世界より上の室井の世界みたいな話しでありまして、偉くなったらすべきことの答えみたいな最高位でのパワーゲームという側面もあるんでしょうかね。

今回はテレビの産業。乱立による共倒れを防ぎ、より普及を広めるため参入希望の絞込みという規制にまつわるやりとりが今回も熱く語られてました。

今じゃ確かにパソコンの威力は凄まじいものがありますが私が就職した昭和の最後の頃の時代でさえこうなるなんて夢にも思えなかったのにそれよりもずうっと前にテレビからパソコンへ転換を図るという決断を下す社長の心中は相当な苦悩だったんでしょうね。なんの保証もない雲を掴むような話しを呑むというのは大英断で、それを支えると口約束する官僚との絆の深さが印象的でした。しょっちゅう異動する官僚さんが超長い視野で見守れるものなのかという疑問はありましたが観てて感動したのは確かです。

しかしながら産業保護の為新規参入を抑制すると言うのは、同じような事が自動車業界にもあってそれを本田んとこの宗一郎さんが納得しんであたけまくって抵抗したという逸話をその自伝かなんかの本で読んでまして。つまりお上(通産省)のお達しに従わなかったということなんですが。で、結局今のホンダにまで成長した訳でありますから、なにが正しいことかなんて一概に立場が変われば正義も変わる訳でありまして官僚さん方の正義を鵜呑みに可とする気にはちとなれなかったですわいな。

ドラマの中でも指導(自分達のやってること)が本当に正しいのだろうかと疑心に捉われるシーンがありましたが正解の見えないものに全力で突き進むその気力の源がよくわかりませんです。もうみんな始めっから当然のように有しているみたいで。

それにしても偉いさん同士の恫喝や捨て台詞。貸し借りのやりとりとかは私の苦手な分野であるや○ざ屋さんの物語の世界によく似てますなあ。

会議室での一斉に声が飛び交う様はまさに喧々諤々というに相応しく、最近の大人しい眠気を誘うような会議とはえらい違いだよなあとその時代性を感じました。考えてみればここに登場してくる大人達は皆戦争を体験してきた人達ばかりだからそういう気骨みたいなのが荒くれて映るのでせうか。いい意味でも悪い意味でも人間臭い感じがしました。

ところで私には現代は世界協調の自由貿易と映るのですが主人公達が目指した日本独自の道というのが今も通っているんでしょうか。それは最終回になってみないと出ない答えなんでしょうかね。

 いづれにせよ池田という名前を池内とかにしょこしょこ変えてたりされてますがおよそは史実の通りに進んで行くだけに説得力があります。後は時代のうねりの迫力が人物を介して伝わってくればホント愉しいです。もっとも私はまだ生まれてませんので聞きかじりでしかない世界ですが。

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ようけとたんと

どちらも、たくさんと言う意味で使われている。別に遠州弁ではないが普段よく使っているので一応記載。遠州弁っぽくいうとすれば「がんこ」がらしいのかもしれない。

「ようけ」はなんとなく関西っぽい感じがする。「たんと」は関東っぽい感じがする。どちらも使うのが遠州である。

殆ど意味に違いはないのだが、聞こえる感覚でいうと、「ようけ」は余分・過剰に、「たんと」は過分に(身に余る)といった違いに聞こえることがある。

まあ実際のところは「ようけお食べ。」・「たんとお食べ。」・「がんこ食いない。」と並べてみればそんな違いはないのだが、「たんと」はあげる(贈呈・進呈)に便利な表現で「ようけ食ったしい」・「がんこ喰われた」みたいに単純に量を表現するのに適した表現のような気も個人的にはする。

尚、いづれの解釈も遠州での話しであって地域によって感覚は当然異なると思われる。

車の名前で「タント」というのがあるが「タント一台」とか言われると「一台でたんとかい。」とつっこみたくなる衝動に駆られなくもない。

それと「ようけ」には「よくぞ」・「遠路遥遥」みたいな「ようけ来たなや」(よく来たなあ)とかいう使い方が別にある。こういう使い方は「がんこ」も同様にあるが「たんと」にはこういった意味使いはない。

例文

「開店30分前だけど、どう?お客さん。来てくれてるだかいやあ。」

  (開店30分前だけどお客さんの来具合はどう?来てくれてるかなあ。)

「見てみっせー。」

  (見てみなよ)

「うわ~がんこ並んでるしい。」

  (うわ~一杯に人が並んでるなあ。)

「おお、ようけ並んどるらあ。整理ん大変だにい。」

  (そうだろ?よくぞ並んでくれたよ。こりゃ整理誘導が大変だぞ。)

「こんだけたんと来てくれただでなんか粗品かなんか付けんとかんかな。」

  (これだけ大勢来てくれたならなんか粗品出した方がいいかな。)

「ふんだだこんよりちゃちゃっと捌く方が喜ばれるって。」

  (そんなことより迅速な対応した方が喜ばれるって。)

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MR.BRAIN その8

 デジタルの時間が刻一刻という様は「24」なる米国番組にようけ似とるしい。しかも「CSI」もどきの様相もちらほらと付加されていて。

米国で受けた品が日本に於いても通用するかどうかの試行とも勘繰れる次第でありましたが事件の決着は日本的でありまして。和洋折衷の味加減は如何程かという趣でありましょうか。

市川海老蔵さんの役が摩訶不思議な怨霊のままに終わってしまったのでこれが最終回という気にさせないのは如何なる作り手の魂胆があるのでしょうか。続編が作られるとしても個人的には西洋かぶれの傾向が薄まらないと見ようと言う気も薄れるやもしれませぬ。少なくとも日の本一のスターさんが主役を張るのに本家が存在する風味のドラマというのは如何なものかと。

 しかしながらなにはともあれ、上川さんががんこよかったなあ。作品が締まるというか。ホント業を背負う姿演じれば右に出る者なしという勢いであります。でも私はひねくれてるんでしょうか平々凡々な人物を演じる上川さんが好きなんですけどね。

ところでビルから避難せんと欲す人が女性女性女性。女性だらけという画ズラはなんだかなあでありんした。まあ、逆方向に向かう野郎を際立たせる為の手立てということなんでせうけど。

しかしてその協力者の二人組。誰?という疑問が拭い去れぬまま終わってしまいました。

15分拡大で繰り広げられた最終回。長くなった分は惜別に充てられたのでしょうか。終ってみれば顔をがんこ近く寄せ合うドラマだったなあという印象が一番強く残りました。

それにしても木村さんという役者さんは何をやってもアドリブに見えてしまうくらい自然なお芝居をされるお方だよなあと改めて思いますです。

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一個っつ

「いっこっつ」。一個ずつという意味。要は「ずつ」(宛)を「っつ」と言うということ。

この表現が遠州独特ではないのは重々承知してるが全国津々浦々使われているのかどうかとなると疑わしいので記載。まあこういう言い方をしないとこの方が少ないのであろうが。

「一個ずつという事になってる」というのだと「いっこっつっつこんになってる」又は「いっこっつっちゅうこんになってる」という風になる。もっと崩せば「いっこっつっつうこんだでねえ」。

じゃあ数が増えて「ふたつっつ。にこっつ」・「みっつっつ」~「ここのつっつ」とかいう言い方は存在するかというと、存在する。しかも10でも「じゅうっつ」100でも「ひゃくっつ」と言う風にたとえ億でも使うであろうという勢いである。

例文

「あんたなにぞんざいに並べてるよを。」

  (あんた何ぶっきらぼうに並べてるの。)

「いいじゃん別にい。並んでりゃいいだらあ要は。」

  (構わないでしょ。要するに並んでればいいんだから。)

「みばよくありもしん。きちんといっこっつ揃えてかんと駄目じゃん。」

  (見た目が悪いでしょうに。ちゃんと一個ずつ揃えていかないと駄目でしょ。)

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コールセンターの恋人 その2

 「なんでも屋」うちの近所にも欲しいぞ。

という訳で、「わけあり」に喰い付く庶民の影で悲哀を舐める人がいるという今回のお話し。このドラマでは故意に「わけあり」化して商売繁盛を成し遂げる反面、より良い商品を提供すると言う生産者のプライドを失うという悲哀でありました。

そんな悲哀をどう処理して行くのかという過程が意外と面白かったところであります。結構けれんに満ちていてある種のお白州での名奉行のお裁きの如き一件落着という体は存外観ていてすっきりするものがありました。

なんか分かって来たのはなんで携帯が圏外になるような地にコールセンターが存在しているのか。まあ受注はいざ知らずクレームに関しては直接的な身の危険を感ぜずに済むからかもと。そんな客に媚びない啖呵も聴けたクレーム処理の現場でありました。最後の青山(ミムラさん)の苦情処理の際の発言が全てを物語っている訳で。至極正論ですっきりしましたです。

クレームはあくまできっかけで本心(本当に伝えたいこと)ではないという下りは確かにとは思いますが、私なんざ窓口で「表でろ!」とか言われたりして直でしたから売り言葉に買い言葉というまず感情が先に走ることばかりでしたので、こういった相手の心の奥までを探るなんてことはなかなか出来なかったですわ。枝葉に捉われず本心を見抜けというのは心に余裕がなくてはまず感情が先に出ますからそれを抑えるにはどうしているのかというのが提示されたら為になるんですけどね。

しかしながら結局悪いのは(悔い改めるべきなのは)誰なんだろう。売れるためなら業者も泣かす南極アイス(名取さん)を象徴とした売る側なのか。流れにただ乗るだけで付和雷同な買う側なのか。テレビという道具を使って買う側を調教して煽動する側なのか。限定と謳っているのに買えないと怒る側なのか。需要を満たす数を確保できなかった側なのか。プライドを守れず打算に走った側なのか。まあいいも悪いもなくただ踊る阿呆に見る阿呆ということなんでしょうけど。

いずれにせよ、人は誰かを犠牲にした上でなければ幸福感が満たされないという象徴みたいともとれなくもなし。あちら立てればこちら立たず。縮図というか現実を描いているということなのでしょうか。ドラマでありますから最後は業者さんもプライドを守り売る側も煽動の手を緩めとなって四方丸く収まってるみたいに見えますけど。ライバルが煽動の手を緩めずこれでもかと「わけあり」を押し通して業績を上げてきたらとても一件落着という訳にはいきますまいに。他がやるならウチもやるってのが常識でしょうからそういとこは少しメルヘンがかかってたかなと思わないでもないところです。

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あ、そうゆうこんね

ああそういうことねと言う意味。ニュアンス的には「勘違いしてたよ」みたいなことか。男女兼用の表現。

受け狙いではなくリアルにすっとぼけたような発言・行動をに対して諭されたような場合に出てくる返し言葉。あまりこういう発言を繰り返すと鈍臭い奴・しったかぶりな奴と判断されるので使用上の用法用量には注意が必要な言葉である。

多少えらそう目線に聞こえることがあるのでもご用心ではある。

「あ、そうゆうこんね。はいはい」となるとこいつふざけてんのかと思われる確率が飛躍的に上昇する。

こういう表現(言って得しない)がなんで存在するのか不思議ではあるが、プライドとかを守るためには必要なのであろうか。白旗は揚げないぞといった気骨かもしれないが賢い表現ではないような気がする。

似たような表現では「おおそうけえ」というのがあるが、こちらの方が素直にそうなのかと言ってる風に聞こえる。野郎言葉なので女子は使わない。女子だとどうなんだろ「そうなの?しらんかったやあ」とかであろうか。

例文

「あんた何してるよを。」

「みりゃわかるじゃん。タイヤはめ変えてるじゃんかあ。」

「そんな締め方じゃ駄目じゃん。」

「なにがあ。緩まんよう一個っつきちんと締めてるじゃん。どこいかんよを」

「あんた知らんだけえ。締めるときゃ交互に閉めてくもんだにい。時計回りに順番に締めてくじゃないだにい。そうしんときちんとはまらんだに。」

「ああ、はいはいそうゆうこんね。そうゆやあそうだったね。でもいいだよ別にはまってるだで。」

「じゃなくて弛んでくるっつうの。学校でおしわらんかった?おしわったらあ。」

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知るが肝要 知らぬはい寛容 

天知る 地知る 人を知る

天の理を知り 地の利を知り

人の離をば知りたれば

左程不安におののく事ぞなし。

なんかで読んだみたいな文章だけどその出処が思いだせない。

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読めすかや

はま~つの聞かなきゃ読めない地名等の一例

平田・なめだ 神久呂・かくろ 旅籠・はたご 新橋・にっぱし 参野・さんじの

利町・とぎまち 引佐・いなさ 気田・けた 船明・ふなぎら 馬郡・まごおり 水窪・みさくぼ 

正式な地名ではないが

三方原・みかたっぱら  熊・くんま(正式には「くま」らしい)

はま~つで漢字で書けといわれると難しい地名等の一例

ねずみの・鼠野 はたごまち・旅籠町

市町村合併でがんこはま~つは広くなったので全てを網羅してる訳でもないし、これに字(あざ)とかいれたらもっと増えるのだが。まあ気がついたとこをいくつか挙げてみました。

ちなみにはま~つ市民でも平田は読めない人が多い。

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